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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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8. 姉弟

 まずは、暖かくなってきてニョキニョキと生え出した花壇の雑草をなんとかしようということになった。

 俺たちはジャージに着替えて軍手をはめて、雑草を手当たり次第に抜いていく。しゃべりながらだったので、そこまで苦痛ではなかったし、雑然としていた花壇が綺麗になったのは気持ちが良かった。

 しかし、身体には、クル。


「ああー、腰が痛い」

「じいさんか」


 腰をトントンと叩いていた俺に、木下は呆れたようにそう返してきた。川内は俺たちを見ながらクスクスと笑う。


「でもありがとうね。こんなに早う終わるって思わんかった」

「ハルちゃん、お礼はいらんよ。園芸部の活動なんじゃけえ、やって当たり前」


 尾崎はそう川内に話し掛けている。そういう二人を見ていると、尾崎は過保護な姉という気がしてきた。


「いいや、川内はええけど、尾崎はワシらにドンドン礼を言うくらいがちょうどええ」


 そして木下は、それに突っかかる弟、という感じか。


「なんでウチだけ」

「ずっとしゃべりよったじゃろうが。手が疎かになっとったで」

「退屈せんかったじゃろ?」

「それは確かに」


 俺は尾崎の言葉に頷く。

 しかしこの場合、俺の立ち位置はなんなんだろう。


「じゃあ、着替えて帰ろうか」


 教室に帰って、俺たち男子は教室で着替える。女子二人は荷物を持って、更衣室に向かった。

 着替え終えて、靴箱のところで女子二人を待ち、そして上履きから靴に履き替える。

 そして四人で校舎を出たところで。


「タカちゃーん!」


 前方の駐車場からこちらに呼びかける声がして、慌てて顔を上げる。この声は。


「姉ちゃんっ?」


 よく見る軽の黒い車。そしてその窓からよく見る顔を覗かせて、手を振ってくる人。


「姉ちゃん?」


 他の三人が、こちらを見て首を傾げる。

 なんだか冷汗がどっと出てくるような感覚がした。タカちゃんて。人前で呼ぶなって、いつも頼んでいるのに。

 俺はうろたえながら、車の運転席側の窓に駆け寄った。ニコニコとこちらを見る姉ちゃんに、抑えた声で問い詰める。


「なんで、こんなとこいんだよ」

「なんかー、お母さんが、最近帰りが遅いって言うけえ、見に来た」


 ちなみに姉ちゃんは、帰る時間が俺よりかなり遅い。『大学生にはいろいろあるんよ』とか言い訳しているが、『いろいろ』がなにかは知らない。たまに早く帰ってくることもあるので、今日がそのたまに、なんだろう。


「母ちゃんには部活しよるって言うたのに!」

「知っとる。園芸部だって? でも、園芸部なんて柄じゃないけえ、ホンマかなーと思って確かめに来ただけ」


 俺も柄じゃなかったらしい。

 なにか言い返してやろうと口を開いたところで、姉ちゃんの視線が俺の後ろに動いた。


「ああ、こんにちは」


 振り返ると、三人がこちらにやってきていた。


「こんちはー」

「こんにちは」

「ちっすー」


 三者三様の返事を受けて、姉ちゃんはにっこりと笑った。


「タカちゃんがお世話になっとるねー。園芸部の子ら?」

「あ、はい、そうです。お世話になってます」


 そう挨拶して、川内がぺこりと頭を下げた。いやだから、タカちゃん、はやめろ。


「もうええじゃろ。帰れって」


 俺は慌てて追い出しにかかる。これ以上話をさせたら、どんなことになるのかわかったもんじゃない。

 しかし俺の言うことなど姉ちゃんが聞くはずもないのだ。


「いやーん、つれないなあ」


 おどけたように返してくる。素直に帰る気はまったくなさそうだ。


「そもそも、部外者は校内に入っちゃいけんじゃろ」


 俺の抵抗に、姉ちゃんは唇を尖らせた。


「部外者とか言わんといて。卒業生なんじゃけえ、来てもええじゃろ?」

「卒業生なんですか?」


 尾崎が興味をひかれたのか、そう訊いてきた。


「うん、そう。相変わらずバス停から遠いねー」


 そう返事して、姉ちゃんはケラケラと笑う。そして三人に向かって口を開いた。


「乗っていきんさいや」


 車内を指差して姉ちゃんが三人を促す。なんだって?

