第4話 今までとこれからと
村尾さんと二人で、街に出発するところだ。
目的は、ギルドへの達成報告をいくつかと、溜まってしまった素材の引き取り依頼。
そしてそのあと、特に目的なく、街のお店を回ってみることになっている。
あと、今日は自分も村尾さんもお昼が早かったので、露店に美味しそうなものがあれば食べてみよう、という計画だ。
ただ村尾さんはコストパフォーマンスに厳しいので、そこはまだ流動的だろう。
自分が先に勝手口から出て、村尾さんがついて出てくるのを見てから、パタンとドアを閉める。
ここで村尾さんが軽くドアを引いてみて、ロックを確認。
納得したらしく、自分を見て、真剣な顔でしっかり頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
流れるように外出の作法をこなしてから、街に向かって並んで歩きだした。
村尾さんは白のブラウスに、前掛けを結んだ緑のロングスカート姿。買い物に出るときの定番になっている町娘風の装いだ。
この家はもともと農家だったため街から少し離れており、街の入り口に着くまで10分くらい歩く。
街道に出るまではまず林を抜けて、畑の中の小径を歩くことになるが、今は畑は殺風景だ。
「もう何もなくなりましたね」
村尾さんは歩きながら、周囲の畑を見渡して、続ける。
「最初ここに来たときはすごかったですよね。人だらけで」
「ホントすごかった。この人たちどこから来たの? っていうくらいいたし」
自分たちが今の家に引っ越したのは、いわゆる収穫期だったのだ。
「バイトも募集してましたしね」
「うん。やってみてもよかったかな」
「ですよね。……たぶん、かなりきついと思いますけど、収穫はやってみたかったです」
「そうなの?」
「はい。小麦もライ麦も、パンやお菓子になるものですし」
思わず笑みがこぼれた。
収穫に興味がありそうなのは少し意外だったが、村尾さんらしい理由だった。
でも、村尾さんと一緒に農作業に汗を流すのは悪くない気もする。
街の宿を拠点にしていた頃は、気持ちの余裕がなかったこともあるが、街の外の風景は討伐エリアに向かう街道から遠目に見ているだけで、あまり関心を持てていなかった。
季節感というものを感じられるようになったのは、ここ最近のことなのだ。
「でも、今度は種まき、だよね」
「そうですね。もうすぐだと思います」
「また募集あるかな」
「さあ……。でも興味あるなら、家もちょうどいい場所にあるし、畑を借りて農家をやってみるのもいいかもしれませんね」
村尾さんは手を後ろで組んで弾むように歩きながら、自分に顔を寄せて楽しそうに話す。
誘ったら喜んで大地に根を下ろしてしまいそうだ。
「まあ、まずはバイトで適性を見てから……でいい?」
「それは手堅いですね。相良くんらしいです」
そんな話をしているうちに、畑を抜けて、街道に出た。
一度立ち止まり、振り返って景色を眺める。
秋の深まりを感じさせる涼しい風が、村尾さんのスカートの裾を揺らしていく。
いわゆる『異世界』なのだが、こうして見る限り異世界感はまったくない。
「4ヵ月くらい、経ったんですよね」
村尾さんがポツリと言う。
「うん……」
もちろん、この世界に転移してからの期間のことだ。
少し言葉選びに慎重になる。
転移事件は今の生活のきっかけにはなっているが、そこにはあまり思い出したくないこともあったからだ。
◇◇◇
自分たちがキャンプ合宿での転移に遭遇する少し前のことだが、そのころ元の世界では、
「ゲームみたいな世界に転移して、戻ってきた」
そういう趣旨の体験談を発信している人がいた。
しかも同じような体験が複数発信されている、というので、ちょっと話題になっていたのだ。
自分はあまり興味を持っていなかったが、クラスメイトの男子数名が熱心にこの情報を追っていた。
そしてこのキャンプ合宿、皆が明らかな異変を感じたとき、「『アレ』と同じだ」と彼らは強く訴えた。
自分も含め、アウトラインだけを知っている人も、このあまりの異常さに、たぶんそうかもしれない、と考えた。
だからといってこのとき何かが解決できるわけでもなかったが、
・帰還した人がいるのだから、帰還はできる
という点と、
熱心なクラスメイトが話す『帰還者』の体験談、
・その世界で死ぬと、その世界の別の場所にまた転移する
・元の世界に帰還すると、最初の転移の時点に戻っている
この2つの追加情報は、救い、とまではいかないが、最悪の事態の中の、ギリギリの安心材料にはなった。
死んでも大丈夫だし、行方不明になって家族や知人に心配をかけることもない、ということになるからだ。
肝心の『どうやれば帰れるか』については、話が色々あってよく分からないということだった。
しかし、実際の「死んでも大丈夫」という事態は、それは単に言葉として聞くのとは全く別種の、衝撃的なものだった。
◇◇◇
