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天空島のアークレア  作者: 雪楽党


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2/3

2話

 学園での日常はそれほど大変なものではなかった。午前中の大半は座学に費やされ、午後はその半分ほどが身体錬成。つまりは体育の時間となっていた。


「つまり人器は人類を模した武器であり、貴族諸君の従者としての役目も持っているのである──」


 とある日の昼下がり、周囲の学生たちは穏やかな日差しと食事の満腹感でどこか眠たげにしている。学校側もこの時間は生徒の集中力が下がるのを理解しているのか、それほど重要な内容の授業は入らない。


 現に今、この島に暮らす人間であれば誰だって知っているであろう『社会制度学』の講義が行われていた。


 生徒たちは傍らに人器を侍らせ、ぼんやりとその話を聞いている。その横にいる彼らの武器でもあり、従者でもある人器たちは黙々と板書を取る。とても、とても穏やかな日常。


 そんな中、ただ一人。真面目に、熱心に授業の板書を取る生徒がいた。


 本来であれば隣に人器を侍らせる席には何も置かず、熱心に自分の手で板書を取っている。


(リゼル・アララト。人器を持たない唯一の学生)


 熱心、そう形容するのには彼女の表情はいささか異なるように見えた。どちらかと言えば、必死。そう、必死な表情だった。人器が正確に板書を取ることを念頭に授業が進められているが故に図解が多用され、すぐに板書が消されて行ってしまう。


 そもそも、人器を持たない人間が授業を受けることが想定されていないのだ。


「人器は、主の命令無くして動かず。従者として使うには少しの不便があるとは思うが──」


 ノアールは視線を教師に向けると欠伸をしながらその様子を観察する。退役した老騎士だろうか、服の上からも過去の筋肉が見て取れる。


 だが、すぐにそれもほどほどに右隣に座る己の人器に目線を向ける。彼から見えるその少女は窓から指す陽気で瞳を黄金色に輝かせながら黙々とペンを走らせる。


 すると視線に気が付いたのか彼女は微笑むと穏やかな表情を浮かべた。そして、ノートの左端に「なんでしょう?」と可愛らしい文字を描く。


「気にするな」


 とノアールが小さく囁くと彼女はこくりと頷いて板書を続ける。その横顔は自分だけの物にしてしまうには惜しいほどに美しく。そして、それと同じほどに自分の物だけにしてしまいたいという独占欲を掻き立てられるものだった。




◆◇




 とある日の昼前、午前の課業を終えた生徒たちはそれぞれの友たちと和気藹々と食堂へと向かっていく。ノアールはその様子を横目に見ながら、もはや定位置と化した中庭へと向かう。


 そこは、中庭の中でもすこし小高い場所にベンチと机が置かれ、その上を六角形の屋根が覆う。かつては丁寧に整備された庭園だったのだろうが、今や雑草や薔薇が無造作に伸びて人を寄せ付けないような雰囲気を帯びている。


「お友達は作られないのですか?」


 ふと、ベンチに向かって歩きながらアルカはそう尋ねた。彼女の顔は返答をわかり切った上でそれを待ち望んでいるその表情そのものであった。


「食堂でご飯なんか食べてたらこんな風にはできないだろ」


「まぁ」


 ノアールは視線を動かさずにそう答えた。彼女の質問の真意は「友達を作って食堂に行かないのか?」ということだ。だが、そうすればこうも彼女が人間らしく自然体でいることは許されないだろう。


「お兄様のためでしたら、影を踏むことだって」


 彼女の言葉を、ノアールは黙殺した。そして、横目に見える食堂を見やる。少し遠いが窓の中には何人もの生徒たちが思い思いに席を囲んで談笑している。


 そして、視界を食堂の入り口に移すと──。


 食堂の前で生徒たちと同数の人器たちが無表情でその場に並んで列をなしていた。


「それに、俺たちには食堂のメシを買う余裕はあるのか?」


「ふむ。それもそうですね」


 ノアールの言葉に彼女は納得したような声で答える。ふと気が付けばベンチの前にまでたどり着いていた。ノアールは慣れたようにその一角に腰を降ろす。対してアルカは嬉しそうな表情を浮かべながら手に持った鞄から包装紙に包まれたサンドイッチを取り出す。


