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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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11. 幼馴染

 翌日、どうしたらいいんだろう、と思案しながら教室に向かう。部外者であるはずの俺がこんなに緊張しているのだから、当人たちは、いかばかりだろうか。


 教室に到着して、そしてそっと後ろの入り口から中を覗き込む。どうやら他の三人はまだ来ていない。

 その肩にポンと手を置かれ、ビクッと身体が震えた。慌てて振り向くと、木下だった。


「おっ、おはよう」

「はよ。……つーか、なんでお前がそんなに緊張しとるんじゃ」


 眉根を寄せて、木下が指摘してきた。そんなふうに言うものだから、木下は緊張してないかと思いきや、やっぱり落ち着かなく教室の中を覗き込んでいる。


「……まだ尾崎は来てないよのう」

「うん、まだみたいじゃ」


 そうして、そろりそろりと教室の中に足を踏み入れる。

 自分たちの席に着いても、まだ尾崎は来なかった。いつもなら、もう来ていてもおかしくない時間だ。


「そういや、尾崎とは家が近いんじゃないん?」

「ほうで。目と鼻の先じゃ」

「ほいなら、朝、一緒のバスじゃないんか」

「バスは一緒じゃけど、歩くのは別々じゃ」


 それなら普通に一緒に登校すればいいような気もするが、やはり並んで歩くのは抵抗があるのだろうか。幼馴染というのは、思ったよりも難しい関係性なのかもしれない。


「今日は、バスも違うみたいなかったけど」

「あ、ああ、そうなんか……」


 つまり、尾崎はいつものバスには乗らなかったのだ。あからさまに避けられている。これは本当に、木下に掛ける言葉がわからない。

 そんなふうにして、二人してソワソワとしているうち。


「おはよう」

「……おはよー……」


 川内と尾崎が一緒に教室に入ってきた。なるほど、そうきたか。

 たぶん、尾崎はいつもより早く来て、温室に向かったのだ。そして川内に助けを求め、こうして二人で教室にやってきた。これはなかなか、前途多難なのではないか。

 ギクシャクしながら、俺たちはそれでも挨拶を交わし、それぞれの席に着いた。


   ◇


 放課後までにはなんとかなるのだろうか、というか、昼飯はどうなるんだ? とモヤモヤと考えながら、三時間目の日本史の授業を受けているときだ。

 急に、教室の前の扉がガラッと開いた。日本史の先生も、ぎょっとしてそちらに顔を向ける。そこにいたのは浦辺先生だった。


「授業中、すみません」

「いえ、どうされました?」


 先生同士でそう言葉を交わしたあと、浦辺先生はこちらのほうを向いて、声を張った。


「尾崎、すぐに帰る用意せえ」


 うつらうつらとしていた尾崎が、はっとして顔を上げる。


「……えっ、はいっ」

「お母さんが病院に運ばれたそうじゃ」


 その報せに、教室中の皆の視線が尾崎に集まる。

 尾崎は呆然として、瞬きを繰り返して浦辺先生の顔を見つめていた。


「携帯の電源、入れていいで」


 浦辺先生のその言葉に、尾崎は慌てたようにポケットからスマホを取り出し、真っ青な顔色で電源を入れる。


「大したことはないらしいんじゃが、送ってってやるけえ、とにかく病院に行かんと。車回してくるけえ、校門に来い」


 尾崎が頷いたのを見ると、浦辺先生は日本史の先生に断る。


「じゃあすみません、尾崎は早退ってことで」


 そうして浦辺先生は教室の扉を閉める。途端に教室内はざわざわと騒がしくなった。


「はい、静かにー」


 日本史の先生はそう注意するが、それでも皆、落ち着きはしなかった。

 そんな中、尾崎は慌ただしく机の上を片付けている。


「あっ」


 机から尾崎の筆入れが落ち、バラバラとペンが散らばっていく。川内が素早く席を立ち、それらを拾っていた。


「ご、ごめん。え、えと……あ、あと体操服」


 キョロキョロとあたりを見回していて、尾崎が明らかに落ち着きをなくしているのがわかる。大したことはない、と浦辺先生は言っていたが、こうして呼び出しがあるくらいだ、それを鵜呑みにはできないのだろう。


