初めてのデート
とある大きな街にやってきていた蓮は、今の状況に心の中で困惑していた。
(俺……なんでハナさんといるんだろう?)
蓮はチラリと隣に視線を向ける。
彼の隣には和風美少女―――ハナが歩いていた。
シンプルなデザインのスカートとシャツ、そして和風コートを着ており、化粧もしている。
まさに大和撫子という言葉に相応しい美しさ。
その証拠に何人もの男達が足を止めて、ハナに見惚れていた。
そしてハナに見惚れていた男達のほとんどは、一緒にいた恋人らしき人に強く叩かれた。
「あの……ハナさん?なぜデートなんか……」
「フフフ。いい男と遊びたい……それ以外に理由はいりますか?」
ハナは蓮の腕に優しく抱き付いた。
彼女に抱きつかれた蓮は目を大きく見開き、頬を赤く染める。
「顔が赤いですよ?もしかして私を意識してます?」
「まぁ……はい」
嘘である。
本当は蓮はハナを女性として好意を抱いていない。
ただ驚き、美少女に触れられて僅かに興奮しているだけ。
(こんなこと……言えるわけないよな)
心の中でため息を吐く蓮を、ハナは強く引っ張った。
「あそこのクレープ屋さんでクレープを食べましょう」
ハナが指を指した方向には、クレープのキッチンカーがあった。
人気なのか、多くの人が並んでいる。
「行きましょう」
「は、はい」
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列に並び、三十分後。
ようやくクレープを買えた蓮は一筋の汗を流しながら、ハナを見ていた。
なぜか?
その理由は果物と餡子、生クリーム、蜂蜜たっぷりの大きなクレープをハナが上品に食べていたから。
見ているだけで口の中が甘くなりそうなクレープ。
蓮が注文したただのバナナ生クリームクレープとはまったくの別物。
怪物級クレープだ。
それを美味しそうに食べているハナに、蓮は言葉を失っていた。
「蓮くんも食べてください。美味しいですよ?」
「え?いや…俺は……」
「はい、あ~ん」
巨大クレープを近づけてくるハナ。
彼女の厚意を断ることができず、蓮は一口だけパクリと巨大クレープを食べた。
直後、ハンマーに殴られたかのような衝撃的な甘さが蓮の口の中に広がる。
あまりの甘さに蓮は吐きそうになり、口を手で押さえた。
そしてなんとか呑み込み、苦笑を浮かべながら親指を立てる。
「おい……しかったです」
「よかったです」
まるで桜の花のように美しい笑顔を浮かべるハナ。
そんな彼女を見て、蓮は思わず見惚れた。
そして……僅かに表情を曇らせる。
<><><><>
クレープを食べ終えた後、蓮とハナは大きな本屋に立ち寄った。
漫画やライトノベル、絵本に専門書などの多くの本が棚に並んでいる。
「ここには多くの本がありますね」
「ええ。あ!見てください、大人気の本『俺の腕の中で泣かせてやるよ。クソアマ!?』がありますよ」
「それ本当に人気なんですか?タイトルを聞いただけでヤバそうな感じなんですけど」
「こっちには直木賞の『あなたは浮気を喜んで受け入れますか』があります」
「おかしい。おかしいですよ。すっごいドロドロとしているような小説が直木賞とか絶対におかしい」
蓮は思わず何度もツッコミを入れてします。
「さて次はライトノベルを見に行きましょう。蓮くんにオススメがあるんです」
「あれ?ハナさんってライトノベルを読みましたっけ?」
「はい。私も興味があって」
そう言ってハナは蓮を連れて、ライトノベルが売っている場所に向かう。
本棚にはあらゆるライトノベルが並んでいる。
ミステリー、バトル、ファンタジー。
多くのライトノベルを見て、蓮は瞳をキラキラと輝かせた。
そんな彼を見て、ハナはフフフと微笑む。
「どうしました?」
「いや……子供みたいに瞳をキラキラと輝かせて可愛いなと。王級魔獣すら倒せる魔法少女とは思えないなと」
「アハハ。すみません、お恥ずかしいところを」
苦笑を浮かべながら、蓮は頬を指で掻く。
「あの……なんでライトノベルが好きになったんですか?」
「え?そうですね……俺の先祖である姫神璃々様がきっかけですかね」
「え?《剣神》ですか?」
意外だと思ったのか、ハナはパチパチと目を瞬かせる。
「はい。俺は幼い頃、強くなる近道はまず魔法少女最強だった姫神璃々様を知ることなのではと思いました」
「なるほど……確かにその通りですね」
「そこで璃々様が大切にしていたものを調べたんです。ほとんどは夫との思い出ばかりだったんですけど……その中にラブコメ系のライトノベルがあったんです。タイトルは確か……『聖女の血を持つ私は必ず幼馴染の男の子と結婚します』というものでした」