その日、この世界に転移してしまった後。
クラスの皆で話し合いながら、集団で移動したり、分担して周辺を探索したりと、色々と行動したが、やがて日も落ちて暗くなったため、誰かが持って来ていたライターで小さく火をおこし、一か所に固まって明るくなるまで休むことにしていた。
周辺には猛獣がうろついていることも分かっていたので、横になって眠るなど考えられなかったが、夜が更けるとともに、半分眠っているような状態に皆がなっていった。
そんなときだった。
地面に少し揺れを感じた直後、暗がりから突然、見上げるほど巨大な、ヒグマ型の生き物が現れたのだ。
あまりの驚きと恐怖に、誰も声が出なかった。
行動もできなかった。
夢か現実かも曖昧だった。
しかし無造作にドスドスと近づいてきたその巨大な生き物は、巨木のような腕を振り上げる。
グオォォォ!!――
周囲を揺るがす雄叫び。
巨大な腕は、一か所に固まっている自分たちを薙ぎ払った。
薙ぎ払われたクラスメイトの一団5~6名は、金色の粒子になって、大気の中に溶けるように消えた。
一瞬の沈黙。
そして、悲鳴と、逃げろの叫び声が一斉に起こり、全員が立ち上がって走り出した。
間に合わなかった一団が、また巨大な生き物に薙ぎ払われ、金色の粒子になって消えた。
自分も慌てて、全力で逃げ始めていた。
が――
ふと振り向くと、動揺のあまりか、立ち上がれずに座り込んだままの一人の女子が目に入った。
村尾さんだった。
巨大な生き物が、動けずに座り込んだ村尾さんの目の前に立っているという、衝撃的な光景がそこにあったのだ。
村尾さんは、ただそれを見上げるだけで、動く気配がない。
このあたり、自分で何をどう考えたのか、よく覚えていない。
気が付いたとき、自分は座り込む村尾さんを背に、巨大な生き物――ブルーベアの前に立ちはだかっていたのだ。
◇◇◇
捨て身だったのは事実だ。
が、希望をまったく持っていなかったわけでもなかった。
この日の日中、自分は探索中にブルーベア2頭に相次いで遭遇し、死をリアルに感じるほど追い回されていたのだ。
そして――
いや、そのときのことは今はいいだろう。
とにかく自分はそれを逃げ延び、レベルが20まで上がり、剣スキル『スマッシュ』も得ていたのだ。
勝負には、なるかもしれない。
それだけで、立たない理由はもうなかったと思う。
このときずっと後方から、逃げたクラスメイトたちの新たな悲鳴と、ブルーベアの雄叫びが聞こえた。
後ろから別のブルーベアが現れたようだ。
状況はもはや絶望的だが、もう振り向くこともぜず、気にすることもなかった。
「相良くん!」
気持ちを取り戻したのか、村尾さんが叫ぶ。
これにも振り向かず、村尾さんに左の手のひらを後ろ手に向けて、下がっているように伝える。
精神集中し、『スマッシュ』を強く意識する。
眼前に半透明のパネルが広がり、映し出されたステータス画面の右端、『スマッシュ』の文字が明るくなった。
その横の『2/2』の表示から、使用回数は2回と分かる。記憶の通りだ。
剣はまだ左の腰に差したまま。
グッと腰を落として、右手で剣の柄を強く握る。
思い切って踏み込み、横薙ぎの居合切り、一閃――
手応えはあった。
下がって剣を戻し、すぐ構える。
一撃を浴びたブルーベアがよろめく。
視界の右上に『ブルーベア Lv67』の表示が現れ、その下にHPバーが表示された。
バーは左にスーッと下がっていき、しかし半分の、少し手前で止まった。
(足りないか……)
しかし考えている暇はない。
すぐに腰を構え、剣の柄を握って、もう一発だ。
ブルーベアはまだ動き出せていない。
スマッシュを発動。
踏み込んでの居合切り、二発目――
これもヒット。
HPバーはさらに左に下がっていくが、予想通り、残り1割、というところで止まる。
しかし瀕死に近づいたブルーベアの動きは鈍いようだ。
あとは通常攻撃で削るしかない。
中1の頃から今まで、部活の代わりに月に1度だけ通っている居合道場の、その経験だけが頼みだ。
すぐにいく。
同じ姿勢から踏み込み、抜きざまに横薙ぎの一撃、そのまま上段からの斬り下ろしでもう一撃――
手応えはあった。
が、かなり弱い。
それでも1割の半分は削れた。
あと1回だ。居合切りからの連撃をあと1回。
ここでブルーベアが、最後の力を振り絞ったか、右手を、自分の頭を掴むように突き出してきた。
居合切りは間に合わず、両腕を交差してブルーベアの右手をブロックする。
それは間に合ったが、強烈な衝撃と圧力だ。
なんとこれだけで自分のHPの3分の2が削られた。
これがレベル67とレベル20の差なのだろう。
ブルーベアは右手を引いて、もう一発を狙ってくる。
ダメだ。
間に合わない――
◇◇◇
そう思った時だ。
自分のHPバーが光り、ほんの少しだが回復しているのが見えた。
よく見ると、半分以上まで戻っている。
何が起きた?
