2. 部活勧誘
その日の昼休みのことだ。
まだ新しいクラスになったばかりで、誰かと向かい合わせに弁当を食べるというところまで来ていない俺は、ガサガサとカバンからパンを取り出した。一年の頃に一緒にいたヤツらは、みんな理系クラスに行ってしまって、文系の俺だけがボッチになってしまった。
制服のブレザーのポケットからスマホを取り出す。授業中はもちろん禁止で電源を切っていないといけないが、昼休憩の間は使用を許可されている。
スマホはお一人様の必須アイテムだな、としみじみと思う。とはいえ残念ながら基本プランなので、動画なんかを見てしまうと、あっという間にデータ通信料が上限に達してしまう。なにか通信料を食わないいい暇つぶしはないかとスマホの画面を操作していった。
「……くん」
ざわざわと、教室は騒がしい。
「集中しとるん? エロ画像でも見よるんじゃないんね」
「そんなこと」
「フルネームで呼ばんと、自分のことじゃってわからんのかいね」
「ええー……。じゃああの……神崎……孝明くん」
ふいに自分の名前が読み上げられて、驚いて顔を上げる。なにかぼんやり聞こえていた気はするが、俺に対してだったのか。
見上げると、俺の机の横に川内が立っていた。なにか連絡事項でもあるのかと思ったが、彼女はなにか言いたげに、もじもじと両手の指先を弄んでいる。
「な、なに?」
思いがけず声が上擦っていて、俺は慌てて咳払いをする。というか、どうして俺はここまで動揺しているのか。話し掛けられたくらいで。
川内は俺の動揺に気付いているのかいないのか、ゆっくりと口を開いた。
「えーとね、あの……。えっと……お昼、一緒に食べん?」
「はっ?」
あまりにも予測できない言葉が出てきて、俺の声はさらに上擦った。少々音量もあったので、驚いたのか川内は一歩、後ろに下がった。
「あっ、ごめんね、嫌ならええんじゃけど」
ぼそぼそと川内はそんなふうに、口の中で断ってくる。
「いやっ、嫌じゃない、けど、なんで?」
男同士ならわかる。女同士もわかる。でも、男女が一緒にお昼を食べるというのは……あ、いや、いた。教室の隅にちらりと視線を向けると、一年のときから付き合っているという、佐々木と寺本がひとつの机を挟んで向かい合わせに座って、楽しそうに弁当を広げていた。いやこれは例外か。
川内は俺から目を逸らしたまま、小さな声で続けた。
「えーと……話、あるけえ」
「は、話? なんの……」
「はーい、ごめんなさいねー」
どきまぎしている俺の言葉を遮るようにそんな声が響いて、続いてガタガタと机と椅子を動かす音がする。
「もー、なんかたいぎいわ。そんなんしよったら、昼休憩が終わるわ」
心底呆れたような顔をした尾崎が川内の机を持ち上げて、俺の机にくっつけていた。
「はい、木下も」
「はあっ?」
突如、尾崎は後ろの木下にも呼びかける。呼ばれた木下は素っ頓狂な声を出してしまっていた。
「なんでワシも」
「ええじゃん、あんたら二人ともボッチ飯なんじゃけえ。はいはい、こっち来て」
なぜか尾崎がその場を仕切りだして、俺たちは大人しくそれに従う。ぶつくさ文句を口にしながらも、木下は立ち上がって自分の椅子を持ち、こっちにやってきた。なんだかんだで、木下は尾崎に弱い気がする。
俺たちは二つの机をくっつけた周りに椅子を四つ囲ませて、それぞれに座る。女子二人はお弁当を机の上に置いた。
「話、長うなりそうなけえ、まあお弁当でも食べながら話をしようや」
場が整ったことですっきりしたのか、尾崎はニコニコと笑いながらそう提案する。
「話って……なに?」
川内から俺に話があるのかと思っていたが、この様子では、川内と尾崎の二人が、俺と木下に話がある、ということのようだ。……俺がときめいた時間を返してほしい。
「あっ、それはね、ハルちゃんから」
ニコニコとしたまま、尾崎は手のひらで川内を指す。指された川内は、恥ずかしそうに少し俯いた。
「えと、お弁当、食べながらにしよう?」
「ああ、ほうじゃね」
それで俺たちはそれぞれ、机の上に昼飯を出す。女子二人は弁当箱を開け、木下と俺はコンビニおにぎりとパンを並べる。
ガサガサとパンの袋を開けていると、おにぎりの包装フィルムを剥がしながら木下が口を開いた。
「で、話ってなんなん?」
「まあ、そがあに焦りんさんなや」
苦笑しながら尾崎が返す。
「焦っとらんけど、そうもったいぶられると気になるじゃろうが」
少しふてくされた様子で、木下が答えた。
「いやー、もっとパッパと話が終わる思いよったんよ。でもハルちゃんがいつまでもモジモジしよるけえ、こうなっただけ」
「今まであんまりしゃべったことなかったけえ、なんか声を掛けづらくて……ごめんね」
その川内の言い訳に、尾崎は俺のほうに顔を向けた。