「あ、はい。そのタイトルを聞いて、璃々様の夫が幼馴染だというのがわかりました」
「そのライトノベルを興味本位でチラッと読んだらハマってしまって。それからはライトノベルが好きになりました」
「そうなんですか……それにしてもあの《剣神》がライトノベルを読んでいたとは驚きです」
「そうですね。俺も最初はそうでした……もっとこう……剣を振るう毎日を送っていた達人かと」
ハナと話をしながら、なにか面白いライトノベルはあるかなと蓮は本棚に視線を向ける。
そしてあるライトノベルを見て、表情を僅かに暗くした。
彼の視界に映ったのは、複数の女性キャラに囲まれた男キャラのイラストが描かれたライトノベル。
ハーレム系ラブコメライトノベルだ。
(ハーレム……か)
ハーレム。
それはまだ恋愛感情があった蓮が本気で叶えようとしていた夢。
しかし恋愛感情を失ってから、どうでもいいと思ってしまったもの。
もうハーレムを作りたいという気持ちは蓮の中にはなかった。
あるのは胸に空いた穴のみ。
(もう忘れよう。ハーレムなんて)
蓮が左右に頭を振っていた時、
「蓮くん。このライトノベルですよ、私のオススメ」
ハナの声が聞こえた。
(今はハナさんとのデートを楽しもう)
自分にそう言い聞かせて、蓮はハナに視線を向けて―――固まった。
ハナがオススメしてきたライトノベルは、黒髪和風美少女と平凡な男のイラストが描かれたもの。
タイトルは『和風美少女と共に僕は歩みます』だった。
「これ……絶対に読んでください」
真剣な表情で圧を放つハナに、蓮は「はい」としか言えなかった。
蓮はハナにオススメされたライトノベルを持って、レジに向かう。
(流石にこれに気付かないほど鈍感じゃない)
デートに誘われ、和風美少女のラブコメ系ライトノベルをオススメされた。
ここまでされたら、バカな男でも気づく。
ハナが蓮に対して抱く気持ちを。
(だけど……俺は)
恋愛感情を失い、大きな穴が開いた自分の胸を蓮は右手で押さえた。
<><><><>
次に蓮とハナがやってきたのは和風のカフェだった。
座敷に木の壁、畳などの日本の良さが詰め込まれたカフェでは多くの客が食事を楽しんでいる。
そして蓮とハナも美味しいクリーム餡蜜を食べていた。
「う~ん。やはり餡蜜はいいですね」
「そう……ですね」
美味しそうに食べるハナを見て、蓮は頬を引き攣ることしかできなかった。
なぜなら蓮が注文した普通サイズのクリーム餡蜜よりも、十倍の大きさのやつをハナが食べていたから。
もしかしてハナさんは大食いなのか?と思いながら、蓮は自分のぶんの餡蜜を食べる。
「蓮くん、蓮くん。ほっぺたにクリームが付いてますよ?」
「え?本当ですか?」
「私がとってあげます」
そう言ってハナは蓮の顔に近付け、彼のほっぺたについていたクリームをペロリと舐める。
「な、なにを!」
蓮は目を大きく見開く。
「クリームを取った……だけですよ」
恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、ハナは微笑んだ。
そんな彼女に蓮は驚く。
そして……驚くだけだった。
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カフェで食事を終えた蓮はハナに連れられてカラオケにやってきた。
「なにを歌いますか?蓮くん」
「そうですね……好きなラブコメアニメのオープニングにしましょうか」
蓮は装置で曲を操作し、音楽を流す。
音楽に合わせて蓮は歌った。
その歌声は聞いている者を癒し、魅了する。
証拠にハナは頬を赤らめながら、呆然としていた。
歌が終わると、ハナは全力で拍手する。
「すごいです!こんなすごい歌……初めて聞きました」
「まぁ……これでも聖女や巫女の家系ですからね。歌と踊りは母に死ぬほど教え込まれました」
死んだ魚のような目で笑う蓮。
そんな彼を見て、ハナは苦笑する。
「やっぱり……歌と踊りって姫神家にとって重要なんですか?」
「そりゃあもちろん。妖怪や悪魔がいる時代、汚れた土地を綺麗にするために姫神家の歌と踊りで浄化したのです。だから歌と踊りは受け継がせないといけないものなのです」
姫神家にとって、歌と踊りは神聖なもの。
妖怪や悪魔によって怪我された大地や湖、空気などを歌と踊りで姫神家の者は浄化してきた。
そして恐怖に支配された人々の心を癒すために、姫神家の巫女は踊り、歌ってきたのだ。
故に蓮は母に戦いだけでなく、踊りと歌を叩き込まれた。
