魔人登場
「はぁ…はぁ…はぁ……」
日本のとある都市で、白銀の魔法少女—――姫神蓮は頭から血を流しながら口から荒い息を漏らしていた。
彼が纏う機械仕掛けの鎧は皹だらけで、周囲に転がっている無数の武器は砕け散っている。
「クソ……こんな化物がいるなんて聞いてねぇぞ」
英雄の魔法少女である《機神》を追い詰めたのは、一体の魔獣。
その魔獣は人の形をしていた。
人間のような腕や脚を伸ばしている。
全身に覆われた鋼の鱗は光沢を放っており、頭部に宿した一つ目はギョロギョロと不気味に動く。
腰から太長い尻尾を生やしており、ゆらゆらと揺れている。
鱗の上でもわかるぐらいの筋肉質の肉体は、まるで歴戦の戦士のよう。
「なんでこんな奴が現れるんだよ」
蓮は一時間前のことを思い出した。
<><><><>
一時間前。
欲しいライトノベルを本屋で買った蓮は街の中をぶらぶらと歩いていた。
「たまには知らない道を通るのも悪くないな」
蓮が歩いている場所はアクセサリーやバックなどの物を売る店が多い。
多くの少女や女性が楽しんでいる。
いつもとは違う道を歩いていた蓮はある店の前で立ち止まった。
「これは……」
蓮の瞳に映ったのは月の形をした髪飾り。
とても美しく、銀色に輝いている。
「これは……ハナさんに似合いそうだな」
ハナ。
蓮の初めての恋人。
恋愛感情を失った蓮の隣にいたいと言ってくれた少女。
戦う時は頼れる仲間として、休みの時は愛を与えてくれる恋人として蓮を支えていた。
(……ハナさん)
蓮には恋愛感情はない。
しかしハナは蓮にとってかけがえのない存在になっていた。
そして……ずっといたいと思ってしまったのだ。
「……」
蓮は無言のままお店に入った。
<><><><>
「ま……まさか二万もするとは」
月の髪飾りを買った蓮は財布の中身を見つめながら、深いため息を吐く。
だが彼に後悔はなかった。
「喜んでくれると……嬉しいな」
ハナのプレゼントを入れたズボンのポケットを撫でながら、蓮は微笑みを浮かべた。
その時、全身が氷柱に貫かれたような悪寒が彼を襲う。
(なんだ……この気配)
今まで感じたことのない魔獣の魔力の量。
それを空から感じていた。
嫌な予感を感じた蓮は建物の裏に行き、魔法少女に変身。
白銀の魔法少女となった彼は背中と両脚から推進器を展開し、炎を噴射。
空高く飛んだ彼は何もないところを睨む。
「来る」
直後、無数の大きな黒い穴が出現。
その穴から体長百メートル以上はある黒い魚のような魔獣が大量に出現した。
「嘘……だろ!?」
白銀の魔法少女は目を大きく見開き、顔から汗を流す。
国を滅ぼす力を持つ王級魔獣。
現れた魔獣の名は―――キング・フィッシュ。
そのキング・フィッシュが百体いた。
「なんで……こんな大量に!?」
百体以上の魔獣が現れるのは、ごく稀にある。
しかし百体の王級魔獣が現れるなど聞いたことがない。
「ダメだ……俺だけじゃ無理だ!応援を呼ばないと!」
蓮は片耳に着けている通信装置で『焔』を呼び出そうとしたその時、
『お兄ちゃん!聞こえてる!?』
りりさの慌てた声が通信装置から流れてきた。
さらに嫌な予感を感じた蓮は落ち着いた声で問う。
「どうした?」
『外国でたくさんの魔獣が現れたの!今、アタシ達は戦ってて』
「……そうか」
蓮は心の中で舌打ちした。
最悪だ。
仲間は別の魔獣達と戦い、蓮のところに来れない。
「なんとか倒せそうか?」
『う、うん。でもお兄ちゃんが来てくれると早く解決できるか―――』
「悪いが無理だ。こっちも魔獣の大群が現れた」
『え!?大丈夫なの?』
「……ああ。雑魚しかいない」
平気そうに喋る蓮。
彼は微笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「ただ数が多いから全滅させるのに時間が掛かる。だからそっちに行けない」
『……わかった。気を付けて!』
「誰に言っている。俺はお前のお兄ちゃんだぜ?」
『うん!そうだったね』
りりさの声から絶大な信頼が宿っていた。
兄なら負けない。
どんな敵も全て倒す。
それが最強の魔法少女—――《機神》だと。
