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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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29. 浦辺先生

 朝の温室に行くと決めたは決めたのだが、それでも翌朝学校に着いてから、温室に向かう決意を新たにしなければならなかった。足が重い、だなんて本当にあるんだな、と思いながら歩を進める。

 温室にたどり着くと開いた南京錠が掛けられていたから、一度深呼吸をして、それから、えいっとドアを開ける。しかし。


「げっ」


 思わず口をついて出た。


「げっ、とはなんじゃあ、げっ、とは」


 なんとそこには川内の代わりに浦辺先生がいたのだ。

 じょうろで鉢植えに水を遣っている。じょうろを持っていたおかげで、頭をギリギリとやられる刑を免れたらしい。

 しかし、これは完全に予想外だ。どうすればいいのかわからなくて、途方に暮れる。


「川内か?」


 仏頂面でそう訊くので、曖昧に頷いた。


「はあ……まあ……」

「今日は日直じゃけえ、もう教室じゃ。じゃけえワシが代わりにやりよる。まあ、たまにはの」

「あ……ああ……日直……」

「なにをボーッと突っ立っとるんじゃ。入れ」


 まるで脅迫されている気分で、素直に言う通りにする。浦辺先生と温室で二人きり。あまり嬉しくない状況だ。これはいったいどうしたらいいんだろう、と俯いて考えていると。


「お前、元気か?」

「えっ」


 急に話し掛けられて、慌てて顔を上げて浦辺先生に視線をやる。しかし先生はこちらを向いていなかった。


「お、お前は綺麗に咲いたなぁ」


 じょうろで水を遣りながら、先生は鉢植えに話し掛けていた。優しい声音で。


「せ、先生……」

「ん?」

「今……」

「ああ、似合わんか」


 にやりと笑って、俺のほうを振り向く。

 開いた口が塞がらない。まさか、浦辺先生も植物の気持ちがわかるのだろうか。川内だけじゃないのだろうか。実は他にもいるのだろうか。

 そんなことをぐちゃぐちゃと考える。


「お前、知らんのんか? サボテンにはテレパシーがあるいう話」


 呆然としている俺に向かって、浦辺先生は淡々と語る。


「あ、いや、知っとるけど……」

「ずっと話し掛けて育てたサボテンは綺麗な花を咲かせるらしいけえの。ホンマかどうかはわからんが、どうせならやってみても、えかろう(いいだろう)が」


 あまりにも有名な話だ。もちろんやってみる人もいるだろう。

 サボテンは、優しくされれば喜ぶし、侮蔑されれば悲しむ。


「人間と、なんら変わらんよのう」

「……うん」


 心なしかしゃべっている内に、浦辺先生の表情が穏やかになってきたような気がする。カタギじゃない、だなんて噂されて、学校で一番怖いと恐れられる先生とは思えない雰囲気だ。


 そうだ、いつだってこの温室は、人を穏やかにする。浦辺先生は教室とは違い、いつもこの場所では優しい表情を浮かべていた。

 先生は温室の中をぐるりと見回すと、口を開いた。


「ワシはの、神崎。川内は植物の言葉がわかるんじゃないかって思うとる」

「えっ!」


 ぎょっとする。なんで。なんで浦辺先生がそんなこと。先生は知っているんだろうか? 川内は浦辺先生には打ち明けているんだろうか。自分の不思議な力のこと。

 完全に頭の中が混乱しまくっている俺には気付かない様子で、浦辺先生はにっ、と歯を出して笑う。


「バカバカしいじゃろ?」

「……いや」

「川内には言うなよ、笑われちゃあいけんけえのう」


 そう続けて苦笑する。ということは、聞かされていないってことなのだろう。

 とりあえず落ち着こう、とこっそりと息を吐く。俺一人、アタフタしすぎだ。


「あの子がこの温室を世話するようになってから、明らかにここが変わったんよな。植物の言葉を聞いて、ほいで世話しとるんじゃ。じゃけえ、変わったんじゃないかのう」


 俺は先生の言葉を受けて、温室の中を見回す。居心地の良い温室。いつだって温かで、心穏やかになれる場所。川内が作り上げた温室。

 先生は、川内になにも打ち明けられなくたって、そこに近付いたのか。この温室で過ごすうちに。この温室を見ているうちに。

 なのに、俺はいったい、なにを見ていたのだろう。


 ふと、思う。俺は、理解しているふりをしていただけだったのかもしれない。心の底では、なにをバカなことをって思っていたのかもしれない。だから、俺よりも植物を優先したことが、我慢ならなかったのかもしれない。

 優しいふりをして、ただ傍にいたいがために、理解した素振りを見せてきたのかもしれない。実は、信じようともしていなかったのかも、しれない。


「ここに来ると、安心できると思わんか? 川内が丁寧に手入れしてくれるおかげで、そうなんじゃないかと思うがのう」


 そうだ。いつもここに来ると安らげた。尾崎も似たようなことを言っていた。それは川内がいたからかもしれないけれど。


 でも。なぜだろう。今日はなんだか落ち着かない。川内がいないからかもしれない。浦辺先生と二人きり、なんて状況だからかもしれない。

 でも、それだけじゃないような気がした。さっきから、なにか、嫌なものが俺に向けられている気がして仕方ない。


 敵意。あるいは、悪意。


 そういうものを向けられている。そう感じた。

 ゾワッとなにかが身体をすり抜けた。暖かいのに、寒さを感じて二の腕を擦る。なにが、誰が、それを俺に向けている?


「お前ら、付き合うとるんじゃろ?」


 急にそう話し掛けられたので、驚いて顔を上げて浦辺先生のほうを見る。けれど、先生はもう俺に背を向けて、水遣りを始めていた。


「えーっ……と、あの」


 もしかしたら、学生は勉強が本分、なんて怒られるのかと考えて、どう答えようかとしどろもどろしていると、浦辺先生は再びこちらに顔を向けた。


「別に隠すことでもないじゃろ」

「……はあ、まあ……」


 どうやら浦辺先生は、そのあたりには寛容な人らしい。ちょっと意外だ。


「なんだかな、最近元気がないけえ。喧嘩でもしとるんか?」

「いや……喧嘩っていうか」

「謝っとけ」

「え?」


 尾崎と同じことを言うので、思わず聞き返す。浦辺先生は少し声を大きくして、再び言った。


「謝っとけ。どうせお前のほうが悪いんじゃ」

「ひどっ」


 もう苦笑いするしかない。しかし浦辺先生は少し首を傾げる。


「川内のほうが悪いんか?」

「いや、悪くない……けど」

「ほうじゃろ。じゃけ、謝っとけって。こんな綺麗な花を咲かせる子が悪いわけがなかろうが」


 ムチャクチャだ。俺の言い分は聞く気はないらしい。まあだいたい正解なので、それはいいのだが。

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