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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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27. 桜の木

 はあ、と息を吐く。そして自分の席に着いて、カバンの中から昼飯のパンを取り出そうとしたところで。


「おい、神崎……」


 ふと話し掛けられ、そちらを振り向く。クラスメートの男子三人で構成されているグループが、近くの机ひとつを囲んで座っている。それはいつもの昼休憩の光景だ。


 しかし一人が椅子に座ったまま少し身を乗り出すようにして、上目遣いでこちらを窺っている。なんだなんだ。

 よく見ると、その三人だけでなく、何人かがこちらに耳をそばだてているのがわかった。なんだなんだ。


「お前、尾崎にシメられよったんか」

「えっ」

「大丈夫か?」


 本当に、心底心配しているような声音だった。


「いや、なんで?」


 どうしてそんなことを急に、とそう訊き返すと、一人がおずおずと教えてくれた。


「いや……なんか、さっき……階段のところにおったのを見たヤツがおってのう」


 ……ああ、なるほど。その目撃したのが誰かは知らないが、ヤバいヤバいと教室に返ってきたのだろう。それで注目を浴びる事態になったのか。

 うーん、と考えてみる。シメられていた。まあそう言えなくもない……のか? 足で壁ドンされたし。いやいや、そんなことはないだろう。


「ああ、いや……見解の……相違? でちょっと言い争い? みたいになっただけ……いうか……そんな感じ? とにかくシメられてはないけえ」


 どう説明したものかわからなかったので、そういう曖昧な返答で誤魔化してみる。

 すると、皆が一様にほっと胸を撫で下ろした。


「ほうよのう、お前ら、園芸部で仲がええもんのう」


 気が抜けたのか、明るい声でそう返される。

 しかし、階段に呼び出されて二人きりで話をしていたというのに誰も、コクられていた、とは誤解しないのだな、と複雑な気分になった。しかも、男子が女子にシメられるって。情けなさ過ぎる誤解だ。いや、やっぱり足で壁ドンがいけない。きっとその場面を目撃されたのだ。うん、そういうことにしておこう。


「仮にシメられとったとしても、俺、一応男だし、そんな心配せんでも」


 ……いいよな? と少し不安になった。

 すると、一人がひらひらと手を振って返してくる。


「いやあいつ、三年の先輩にも仲いいのがおるけえ、怖いもんなしな感じするし」


 そうなのか。中学の先輩とかがそのままいるのだろうか。園芸部に先輩はいないし、仲がいい先輩というと、そんなところか。


「ああ、女子バレー部の先輩じゃろ?」

「そうそう、三人組の」

「知っとる知っとる。前に話しよるの見たことあるわ」

「あれ、どういう繋がりなん? 中学の先輩じゃないで。ヤンキー繋がり?」


 そんなことを三人でワイワイと話している。

 中学の先輩じゃない? じゃあどういう繋がりなんだろう、と皆と同じ疑問が湧く。


「ヤンキーとかなんよー」


 すると、なぜか近くの女子まで会話に加わってきた。確かその子はバレー部だったと思うので、それでなにか知っているのだろう。


「先輩らはー、ちょっと厳しいけどー、そういうんじゃないよー」


 少しふてくされたように、反論してくる。


「たぶんねー、あれよ。尾崎さん、なんか先輩に謝りよったことがあるけえ。生意気ですみませんって」


 なんだその謝罪は。


「なんかー、わからんけどモメたんじゃないん? 生意気いう話じゃったら、髪染めとるの注意されたとか? でも今は別に普通なよ? 尾崎さん、すれ違ったらちゃんと挨拶しよるし、先輩も普通に返しよるよー」

「へえー」

「先輩らはー、そんなヤンキーとかじゃないんじゃけえ、変なこと言わんといてや」


 そう主張して、唇を尖らせている。どうやらそれが気に入らなくて話に割り込んできたらしい。憧れの先輩なのかもしれない。


「尾崎さんも別に、言うほどヤンキーじゃないしー」


 ねえ? とこちらに向かって同意を求めるので、頷く。


「まあ、格好は派手なけど、普通?」


 休日の装いはかなりオラオラ系だったが、尾崎を知っている身としては、そういうファッションが好きなだけなんだろうと思える。


「中学の頃は、けっこう怖かったけどのう。よう呼び出されよったで」

「へえ」


 もしかして、家のこととかで中学時代は荒れていたのだろうか。そういえば、やけに喧嘩慣れしているようなところもあったし。そうだとしたら、落ち着いたようでなによりだ。


「ふーん。まあ、シメられた、とかじゃないんならええけど」


 そう締めくくったので、とりあえずは納得してもらえたようだった。

 そこで、ふと思いつき、バレー部の子に問いかける。


「その先輩の……謝ったとかいうの、いつぐらいの話?」

「え? いつぐらいかなー……二年になってすぐくらいじゃけえ……まだ四月か、五月くらいじゃなかったかいねえ」

「そうなんか」


 つまり、トイレがどうのこうのでモメたという件で、謝ったということか。たぶん、川内を巻き込んでしまったから、事が大きくならないようにと謝罪したのだろう。本当に尾崎は川内のためなら多少の無理はするんだな、と思った。義理堅いというか。

