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冬枯れの国  作者: 葉琉
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 ドリスが住む森の中は、静かだった。

 もちろん、魔獣の気配がまったくないわけではない。だが、以前来た時とは違い、その数は少なく、こちらを伺う様子はあっても、近づいてくる気配はなかった。それは、一行の中に魔女であるエーヴァもいるからだろう。

 だが、静かなのはそれだけが理由ではない。森を歩くエーヴァ達に会話がなかったからだ。

 誰も、何も言わない。

 先頭を歩くのはエーヴァとロルフで、その後ろにシャロン、オルガがいる。森の外まで付いて来たロルフの部下達は、中へは入らずそこで彼女たちの帰りを待っているはずだ。

本来ならば、エーヴァたち姉妹とロルフは古くからの親しい知り合いで、もう少し会話があるはずだった。

 それがそうならないのには、理由がある。

 この沈黙をもたらしているのは、シャロンだ。

 普段とは違い、きつく唇を閉じたまま、目を伏せる、ということを繰り返している。

 そして、その視線が時折向けられていることに、エーヴァは気づいていた。何か言いたいことがあるのかもしれないと思う。

『怒っているわけではありません。ただ、少し悲しかっただけです』

 そんなシャロンの言葉が、エーヴァの頭の中で繰り返される。

 シャロンがネイトと会った日、箱のことが話題になり、ドリスの家で起こったことを結局話すことになったのだ。

保管してあったヴィリアムの指輪が盗まれたということに、シャロンは驚いたようだった。

 そして、その場にいた魔法使いらしき人物が、ネイトに関わっているかもしれないということも、盗まれた理由がまだわからないことも、正直に話した。

 すでに隠しておくには話が大きくなりすぎていたし、シャロンに関わることなら言った方がいいと口にしたのは、ロルフだった。

 話すか話さないかはエーヴァの判断だが、知って置いたほうがいい、と。

 それが後押ししたわけではないが、ロルフの言葉は確かにエーヴァに覚悟を決めさせた。

 口を挟むことなく、エーヴァの話を聞いていたシャロンは、小さく『そんなことがあったのですね』と言ったあと、先ほどエーヴァが思い浮かべたあの言葉を口にした。

 あの時、シャロンは怒りよりも悲しみの方が強かった様に思う。

 だから、エーヴァの唇から漏れるのは、ため息ばかりだ。

 悲しい、と言った言葉そのままに、シャロンの瞳は潤んでいたようにも思う。

『もう、他には何も隠していないですよね?』

 そう念を押されて、頷いたが、それは嘘だと気づかれただろうか。

 不思議なことだが、エーヴァはシャロンにはうまく嘘がつけないのだ。元々、それほど感情を隠すのが上手なわけではないが、長年の経験で、貴族の令嬢らしく振る舞い、内心の動揺や焦りなどを悟らせないようにも出来る。親しい人には、見ぬかれることもあるが、まだ出会って数ヶ月のシャロンの前では、きちんと感情を隠せていると思ったのに、こういうとき、うまく行かないと気づくのだ。