 呆然としている俺を他所に、尾崎がはしゃいだ声を上げた。


「ええんですか?」

「ええよー、乗って乗って」

「僕もええんです?」


 僕って。


「ええよー、そっちの子も」

「えっ、でも、悪いし……」

「ええよええよ、遠慮しんさんな。はい、乗る乗る!」


 俺を差し置いて、どんどん話が進んでいく。


「えっ、ちょっと……」

「タカちゃんは自転車じゃろ? それにこれ、軽じゃし三人までじゃわ」

「すまんのー」

「じゃあまた明日ね」

「ご、ごめんね」


 俺がなにも言えずにいる間に、三人が車に乗り込む。バタン、と扉が閉まったと同時に、姉ちゃんが窓を閉めながら声を掛けてきた。


「じゃあねー」


 俺はただ呆然と、姉ちゃんの車が走り去っていくのを見送るしかできなかった。


   ◇


 家に帰ると、姉ちゃんの黒の軽自動車は家のガレージに停まっていた。


「姉ちゃん!」


 居間に入ると、ソファに仰向けに寝そべっている姉ちゃんがいた。もうスウェットに着替えてかなりくつろいでいる様子だ。


「姉ちゃん、なんだよ、あれ!」

「なんだよ、とはなんだよー」


 手に持ったスマホを操作しながら、のんびりとした口調でそう返してくる。こちらに視線を向けようともしない。


「なんで来たんじゃ! あと、タカちゃん呼び、やめえっていっつも言いよるじゃろ!」

「もー、うっさい」

「なんかいらんこと言うとらんよの?」

「いらんこと?」


 そこでやっと、姉ちゃんは身体を起こしてこちらを向いた。


「言われたら嫌なことでもあるん?」


 ニヤニヤしながら、そう訊いてくる。まずい。これは、話の運びを間違えた気がする。


「そんなん、ない、けど」

「ほいじゃあ、ええじゃん」


 そう答えて、またスマホに視線を落とす。

 どうせ、口喧嘩で勝てるわけはないのだ。これは刺激しないのが吉だ。でも一応探る。


「……車で、なにを話したん?」

「別に? 歩きゃあ長いけど、車じゃったらバス停まですぐじゃもん。なんか話す暇はないわ」


 それもそうか。でも念のため、明日、あいつらに確認してみよう。

 そんなことを考えながら踵を返すと、後ろから姉ちゃんの声が追ってきた。


「ほいで、あんたの好きな子、どっちなん?」


 刺激しないと誓ったばかりなのに、思わずバッと振り向いて大声を上げた。


「どっちでもええじゃろ!」

「ふーん」


 気のないような返事をしたかと思うと、口の端を上げてニヤリと笑う。

 あ、待て。今、もしかして。誘導尋問に引っ掛かってしまったのか。


「なるほど、どっちかが好きなんじゃねー。じゃけえ園芸部か。青春じゃわー、羨ましー」


 ソファの脇に置いてあったクッションを手に取り、それを抱きしめて、右へ左へと身体を捻っている。悶えている、という表現か。わざとらしい。ムカつく。いつか絶対、弱みを握ろう。

 これ以上話しても無駄だと自分を納得させ、再度、居間に背中を向けたところで、姉ちゃんは声を掛けてきた。


「まあ、よかったわ」

「……なにが」

「タカちゃんはさー、あんまり自己主張せん(しない)じゃん? 成績も、良うもないし悪うもないって感じでさー。友だちも、いなくはないけど、親友はいないっぽいし。得意なこともあんまりないけど、すごい苦手なもんもないって感じで、特徴がないっていうかさー。じゃけえ帰宅部なんも、さもありなんって感じじゃったけど。私は、タカちゃんが部活始めてよかったと思うよ」


 散々な言われようの気はするが、さすがは姉というのか、的確な指摘の気がする。


「わがままも言わんわけじゃないけど、すぐに引っ込むし。自転車もさあ、最初は違うの欲しいって言いよったのに、あっさりこれでええって言うてさ」

「あれでよかったけえ」

「私のお古でもあんまり文句言わんけえ、罪悪感が湧くわ。もうちょっとわがまま言うときんさい」


 罪悪感なんてものがあったのか、と少し驚く。とてもそうは見えないのだが。


「じゃあ、小遣いくれ」

「あんたがデートするときになったら、あげるわ」


 約束ともいえないような返事をして、姉ちゃんはケラケラと笑った。

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