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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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7. UFO

 ある日の朝、教室に駆け込んできた木下が、窓際に駆け寄ると同時に窓を勢いよく開けた。木下は窓枠に手を掛け、外に身を乗り出すようにして空を眺めている。


「いや、危ないって」


 俺は焦って木下のブレザーの裾をまくり上げると、ズボンのベルトをつかんだ。まさか飛び降りはしないだろうが、なんだか危なっかしかった。


「あー、いねえ……」

「なにがだよ」


 なにがなんだか、という状態なのでそう訊くと、木下はこちらをくるりと振り向く。弾みでベルトをつかんでいた手を放してしまった。もう安全そうなのでいいんだろうが、いつでもつかめるように心構えをしておいたほうがいいんだろうか。

 しかしこちらの戸惑いは他所に、木下は興奮した様子で声を上げる。


「ワシ、今、すげえの見た!」


 慌てたようにカバンを自分の机の上に投げて、こちらに身を乗り出してくる。なので思わず身を引いた。唾がかかるんじゃないかっていう距離だった。


「UFOおった!」


 なにを言い出すかと思えば。

 しかしこちらのドン引き具合にはまったく構わず、木下はさらに言い募ってくる。


「いやマジだって。絶対、UFOだって!」

「おはよー、なにを騒ぎよるん?」


 尾崎がやってきて、眠たげに訊いてくる。とはいえ、そんなに興味はなさそうだ。


「尾崎、お前は見んかったんか! UFOおったで!」


 尾崎は眉をひそめると、呆れたようにひとつため息をついて、自分の席に着いた。


「朝からバカなこと言いんさんなや。どうせ飛行機かなんかじゃろ」

「本当だって! ああー、あのとき周りに知っとるやつがおらんかったんよのー」


 心底悔しそうに、そんなことをぼやいている。


「……どこにおったん?」


 最初はそんなバカな、と思っていたのに、木下の様子を見ているうち、興味が湧いてきて尋ねた。もちろんUFOだとか宇宙人だとかいう話は、大好物であったりもする。

 木下は満面の笑みでこちらを振り返った。


「そこの坂の下から上のほう見たら、これくらいのの」


 そう言って、右手の親指と人差し指で、小さな小さな丸を作る。


「おはよう」

「おはよー、ハルちゃん」


 そこで川内もやってきて、尾崎は木下の興奮は丸無視で、彼女に挨拶していた。木下も自分が話すのに忙しいのか、特に構いはせずに続ける。


「白い丸が空でフワフワしとって。ほいで、なにかのう、思うて見よったら、こう動いたあと、こう! ほいで、こう! 動いたんじゃ」


 すっと左から右に動かした手を、鋭角に左下に振り下ろす。


「ほいでまたこっちに!」


 そしてさらに、手を左から右に動かした。木下から見てZを書いたような形だ。それなら飛行機とは考えられない。というか、そんな動きをするものがあるだろうか。


「鳥かなんかじゃないん?」


 頬杖をついて、呆れたように尾崎が口を挟んできた。

 そのあたりから、苦笑しながらこちらを見ているクラスメートもチラホラと見受けられるようになった。木下の声が大きいからだろう。


「鳥は、あんな早うに動かんじゃろ」

「あんな、言われても」

「……なんの話?」


 さっぱりわけがわからない、という表情で川内が首を傾げる。途中からだから、なんのことか理解できなかったのだろう。

 仕方ないな、という顔でため息交じりに、尾崎が教える。


「UFOだって」

「UFO?」


 きょとんとして瞬きを繰り返す川内に、木下は身を乗り出して声を上げた。


「いやマジで見たんだって!」

「そ、そうなんじゃ」


 少し身を引きながら、川内が答える。


「動画かなんかあったら信じたのに」


 はあ、と息を吐きながら言う尾崎のその言葉に、「あー!」と木下は天井を仰いだ。


「ホンマじゃ、スマホあったのに! 撮ればよかったー!」

「残念でしたー。はい、終わり終わり」


 尾崎がパンパンと手を叩きながら、その場を終わらせようとする。


「バカにしとるんか! 宇宙人がおってもおかしくないじゃろうが!」


 木下はムキになってそう反論する。もう引っ込みがつかないのかもしれない。しかし尾崎は、相手にするつもりはないようだ。


「高校生にもなってそんなん信じとるとか、十分バカじゃわ」

「おるかもしれんじゃろうが」

「うん、おるかもしれん」


 思わず、そう口を出す。すると、木下は嬉しそうにこちらを見て笑顔を見せた。


「ほうか、そう思うか!」

「うん」


 この広い宇宙で、人類が存在しているのが地球だけ、というのも逆におかしいと思う。きっと宇宙のどこかに、宇宙人はいるんだ。


「これだから男子は……」


 と、尾崎が呆れたような声を零す。しかし。


「私も、おると思う!」


 川内の意外な援護射撃に、俺たちは彼女のほうに視線を向ける。

 川内にしては珍しく、声量を上げて興奮している様子だ。


「私、宇宙人はおると思うよ!」


 言っておきながら、肯定されるとは思っていなかったのであろう木下が、「だよな!」と嬉しそうに川内を指差した。

 尾崎は困ったように眉尻を下げた。


「ええー、ハルちゃんまで」

「千夏ちゃん、きっとおるよ。見とらんだけかもしれんし」


 うんうん、と頷く俺たち三人を見回して、尾崎は肩を落とす。


「まさかのウチが少数派?」

「認めえや。宇宙人はおるって」


 勝ち誇って胸を張る木下に、尾崎は眉根を寄せた。


はがええ(ムカつく)。絶対認めとうない」

「なんでじゃ」


 そこで一時間目の予鈴が鳴り、皆がゆっくりと自分の席に戻り始める。俺たちも話を止めて、それぞれの席に着いた。

 それから尾崎が振り返って、小さく首を傾げて川内に話し掛ける。


「でもなんか、意外。ハルちゃんはそんなん言わんような気ぃしとった」

「ほ、ほう? でも、世の中にはきっと……そういう不思議なこともたくさんあるんよ」

「ハルちゃんが言うなら、そういうことにしとってもええわ」


 そう答えて、尾崎はニッと口の端を上げた。


「ワシが言うのは信じんのんか……」


 と、後ろの席から小さくつぶやく声が聞こえたところで、一時間目の本鈴が鳴った。

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