21. デート その2
しばらくして、低く小さな声がすぐそばで聞こえた。
「ブスが」
ケッ、と吐き棄てるように尾崎が罵っている。
「いや、口が悪いわ。怖えよ」
木下が横で自分自身を抱くようにして、二の腕を擦っている。
しかしそれには構わず、尾崎は川内を覗き込むようにして、柔らかな声音を出した。
「ハルちゃん、またなんかあったらウチに言いんさいよ、シメちゃるけえ」
声は優しいが、言っていることは物騒極まりない。
「大丈夫よ」
そう返して、川内は苦笑している。
「彼氏がおるけえ嫉妬しとるんよ。モテん女の僻みよ、気にしんさんな」
尾崎がそう励まして、川内の肩を叩いている。どうやらあの三人による囲みを、そう解釈したらしい。
いや、ちょっと待て。彼氏? なんでそれを知っているんだ。しかもなんでこの場に登場できたんだ。
「……なんで、ここにいんの」
恐る恐る、そう訊いてみる。もしかしたら川内が教えたのかもしれないが、川内もさっきから驚いたような表情をしているし、違う気がする。
「だってー、なんかホームセンター行ったとかいう次の日から、態度がおかしいし」
「そういやワシ、自転車借りたじゃん? そのあと二人きりじゃったってことじゃろ? じゃけえなんかあったんかと思うて」
二人揃って、しれっとそう説明する。
「これは日曜にデートでもするんじゃないかって、呉駅で張っとった」
「はあっ?」
「仁方と焼山じゃろ? 待ち合わせするなら呉駅じゃ思うて」
「朝からじゃったら、十時くらいかなーって。せいぜい、二時くらいまで張れば会える思うたんよ」
恐ろしい……。どんな探知能力だ。
「一生懸命、隠しとったのに……」
顔を真っ赤にして、川内が零す。
「あ、ハルちゃんじゃないよ。主に神崎の態度がおかしかったんよ」
つまり、俺のせいだった。やっぱり全然、自然じゃなかった。
「なんだよ、もう……」
なんだか力が抜けて、その場に膝を抱えてしゃがみ込む。
あはは、と楽しそうに笑う声が、頭の上から降ってきた。
しかし、いつまでもここにいてしゃがみ込んでいても仕方ない。俺はひとまず立ち上がる。そして同時に、もう二人きりのデートは諦めた。
「どこ行く? 尾崎、そんなに時間はないんじゃないん?」
となると、一番忙しそうな尾崎に合わせるのがいいだろうと、そう訊いてみる。
すると尾崎は、ニッと笑って答えた。
「いやー、ちょうど今日、じいちゃんがショートじゃったんよね」
「ショート?」
デイ、に引き続き、またわからない言葉だ。
「ショートステイ。何日か泊まりで預かってもろうとるんよ」
ショートステイなら聞いたことがある。それでもなかなか空きがないから頼めない、とニュースかなにかでやっていたような気がする。
「実は、預け先の施設が決まりそうなんじゃ。じゃけえ、他所で過ごすのに慣れとかんといけんしね」
「ほうなんか、よかったな」
尾崎のじいちゃんを預ける施設が決まりそう。となると、尾崎も今のようにバタバタすることはないのかもしれない。尾崎のお母さんの負担も減るだろう。
「うん、ほんま、よかったわ」
尾崎は満足げに嬉しそうに、頷いた。
「じゃあ、時間あるんか」
「まあ、夜までってわけにはいかんけど」
「ほいなら、一緒に遊ぼ」
ニコニコしながら、川内が誘う。しかし尾崎は小さくため息をついた。
「ホンマは、あんたらのあとをつけて遊ぶつもりじゃったんじゃけどなあ」
「おい」
突っ込むと、尾崎は少し舌を出して、へへへ、と笑った。
出てきてくれたので、こっそりとあとをつけられるという惨事からは免れたということらしい。
「なんで出てきたん?」
「人数で勝とうと思うて。あっち三人じゃったじゃん? じゃけえ四人になろうと思うて」
「勝つって」
「数は大事よ?」
