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天空島のアークレア  作者: 雪楽党


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3/3

3話

 そのまま登校した二人は学校につくなり不穏な雰囲気を感じ取った。何やら周囲の少年少女たちに落ち着きがないように感じる。


 一歩後ろに続くアルカも同じようで、俯きながらも不安そうな表情を浮かべている。彼らの教室の前にたどり着くと生徒たちが中を伺うように入口の戸を取り囲んでいた。


「あー……。アッシュ、だっけか」


 ノアールが来たことに気が付いた男子生徒の一人が声をかける。


「ちょっと、今は──」


 教室に入ろうとするノアールを彼は声をかけて引き留めた。その表情は意地悪をしてやろうなどというものではなく、どこか困ったような表情だった。


 何が起きたのだろうかと困惑していると教室の中から怒声が響いた。


「貴様が何をしたのかわかっているのか?! 中層民ごときが!!」


 そのどこか幼げも残る特徴的な声、その声はノアールもどこか聞き覚えがあった。


「エルドレッド様だ」


 誰かが声を上げた。ユリウス・エルドレッド。この学園に通う貴族たちの中でもかなり高位に存在する貴族の子息だ。傲慢、不遜。かれの態度を表現する語彙はいくらでもあるが、この学園ではそれも通用しない。


「貴様が遅れなければ……! 我の分まで全てやれと命じたではないか!」


 その言葉で何が起きたのかおおよその察しが付いた。確か今週は彼とリゼルが日直の役割だったはずだ。きっと何か不手際があり、叱責された。そしてその怒りをリゼルにぶつけている。というところだろうか。


「この人器無しごときが! アララト家などという没落した家がこの学園に──」


 ユリウスの声がさらに響く。近くにいた上級生たちも何事かとその様子を遠巻きに見ている。早めに止めなければ厄介なことになると思った瞬間、少女の声が響いた。


「辞めてください!」


 一瞬、静寂が訪れた。


 まさか、リゼルが言い返すとはその場の誰もが予想していなかった。


「わっ、私が貧乏なのは事実です……。でも! 家族、を。家を侮辱するのは──」


 許しません。その後に続くであろう言葉。だが、もしそれを発すればどうなるだろうか。聞いていられなかったノアールは勢いよく戸を開ける。


「そろそろ良いかな~?」


 何も知らないふりを貫く。彼女にその言葉を言わせてはいけない。


 中に入ると予想通りユリウスとリゼルが対峙していた。リゼルは青ざめた顔をして、ユリウスは顔をほんの少し赤くしている。彼の金色の髪と幼げの残る表情故だろうか、実際よりもその頬は赤く見える。


「成り上がり者は黙っていろ! 今、我はこの者を躾けているのだ!」


 傲慢な物言いに背後に控えるアルカの眉が動く。何か言い返そうとする彼女をノアールは手で制する。いま、ここで事態を混乱させるのも得策じゃない。


「一体なぜ貴様らのような中層の民が人器の保有が許されたのだ!」


 その一言は、場を凍らせた。一瞬で周囲からノアールに向けられた視線の色が変わる。最初はある種喧嘩を諫めようとする者に対する尊敬。だが、今や疑念の色の方が濃い。


「貴様らのような、不潔な血が──」


 血、その一言についにリゼルが声を上げた。


「許しません! 私の家だけじゃなく、ノアール君の家まで!!」


 最早、この喜劇を止める術はない。


 許さない、その一言を待っていたかのようにユリウスは口角を吊り上げた。貴族として、発言に責任を持たなければならない。


「許しません。許しませんねぇ」


 彼は何度も繰り返しながら言葉を確認する。そして、教室の隅で控える少女型の人器に視線を向けると、周囲を光が包み込む。すると、彼の手元には青く染まった片手剣が現れる。