 母親が言っていた、『繋がっている』という意味が、いまさらながらエーヴァにはわかった気がする。

 やはり、このままでは、シャロンを守りきることなど出来ないかもしれない。

 なんとかしなければと思うのに、どう関係を作っていけばいいのかも、わからなくなってしまう。

 ただ、大事にしたい、妹として慈しみたいと口にすればいいのに、言葉にしたとたん、全てが嘘になってしまいそうで、怖いのだ。

 それでも、シャロンはエーヴァがドリスの家に話を聞きに行こうとすると、ついてきたいと言った。

 その目の中に強い決意を感じて、同行を許したことがよかったのか悪かったのか―――エーヴァには、わからない。



「お待ちしていましたよ、皆さん………ってあれ?」

 ドリスの家の扉を開いて顔を覗かせたのは、ロルフの部下の青年だった。

 彼を通じて、エーヴァ達がドリスのところへ行きたいと伝えてあるとはいえ、待ちかまえていたかのように出て来た彼は、エーヴァの表情をみて、すぐに首を傾げた。

「皆さん、妙に静かですね。纏う空気が、暗いですよ」

 笑う青年に、エーヴァは困ったように曖昧な笑みを返す。

「まあ、いいです。ドリス殿がお待ちかねですよ。無粋な軍人ばかり目にするのは、もう嫌だって、大変だったんですから」

 おまけに、力仕事やら掃除やら料理までさせられたと、そんな愚痴まで聞かされてしまう。

 エーヴァが見る限り、そのことを嫌がっているようにも、面倒そうにも見えなかったので、青年の真意はわからない。

 ただ、この重苦しい雰囲気が少しだけ和んだのは確かだった。

「料理、できるんだ」

 それまで口を開くことのなかったオルガが、まっさきにそう声を上げる。普段からおしゃべりな彼女は、誰も何もしゃべらない、という状況が辛かったのかもしれない。

「できますよ。さっきは、ドリス殿の頼みで、焼き菓子を作っていたところです。よろしければ、食べて下さいよ。自信作ですからね」

「すごいなあ、ねえ、そう思うよね、姉様」

 何故自分に振るのか。エーヴァの表情はますます困ったようなものになる。

「いろいろ出来ないと、困ることも多いですからね。うちの上司は、何はともあれ出来ることは多い方がいいって無茶をいいますし」

「そういうもの、なんですか?」

 ちらりと、エーヴァは、隣に立つロルフを見てしまった。彼の上司はロルフだ。確かに彼ならば、そういうことも言いそうに思えた。

 視線に気がついたのか、ロルフもエーヴァの方を見るが、口元を歪めただけで、何も言わない。

「まあ、俺なんて、まだまだ出来ないことの方が多い下っ端ですけれどね」

 そんなことを爽やかな笑顔で言いながら、青年は皆を客間へと案内する。

「ドリス殿、お客さんを連れてきましたよ」

「ああ、遅い遅い。待ちくたびれちまったよ」

 部屋の真ん中に無造作に置かれた椅子の一つに腰掛けていたドリスが、いかにも不機嫌という顔でそう言った。

「お久しぶりです、ドリス様。この度は急な訪問にも拘わらず……」

「エーヴァ、挨拶はいいよ。ここではそういうのはなしだ。だいだい、堅苦しいのは、ここにいる男だけで十分だよ」

 大きく手を振ってエーヴァの言葉を遮ったドリスは、傍らに控える大柄な男を見て大げさなほどのため息をつく。

「ひどいですよ、ドリス殿。こんなに一生懸命働いているっていうのに」

 陽気な声で青年が言うと大柄な男は黙って頷いた。

「一生懸命だから、余計に堅苦しいって言っているのさ。あれはだめ、これもだめ、外に出るときはいちいち報告しろ、なんて、子どもじゃないんだからね、私は」

「子供の方が聞き分けがいいですよ、今日だって……あいた!」

 何か丸い物が飛んで、青年の頭に当たった。

 それなりの勢いがついてはいたが、青年の痛がりようは少し大げさな気がする。

 だが、その様子がどこか芝居めいていたせいか、少なくともこの場の雰囲気は変わった。

 それまで固い表情だったシャロンの口元がほんの少しだけ弛んでいる。

「本当に大げさだね」

 ドリスの言葉に、青年は肩を竦めてみせた。

「はいはい、もう俺はもう黙りますからね。エーヴァ様達だって、大事な話があって来たわけですから」

 意味ありげな笑みをエーヴァたちに向けると、青年はそのまま壁際まで下がった。そうすると、まるで壁に溶け込んでしまったかのように存在感が稀薄になる。

 いつものことながら、見事なものだと感心しながらも、エーヴァは背筋を伸ばしてドリスに向き治った。

「今日来たのは、実はお預けした箱のことなのです」

 エーヴァが言うと、ドリスはほんの少しだけ唇の端を上げた。

「残念ながら、まだ開いてはいないよ」

「……そうですか」

 残念そうなエーヴァに、ドリスは軽く肩を竦めてみせた。

「ただ、開け方については、なんとなく目処が付いてきたよ」

「本当ですか!」

 声をはずませたのはシャロンだ。

 どんな秘密があるにしろ、自分のために父が残したものだ。中に何かはいっているのならば、やはり見てみたい。

「あれには、魔力による"鍵"が掛かっているようだ。それも、特定の人物のみが開けられる"鍵"がね」

「特定の人物、ですか?」

「"鍵"はどうやら中に入っている何かと反応しなければ、作動しないようだ。それを特定するのはそれほど難しくなかったよ。私には覚えがある魔力だったからね」

 シャロンと関わりのある人物と考えるのが普通だが、それに加えてオルガに覚えがある魔力というと限られてくる。

「ロニヤだよ」

「お母様?」

 当然ともいえる答えだった。

「ヴィリアムは、ロニヤの魔力を注いだ指輪を持っていたからね。それを利用したのではないかと思うよ」

「では、開けられるのは、お母様だと?」

「そんなにうまく行くなら、私も悩んだりしないよ。ロニヤの所にいって、頼めばいいだけの話だ」

 ここを見てごらん、とドリスは箱の一部分を指し示した。

「エーヴァならわかるだろう。ここだけ魔力が強い。おそらく、『鍵穴』にあたる部分なんだと思う。けれど、その魔力は散漫としていて、掴み所がない。何かしらの魔力を流してみても反発もしないし、反応もない」

「つまり、どういうことなんですか?」

 シャロンがもどかしそうにそう口にした。

「つまりだね、開け方はわかっているのに、鍵穴であるはずの部分に魔力を受け止めるものが存在しない」

「お母様の魔力を注いでも、開かないということですか?」

「そうだ。そして、その鍵穴を機能させるために必要なのは―――あの盗まれた指輪だと思っているよ、私は」

 ドリスのその言葉に、誰も何も言うことが出来なかった。

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