「てか、あんたら、一年のとき同じクラスじゃなかったん」
「ああ、同じ。三組」
「うん……同じじゃったけど……、あんまり話はせんかったよね」
ちらりとこちらに視線を移して、川内は少し首を傾げた。
「ああ、うん」
俺はこくこくと頷く。
「で、話ってなんなん」
木下は急かすように声を掛けてから、おにぎりにかぶりついた。焦っているということはないだろうが、さすがに引っ張り過ぎではないかと、俺も思う。
しかしまだ川内は、「あの……」とか「えーと」とか、言い淀んでいる。
少しして、覚悟を決めたように川内は顔を上げた。
「あのねっ」
ようやく始まったか、と俺たち三人は、川内に応じるように首を縦に動かす。
川内は、ふう、とひとつ息を吐いて、そしてゆっくりと話し始めた。
「実はね、私、園芸部なんじゃけど」
「園芸部」
「園芸部なんかあったんか」
俺と木下は、そう声を上げる。本気で知らなかった。
「それでね、入部……してくれんかなーって思うて」
「え?」
勧誘か。なんだ。少々がっかりはしたが、なるべくそれが顔に出ないように気を付けながら、俺は手の中にあるソーセージパンを齧る。
川内は小さな声で話し続ける。よく耳を傾けていないと聞こえないかもしれない、という声だ。
「顧問の先生がね、男手があったらええけえ、クラスの男子に声掛けてみろって……」
「あんたら帰宅部じゃろ? 他の男子はなんかどっかの部活に入っとるみたいなし」
そう尾崎が補足する。
この一組は文系クラスで、女子が圧倒的に多い。三十名のうちの八名が男子という構成で、少々、肩身が狭い配分なのだ。確かに、残りの六人を見回してみても、サッカー部とか吹奏楽部とかだったような覚えがある。
「園芸部ってなにするん?」
木下が訊くと、川内がそれに答えた。
「花壇に水やったりとか……」
「うっわ、たいぎいー!」
大声を上げてしまった木下を見て、川内はまた俯いてしまう。彼女の弁当は手付かずのままだ。
尾崎がその様子を見て、助け船を出した。
「でも、なんか部活やっとったら内申点が良うなるかもしれんよ。面接とかで、帰宅部ですーって言うより、部活やっとりましたって言うたほうがええじゃん」
「あー、まあ、そりゃそうなんじゃろうけど」
木下が頭を掻きながら、一応は尾崎の発言に同意する。
「でも園芸部かー。ほら、たとえば、ダンス部あるじゃん。あんなんだったら」
「ダンス部いう柄かよ」
尾崎が木下の返答を鼻で笑う。それにムッとしたように、木下は眉をひそめた。
「笑わんでもええじゃろ」
「笑うわ、あんたがダンス部とか」
そんなふうに二人が軽口の応酬をしているが、川内はなにも言わずに俯いたままだ。
彼女を見ていると、なんだか胸が痛んだ。俯かせているのが自分のような気がして仕方ない。だから俺は言った。
「俺、入ってもええよ」
「ホンマっ?」
川内がパッと顔を上げた。喜色満面、という表情だった。
早まったか、と少し思わないでもなかったが、その顔を見たら、まあいいか、という気持ちにもなった。
「ええー、マジか、神崎」
「いやまあ、内申が良うなるんなら、それもええか思うて。どうせ帰宅部じゃし」
俺が慌てて言い募った弁解に、木下はあっさりと乗った。
「まあのう。ほいならワシも入っとこうかのう」
「ホンマ? 良かったあ」
川内が胸を撫で下ろす。そしてふわりと笑った。
なんだかまたどぎまぎしてきて、俺は落ち着かなくパンを齧る。
「ほいでも、そんなに熱心にはやれんで?」
木下は川内のほうに顔を向けて念押しした。尾崎に対してとは違って、ずいぶん柔らかい口調だ。
「うん、ええよ。ときどき手伝ってくれたら」
「ほいならええかあ」
木下は、そんなふうに言うが、もしかしたら最初から入部してもいいかと思っていたのかもしれない、とそんな気がする。
園芸部にいるのは、川内だけじゃない。
「川内の他には誰がおるん?」
木下は、そんなわかりきった質問を川内に投げる。それを受けた彼女は、尾崎のほうを見て微笑んだ。
「今は、私と千夏ちゃんだけ」
「なんじゃあ、尾崎もおるんかあ」
わざとらしく木下が声を上げる。いやこれ絶対、誤魔化しているんだろう。
尾崎はムッとしたように、口を尖らせる。
「ウチがおったらいけんのん。だいたい、ウチもさっきから勧誘しよったろ?」
「川内の手伝いなだけかと思うて。それこそ園芸部いう柄じゃないけえのう」
「はがええわ」
そんなふうにまた、尾崎と木下が軽口を叩き合う。はたから見ると、じゃれ合っているようにしか見えない。
「ありがとね」
川内がにこにことしながら俺に向かって、お礼を口にした。
「ああ、うん。別に、礼を言われることでもないけえ」
「でも、ありがと」
ほっとしたのか、川内はそこで初めて弁当に手を付けた。




