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【連載版】転生したら気弱な公爵夫人だった。とりあえず、一発殴っていいかしら?  作者: ミズメ


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公爵令息ヴィルヘルム④

◇ヴィルヘルム視点

 頬を打たれたのは、生まれて初めてのことだった。


 父様にも、剣の師にも、手を上げられたことは一度もない。その最初の一発が母様からだったのだから、しばらく何が起きたのかわからなかったのも無理はないと思う。


 自室に戻って鏡を覗くと、頬がうっすらと赤くなっていた。痛み自体は大したことはなく、剣の稽古で打ち身を作ったときのほうがよほど痛かったはずなのに、寝台に腰を下ろしてからもしばらく、僕は頬から手を離せずにいた。


(母様、大丈夫だろうか)


 僕の知る母様は、声を荒らげることのない人だった。そんな母様がロレッタの侍女の嘘を暴き、最後に僕の頬を打ったのだ。


『あなたがロレッタばかり庇う間、アデラインはひとりで闘っていたのよ』


 打たれたあとに言われた言葉が、頭から離れなかった。


 領地と王都を行き来する父様は、屋敷にいる日のほうが少ない。だから物心ついたころから、父様のいないあいだ母様を守るのは僕の役目なのだと、ずっとそう思ってきた。


 弱い者は強い者が守るものだと家庭教師にも教わり、僕はそれを疑ったことがなかった。


 ロレッタは体が弱く、よく目眩を起こす。それにこわがりでいつも震えていた。


 いつも背筋を伸ばしているアデラインより、細い肩を震わせるロレッタのほうがずっと弱く見えた。


 だからロレッタが遊びに来るたび、僕は母様と一緒にサロンでロレッタの相手をし、アデラインが書庫で課題に向かっていることを当然だと思っていた。三年間、ずっとだ。


(でも、違うのか?)


 僕はいったい、何を見ていたんだろう。


 打たれた頬よりも、そちらのほうがずっと堪えた。


 母様は、自分が足を滑らせたことにすると言った。それは、本当はそうでないことの裏返しなのではないか。アデラインではない、では誰が――。


 そう考えれば、行き着く先はひとつしかない。


(ロレッタが母様を……? あんなに良くしてもらっているのに、なぜ)


 答えが分からないまま朝が来てしまった。


 ロレッタを屋敷に招き入れてきたのは僕だ。本人の口から確かめなければと、僕は伯爵家へ向かうことにした。


*


「よく来てくれたね」


 王都の屋敷を訪ねると、伯父上が自ら出迎えてくれた。まるで僕が来るのをわかっていたような口ぶりだった。


「伯父上、ロレッタはいますか」


「妻と一緒に、仕立て屋へ出かけているよ。夜会のドレスを仕立てるそうだ」


 伯父上は、父様の姉である伯母上を妻に迎えた、とても物静かな人だ。僕はこれまで、伯父上とふたりきりで話したことがほとんどなかった。


 昨日あれだけの騒ぎを起こしておきながら、ロレッタは今日もドレスを仕立てに出かけている。これまでなら気にも留めなかったはずのことに、今の僕は引っかかりを覚えていた。


「ふたりが戻るまで、少し話そうか」


 応接間に通され、伯父上と向かい合って座る。


「今朝、君の父――公爵閣下から書状が届いたよ」


 伯父上が卓の上に置いた手紙には、見慣れた父様の筆跡があった。書かれていたのは短い文面だ。


 公爵家で騒動を起こしたロレッタは領地の屋敷にて蟄居とし、一切の社交を禁じる。公爵家の許しなき限り、王都の土を踏むことは許さない。


 ロレッタの侍女には紹介状なしで暇を出し、同じく王都から追放すること。伯爵家においても、今後二度と召し抱えることのないよう念を押す、と結ばれていた。


 読み終えてから、僕はしばらく手紙から目を離せなかった。


 蟄居となれば、ロレッタは領地の屋敷から一歩も出られない。公爵家から睨まれた令嬢に、縁談が来ることはまずないだろう。ロレッタはこの先ずっと、あの屋敷の中で年を取っていくことになる。

 そして、ロレッタを王都へ戻してほしいと公爵家に願い出られる者など、そうそういない。


 侍女のほうも同じだった。紹介状もなく王都を追われた侍女を、まともな家が雇うはずがない。公爵家が名指しで追い出した者を、わざわざ拾おうとする家もないだろう。あの侍女が華やかな屋敷勤めに戻れる日は、もう来ない。


 昨日のことを、父様はもう知っていたのだ。


「公爵夫人は、ご自分が足を滑らせたことにされたそうだね」


「はい。母様がそう言いました」


「閣下はそれを汲んでくださったのだと思う。事を荒立てないという夫人のお考えを尊重して、王都から遠ざけるだけに留めてくださった」


 伯父上はそこで言葉を切り、手紙に目を落とした。


「もしも、あれが本当に夫人を突き落としていたのだとしたら。公爵夫人に手をかけた者が、領地で蟄居するだけで済むはずがない。本来なら、一族が牢に入れられてもおかしくない罪だ」


 口にしてから、その意味に改めて気づいたのだろう。伯父上の顔から、見る間に血の気が引いていった。


 伯父上は椅子から立ち上がると、僕に向かって深く頭を下げた。


「伯爵家当主として、公爵閣下と夫人の寛容なご裁断に、謝意を述べさせてくれ」


 甥である僕にではなく、公爵家の嫡男に向けた礼だった。僕は慌てて立ち上がり、伯父上に顔を上げてもらった。


 そのとき、窓の外から馬車の音が聞こえてきた。


「……帰ってきたようだね」


 伯父上は顔を上げると、控えていた使用人に、妻と娘をここへ呼ぶよう言いつけた。それから部屋の隅に置かれた衝立を指さした。


「今からふたりに伝えよう。君もそこで聞いているといい」


 

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★★★他の連載作品もよかったら!!!★★★
『没落令嬢ミレイユの想定外な逆転婚〜過保護すぎる侯爵様と始めるしあわせな溺愛生活〜』
・全てを奪われた令嬢が幸せを掴むお話
『ボロボロの仔竜に懐かれたので、おいしいごはんでふくふくにします!〜異世界転移した先で、かわいい仔竜と一緒に暮らすことになりました〜』
・異世界転移した女の子が、仔竜と一緒に自分の居場所を見つけていくお話
― 新着の感想 ―
証拠なしで処分することはできないって話だったはずなのに証拠なしでロレッタを処分してしまうのはいいのか…? 侍女の方はまだしも、ロレッタとアデラインはまだどちらが嘘をついているか確定してないですよね?
わぁお、お父様話通じる常識人に見えるのにアレが爆誕してる時点で弱腰パパんなのかなぁ。 まぁ、嫁いびり鬼婆様の娘って時点で2択かなーと思ってたけど確定かなw 伯爵家って事は妹が貰い手なくて押し付けられた…
更新ありがとうございます! 義理の伯父と甥として、良い関係を築いてきたのだろうなぁ、と思いました。伯父君が野心家だったり、心根の悪い方だったらこんなに素直にお話はしてくれなかったでしょうし、娘がめち…
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