「決闘だ! 許さないといったなら実行してもらおうじゃないか!」


 挑発的な彼の表情にリゼルは絶句した。ようやく、自分の発した言葉の意味に気が付いたようだった。


「それとも、屈服して言葉を取り消すか?! 誇りとやらがあるなら、できないだろうけどね!」


 ユリウスのその言葉にノアールは拳を握りしめた。表向き、生徒間は平等であるとはいえ。これ以上目立ってエルドレッド家から目を付けられるのは避けたい。


 頼む、折れてくれ。ほんの一時の屈辱など耐え忍んでくれ。


 どこか祈るかのようにノアールはリゼルを見つめた。視線の先の少女は困惑している。いや、戸惑っている。そして、ぎゅっと目を瞑り、深呼吸をする。


「だったら! 私が勝ったらその言葉、取り消してください! 私の家名、そしてノアール君を侮辱した言葉を!」


 リゼルの強い決意を宿したその瞳に、ノアールは最早言葉を持たなかった。




 そのまま、決闘の話はあれよあれよという間に決まってしまった。今日の午後に闘技場が空いているためそのまま決闘を行うことが許可され、その内容が学園内に周知された。


 人器を持つユリウスと人器を持たないリゼル。


 誰の目にもその勝敗は明らかだった。




◆◇




「お兄様は助けないのですか」


 その日の昼食時、いつもの中庭でアルカがふとそんなことを尋ねた。


「目立ったら意味無いだろ」


「まぁ、そうですけど……」


 どこか納得しない表情を浮かべながら彼女は鞄からいつものように昼食を取り出した。今日は珍しくサンドイッチではなく、布に包まれた弁当箱だった。久しぶりのそれに目をノアールはどこから嬉しそうにその蓋を開ける。


「おぉ、米か。久しぶりだな」


「はい、昨日の夜に市に行ったら売っていましたので」


「いつの間に」


 彼女の言葉にノアールは驚きながらも、弁当の中へと視線を戻す。そこには豚肉の腸詰やら卵料理やらが彩られている。ただ、それ以上にノアールの目線を引いたのは──。


「白米じゃないか」


 表面に浮かんだ水分でキラキラと輝く白米。


「しばらくは黒パンですがね」


「まぁ、たまには良いもの食べないとな……」


 どうしたって毎日同じものばかり食べていたら気が狂ってしまう。食べようと箸を手に取ったノアールをアルカはじっと見つめる。


「なんだ」


「一つ、お願いがあります」


 その真剣な眼差しにノアールは箸を止める。彼女から要望するというのは初めてのことだった。何か面白いものが起きる予感がした。


「決闘、私もお供してもよろしいでしょうか?」


「は? 見に行かないぞ」


 その言葉にアルカは驚いたような顔をする。


「結果もすべて分かり切っているのに、意外と嗜虐趣味があるのか?」


「いや──。そんな、ことは」


 ノアールの問いにアルカは俯く。


 人器のないリゼルは一体どう抵抗するつもりなのだろうか。まさか、ただの武器で抗おうとでもいうのだろうか。


 アルカはそれも理解しているはず。勝ち目はない。だが、アルカは胸の前でぎゅっと両手を握る。


「誇り、リゼル様は。誇りをかけています」


「誇り、ね」


「ユリウス様はリゼル様の尊厳を傷つけられました。そして──」


「無謀な戦いを挑む理由にはならないだろ」


 彼女の言葉を、ノアールはそう切り伏せる。だが、彼女はそれでもじっとノアールを見つめる。本当にそれでいいのか。と。


「無謀な戦いはお兄様だって」


 その言葉を聞いて、ノア―ルははっとした。自らの使命が脳裏を過る。そして、無謀な挑戦を否定することは自分たちの存在意義を否定することに気が付いた。


 ノアールは小さく溜息を吐いた。これ以上抗う言葉を持たない。


「わかったよ。見に行くだけだからな」


 その言葉に、アルカは満面の笑みを浮かべた。




◆◇




 それほど娯楽の多くない学生生活の中で、生徒同士の決闘は非情に人気の娯楽と化していた。ましてや、悪い意味で目立っているリゼルと、同じくその振る舞いが目立つユリウスのそれとなれば多くの生徒が一目見ようと決闘場に集った。


 円形の広間を囲うように1段高くすり鉢状にそびえる観覧席には生徒たちがまばらに座る。ノアールとアルカはその中腹くらいに腰を降ろして遠目に、その様子を見ていた。


(悪趣味なもんだよな)


