9. 隠しごと
「おはよー、タカちゃん」
「タカちゃん、おはよう」
翌朝、教室に到着すると、ニヤニヤしながら尾崎と木下がそう挨拶した。そんな気はしてた。
「止めえや、それ」
唇を尖らせてそう抗議の声を上げ、自分の席についた。そんな俺を見て、二人はアハハと声を出して笑う。
「おはよう」
そのあとからやってきた川内は、タカちゃんとは呼ばなかった。なんとなくセーフ。
俺は三人を見回して、訊いてみる。
「昨日、姉ちゃん、なんか言いよった?」
「いや、いろいろ訊きたかったけど、車じゃけえ、すぐにバス停に着いたし」
「そっか」
昨日、姉ちゃんが報告してきたことと同じだ。これは、余計なことは言われていないと判断してもいいだろう。俺は心の中で胸を撫で下ろす。
しかし念のためと思ったのか、木下が続けた。
「宮内先生まだおる? とか、そんなことくらいかのう」
そういう話なら大丈夫か。言われて困るようなことは特にないが、子どもの頃の失敗とかを面白おかしく話しそうだから困る。
「お礼、言っといてね?」
川内がこちらに向かってそう声を掛けてくる。俺は顔の前でひらひらと手を振った。
「ええよ、そんなん」
「よくないよ、助かったんじゃもん」
川内はそう食い下がってくる。意外に頑固なところもあるのかな、と思った。
「わかった、伝えとく」
「ありがと」
安心したように微笑むと、川内はそう返してきた。
「そういえばさー」
尾崎が、ポン、と手を叩いて川内のほうに向き直る。
「ハルちゃんって、何分のバスに乗りよるん?」
「えっ?」
「いっつもウチらよりあとじゃけど、遅刻はせんじゃん。何分なんかな、思うて。それじゃったら、ウチももう一本遅らせてもいいんかなって」
合点がいった、というふうにひとつ頷くと、川内は口を開く。
「乗りよるのはもっと早いバスよ。私は、教室に来る前に温室に寄りよるけえ」
「そうなんか」
「じゃあ、手伝わんにゃ」
俺たちがそう慌てると、川内は両手を胸の前で焦ったように振る。
「あっ、ええんよ、仁方からじゃったら電車との兼ね合いがあるけえ、どうしても早うなるんよ。じゃけえ勝手にやりよるだけじゃし」
「でも」
川内は、なおも食い下がる俺たちに、早口で返す。
「一人で集中したいこともあるけえ。ええと、花の様子とか、じっくり見たりとか」
「ふうん?」
よくはわからないが、川内以外のメンツは植物に関しては完全に素人で、なにひとつ詳しくないから、川内くらい詳しいと専門的ななにかがあるのかな、皆と一緒だと気が散るのかな、と納得してみる。
「あっ、予鈴」
「あー! 今日の数Ⅱ、小テストあるんじゃなかった?」
「しゃべっとる場合じゃなかった」
慌てて俺たちは席に着いてガサガサと教科書やノートを出す。
そんな中、川内だけは安心したように息を吐いた。
一人で集中したいこと。それは、なんだろう。
なんだかなにかを隠されているような、そんな気がして落ち着かなかった。
◇
「お前らそれぞれ、種からなんか育ててみるか」
と、温室でくつろいでいるときに、浦辺先生が提案した。
「やっぱり園芸部の活動じゃけえの、花でも咲かせてみんといけんじゃろう」
その言葉に瞳を輝かせたのは川内だけで、他の三人は眉根を寄せる。
「小学校のときに朝顔を育てたことしかない」
俺がそう発言すると、木下もうんうん、と頷く。尾崎も続けた。
「ウチなんか、サボテン枯らしたことあるよ」
「うわー、マジか」
「水遣りすぎちゃいけんっていうけえ、放っといたら枯れとった」
「やりそう」
そう話して三人は笑うが、川内は少し驚いたように口を開いた。彼女にとっては信じられないことらしい。
「私も手伝うけえ、がんばろ?」
よほど不安なのか、労わるような小さな声音で、尾崎を励ましている。
「自信ないわー」
しかし尾崎から返ってきたのは、そんな心もとない言葉だった。
「前途多難じゃのう」
呆れたように、ため息交じりで浦辺先生は肩を落とす。
「まあ、川内がおるけえ、大丈夫じゃろ」
先生は、温室内を見回して言った。
「ここにある花、ほとんど川内が咲かせたんで? そこのパンジーも、ちゃんと種から育てたんじゃ」
浦辺先生は、棚に並べられたプランターを指差した。その色とりどりの可愛らしい花は、いつも俺たちの目を楽しませてくれている。
「覚えとらんか、今年の一年生が入ってきたとき、靴箱んとこにいっぱい置いてあったじゃろうが。綺麗じゃったで」
「そういえば……」
あったような気がする。よく見ていなかった。
「パンジーは、色がいっぱいあるけえ、華やかかと思うて」
照れたように川内が頬を染める。
「すごいね、ハルちゃん。種から育てるとか」
「そんなに難しゅうないよ。千夏ちゃんもやってみる?」
「うーん……」
サボテンを枯らせたことのある尾崎にしてみれば、パンジーはハードルが高いのかもしれない。どうも乗り気ではない様子だ。
「ワシは、どうせなら食べられるもん育ててみたいのう」
木下がはしゃいだ声で希望を述べる。食べられるもの……といえば。
「野菜とか?」
「野菜かー……果物のほうがええのう」
「卒業までに収穫できるもんにせえよ」
浦辺先生の指摘に、それもそうか、と考える。桃栗三年柿八年、卒業まであと二年弱。桃と栗と柿みたいに、木に生るようなものは、どう考えても無理だ。
「あ! スイカにしようや」
尾崎がポンと手を叩いて、名案だとばかりに意見した。
しかし浦辺先生は手を胸の前で振って、却下の姿勢だ。
「スイカは難しいで。初心者がやるようなもんじゃないで」
「ええー、スイカがええよー」
サボテンを枯らせた人間がなにを言っているのか。しかし尾崎は食い下がる。
「スイカにしようや! スイカ好きなんよ!」
足をバタバタさせてそう言い張る尾崎を見て、浦辺先生は腕を組んでうーん、と考え込む。それから少しして、浦辺先生は顔を上げた。
「まあ、スイカにしろなんにしろ、大きいもんを育てるんなら、畑をまず耕さんといけんのう。もう何年も使うてないけえ、まずはそこからじゃ」
畑を耕す。どうやらまた、俺たちの出番なのではないか。俺と木下は、顔を見合わせて苦笑する。
「畑はどこ?」
「温室の横にあるじゃろうが」
浦辺先生は温室の外を指差した。そこには、草ぼうぼうの広場しかない。
「あれ、畑じゃったんじゃ」
「ほうで。まあとにかく、今植えられるものかどうかとか、よう考えんと。よし、ちゃんと一年の計画を練ろう。園芸部らしゅうなってきたのう」
そうして、浦辺先生は嬉しそうに笑った。




