10. 尾崎と木下
結局、スイカの種撒きは時期が遅いということで、見送ることになった。
というわけで、俺たちは四人でひたすら畑に生えていた雑草を抜いている。なんだか俺が考えていた園芸部というものと、ものすごく違う気がするが考えないようにしよう。
「スイカがー……」
雑草を引っこ抜きながら、がっくりと肩を落とす尾崎に、川内が苦笑しながら話し掛ける。
「私もスイカは育てたことないけえ調べてみたけど、整枝とか受粉とかせんといけんみたいなし、よく調べて来年がんばろ?」
「うん……」
尾崎はやっぱり、川内に諭されるとなんでも素直に頷く。
「でもネギって! お母さんは喜ぶかもしれんけど!」
「割と簡単じゃし、スイカ育てるのに土が良くなるんじゃって」
「スイカのためかー……」
はあ、と大きくため息をついて、またブチブチと雑草を抜いている。
もう何年も放置していたせいか、花壇とは比べものにならないくらいに畑は雑草だらけだ。まずはここを畑として使えるようにするまでに、結構な時間がかかるような気がして不安になる。
「サボテン枯らしたお前がスイカとか、そんな難しそうなん育てられるんか?」
笑いながら木下がそうからかう。尾崎はその発言に唇を尖らせた。
「クソムカつくわ」
「クソとか言うな。女じゃろうが」
「はああ? 男じゃ女じゃ言うな。差別じゃ!」
また始まった、と川内と顔を見合わせて苦笑する。
「それに、どうせ女に見えてないんじゃろうに、うるさいわ」
尾崎がそう言い返すと、木下は口元をきゅっと引き結んだ。そして、バッと立ち上がる。
それから、尾崎のほうを振り返った。
「な、なんよ」
急なその動きに驚いたのか、尾崎は少し身を引く。
「見とるよ」
その返事に、尾崎は動きを止めた。瞬きを繰り返し、木下の顔を呆然と見上げている。
その視線を受け、木下の顔はみるみる真っ赤になっていった。本当に耳まで赤かった。
「ワシは、女として見とるで! バーカ!」
「は、はあ? バ、バカとはなんよ!」
「うるさい! ワシは帰るで!」
真っ赤な顔のまま、木下は畑を横切っていき、そして置いてあったカバンを鷲掴みにし、そのまま校門に向かって走っていった。ジャージのままで。
そしてあっという間にジャージ姿の木下の姿が見えなくなり、あとにはあんぐりと口を開けたままの尾崎と、それをおろおろと見ている俺と川内が残った。
どうしたらいいんだろう、これ。余計なことは言わないほうがいいんだろうか。けれど話を逸らすのもおかしいような気がする。
「な……」
沈黙を破ったのは、尾崎だった。
「な、なにを言いよるんかね、あのバカは」
はは、と半笑いでそう口にする。川内がおろおろとしながらも、尾崎を窘めた。
「ち、千夏ちゃん、バ……バカはいけんよ」
「いや、バカじゃわ、あいつは。わけのわからんことを急に」
突然に告白のようなことをされて、どうしたらいいのかわからない尾崎の気持ちもわかる。でも木下の気持ちを考えたら、やっぱり尾崎に同意はできなかった。
「いや、バカは言うてやるな」
だから、そう口を挟んだ。
尾崎はまだ混乱しているのか、俺の顔を見て、それから川内の顔を見て、そしてあたりに視線をさまよわせて。そして右手で顔の半分を隠して、俯いた。
「な、なんか、よくわからんけえ。……今日のところは、帰るわ」
「あ、ああ、うん……」
「じゃ、じゃあまた明日ね」
ふらふらと尾崎は畑を出て行く。俺と川内は思わず顔を見合わせて、しばらく見つめ合ってしまった。
いやこれ、本当に、どうしたらいいんだろう。恋愛とかに不慣れな俺にはどうしたらいいのかなんてわかるはずがない。なのでとにかく作業を再開することにする。しかしそれから少しだけ雑草を抜いたが、やっぱりソワソワとしてしまって進まなかった。
「……今日はここまでにしとく?」
「うん、もう帰らんと」
腕時計を見ながら、川内がそう答えた。
ジャージから着替えるために、川内は更衣室へ、俺は教室に向かう。木下はジャージで帰ったが、大丈夫なんだろうか。今日はともかく、明日の朝はどうするんだろう、などと考えながら教室の扉を開くと。
「うおっ」
教室には、木下がいた。帰ったのではなかったのか。