「じゃあ……またあとで」
蓮は通信を切り、空を泳ぐように飛ぶ化物魚たちを睨む。
機械仕掛けの鎧からエンジン音が大きく鳴り響き、白銀のツインテールが風で揺れる。
銀色の瞳を強く光らせ、《機神》は二つの大型チェーンソーを生み出し、両手にそれぞれ装備した。
「ここで逃げるのが正解なんだろうな」
蓮がやろうとしていることは、愚かな行為だ。
しかし彼は逃げない。
なぜなら己の身体に巫女や聖女の血が流れているから。
「まだ避難もできていないしな」
蓮は視線を下に向ける。
彼の下では多くの人々が悲鳴を上げながら、逃げていた。
せめて街にいる人々が避難できるまでは、彼は逃げることを許さない。
許してはならない。
「まったく……正義の魔法少女も大変だな」
蓮は苦笑を浮かべながら、大型チェーンソー二つを構える。
魔獣を全て倒し、多くの人を救う。
それが彼の正義。
そしてその正義は貫かなければならない。
「さぁ……行くぞ」
背中と両脚の推進器から炎を噴射し、白銀の魔法少女は突撃した。
百体の巨大魔獣がいる空の戦場に。
「「「グオオオォォォォォォォォォォォォ!」」」
王級魔獣達は口から光線を放つ。
死の光線の雨が蓮へと襲い掛かる。
しかし彼は逃げない。止まらない。
無数の光線を魔法少女は銀色のツインテールを揺らしながら、躱す。
ジグザグに空中を飛び回り、前へと進む。
「ハアアァァァァァァァァァァァァ!!」
叫び声を上げながら、蓮はキング・フィッシュの頭に二つの大型チェーンソーを突き刺した。
そして容赦なく振り回し、硬い頭蓋ごと脳みそを切り刻む。
国を滅ぼすことができる魔獣をあっさり倒した蓮は、別の魔獣を睨んだ。
「まずは一体!」
大型チェーンソーを手放し、別の魔獣に向かって白銀の魔法少女は飛ぶ。
空を飛びながら蓮は、新たな武器を生み出す。
その武器は二丁の対物ライフル。
両腕にそれぞれ対物ライフルを構え、飛びながら引き金を引く。
大量の魔力が宿った弾丸が銃口から放たれ、六体の王級魔獣の頭に着弾。
弾丸を受けた王級魔獣の頭は炸裂。
頭を失った化物達は地上に向かって落下していく。
「七体目!」
次の敵の頭に対物ライフルの銃口を蓮は向けた。
その直後、彼の左右からキング・フィッシュが突撃。
王級魔獣の頭突きによって蓮は潰される。
しかし……これぐらいで彼は死なない。
「九体目!」
覇気が宿った少女の声が響いた次の瞬間、蓮を左右から押しつぶした魔獣達の身体が突然細切れになった。
細切れにしたのは途轍もなく長い光の刃。
その刃を棒の形をした装置から発生させた蓮は、大量の魔力が消費されるのを感じながら素早く振るう。
とてつもなく長い光線の剣は、次々と王級の魔獣達の身体を細切れにしていく。
「十!十一!十二!十三!十四!十五!くっ!魔力が持つか!?」
焦りを感じながら武器を振るっていた蓮に、無数の小さな魚が襲い掛かる。
その小さな魚たちはキング・フィッシュの身体から放たれたものだった。
「チッ!」
舌打ちした蓮はビームソードを手放し、空をジグザグに飛ぶ。
しかしそんな彼を無数の小さな魚たちは追いかける。
そして蓮に直撃した小さな魚たちは爆発。
何度も爆発音が鳴り響き、黒い煙が舞い上がる。
「この程度で止まるか!!」
怒気を宿した少女の叫びが響いた。
直後、爆発の中から白銀の魔法少女が弾丸の如き速さで飛び出す。
口の端から血が流れ、機械仕掛けの鎧に僅かに皹が走っている。
しかし姫神蓮は戦うのを止めない。
諦めるということを絶対にしない。
「全て潰す!」
蓮は両手を左右に広げ、武器を生み出す。
その武器は、十本の巨大な剣。
大型トラック並みの大きさで、いくつもの推進器が搭載されていた。
「行け」
主の命令に従い、十本の巨大な剣は飛んだ。
推進器による超高速飛行する剣たちは、王級魔獣たちの身体を切り裂く。
血が飛び散り、空中に無数の赤い花が咲いた。
「三十八!」
白銀のツインテールを激しく揺らしながら、魔法少女は巨大な大砲を生み出す。
大砲を右腕に装備し、魔力を流し込む。
蓮の魔力を吸収する大砲の砲口が少しずつ光り始める。