するとまた光って、少し回復する。
断続的に、HPが少しずつ回復しているようだ。
戸惑っている暇はない。
たぶんもう1回、チャンスができた。
タイミングはだいたい分かった。
ブルーベアの右がくる。
両腕でブロック。
HPバーが左側ギリギリまで下がるが、ここで止まらず懐に飛び込む。
HPが激減したせいか動きがかなり重いが、それも気にしない。
腰を落として、右手で剣の柄を強く握る。
腕の力で斬らない
剣の重みを、刃身に真っすぐ乗せるように、振り抜く
そして振り抜く
居合道場で学んできたことをトレースしながら、連撃を浴びせた。
すぐに下がって納刀し、次の動きに備えるルーティーン。
ブルーベアのHPが左いっぱいまで下がり、そして消える。
それと同時に、『ブルーベア Lv67』の表示も消えた。
構えを解いて、力を抜く。
なんとか、守れたようだ。
彼女を。
◇◇◇
しかし振り向くと、また予想外の事態になっていた。
村尾さんがその場で倒れているのだ。
駆け寄ってしゃがみ、抱き起すようにして、自分の左脚に村尾さんの背中を乗せる。
顔に血の気が全くない。
ショックが強かったせいかもしれないと思ったが、それにしては何だか様子が変だ。
重度の酸欠のように、呼吸がかなり荒い。
後ろにいるはずのもう一頭も気になるが、まずは村尾さんだ。
脈を確認するため、苦しそうな呼吸を繰り返す村尾さんの左手を取ると
「あ……」
小さく声を上げる。
そして、何か求めるようにその手を動かして、自分の右手を握ってきた。
「う……」
また声を上げた。
このとき、気が付いた。
自分のステータス画面のMPバーが、少しずつ下がっているのだ。
村尾さんは目を閉じたままだが、気のせいか、顔に赤みが戻ってきているように見える。
村尾さんは、指と指を絡めてきた。
不必要と思えるほど、必死に。
やがて、がっちりと握り合う感じになった。
「あ!――」
自分のMPバーの減り方が早くなった。
村尾さんの顔が、みるみると血色を回復していく。
どうやら手の接触で、自分から村尾さんにMPが供給されているようだ。
村尾さんはMPが枯渇して、それで倒れてしまったということかもしれない。だとすると、分かってくることがある。
とにかく、今はこうしているのがいい。
落ち着いてきたところで視線を上げて、後方の様子を確認する。
目を凝らすが、ブルーベアも、クラスメイトたちもそこには見えなかった。
◇◇◇
手を握られる力が、徐々に弱くなってきた。
ゆっくりと、手を離してみる。
もう大丈夫そうだ。
浅い睡眠に移行したのだろう。
周囲に神経を向けながら、村尾さんをそっと芝の上に降ろした。
いつでも戦いに立てるように片膝でしゃがみ、周囲と、村尾さんを見守った。
しばらく、時間だけが流れた。
何も来ないし、他に誰もいないまま。
夜風が柔らかく吹くと、そのたび村尾さんの前髪が、小さく揺れた。
どれくらいそうしていただろうか。
彼女に視線を落としたときに、ちょうど村尾さんが、ゆっくり目を開いた。
しばらく目が合う。
「相良くん」
村尾さんがポツリと、抑揚なく言った。
「……起きた?」
驚かさないように、なるべく静かに言う。
村尾さんは起き上がろうと体を動かしたので、その肩と背中を支えて、ゆっくりと起こした。
「もう少し、休んでた方がいいよ」
聞こえていないように、村尾さんは自分の方に片手を伸ばす。
肩、上腕と順番に触れて、手首の上あたりを、強めに握る。
「相良くんだ……」
そういうと、今まで見たことのない、無邪気な感じの笑顔を見せた。
「……うん」
自分も笑顔を見せて、頷く。
村尾さんは、フフッと静かに笑う。
そして、ゆっくり視線を上げて、しばらく周囲を見渡す。
「誰も……いないですね……」
そういって、少しの間、無言だった。
何があったか、思い出しているようだ。
「そのうち、誰か戻ってくるかもしれないし」
そう言ってみたが、聞いていないようだった。
村尾さんは視線を戻し、自分の顔をじっと見る。
みるみる涙が溜まっていくのが見えた。
「ダメだよ、相良くん……あんな……」
「……」
「あんな危ないことして――」