木下はすでに制服に着替えていて、自分の机に突っ伏して、こちらに手だけを上げた。
「帰ったんか思いよった」
「途中まで……帰ったんじゃけど、ジャージじゃったけえ、引き返してきた」
「あ……ああ、そうなんか」
途中で我に返った、という感じか。
なんと声を掛けていいかわからず、俺はとりあえず制服に着替える。
「……き」
小さな小さな声がして、そちらを振り向く。木下は机に突っ伏したまま、続ける。
「尾崎……なんか、言いよった?」
それは気になるだろう。でも、バカだと発言していたことを聞かせてもいいものなのだろうか。
「ようわからんけえ今日は帰るって、少し前に帰っていったで」
「帰ったんは、知っとる」
少し顔を上げて、教室の窓から外に視線を移す。そこから校門を出て行く尾崎を見ていたのだろう。それで鉢合わせを恐れてここでしばらく潜んでおくことにしたのか。
「バカじゃ、言いよったろうが」
「えっ」
まんまだったので、咄嗟に繕うこともできずに固まってしまう。俺のその様子を見て、木下は小さく笑った。
「やっぱりの」
「いや……あれは、尾崎も混乱しとって、それしか言えんかったんじゃないんか」
「ほうかもしれんけど、バカには違いないわ。なんかわからんけど……スイッチ入ったみたいになって、勢いで言うてしもうた」
いつもの元気な声ではない。すっかりしょげかえっているように見える。
「でも」
俺の声に、木下は顔を上げた。
だからといって、バカかと訊かれたらそんなことはないと思う。勢いというものはきっとあるし、それがたまたまさっきのタイミングだったんだろう。
「俺からしたら、ちゃんと伝えた木下は、すごいよ」
俺の言葉に木下はしばらく瞬きを繰り返し、そして口元に笑みを浮かべる。
「ほうか、すごいか。じゃあ神崎も告白するか」
「いや、俺はタイミングを見計らう」
「ずりぃ」
そう軽口を叩いて、木下は声を上げて笑った。
よかった、どうやら少し、元気が出たようだ。やっぱり木下は元気なほうがいい。
「いうても俺、いいタイミングでいいこと言える気がせんのう。そんな器用にはできてないけえ」
「まあのう。ワシも同じく、器用じゃなかったらしいわ」
そしてまた、ははは、と楽し気に笑った。もう大丈夫だろう。
それから二人で靴箱のところに行き、川内が来るのを待つ。
川内が更衣室から出てこちらに向かってくるのが見えた。彼女は木下の姿を認めると、驚いたように目を瞠ったが、パタパタと駆け寄ってきて、にっこりと笑う。
「まだ帰ってなかったんじゃ」
「おお。悪かったのう、変な空気にしてしもうて」
そして三人で、校舎を出る。いつもより一人少ない帰り道だが、しゃべることはたくさんあった。
「私らは、どうしたらええ?」
「どうもせんでええよ」
「じゃあ知らんぷりしとくで。木下はどうするん?」
「ああ……まあ……どうしようかのう」
そう曖昧なことを口にして、頭を掻いている。
本当に、どうしたらいいのか迷っているのだろう。その気持ちはわかる気がする。俺ももちろん、どうしたらいいのかわからないから、なんのアドバイスもできない。
川内が木下の様子を見て、おずおずと口を開いた。
「あのね、いらんことじゃったらごめんね。ただね、冗談だって誤魔化すのだけは、いけんと思う」
確かに。木下の普段のキャラを考えると、笑いながら誤魔化す、という行動もあり得る。そして木下の中にその選択肢はあったようで、肩を落としてうなだれた。
「ほうか……ダメかのう」
そのときふと、思い出したことがあった。
「あっ、前、姉ちゃんが冗談がどうとか言いよったの、こういうことか!」
「えっ? お姉さん、なんて?」
「たぶん、今回のことと似たような感じの気がしてきた。ちょっと前、電話での? 『いや冗談だってわかっとったって。本気にするヤツいないでしょ』って感じで応答しよって、にこやかじゃったんじゃけど」
「うん」
「でも、電話切ったあと、『死ね!』ってスマホに向かって叫びよったわ……」
「怖え……」
「じゃけえ、俺も冗談で誤魔化しちゃいけんほうに、一票」
「肝に銘じとく……。でもまあ、なるようになれ、じゃわ」
三人だけの帰り道は、けれどその中心にいるのは尾崎のような気がした。