「ただ化物を倒すだけではダメなんです。人々の心を癒してこそ姫神家の巫女です。そして魔法少女になってもそれは変わりません」
「なるほど……流石は姫神璃々の子孫ですね」
「ん?なにか言いました?」
「いえ……それでは今度は私の歌を聞いてください」
ハナは曲を選び、マイクを握る。
そして口を開き、
「ボケエェェェェェェェェェェェェェ!!」
核爆弾並みの破壊力のある歌が、蓮の耳に直撃した。
机に置いてあるジュース入りのグラスが甲高い音を立てて割れ、壁に皹が走る。
「グホ……」
蓮は口から泡を吹きながら、床に倒れた。
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「し、死ぬかと思った……」
とある服屋に来ていた蓮は激痛を感じる頭を手で押さえた。
今、ハナは試着室で服を着替えており、蓮は外で待っているのだ。
「もう二度と、ハナさんをカラオケには連れて行かない」
蓮は強くそう誓った。
「でも……楽しかったな」
ハナとのデートはある意味では普通ではない。
しかし不思議と彼は楽しいと思った。
初めての女の子とのデート。
もちろん『焔』の仲間と遊びに行った経験は蓮にもある。
だがデートという意味では遊んでいない。
「ハナさんが初めてのデート相手でよかった」
蓮はハナに好意を抱いていた。
それは人として、弟子として好きという意味でもある。
だが蓮は確かにハナを異性として好きだった。
そう。恋愛感情がある時は。
「くっ……」
蓮は唇を噛み、胸に手を当てる。
今、彼がハナに対して抱くのは『人として、弟子として好き』というもの。
だがそれだけ。
もう女として好きという気持ちはまったくなかった。
それがどうしようもなく蓮には辛い。
「……こりゃあ結婚も恋人もできないな」
蓮がそう呟いたその時、試着室のカーテンが開いた。
「お……おまたせしました」
「あ、はい。ハナ……さん?」
蓮はただ目を大きく開き、顔を真っ赤に染めた。
「ハ、ハナさん!?なんて格好をしてるんですか!?」
ハナが着ていたのは透明感のある白いワンピース。
肩や胸の露出が多く、下着もわずかに見えていた。
「どう……ですか?」
恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、ハナは上目遣いで問い掛ける。
普通の男なら抱き締めたくなるような可愛さオーラを放つハナに、蓮は目を逸らす。
「それは……どういう意味でしょうか?」
「だから……私を―――」
「襲いたくなるぐらい興奮をしていますか!?」
大声で叫ぶハナ。
蓮は言葉を失い、目を大きく見開く。
服屋にいた他の客達も驚いた顔でハナに視線を向ける。
「な、なにを言って!」
「私に……ドキドキしてますか!と聞いているんです!」
「な……なぜそんなことを」
「早く答えてください!私もこの恰好はすごく恥ずかしいんですよ!?」
「じゃあ別の服にしません!?」
「だって!男を落とすならエロい服で誘惑しろと、母から聞いて」
「うん、ハナさんのお母さん大丈夫ですか?」
「そしてベットに押し倒して襲えと教えられました!」
「なんて間違った教育!!」
蓮は上着を脱ぎ、ハナに渡した。
「とにかく隠してください」
「……」
「ハナさん?」
突然、黙り込んだハナは蓮の片手を掴んだ。
そして……自分の胸に押し当てる。
「ちょ、ハナさん!?」
なにがなんだかわからず、蓮は混乱した。
小さくも、柔らかい感触が蓮の片手に伝わってくる。
「答えるまで放しません!」
「ハ、ハナさん……」
「さぁ答えてください!」
顔を真っ赤に染めながら、ハナは真剣な表情で蓮を見つめる。
「私に……興奮していますか?」
答えるまで放さないという想いを宿したハナの瞳。
その瞳を見て、蓮は逃げることはできないと悟る。
目を泳がせ、口を何度も開いたり閉じたり、目をギュッと強く閉じたりした。
そして……ゆっくりと口を動かす。
「興奮は……してます」
聞き取れるか分からない小さな声を蓮は口から出した。
彼の言葉を聞いて、ハナは恥ずかしさと嬉しさが混ざった笑顔を浮かべる。
「それは……すごくよかったです」
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服屋を出た後、蓮とハナはとある噴水広場にやってきていた。
夕陽に照らされたその場所は、どこか幻想的で美しい。
デートスポットなのか、多くのカップル達が抱き合っていたり、キスをしていた。
「ハナさん……なんでこんなところに来たんですか?」
蓮が問い掛けると、ハナは足を止めて振り返る。