その光は少しずつ強くなっていく。
「「「グアアアアアアアアアアアアアア!」」」
ニ十体以上の魚型魔獣達は口から光線を放ち、一つにする。
一つになったことで極太光線になり、蓮に向かって飛んだ。
回避も防御も許さない死の光線。
それに向かって蓮は放つ。
「喰らええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
膨大な魔力を吸収した大砲から、極太光線が放射された。
光線と光線はぶつかり合い、激しく拮抗する。
空気が揺れ、蓮の大砲から火花が飛び散る。
彼の大砲は限界。
しかしそれでも《機神》は大量の魔力を流し込む。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
白銀の魔法少女は雄叫びを上げた。
直後、蓮の光線が魔獣達の光線を押し返す。
そして魔法少女の光線を魔獣達を呑み込み、跡形もなく消滅させる。
火花を発生させる大砲を投げ捨てた蓮は、口からハァハァと息を漏らす。
「これで……五十九体!」
蓮は疲労感を無理矢理に無視して、周りを見渡す。
すでに半分の魔獣を倒した。
残りの四十一体の王級魔獣達は蓮を睨んでいた。
奴らの瞳には強い怒りと殺意が宿っている。
「いいぜ……とことんやってやる」
蓮は巨大な剣を生み出し、肩に担ぐ。
その剣の刃は赤熱化していた。
「さぁ……続けるか」
銀色の瞳を光らせ、静かで冷たい声を漏らした魔法少女は一直線に飛ぶ。
超高速に突撃してくる敵に、魔獣達は雄叫びを上げながら突撃する。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
白銀の魔法少女は武器を振るう。
美しい銀色のツインテールを激しく揺らしながら、赤熱化した大剣で王級魔獣達を次々と殺す。
力強く、しかし美しく振るわれた大剣は魔獣の頭を正確に斬る。
キング・フィッシュ達は殺意を込めながら攻撃した。
しかし《機神》は躱し、反撃し、命を奪う。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
広い空に白銀の魔法少女の雄叫びが響き渡る。
《機神》は止まることはない。
全ての魔獣を倒すまで、彼は武器を振るい続ける。
まるで鬼神の如く。
しかしそれこそが姫神蓮。
己の正義のために戦う魔法少女。
そしてそんな彼を人々はこう言うだろう。
『英雄』と。
<><><><>
「はぁ…はぁ…はぁ……」
口から荒い息を漏らしながら、空に留まる蓮。
彼が握り締める大剣はすでにボロボロになっており、火花を散らしている。
すでに八割の魔力を使い果たし、疲労感に襲われていた。
しかし白銀の魔法少女は勝利した。
百体の王級魔獣を倒したのだ。
地上では大きな魔獣の死体がいくつも転がっている。
「まぁ……死人はいなかったし、よしとしよう。それに流石に疲れた。一度、村に戻って―――」
蓮は村に帰ろうとした。
だがそれを許さない者が現れる。
その者は、蓮の背後に開いた黒い穴から出現した。
「ッ!」
息を忘れてしまうほどの恐怖が蓮を襲う。
咄嗟に振り返った蓮はボロボロの大剣を盾のように構えた。
次の瞬間、重く速い拳が大剣を破壊し、白銀の魔法少女の顔を殴る。
殴られた蓮は弾丸の如き速さで吹き飛び、地面に激突する。
大きな衝突音が鳴り響き、彼の口から大量の血が強制的に吐き出された。
(な……なにが!?)
目眩と痛みに襲われながら、蓮はゆっくりと身体を起こす。
そんな彼の目の前に、一体の魔獣がゆっくりと着地する。
「—――」
蓮は目を大きく見開きながら、顔から大量の汗を流した。
その魔獣は普通ではないと、彼の本能が理解したから。
白銀の魔法少女—――《機神》を殴り飛ばしたのは人の形をした魔獣。
全身に覆われた鋼の鱗に、ギョロギョロと不気味に動く一つ目。
鍛えられた筋肉質の肉体に、腰から伸びた太長い尻尾。
あえて言葉で言い表すなら、魔人だ。
その魔人が口から白い煙を漏らしながら、蓮を見下ろしていた。
(なんなんだ……こいつは!?)