 ふいに後ろの席から、ガタン、と音がした。


「千夏」


 低い声で、木下が呼びかける。その声に尾崎はピクリと身体を震わせ、木下のほうを振り返った。

 ざわついていた教室が一瞬にして、しん、となるほど、木下の声はよく響いた。


「体操服なんかは、川内にまとめてもろうてワシが持って帰るけえ、ほっとけ」

「え……」

「教科書もぜんぶ置いてけ」

「あ……」

「じゃけえお前は、財布とスマホだけ持ってけ」

「う、うん」


 指示されるがまま、尾崎は自分の制服のポケットに財布とスマホが入っているのを確認している。


「焦るなよ。お前がコケてケガでもしたら本末転倒じゃ」

「うん」


 尾崎は次第に落ち着きを取り戻してきたように見えた。


「母ちゃんに連絡しとくけえ、なんかして欲しいことがあったら、遠慮せずに頼め。尾崎のじいちゃんの迎えとかは、母ちゃんもできるけえ」

「うん」


 その頃には、尾崎はしっかりと頷くようになっていた。


「わかったの。病院に着いて様子見て、時間があったらでええけえ、母ちゃんに連絡せえ。おばさんに、よろしくな」

「うん。ありがと、隼冬」


 尾崎は、はっきりとした声で、そう返事した。


   ◇


 その日の放課後、川内が温室内の世話をしている間、俺たちは畑の雑草を抜いていた。

 しかしふいに木下が立ち上がって、ジャージのポケットを探りだす。取り出したスマホを見ながら木下が言った。


「ワシ、途中で抜けるかもしれんわ。尾崎の母ちゃんは大丈夫みたいなんじゃが」


 尾崎から連絡があったのだろう。ほっと胸を撫で下ろす。


「そのまま検査入院するいう話じゃけえ、じいちゃんの世話を尾崎一人でやらんといけん。うちの母ちゃんが手伝うみたいなけど、ワシも呼ばれたら行くわ」

「ほいなら今日は、帰ってもええで? 俺がやっとくし」


 そういうことなら、呼ばれたら、と待たずに家で待機していたほうがいいのではないか。

 しかし木下は首を横に振り、持っていたスマホをジャージのポケットにしまう。

 そして俺の前にしゃがみ込み軍手をはめて、また雑草を抜きながら話し始めた。


「いや、こういうときワシは、呼ばれたら、でええんじゃ。いらんことするな、いうて怒られるわ。母ちゃんはようわかっとるけえ、母ちゃんの言う通りにするんがええ」

「ほうか」


 木下の母親と尾崎の母親は、本当に仲がいいんだろう。そして似たようなことは今までもあったんだろう。それなら要領のわかっている人に従うのが一番いいのかもしれない。きっと、ご近所同士の助け合い、が成立しているのだ。


 しかしその場合、ご近所に頼る前に出てくるはずの人が一人、出てきていない。


「尾崎、お父さんおらんのか」


 俺がそう問うと、言いたいことはわかったのか、木下は頷いた。


「あそこは、ちぃと(ちょっと)複雑なんよの」

「そうなん?」

「尾崎んち、じいちゃんとおばさんと、尾崎の三人で住んどるんじゃが、じいちゃんは尾崎の父ちゃんの父ちゃんなんじゃ」


 となると、じいちゃんという人は尾崎の祖父ではあるが、尾崎の母にとっては義理の父親か。と、雑草を抜きながら頭の中で整理する。


「……尾崎のお父さん、亡くなっとるんか」

「いや、生きとる。浮気して出て行った」

「はあ?」


 いきなりとんでもない話が出てきて、俺は雑草を抜く手を止めて顔を上げた。

 木下は下を向いて手を止めないまま、続ける。


「たまに、顔見せに帰ってきよるで。どのツラ下げて、って思うけどのう」


 浮気して出て行った、というだけでも信じられない話なのに、ときどき帰ってくる? なにごともなく平和な家庭で育ったからだろうか、どうにも上手く想像できない。まるでドラマの中の話のようだ。

 だが、顔も見たことがない、その尾崎の父親には腹が立つ。


「ムカつく」


 その怒りを目の前の雑草にぶつけることにして、ブチブチと引き抜く。それを見た木下は、ふっ、と小さく笑った。


「腹立つよのう。尾崎も怒っとるけど……肝心のおばさんが、それでええみたいで」

「ええ? 信じれん」

「そうは思うけど、口出しすることでもないけえ」

「あ……そうか……。うん……」


 他所の家庭のことなのだ。赤の他人の俺が怒る筋合いはない。確かにそうだ。

 小さい頃から尾崎を見ていた木下は、もちろん今までも怒っていたのだと思う。でも、余計な口出しは無用、と窘められてきたのかもしれない。だから落ち着いている。


 行き場のない怒りを、俺たちはさらに雑草に向ける。今日は捗りそうだ。

 木下は、その間にぽつぽつと語る。


「じいちゃんは元気じゃったんじゃけど、ちょっと前にコケてしもうて、足の骨折ったんじゃ。それから一気に寝たきりになってしもうての。その世話で、おばさんは疲れとるみたいなかった(だった)


 だから今回、病院に運ばれるようなことになってしまったのだろう。


「おばさんは働きよるけえ、昼間はデイで見てもらいよるんじゃが」

「デイ?」


 耳慣れない単語が出てきて、そう聞き返す。


「ああ、デイサービスのことじゃ。昼間は介護施設で預かってもらうんじゃ。リハビリもしてくれるところなん(だって)


 知らなかった。俺は父方も母方も、どちらの祖父母も健在だが、元気だし、離れて暮らしているし、そういう知識がまるでない。介護は大変だ、ということはよく聞くし、そうなんだろうとは思っていても、実感としては伴っていない。


「お」


 木下がなにかに気付いたように顔を上げる。マナーモードにしていたスマホが震えたらしい。その画面を見て、木下は立ち上がる。


「母ちゃんが買い物して帰れって言うけえ、帰るわ」

「ああ、うん。気を付けてな」


 なるほど。家に帰って待機しているより、学校からの帰り道に寄ってくれ、ということがあるか。確かに、余計なことはせずに指示待ちしているほうが正解だった。


「二人きりじゃ。よかったの」


 俺はそのからかいに、眉をひそめる。


「さすがに、よかったとは思わんわ」


 そう非難するような声を出すと、木下は少し下を向いて小さく笑った。


「ええヤツでよかったわ」

「普通じゃ」

「ほうか。ほいならええヤツついでに頼むんじゃけど、ワシが今日、いろいろしゃべったこと、内緒にしといてくれえや」


 おどけたように尻を突き出して、人差し指を唇に当てて頼んでくる。忍び笑いが漏れた。


「うん、わかった」

「ほいじゃあの」


 そうして今度こそ、木下は踵を返して帰っていった。

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