 それは丁寧に包まれており、朝食の前に丹精込めて準備したのだろう。二つあるそれをノアールは受け取るとその片方をアルカに差し出す。


「え?」


 思わず驚きの声を上げるアルカにノアールは笑う。


「久しぶりに一緒に食べないか。少し──。申し訳ない」


 いつぞやの朝食の時から思っていたことだ。兄である自分だけ食事を摂り、妹は傍に待たせて何も与えないというのは、すこし申し訳ない。


 合理的に考えれば人器なのだから当然なのだが、そう思ってしまう以上、不合理でも受け入れるしかない。


「ありがとうございます。やっぱりお優しいのですね」


 アルカはそれを受け取ると嬉しそうに笑って、ノアールの対面に座った。どうやら断る気はないらしいと確認したノアールは 手早く包装紙を解いていく。


 中から現れたのは、葉野菜がはみ出し、香ばし焼かれた干し肉が挟まれたサンドイッチだった。調理してから時間が経っているのにも関わらず周囲に漂う香ばしい匂いにノアールは思わず口角が上がった。


「おいしそうだな」


 彼はそう呟くと、黒くくすんだパンでできたサンドイッチを口に運んだ。口内に広がるその香りと干し肉の旨味と同時にノアールはあることに気が付いた。


 アルカが、食堂を見つめて、何やら悲しそうな表情を浮かべている。


 何事かとその視線を追うと食堂の入り口で何やら右往左往している少女の姿が目に入った。遠目にその顔は判別できないが、着ている服装から同学年だろうと察せられる。そして、風に揺れる茶色の髪。


「リゼルか」


「いつも、ああしているんです」


 その言葉にノアールは驚いた。この学校に入ってから2週間ほどが経とうとしているが、そんな姿1度だって見たことが無かった。いや、気が付かなかったというべきか。


「たまに、入ったり。次の日には逡巡したあと名残惜しそうに離れて行ったり」


 やはり、金がないのだろう。


 視線をアルカに戻すと彼女は窺うようにノアールを見つめる。


「やりたいようにやればいいさ」


「いいのですか?」


「命じはしない。アルカのやりたいようにやればいい」


 その言葉に、彼女はパァッと表情を明るくさせた。彼女は慌てたように立ち上がると右手にサンドイッチをもってパタパタと駆けていく。


 彼女の背中を見送りながら、ノアールはサンドイッチを口に運んでいく。不思議とあまり罪悪感は感じない。彼女に与えたものをどうしようと彼女の勝手だ。そして、きっと彼女はそれで満足するのだろう。


 視界の先でアルカはノアールに声をかけたようで、二人で何やら話し合っている。最初はリゼルも謙遜するように両手を振って拒否していたが、アルカに押されてそのサンドイッチを受け取ったようだった。


 そして、なぜかアルカはノアールの方を見て彼を指さした。隣にいたリゼルは慌てたように何度も頭を下げて、名残惜しそうにアルカを見ながらその場を去って行った。


「友達、か」


 その二人の姿を見てノアールは小さく呟く。人と人器の友情。あり得るはずがない。だが、どこかそんな関係が築けたらいいなと親心のように思うのであった。




◆◇




 翌朝、いつものように朝食を済ませたノア―ルはのんびりと地下街を歩いていた。やはり立ち上る煙は頭上の岩々を覆い隠しつつある。


 本来であればそれに不平不満があってもいいはずだが、そこに暮らす人々は今日も楽しそうに日々の営みを過ごしている。


 最早それが彼らにとっての日常なのだろう。


「そろそろ白いパンが食べたい頃ですかね?」


 パン屋から漂う香ばしい香りにアルカがふとそんなことを言った。その言葉にノアールは思わず苦笑いを浮かべる。


「自分が食べたいだけじゃないのか?」


「お兄様から頂けるのならなんだってかまいませんよ」


 そうやって昨日のことを思い出してアルカは恍惚とした笑みを浮かべる。ほんのわずかな日常の出来事であっても、食事を分け与えられたというのは彼女にとってかけがえのない嬉しい思い出なのだ。


「リゼルとは、何を?」


「お兄様からの命令だと」


 その言葉を聞いてノアールは少し驚いたあと、納得したような表情を浮かべる。


 考えなくても当然だ。人器が勝手にそのような行動をするはずがない。そして、もししたとすればそれは「主人から食事を勝手に奪い、見ず知らずの他人に与えた」と、とられかねない。


「まだ『廃棄』は嫌ですよ」


 アルカはそう微笑む。


 その言葉に今日も平穏な日常が続くことを確信した。そうだ、こうやって平穏な毎日が続けばそれで──。




 本当に、それでいいのか?