 この場にいる大半の人間が血肉沸き立つような決闘を見に来たという訳ではないだろう。9割がた、いや。9割9分は思い描いたような結果になるはずだ。


「お兄様──」


 左隣に座る妹も、おそらくそのことは解っているはずだ。不安そうな表情を浮かべて闘技場の中心を見つめている。


「無駄に喋るなよ。疑われても困る」


「……はい」


 冷たく言い放ったその言葉にアルカは目線を伏せる。彼女は特異な人器だ。ある程度の自立した意思を持つ。故に、命じられる前から食事を用意したり、勝手に食事を手配したりする。


 彼女の潤んだ紅色の瞳をみて、ノアールは思わず「悪い」と口にしそうになった。だが、その言葉は飲み込む。きっとそれは彼女を救うものではなく、ただの自己満足にすぎないだろうから。


 その瞬間、会場が歓声に包まれる。


 ──あぁ。始まってしまった。


 その音ですべてを察した。


 ノアールが視線を落とすと、足先の方向にある入口から一人のリゼルが出てくる後姿が見えた。そのまま視線を持ち上げ、反対側の入り口を見ると少年、ユリウスが歩いてくる。


 二人の手にはそれぞれその見た目には似つかわしくない武器が握られている。ユリウスが握るのは教室での諍いの際に見せた青色の片手剣。


 まるでラピスラズリでできているかのような青色のそれは、高貴な家柄であるユリウスを象徴するようなものであった。


 だが、群衆の視線はそちらではなく、リゼルの持つ武器に注がれる。


 彼女が持つのは銀色に輝くレイピア。誰の目に見ても明らかだ。ただの金属。そう、彼女は結局人器など用意することができなかった。


「ねぇみて、アレ」


「本当にアレで戦うつもりなのか?」


 その姿を見て周囲の子供たちがざわめき、嘲笑の雨が彼女に送られる。だが、彼女はそれを振り払うようにレイピアを抜き、祈るように自分の前で構える。


 お互いの距離が10歩ほどまで近づくとユリウスは口を開く。


「命乞いをするなら今だぞ?」


「アララト家の誇りを侮辱した貴方に、頭を垂れるくらいなら!」


 多くの生徒たちはその無謀な言葉に嘲笑の声を上げ笑う。だが、時として誇りや尊厳は自らの命を上回ることを理解している1部の上級生や教師たちはむしろ息を呑んだ。彼女の覚悟、そして この後起きるかもしれない惨劇を前に表情を強張らせる。


