22. デート その3
安心したのか木下は、隣から声を張って、前を行く女子二人に声を掛ける。
「『てつくじ』行く前に腹ごしらえしようや。腹減ったわ」
「なに食べる?」
川内が尾崎に問うと、迷うことなく彼女は答えた。
「カレー食べよ、海自カレー」
「どこの?」
海自カレーは、海上自衛隊の艦艇それぞれ独自のカレーを、呉市内の飲食店で食べられるという代物だ。全部で二十店舗くらいあるが、すべてを食べて回ったことはない。
「『大和ミュージアム』のすぐ横に一戸あるのは知っとる」
「一番近いのは、そこのホテルの中の」
「ホテルに入れる格好じゃなかろうが」
「あと、近いのは、『大和ミュージアム』の前のほうのビルの二階にもある」
「ほいじゃあ、そこにしようか」
「なんなら全部、廻ろうや」
「ええー? そりゃ無理じゃろ。腹に入らんわ」
そんなふうに『てつくじ』に向かって歩きながら話し合って、結局、その途中で行き当たったビルの二階にある食堂に入る。
四人で席に着いて、内装に配管パイプや水圧計器が使われているのに驚いて、「潜水艦の中みたいなのう」なんてはしゃいで、女子二人はカレーを一皿ずつ頼んだが、俺たちはワンプレートに肉じゃがとかサラダとか、そしてカレーがよそわれた盛りだくさんなランチにして、出るときには姉ちゃんから軍資金を得たことがバレて四人分払わされて。
そのあとに『てつくじ』にも行って、モールス信号のクイズに挑戦してみたり、潜水艦の狭い寝台に寝転がってみたりして、楽しんだ。
潜望鏡もあって、覗き込むと港に泊まっているタンカーが見えてはしゃぐ。
最後には、操舵席に一人ずつ座って写真を撮りあった。
本当だ、尾崎と木下が言った通り、楽しい。
あんまり楽しかったから、次はどうする? なんて話し合っていたのに、尾崎がポン、と手を叩く。
「ウチら、もう帰らんと。もう四時過ぎたし。遅うなるって言うて出てないけえ、帰らんと。ねっ、隼冬」
「あっ、ああ、うん。歩いて来たけえ、けっこう時間かかるしの」
大変わざとらしいが、どうやら二人きりのデートを邪魔するのはここまで、ということらしい。
「うん、わかった。じゃあまた明日」
というわけで、乗ることにする。
「明日のー」
「じゃあねー」
そそくさと二人は立ち去っていく。
ぽつんと二人で『てつくじ』前に残されて、なんだか急にあたりが静かになった気がする。
「川内は、まだ大丈夫?」
そう訊きながら隣を見ると、彼女はしきりに足元を気にしていた。
「あっ、うん」
慌てて返事をして、口元に笑みを浮かべる。どうしたんだろう、足が痛いのだろうか。
「足、痛い?」
「あっ、ううん、そうでもない」
そう否定して首を横に振っている。しかし川内はこういうとき、無理をしそうな気がする。けっこう歩いたし、痛くなっているのかもしれない。
「スーパーの中、カフェがあったよな。入ろ」
「うん」
川内はほっと安堵したように頷いた。スーパーはすぐ近くなので、これくらいなら大丈夫なんじゃないだろうか。
なるべくゆっくり歩いて店内に入る。カフェを見つけて、コーヒーを買って席に着くと、人心地ついた。
「足、大丈夫?」
「あっ、うん。……新しいサンダルじゃったけえ、靴擦れできたみたい……」
「えっ、絆創膏、買ってくる?」
「あっ、大丈夫、持っとるけえ」
絆創膏なんて持ち歩くのか。俺はハンカチですら怪しいのに。
川内は持っていたバッグの中から絆創膏を取り出すと、身体を屈めて貼っていた。きちんと貼れたのか、安心したように頬を緩めると、椅子に座り直してこちらを振り向く。
「もう大丈夫よ」
靴擦れか。気付くのが遅れたな、と反省した。姉ちゃんに報告したら、正座させられた上で怒られる案件の気がする。
「でも、ビックリしたよな、二人、出てきて」
「うん、面白かった」
川内はくすくすと笑う。なんだかほっとした。
あの中学の同級生だという三人がいたときには、どうなることかと思ったけれど。
「あの……待ち合わせのとき」
尾崎が、『男が出てきたら、ややこしいことになったりもするけえ』と説明していたことを思い出す。
「ごめん、いらんこと言うたかも」
「ううん」
川内はふるふると首を横に振った。
「嬉しかった。ありがとね」
川内はそう返してきて、にこりと笑う。本心のような気がしたので、心の中で胸を撫で下ろした。
それからそのままカフェでとりとめのない話をした。大したことは話していないのに、楽しくて時間を忘れる。しかしカフェの中に人が増えだして、あまり長居するのもよくない、と店を出て時計を見ると、もう五時半になっていた。
残念だが、お開きだ。
「足、大丈夫?」
「うん、絆創膏貼ったし」
とはいえ、心なしかヒョコヒョコしているような気がして、ゆっくりと駅までの長い歩道橋を歩く。
改札口前まできて、二人で時刻表を見上げた。
「いいの、ある?」
「うん、十分後にあるよ」
そう言いながらバッグからICカードを取り出している。
「今日は楽しかった。ありがとね。お昼もご馳走になったし、お姉さんにもお礼言うといてね」
川内はこちらを見て、そう念押ししてくる。姉ちゃんのことを外さないのはさすがだ。
でも、今日のデートはこれでおしまい、の合図の気がしてなんだか寂しくなった。
本当に、あっという間だった。明日には学校で会えるのだから、寂しく思うのはおかしいかもしれないが、なんだか離れがたくて足を動かせなかった。
「バスは、大丈夫?」
川内が首を傾げる。
「あっ、ああ、うん」
ふいにそう訊かれて、慌てて頷く。
明日も学校で会える。コミュニケーションアプリで連絡も取れる。デートだって今日に限らず何度だってできる。
でも、もっと二人で一緒にいたかった。
「あの……朝、温室に行ってもいい?」
だから、そうお願いしてみる。
「えっ、朝?」
「うん、なるべく邪魔にならないようにするし、手伝うし」
放課後だって、昼休みだって、なんなら授業中だって席が前後なのだから、ずっと一緒といえばそうなのかもしれない。
だがどうしても、わがままと思われても、二人きりの時間が欲しかった。
すると川内はしばらく困ったように考え込んだ。それからぼそりと訊いてくる。
「でも……私、変な人みたいなよ?」
「変な人?」
「うん……ずっと花に話し掛けよるよ? なんか……気持ち悪くない……?」
そう口にして、おどおどとしてこちらを見上げてくる。
「大丈夫、こないだ見たとき、別におかしいと思わんかったし」
「そう……?」
少し不安げに瞳を揺らしているが、ちょっとして顔を上げる。
「ほいなら、大丈夫。いうて、私が許可出すのも変じゃけど。私のものじゃないんじゃし」
苦笑しながらそう許してくれて、ほっと安心する。勝手に申し出ておいておかしいが、拒絶されるのはどうにも嫌なものだし。
「うん、じゃあ、明日」
「明日ね」
そう挨拶して手を振る。川内は改札口の中に入っていく。入ってすぐにこちらを振り向き、手を振ってきた。だから俺も手を振り返す。
離れがたくはあったが、いつまでもこうしているのもどうかと思って、踵を返した。
改札口の前の階段を降りる直前、もう一度振り返ってみたが、川内はもうそこにはいなかった。