尾崎は真顔でそう返してくる。どうしてそう、喧嘩慣れしているようなことを発言するのか。そんなだから、先輩に目を付けられるとかいうことになってしまったのではないのか。
唖然としている俺たちを尻目に、尾崎は続ける。
「あとねえ、男が出てきたら、ややこしいことになったりもするけえ、まあ仕方なくウチが出ようかなって」
「そうなん?」
じゃあ俺が出て行ったのは、愚策だったのだろうか。いやでも、放っておくわけにもいかないし。
鼻高々、といった感じで、尾崎は胸を張る。
「ほうよー。女の世界はねえ、いろいろと面倒なんよ」
となると、癪ではあるが、尾崎がここにいることに感謝すべきなのだろう。
「あと、ハルちゃんは仁方じゃけえ、いっつもは傍におれんけえね。牽制しとこう思うて。ああいうタイプは、ウチみたいなんが苦手なんよね」
川内はその言葉に苦笑で返す。そこは否定できないらしい。
そこで少し会話が途切れて、その隙に木下が口を挟んでくる。
「どこ行くか決めとるん?」
「あ、いや、特には」
首を横に振ると、尾崎がはしゃいだ声で提案した。
「ほいじゃあ、『てつくじ』行こうや、『てつくじ』」
「『てつのくじら館』?」
駅裏の海沿いに、資料館と隣接して本物の潜水艦が展示してあり、その内部に入れるのだ。地元スーパーの目の前に、潜水艦がどーんと空中に鎮座している姿はものすごく目を引くが、最近は見慣れてきた。それなのに、実は中に入ったことがない。すぐ近くの『大和ミュージアム』のほうは行ったことがあるのだが。
「あそこ、タダなのにけっこう面白いよ」
「へえー」
「ワシ、操舵席みたいなとこに座らせてもろうたで。マジ上がる」
「ハルちゃん、行ったことある?」
「私はないよ」
「じゃ、行こ行こ」
そう話がまとまって、四人で歩き出す。最近は、尾崎が放課後にいないので、こうして四人で歩くのは久しぶりの気がする。だからか、川内は楽しそうにニコニコと笑っていた。
それなら、この四人で今日をもっと満喫したい、という気分になる。
「ほんなら、『大和ミュージアム』もついでに行く? リニューアルオープンしたらしいじゃん」
俺がそう提案すると、尾崎から質問が返ってきた。
「生徒手帳持ってきとる?」
「生徒手帳? 持ってきてないけど、なんで」
「あそこねえ、呉市の高校生は無料なんよね」
「そうなんか」
「ちょっと前にワシ、行ったわ。三階がけっこう変わっとった。いろんな種類の双眼鏡があったりして、面白かったで」
「行ったばっかりか。じゃあまた今度にするか。生徒手帳持って」
「船組み立てるゲームがあったで。勝負しようや、勝負」
また次があるのか、と少し楽しくなってくる。
そんなふうにワイワイと話をしながら歩いていたのだが、木下が俺の横にそっと立ち、ひそひそと耳打ちしてきた。
「ワシのせいじゃないで?」
その言葉に苦笑が漏れた。尾崎と木下が尾行しようとしていたことについてだろう。
まあ、予想はつく。たぶん俺の様子がおかしいのに気付いた尾崎が、今日がそのショートステイの日だということで、二人を張ろう、と言い出したのだろう。そして、木下はそれに付き合わされたのだろう。
そのとき、あ、と思いつく。
もしかしたら尾崎が木下と二人で出掛けたくて、理由をつけて引っ張り出したのかもしれないな。その可能性については、木下には教えてやらないが。
「わかっとるよ。でも、四人のほうが楽しいし、二人じゃなにをしゃべってええかわからんかったけえ、良かった」
そう返すと、木下はほっとしたように胸を撫で下ろした。
実際、どこに行けばいいのか、とか、なにを食べたらいいのか、とか、いろいろ考えてはいたけれど、一番いい答えを四人で出せるような気がする。
なにより川内が楽しそうだ。それはそれで、ちょっと複雑な気持ちになるけれど。