人の形をした魔獣。
大きさも大人の男性ぐらいしかない。
しかし蓮は恐れていた。
百体の王級魔獣よりも、目の前にいる一体の魔神が危険だと彼は思ってしまう。
「くっ……!」
戦え。戦え。戦え!
恐怖で震える身体でゆっくりと立ち上がり、蓮は推進器が搭載されたハンマーを生み出す。
恐ろしさのあまり、彼は逃げたいと思っていた。
しかし白銀の魔法少女は『戦え!』と心の中で叫ぶ。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
蓮は地面の上を駆けだし、ハンマーを振り下ろした。
推進器による加速が加わり、放たれた重い一撃は王級の魔獣の頭を簡単に破壊する。
しかしそれを嘲るように、魔人は片手で受け止めた。
そして指に力を入れ、クッキーを砕くように破壊する。
(こいつは……エンドレスとは別の意味でヤバイ!)
とてつもない危機感に襲われながら、蓮は百の浮遊する銃を生み出した。
百の銃たちは一瞬で魔人を囲い、一斉に弾丸を放つ。
四方八方から放たれる弾丸の雨。
だがそれを浴びながら、魔人は瞳を怪しく光らせる。
鋼の鱗が全ての弾丸を弾いた。
「……」
魔人は何も喋らない。
ただ口から煙を漏らしながら、拳や蹴りで浮遊する百の銃を破壊を始める。
高速に動き回り、荒々しくも研ぎ澄まされた拳撃と蹴撃で銃たちを壊した。
無数の銃が壊れていく音を聞きながら、蓮は巨大なドリルを生み出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
右腕を装備したドリルを超高速回転させながら、蓮は迷わず魔人の顔に攻撃した。
魔人は迫りくるドリルを躱さず、ただ……口で受け止めた。
「!?」
目を大きく見開く蓮は言葉を失う。
魔人はドリルを噛み砕き、白銀の魔法少女の顔を片手で掴んだ。
そして近くのビルの壁に力強く叩きつけ、魔人は走り出す。
ガリガリガリと削れる音が鳴り響き、蓮は悲鳴を上げることもできない。
そんな彼を魔人は大型トラックに向かって投げ飛ばす。
《機神》の身体が大型トラックのコンテナにめり込み、大きな激突音が鳴り響く。
「があ……!」
頭から血を流し、蓮の口から血が流れる。
ボロボロになり、血塗れになっていく白銀の魔法少女は痛みを感じながら魔人を睨む。
(なんつ~……強さだよ。コイツ)
圧倒的な力のみで蓮を追い詰める魔人。
特別な力は使っていない。
ただ力が強く、とても速く、そして頑丈。
純粋な力。シンプルに強い。
それがどうしようもないぐらい厄介だった。
(こいつは『姫神の剣』を使わないとダメだ!)
コンテナにめり込んでいた身体を強引に抜け出し、蓮は鞘に納められた刀を生み出す。
もう身体はボロボロだが、それでも『姫神の剣』を使う必要があった。
それぐらいの敵なのだ。
《機神》の目の前にいる魔人は。
「姫神流剣技―――月光!」
鞘から抜き放たれた剣撃。
敵が認識するよりも速く肉体を斬る抜刀術。
しかしその技は、魔人の身体に傷一つ付けられなかった。
蓮は顔を歪めながら、次の剣技を放つ。
「姫神流剣技―――鬼突!」
あらゆるものを貫く鋭い刺突が、魔人の首に直撃。
だがその一撃は魔人の身体を覆う鱗によって防がれてしまう。
「姫神流剣技―――死嵐!」
嵐の如く放たれた連撃。
しかしそれを魔人は拳で全て弾く。
最強にして、最高の剣技が無力化される光景を目にして蓮は、目を大きく見開く。
(バカな……確かに俺は先ほどの戦いで疲れている。『姫神の剣』の質が下がっているのは分かる。でも……だからって!)
蓮はガリッと強く歯噛みする。
このままでは死ぬ。
そう理解した蓮は妖魔武装の『死滅龍刀』を召喚しようとした。
だが……それは許さない。
なぜなら、
「おい、あれって……」
「《機神》!?」
「もうボロボロじゃない!?」
逃げ遅れた者達がいたから。
(ダメだ。破壊力が強すぎる『死滅龍刀』は使えない。他の人達を巻き込む!)
