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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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25. 折れた茎と割れた植木鉢と俺

 朝、少し寝坊して温室に向かうと、川内が長い棒を持って天井の窓を開けようとしていた。


「あっ、やるよ」

「あ、おはよう」

「おはよう。いうても、早くもないけど。ごめん、寝坊してしもうて」

「ううん、そんな日もあるよね。それより、窓が開かんのんじゃ」


 天井を見上げて、川内が困ったように眉尻を下げた。


「ああ、最近、変な音がしよったけえ。油を差さんといけん思いよったんじゃけど」


 言いながら川内から棒を受け取り、腕を上に伸ばす。しかし天窓はガタガタとは動くが、開きはしなかった。


「あれ、本当に開かん」

「どうしよう」

「とりあえず、開けてみるわ。あとで油貰ってくる」

「うん」


 川内は頷いて、そしていつも通りに水遣りにかかった。窓は任せる、ということだろう。


 まいった。また今度また今度と、ついつい後回しにしてしまっていた。なるべく川内と一緒にいたいという気持ちが怠慢を生んだのかもしれない。それはよくないよな、と反省する。

 確か、温室の外に踏み台があったはず。棒で開けるのは困難でも、直接窓を手で押せば、力も入るし開くだろう。


 俺は温室の外に回ると、そこに置いてあった木製の二段の踏み台を手に取って温室内に持って入り、天井を見ながら足元に置く。足を乗せると踏み台はギシッと鳴った。

 古いみたいだから、まずいだろうか。でも少しの間のことだし、とそのまま二段目に足を置く。

 そして手を伸ばしてみるが、あと少しというところで届かない。


たわん(届かない)?」


 下から川内が心配そうな声を掛けてくる。


「あと少しなんじゃけど……」


 やむを得ない。踏み台から片足だけ上げ、植木鉢が乗っている棚の端を踏んでから手を伸ばす。すると窓に手が届き、力を入れるとなんとか開いた。

 ほっと息を吐く。油を差すなら脚立もついでに借りてこよう。

 そんなことを思いながら棚から足を外して、踏み台に体重を掛けた途端。


「う……わ!」


 ふいに足元が覚束なくなり、下に身体ごと落ちる感覚がする。ミシッという音とともに踏み台が崩れたのがわかった。

 咄嗟に植木鉢が乗っていた棚に手を掛けるが体重が支えきれなくて、棚が揺れる。乗っていた植木鉢がグラグラと揺れているのが見え、これはまずいと手を離した。


「いっ……」


 そのせいで思いきり後方に倒れ、しりもちをつく。

 同時に、何個かの植木鉢がガシャンと割れる音が聞こえ、目の端に、川内が駆け寄ってくるのが見えた。


「てー……」


 見てみると、植木鉢がみっつ、落ちていた。それ以外のものはなんとか棚の上に持ちこたえている。

 心臓がバクバクいっている。冷汗が出た。目の前の惨状は、大変といえば大変だが、思っていたほどではなくてほっとする。ふたつの植木鉢は少し欠けていたが、植え替えれば大丈夫な感じだ。


 しかし、植木鉢のひとつ、テーブルヤシといったか、小さなヤシが植えられていたものは哀れ、植木鉢が壊れただけでは済まず、茎のところから折れていた。


「あー……」


 やってしまった。


「大丈夫っ?」


 川内の声が聞こえる。大丈夫、と返事しかけて、留まった。

 なぜなら彼女は、俺に向かって声を掛けてきたのではなかったからだ。こちらに駆け寄ってきた川内は、俺の傍にはやってこなかったのだ。


「ああ、痛いね。うん、痛かったね」


 彼女は俺のほうをちらりと見ただけで、しゃがみ込んでテーブルヤシの鉢植えに手を伸ばした。そして折れた箇所にそっと手のひらを添える。まるでそれが治療であるかのように。