 あれか、ヤンキー特有の義理と人情というやつか。……いや、考えないでおこう。


 あ、待て。じゃあ五月くらいには、もう話がついていたんじゃないのか。傍におってあげてって、あれ、どういうことだ。それなら別にお願いされなくても大丈夫だったんじゃないのか。

 ……つまり、いらぬ世話を焼かれたわけだ。やっぱり尾崎は、過保護な姉だ。


 その場は、俺のことはもう関係なく、話がどんどん脇道に逸れていっていた。


「あれじゃん? 木下と付き合いよるけえ、落ち着いたんじゃないんか」

「えっ、あの二人、付き合いよるん?」

「付き合いよらんのん?」

「どうなん、そこんとこ」


 当然、こちらに確認してくる。皆の視線を受けて狼狽しつつも、なんとか答えた。


「いや、幼馴染で仲がいいのは聞いとるけど、付き合いよるとかは知らんで?」


 とりあえず、そう誤魔化す。


「ほうかー」

「まあそんな感じじゃないよのう」


 皆、それ以上は食いついてくることはなかったので、心の中で胸を撫で下ろす。

 秘密だ、と尾崎は念押ししていた。もしこれで二人が付き合っているとバレてしまったら、今度こそ、シメられる。壁ドンじゃなくて、身体ドンの憂き目に遭う。たぶん。


 とにかくこのまま皆に交じって一人で食べるのはどうにも気まずいので、俺はパンを持って教室を出た。そして校内をさまようことにした。

 とはいえ、すぐにそんないい場所が見つかるわけもない。だいたい、弁当を広げるのにいい場所というものは、もう埋まっている時間なのだ。温室の傍を通って見つかるのも気まずい。


 まあ、最悪、お昼は抜いてもいいけどなあ、と考えだしたところで、体育館の横の桜の木が目に入った。あの木陰で食べることにしよう。


 近寄ると、体育館の中からはバスケットボールが跳ねる音が聞こえてくる。バスケ部の昼錬だろう。

 俺は体育館の陰に隠れるように外壁に背中を預けた。見上げれば桜の木が枝を伸ばしていて、木漏れ日が優しく降り注いでいる。もう夏だというのに、木陰は涼しさを感じるほどだ。


 桜の木。川内を意識するようになった、そのきっかけの木。確かこの木は日本語でしゃべるのだったか。川内に対しては。


 俺は、あたりをキョロキョロと見回す。誰もいないよな、と確認してから再度、桜の木を見上げた。もちろんもう花は散っていて、青々とした葉が緩やかな風に揺れている。


「こ」


 小さな小さな声で。


「こんにちは」


 桜の木に向かって、そう話し掛ける。もちろん桜はただそこにあるだけだ。

 すると少しして、さわさわと葉が揺れた。


「えっ」


 続いて一陣の風が通り抜け、俺の髪を揺らす。


「あっ……、あー……」


 思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。今、いったいなにに驚いたんだ。そんなこと、あるはずがないだろう。


「恥っず……」


 ……そりゃそうだ。桜が俺の挨拶に応えてくれるわけもない。いったいなにを期待していたんだ。川内じゃあるまいし。

 俺はもう一度立ち上がり、あたりを見回す。体育館の中からは、変わらずバスケットボールが跳ねる音と、キュッキュッというシューズが床を擦る音が聞こえてくる。外には誰もいない。

 うん、大丈夫。誰にも見られていない。


 そういえば、川内が初めて植物に話し掛けたのを見たとき、彼女は俺に訊いた。


『気持ち悪く……なかった……?』


 それから、朝の温室に行きたいと申し出たときも、こう言った。


『ずっと花に話し掛けよるよ? なんか……気持ち悪くない……?』


 きっと川内は、『気持ち悪い』とからかわれてきたのだろう。もちろんそのことは腹立たしいと思う。

 でも今、自分が桜の木に話し掛けるのを、誰にも見られたくないと思った。恥ずかしいと思った。そんな俺が本当に、川内の気持ちに寄り添えることができているのだろうか。


 俺はまた体育館の壁に背中を預け、さわさわと葉を揺らす桜の木を見上げる。そしてそのままズルズルと座り込んだ。ひとつため息をつくと、手に持っていた袋からガサガサとパンを取り出し、やっとのことで昼食にありつく。もうほとんど時間がない。早く食べて、教室に帰らないと。


 パクッとパンにかぶりつき、モグモグと口を動かしながら、なんだか物悲しい気持ちになった。今まで四人で賑やかに過ごしていただけに、今のこの状況が、情けなくて仕方がない。

 はあ、と大きく息を吐く。するとなにかがボトッと足元に落ちてきた。


「うわっ」


 驚いた。慌てて立ち上がり、それを見下ろす。心臓がバクバクいっている。

 目を凝らして見てみると、毛虫だった。うにうにと動いて、慌てたように桜の木のほうに戻ろうとしているように見えた。


「あー……」


 川内にはあんなに綺麗な桜吹雪を見せたというのに、俺には毛虫を落としてくるのか。


「あー、もう、ほんと……もう……」


 もしも桜に意思があってやっているのだとしたら、やはり俺は嫌われているのかもしれない、と思った。

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