夕陽の光に照らされた彼女はハナのような微笑みを浮かべた。
「そんなの……一つしかありません」
ハナは真っすぐに蓮の瞳を見つめる。
彼女の緑色の瞳には強い想いと覚悟が宿っていた。
「蓮くん。私と……付き合ってください」
それは少女の勇気の告白。
「私はあなたが好き。あなたの隣にいたい」
少女は自分の想いを語る。
「魔法少女の才能がなかった私を、王級の魔獣を倒せるぐらい強くしてくれた蓮くんを愛しています」
一人の男に恋する乙女は言葉を続ける。
「私は蓮くんを他の女に渡したくないです」
ハナは頬を赤く染める。
「私の全てをあげます。だから……傍に置いてください」
ハナのプロポーズ。
それを聞いて蓮は……暗い表情を浮かべて、俯いた。
「ごめんなさい。あなたとは……付き合えない」
「……どうしてですか?」
微笑みながら、問い掛けるハナ。
蓮は拳を強く握り締めながら、自分の気持ちを伝える。
「俺は……恋愛感情を失う前は、ハナさんのことを意識していました。もちろん……女として。でも……」
蓮はギュッと強く目を瞑る。
「今は……あなたを女として好きという感情がまったくありません。あるのは人として、弟子として好きという感情のみ」
「……」
「今日のデートはとても楽しかったです。ですが……楽しかっただけでした」
蓮の言葉に偽りはなかった。
彼にとってハナとのデートは思い出に残るぐらい最高のもの。
しかし楽しい以外の感情がまったく起きなかった。
女の子とデートした時に感じるトキメキ。
デートした女の子を好きになる感情。
それがまったくなかった。
少し前までの蓮ではありえないことだ。
「このデートをして分かりました。俺はもう二度と……女性を愛せない。だからこんな男と付き合わないで……いい相手と幸せに―――」
「嫌です」
ハナは静かで、だけど力強く即答した。
「私が愛したのはあなただけです。他の男と付き合うなんて死んでも嫌です」
「……ハナさん。俺は一生あなたを愛せないんですよ?」
「構いません」
「ハナさん!」
「あなたが女性を愛せないのに苦しむのなら、そんな苦しみを忘れさせるぐらいあなたを私は愛します。あなたの分まで愛を上げます」
ハナは優しく両手で蓮の顔を覆う。
僅かに瞳を潤ませ、彼女は頬を赤く染めながら真剣な表情を浮かべた。
「今からあなたにキスをします。もし私と付き合いたいと少しでも思うなら……離れないでください」
ハナはゆっくりと目を閉じ、唇を蓮に近付ける。
(離れろ。彼女のためにも……)
蓮は自分の顔を包むハナの両手を振り払おうとした。
しかし蓮の手はハナの手を払うことはしなかった。
否、できなかったのだ。
心の中でハナと付き合いたいと思っている自分がいるから。
「んん……」
ハナは蓮と静かにキスをした。
十数秒間、唇と唇をくっつける。
そしてゆっくりと唇を離したハナは顔を真っ赤にしていた。
「蓮くん。私の全てをあげるから……あなたと共に歩ませてください」
ハナの愛の告白。
それを聞いて蓮は……困った顔で笑った。
「ずるいですよ。ハナさん……付き合いたくないって言えないじゃないですか」
その言葉を聞いてハナは嬉しそうに目を細め、微笑んだ。
まるで今の自分は世界一幸せだと言わんばかりに。
「蓮くん……あなたは私が……幸せにします」
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「という感じでハナさんと付き合うことになった。俺にはもったいない恋人だったよ……本当にマジで」
懐かしそうに微笑んだ蓮はエイナ達に視線を向けて―――顔から大量の汗を流した。
話を聞いていた四人の少女は瞳を真っ黒に染めている。
悪魔が逃げ出すほどの恐ろしいオーラを放っていた。
「記憶を見たから知っているけど……その女、マジでムカつく。私の蓮兄に……なんてことを」
青筋を浮かべるエイナ。
「蓮兄さん。そのハナさんって人のこと……もっと詳しく教えて」
目を細め、暗い微笑みを浮かべるエイミー。
「先輩。僕ともデートしてください。その女よりもいい思い出を作ってみせます」
対抗心を燃やす修。
「フフフ。その人……私も会いたいわ」
不気味に笑う百合。
嫉妬に満ちたドス黒いオーラを放つ四人の少女を見て、蓮は慌てて話を変える。
「そ、そうだ!次は俺が魔王になった時のことを話そう。いや……より正確に言うには、魔王に覚醒しようとした瞬間かな?」
読んでくれてありがとうございます。
今回から投稿を再開します。
毎週日曜日、午前十二時に投稿します。
時々投稿が遅れるかもしれませんが、その時はすみません。