 俺は呆然とその光景を眺めていた。そしてそのうち、苛立ちが湧き上がってきた。

 そりゃあ確かに、俺はしりもちをついただけで、ケガひとつしていない。そもそもが、俺が引き起こしてしまった惨事ではある。

 でも、それはないんじゃないか、と思った。


「なに、それ」


 思わず、口に出た。

 川内は視線をこちらに向けてくる。やっとこっちを見た。


「先に俺に『大丈夫?』って訊かない? 普通」


 自分で思っているよりも、冴え冴えとした声が出ている。

 川内は、少し怯えたような目をしていた。


「えっ……だって」


 か細い声で返してくる。


「だって神崎くんは……ケガしてないみたいだったから……。それで、この子は痛いって泣いているから……」

「はあ?」


 スッと立ち上がる。威圧的になるのはわかっていたが、そうしたかった。


「でも俺も一応、危なかったんだけど」

「あ、うん……」

「おかしくない?」


 そうやって川内を問いただすたび、怒りがだんだん大きくなっていくのがわかった。膨らんでいったその感情は、自分自身で制御できるものではなかった。今まで降り積もってきた不満が、一気に表に出てきたような感覚だった。

 だから、口にしてはいけないとわかっていたのに、止められなかった。


「だいたい、本当に痛いって聞こえよるん?」


 俺の言葉を聞いて、川内は動きを止めた。

 しまった、と思ったときは遅かった。川内は俯いて、なにも返さなくなってしまった。


『信じんでもええよ。でも、笑わんでほしい』


 そう請われた。その通り、俺は笑わなかった。

 だが嘲笑の代わりに、怒りをぶつけた。


 俺はどうしてもその気持ちを止められなかったし、止めようとも思わなかったのだ。

 川内の瞳が潤んでいる。俺が、泣かせた。

 そう思ったのに、口元をきゅっと引き結んだ彼女の瞳からは、涙は零れなかった。


「……ごめん」


 今さらながら謝ると、川内はなにも話さずに首を横に何回か振った。

 俺は再びしゃがみ込むと、割れた鉢植えのかけらを拾い集める。

 二人してしゃがんで向かい合って、その作業をしている間、二人ともなにも口にしないままだった。


 それから、用務員室で油と脚立を借りて、窓に油を差したあと、教室に戻る。


「おはよー」

「はよー」

「昨日、どうじゃったん?」

「うん、割とすんなり、引っ越しできたよ」

「よかったな」


 そんな話をして、席に着く。

 いつも通り。


 遅れて川内が教室に入ってきて、皆に声を掛ける。


「おはよう」

「おはよー」


 これもいつも通り。


「今日からまた復活するけえね。よろしくー」

「ホンマ? 無理せんでもええけえね」

「大丈夫よー」


 まるで、何事も起きていないかのような、朝の時間だった。


   ◇


 そうして、尾崎のじいちゃんが介護施設に入居して、園芸部の活動はまた四人に戻ることになった。

 サボテンはすくすくと育っていたし、畑のネギもピーマンもナスもあっという間にどんどん伸びていた。俺たちのプランターに植えられたコスモスやマリーゴールドも九月には花を咲かせるのではないかと思う。部員募集のポスターを何枚か描いて、生徒会のハンコを貰って、掲示板に貼ってもらった。


 なにも、問題はない。順調すぎるくらいだ。


 ただ、俺はあの翌日から、朝の温室に立ち寄らなくなっていた。放課後の部活も、俺は主に畑や花壇の雑草を抜いていて、温室には向かわなかった。

 なんとなくだが、あそこに今、立ち入りたくなかった。折れてしまったテーブルヤシがどうなったのかも見たくなかった。


 帰り道はいつものように、四人で帰る。俺は自転車を引き、カゴには四人分の荷物が乗せられている。

 でも川内と俺は、必要最低限の言葉しか交わさなくなってしまった。

 なにをしゃべればいいのかわからなかったし、元々そうだと言えばそうなのだが、川内も積極的に話し掛けてくることもなかった。

 ときどき、尾崎と木下は心配そうに俺たちを見ていたが、その視線には気付かないふりをして毎日を過ごした。

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