自分の手首を右手で強く握りしめたまま、左手で口元を抑えた。
嗚咽混じりに変わる。
「相良くん……消えちゃうかも――しれなかったよ」
どう答えていいか分からず
「ごめん。もっと楽勝のはずだったんだけど」
そういって笑ってみる。
「――」
村尾さんの嗚咽は止まらない。
自分の言葉はあまり届いていないようだ。
「ごめんなさい。私、怖くて……動けなくなって……」
「……」
「それで相良くんまで……あんな危ない目に合わせて……」
「……」
「――ごめんね!」
嗚咽の中から、絞り出すように言った。
村尾さんの嗚咽はしばらく続いた。
自分はそのまま、彼女が落ち着くのを待った。
そして
「ねえ、村尾さん」
そう話しかけてみる。
まだ口元を抑えたままの村尾さんが、赤くなった目で自分を見た。
「パネル、開ける?」
村尾さんはしばらくそのまま自分を見つめてから、ゆっくりと前方に視線を向けた。
ステータス画面が出たようだ。
そして、尋ねるように自分に視線を戻す。
「何か、増えてない?」
それを聞いてもう一度、ステータス画面に視線を向ける。
しばらく見渡して、
「『回復』……?」
そう言った。
思った通りだ。
「うん。それ」
「これ……魔法、ですか?」
その口調から、少し落ち着いたことを感じて、続けた。
「あのままなら、自分は消えてたと思う」
村尾さんは黙って自分を見詰める。
「村尾さんが、『回復』で救ってくれたんだ」
「魔法で……ですか?」
当然、覚えがあるはずもない。
少し考えて、言ってみる。
「自分いま、HPがあんまりないんだ」
これは本当だ。
ブルーベアとの戦いでギリギリまで削られたあと、自然回復で少し戻っただけだ。
村尾さんが驚いたように目を見開く。
「回復、お願いできる? でも1回だけ」
村尾さんは少し自分を見詰めてから、静かに目を閉じた。
精神集中しているようだ。
やがて自分のHPバーが光り、バーが右側に、2割くらい動いた。
それに合わせて、体もスッと軽くなる。
村尾さんが目を開ける。
「ありがとう。すごく楽になった」
「……私が。『回復』で……」
たぶん実際に発動させてみて、あのときの感覚が蘇ったのだろう。何が起きていたのか、理解したようだ。
「うん。それで勝てたんだ」
村尾さんが俯く。
「……私もう、ただ祈るしかできなくて……」
「……」
「でもそれが魔法になって届いてたなら……」
村尾さんは視線を上げた。
「うん……少しは……よかったのかな」
自分は、ただ黙って頷いた。
多くのことが一度にありすぎて、まだ時間が必要に思えた。
ただ、お礼も慰めも、今はもう必要ないと思った。
「……」
村尾さんは視線を落として、彼女が掴んだままの、自分の左の手首のあたりを見た。
仕草が、ちょっと吹っ切れた印象に変わった。
「相良くんの手、ちょっとだけ、借りていいですか?」
「……え~と、手を?」
「はい」
すぐに頷いて言う。
「別に、いいけど」
村尾さんは手を引き寄せて、その頬に自分の手のひらをそっと当てた。
そして目を閉じた。
「あ……えと」
戸惑う自分を気にしていないように、目を閉じたまま
「相良くん。ありがとう――」
そう言って、頬をより強く押し当てた。
「本当に、よかった」
村尾さんは、しばらくそのまま動かなかった。
自分も手を掴まれたまま、そんな村尾さんをただ見ていた。
その言葉が、今のすべてのような気がした。
このあと自分と村尾さんは、明日からのことを話しながら、夜明けを待った。
◇◇◇
街道の脇から、どこまでも広がる畑を眺めていた。
隣の村尾さんに目を向ける。
ブラウスにロングスカートの、町娘風の装い。
遠い視線で、景色ではない何かを見ているようだ。
考えれば、自分もそうだったような気がする。
「そろそろ行こうか」
村尾さんは我に返ったように自分を向くと、笑顔を見せた。
「そうですね。あんまりゆっくりしてると、日が落ちちゃいます」
二人で並んで、街道を街へと歩き始めた。
気のせいか、さっきまでより村尾さんの位置が近い気がした。
※※※
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