 向かい合った二人は静かに、剣を構える。余裕そうな表情を浮かべるユリウスと対照にリゼルはぎこちない笑みを張り付ける。


「では、いくぞ」


 その声と、斬撃。どちらが早かっただろうか。


 ユリウスは構えた剣を天高く振り上げると鋭く振り下ろす。刹那の攻撃、切っ先は孤を描き──。


 空を切った。


 一瞬たりとも集中を切らしていなかったリゼルは振り上げると同時に右足を横に踏み込み身を翻す。彼女の鼻先を青色の刀身が掠め、凄まじい轟音が辺りを支配する。


 戦える。そう思ってしまったのはきっと慢心ではないだろう。冷静に考えればこの後はリゼルが攻撃を繰り出す側だ。


 だが、そうはならない。


 直後、リゼルの腹部に強烈な衝撃が加わり、彼女は大きく吹き飛ばされる。


「ッ?!」


 音にならない驚きの声と共に吹き飛ばされるリゼル。彼女を視界に収めながらノアールは不快そうな表情を浮かべていた。


「かなうはずがない」


 人器とはそういうものだ。


 吹き飛ばされたリゼルはよろよろと立ち上がり、姿勢を整えようとする。普通なら、ここでお互いににらみ合いになるだろう。だが、ユリウスは常軌を逸した速度で詰め寄る。


 突然の出来事におびえたリゼルは慌てて刺突を繰り出す。


 だが、人器の前にはそれも無意味だ。ユリウスは軽やかに身を翻すと紙一重でその刺突を避け、剣の腹で横薙ぎにリゼルの腹部を殴打した。


 あえて、刃はリゼルに向けず、衝撃を内蔵に響かせる。その攻撃にリゼルは顔を真っ青にして口から血を吐き出す。


「そろそろ、詫びるか? 我に歯向かってしまったことを! 地面に頭を垂れて詫びろ!」


 その様子を見てユリウスは声高に勝利を宣言した。誰の目に見ても、リゼルがかなうはずがないと明らかだった。


 彼のいやに高い声は闘技場に反響する。その声を聴いて、納得の表情を浮かべる者。笑みを浮かべる者様々だった。


「お前が見たかったのはこれか?」


 だが、ノアールはそうではなかった。苦々しく、唾棄すべきその拷問ショーを前に露骨に表情に出していた。そして、その横で暗い表情を浮かべて俯く銀髪の人器。


「普通の人間じゃぁ勝てないんだよ。人器には」


 驚異的な反応速度、瞬発力、脚力、膂力。人器の使用者はその武器に込められた人間の魂を燃料に己の筋肉や脳を燃え上がらせる。


 結果が、これだ。お互い鍛錬などろくに積んでいないだろう。だが、人器とはこういうものなのだ。


「理不尽、です。許され、ません」


 ようやく絞り出されたアルカの声にノアールは鼻で笑って答える。こうなることなど誰よりも彼女自身が良くわかっていたはずだ。今更後悔するなど遅い。


「さっさと、諦めれば──」


 彼は目を閉じてそう口にした。その、直後。




「誰が諦めるものですか!!!」


 


 リゼルの悲痛な叫びが響いた。フラフラと何とか姿勢を維持しながらユリウスに滲みより、刺突を繰り出す。それは、あまりにも遅く、最早攻撃ですらない。


 それを目の前にユリウスは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべると剣を振り上げる。何度も響き渡る金属音。だが、リゼルには一向に衝撃が襲い掛かってこない。


 茫然とする彼女の視界に移ったのは。


 空中を舞う己の獲物の残骸だった。


 柄から先が無残にも切り刻まれ、宙を舞っている。あぁ、これが。理不尽。


 それでも、彼女は諦めるわけにはいかなかった。誇りを、尊厳を守るために。ここで屈服すれば一生負け犬だ。その強迫観念が彼女を突き動かした。


「負ける……もんかぁっ!」


 リゼルはレイピアだったモノを放り投げると拳を握りしめ、それを繰り出した。剣がないなら己の腕で、腕を斬られれば足で。最後は噛みついてでも誇りを保ってやろうと彼女は覚悟していた。


 その光景を前にノアールは妙な胸騒ぎを覚えた。


 だが、すぐにその原因は理解した。彼女の必死の形相は過去の自分に似ているのだ。暗く、砂にまみれた地獄で心に刻んだ──。


 復讐に燃える、執念の表情だ。


 ユリウスも対面する少女の異様さにようやく気が付き、頬を冷や汗がながれる。彼にとってみればここまで抵抗されることは予想外なのだろう。


 どのようにして収拾を付けるべきか。彼の脳を焦り、焦燥感が埋め尽くした。


 もはや狂気ともとれるリゼルの執念に誰もが困惑していた。止めることができるとすれば──。


 その瞬間、アルカがノアールの手を握った。


 そうか、そのためか。端からわかっていたのか。


 主人が従者の糸を理解したとき。ノアールとアルカの視線が交わる。冷たい彼女の手から感じる非人間的なその体温とは裏腹に彼女は──。




 ──笑って、いた。




 直後、アルカが光の粒となる。


 当然のように両手に生成される二振りの純白の曲刀。彼女の瞳の色に沿ったようにそれぞれ赤色と黄金色の宝石によるあしらいが施されたそれは、芸術品のように美しい。


 銀髪の少年それを強く握りしめると天高く跳躍する。ほんの一瞬、視界の先に見えたのは島の外縁。そして、その先に広がる雲海。すぐに彼の体は重力を思い出し、闘技場にいるリゼルとユリウスの間に割って入るようにして着地する。


 突然の出来事に呆然とする二人を他所に、ノアールは不敵な笑みを浮かべた。




「そういえば──。俺のことも侮辱していたよな? 俺とも決闘たたかってくれよ」

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