蓮は敗北を想像してしまう。
(いや!諦めるな!己の剣を信じろ!五百年以上も修行して極めた技を信じろ!)
蓮は静かに刀を上段に構える。
勝利するには、今の自分が放つことができる最強の一撃を使うこと。
信じろ!
諦めるな!
自分自身に言い聞かせ、白銀の魔法少女は振るう。
どんなものを切断する一刀を。
「姫神流剣技―――天魔!!」
力強く、そして速く、美しく振り下ろされた剣撃。
それは王級の魔獣すら殺せるもの。
迫りくる剣撃を魔人は―――、
鼻で笑う。
「!」
蓮が驚愕の表情を浮かべたと同時に、彼の刀は魔人の右手によって受け止められた。
そして指に力を入れ、刀を壊す。
甲高い音が鳴り響き、砕かれた刀の破片が地面に落ちる。
「バカな……」
『姫神の剣』が敗れた。
己が放った全力の一撃が敗れた。
その事実に驚きを隠せない蓮の顔を、容赦なく魔人は殴る。
「ぐっ!」
重い殴打を受けた蓮は何度も地面の上をバウンドする。
そしてビルの壁に激突し、彼は動かなくなった。
頭や鼻、口から血を流しながら、蓮はゆっくりと顔を上げる。
(ダメだ……勝てない)
魔力もほとんどない。
身体はボロボロ。
疲労感もとてつもない。
そしてなにより最強にして、最高の技である『姫神の剣』も効かなかった。
もう蓮の勝利の可能性はない。
(ここまで……か)
ゆっくりと近づいてくる魔人。
化物の足音が、蓮が死ぬという現実を教える。
(みんな……りりさ……ハナさん。ごめん……)
『焔』の仲間達に心から謝罪した蓮は、死を覚悟した。
だがその時、
「負けないで!」
幼い少女の声が蓮の耳に聞こえた。
僅かに目を見開いた彼は、ゆっくりと声の主に視線を向ける。
視線の先にいたのは、人形を抱き締めた一人の少女だ。
「がんばって!魔法少女さん!」
涙目になりながら、少女は応援する。
ボロボロになった英雄の魔法少女を。
「頑張れ!負けるな!」
「勝って!《機神》!」
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
他の者達も応援を始める。
彼らの応援を聞いた蓮は、ゆっくりと立ち上がった。
負けるな。頑張れ。
なんの力も宿っていない応援が、《機神》を立たせた。
失った戦意を取り戻させる。
「まったく……こんな応援されたら、負けられないよな」
蓮は親指で鼻から出た血を払い、笑みを浮かべた。
残り僅かな魔力で、二つのメリケンサックを生み出し、両手に装備する。
メリケンサックを装備した拳を構え、蓮は呟く。
「さぁ……魔人。続けよう。ここからは……限界突破だ」
次の瞬間、蓮の身体から膨大な銀色の粒子が発生した。
その粒子は彼の魔力そのもの。
それはアニメのような覚醒イベントではない。
姫神家の者にのみ使うことができる奥の手。
魔力を圧縮し、一定時間だけ身体能力や〈マジックアイテム〉の性能、反射神経、肉体の頑丈さなどを限界以上まで超強化する技。
姫神奥義―――超越。
今の蓮が超越を使える時間は一分。
その一分を過ぎれば、魔力は完全になくなり、変身が解除される。
つまり彼は一分の間に魔人を倒さなければならない。
一分以内に敵を倒せば蓮は生き残る。
一分が過ぎれば魔人に殺され、蓮は死ぬ。
まさに命懸けの賭けだ。
「グルルルルル」
魔人は獰猛な笑みを浮かべ、身体から陽炎のようなオーラを放つ。
まるで戦いに飢えた狂戦士の如く、一つ目を光らせる。
「フゥ―……」
「グルルルル」
拳を構える《機神》と魔人。
数秒の静寂が空気を支配した直後、魔法少女と魔獣が消える。
そして姿を現した時には、二体の化物は拳同士をぶつけ合っていた。
拳と拳がぶつかり合い、大きな衝撃音が鳴り響く。
「さぁ……魔法少女が勝つか、魔獣が勝つか!勝負だ」