 その瞬間、空気を切り裂くように少女の声が響いた。


「どいてくださあああああい!」


 突然声が響くと同時に衝撃がノアールを襲い、世界が反転した。突然のことに驚いていると、呆れたような表情でアルカが手を差し伸べる。


「ふふっ。珍しいですね」


 どこか悪戯っぽく笑う彼女の手をノアールは掴んで立ち上がると、傍らでひっくり返る少女に視線を移した。


「うぅ……」


 うめき声を上げる茶髪の少女をアルカは心配そうに見ている。ノアールは呆れたように溜息を吐き、「助けてやれ」と命じる。


「大丈夫、ですか?」


 心配そうにアルカが声をかけたことで少女は覚醒したようだ。


「えっ。あっあの。うん、だいじょうぶ……」


 自身の状況が呑み込めていないのか彼女は言葉を探りながらそう答える。そして視線をアルカに向けた後、ノアールを見つめた。髪色とは正反対の藍色の綺麗な瞳。彼女はじっとノアールを見つめてバツの悪そうな表情を浮かべた後、自身の手にあったはず物がないことに気が付く。


「あれっ?! あれ、あれ?!」


 突然大きな声を上げる彼女は周囲をきょろきょろと見渡す。


 すると少し離れたところにひっくり返ったパンが地面に落ちていた。少女がそれに手を伸ばすべきかと逡巡する間にもどこからか嗅ぎ付けたのか野良犬がそれを持ち去ってしまう。


「あぅ……。久しぶりだったのに……」


 まるで世界が滅んだのではないかと思えるほどの表情を浮かべる彼女にアルカは優しく微笑んで手を差し伸べる。


「ありがとう……」


「いえいえ~」


 アルカの手を取って立ち上がった少女は、少し涙目で声を震わせながらリゼルがお礼を言うとアルカは嬉しそうに首を振った。


「そんなに急いでどうしたんだ。リゼル」


 ノアールの問いに少女、リゼルは肩をビクリと震わせた。


「あの、あのあのあのっ! ぶつかってごめんなさい、それとそれとっ!」


 どこか落ち着かない雰囲気で言葉を紡ぐ彼女を見て胸がざわめく。一体彼女はどんな扱いを受けてきたのだろうか。と。


「ゆっくり話せよ」


 ノアールはぶっきらぼうにそう言ったつもりだった。だが、存外にその言葉は暖かなものだったようで傍らに控えるアルカは微笑ましそうに笑みを浮かべる。そして、目の前のリゼルは深呼吸をすると、すっと表情を整えた。


「昨日は、ありがとう。ございました。その、嬉しかったです」


「おいしかったか?」


「え? あっ、はい!」


 リゼルの返答を聞いてアルカは「わぁっ」と嬉しそうな声を上げる。それを聞いてリゼルは不思議そうに首を傾げた。


「でもどうして、貴方たちはこんなところに?」


「ここに住んでるからだよ」


 その言葉を聞いてリゼルはまたもや大きな声を上げた。


「えぇーっ?! てっきり。上層の方なのかと……」


「まぁ、いろいろあってな。そっちも中層なんだな」


 ノアールの指摘にリゼルは照れ臭そうに笑う。いや、なんとなく察してはいた。人器も買えないほど困窮している者が上層に住めるはずもない。人器は高価だが、それ以上に上層で住むというのは高価であり、高貴なのだ。


「私と同じ中層なのに、いいなぁ」


 ふと、彼女がそんなことを口走った。彼女はうっとりとした目でアルカを羨望の眼差しで見つめる。


 その様子にノアールは悪寒がして、彼女の意識を逸らすように声を出した。


「そういえば、急いでたんじゃないのか?」


 彼の問いに、リゼルはハッとした表情を浮かべ、地面にと落ちた鞄を拾い上げる。慌てた様子で中身を確認して安堵のため息を吐くと、二人に向き直り頭を下げる。


「すいません! 今日、日直なので!」


 彼女はそう言って走り去っていってしまう。その後ろ姿を見てアルカは思わず零す。


「不思議な方ですね」


「不思議、だな」


 アルカは小さく笑うと、ゆっくりと歩きだした。




「では、私達もまいりましょうか」



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