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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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20. デート その1

 翌日、朝の温室での世話を終わらせた川内は、教室に来てから俺たちに尋ねてきた。


「思うたんじゃけど、芽が出そうになったら、すぐに知らせたほうがええよね」


 それを聞いて、ああ、と思う。温室に一番出入りするのは川内だし、尾崎は今は立ち寄ることすら稀だから、教えられるものなら教えたほうがいいだろう。


「確かに。芽が出るの、見たい」


 と尾崎が賛同する。


「そんなに都合よく見れるんか?」


 木下が胡乱げな目をして疑問を口にする。

 芽が出たら知らせる、ならともかく、芽が出そうになったら、というのは無理なんじゃないのかな、と思うものだろう。

 いや、もしも川内が植物と話ができるというのなら、可能なのだろうか。


「わからんけど……もしかしたら、見れるかも」


 川内はぼそぼそとそんなふうに返事をする。

 その表情を見て思う。可能なんだ。少なくとも、川内はそう思っているのだ。


「あっ、じゃあ、連絡先教える」

「ワシも」

「俺も」


 膝を突き合わせるようにして、それぞれがスマホを取り出す。


「もうグループにしよ」

「そうじゃの。ワシ、招待する」

「ど、どうやるん?」

「ハルちゃん、貸して」


 はしゃいだ声でしゃべりながら、連絡先を交換する。

 そうしてコミュニケーションアプリに、『山ノ神高校園芸部』というグループができた。


 しかし俺は申し訳ないが、そこから川内の連絡先にアクセスして、他の二人に知られずに日曜の予定を立てることを、考えていたのだった。


   ◇


 そうこうしているうちに、日曜日。

 結局、呉駅で待ち合わせすることになった。姉ちゃんが軍資金をくれたので、お昼ご飯を一緒に食べようと十一時に待ち合わせだ。

 昨日の夜はスマホでいろいろ調べたのだが、横から画面を覗いてきた姉ちゃんが、


『あんたみたいな高校生が、こじゃれた店に行ったところでアタフタするだけよ。あっちに行きたいところがないか訊いて、特になければファストフードで十分じゃわ』


 と、ありがたいのかどうかはまだわからないがアドバイスをくれたので、街を歩きながら川内がどこに行きたいか聞こう、だなんて考える。


 バスに揺られて平谷線を下りる間も、ファストフードでいいのかな、こじゃれたところはダメと忠告されても、だからといってファストフードは安すぎないか? とか、ご飯を食べたあとはどうしたらいいんだ? とか今さら考える。

 ちなみに姉ちゃんに訊いてもみたが、『そんなんテキトーテキトー』とひらひらと手を振りながら返事された。やっぱり姉ちゃんの意見を参考にするのは失敗ではないのか、と不安にもなってくる。


 ちなみになにを着て行こうかとタンスの前で悩んでいたときも、勝手に部屋に入ってきて、


『あんまり気合い入れんさんな。却って痛いわ。シャツにジーンズでええ』


 と、適当に選ばれた。

 本当に今さらだが、もしかして遊ばれているのではないかと血の気が引いてくる。

 いや、姉ちゃんはあれで、そんなに意地悪では……いや意地悪ではあるが、そこまで悪い……いや、どうだろう。


 バスが呉駅に到着して、待ち合わせの金色の大きなスクリューのモニュメントがあった場所に向かう。

 以前はこれ以上ないくらい目立つ目印だったのだが、川内と待ち合わせ場所を決めるときに提案したら、


『あのスクリュー、もうあそこにないよ』


 と指摘されてしまった。呉駅前再開発に合わせたのか、どうやら蔵本通のほうに移設されたそうだ。知らなかった。

 とにかく目印はなくともその場所で待ち合わせ、ということになったのだが、いきなり躓いたから幸先不安になってしまう。


 スクリューはなくなったとはいえ、改札前の階段を下りてすぐの場所だ。いくらなんでも目立つところにしすぎたかな、川内は目立つのは嫌だろうから別のところがよかったかもしれない、といきなり失敗した気分になりながら、足を動かした。


 すると、遠目に川内がいるのが見えた。先に到着したのか。待たせてしまった。

 薄いベージュの麻っぽいワンピースで、川内の雰囲気と合っていて、可愛いな、なんて口元が緩む。

 いやそんなことを考えている場合ではない。時間的には遅刻ではないが、待たせるなんて、もっての外だ。


 慌てて走り出そうとすると、見覚えのない女子が三人、彼女の傍に駆け寄ったのが見えた。川内はその三人を見て、視線を下に向ける。

 ……なんだ、あれ。


 川内を取り囲むように、三人の女子。その子たちは笑っている。傍から見れば、仲良しともとれなくもない。

 けれどその中心にいる川内は、やっぱり俯いたままで。周りの三人は楽しそうだが、川内は楽しそうには見えない。


 それを見て、思う。彼女たちはきっと、川内の友人ではない。小学時代、中学時代を同じ学校で過ごした同級生たちだ。川内の表情が物語っている。

 どうする? だがここで、引き離すように見知らぬ人間が分け入るのもおかしくないか。却って感じ悪いと、川内が悪く噂されたりしないか。


 まさかイジメられていたと人に訴えたのでは? 被害者面して言いふらすなんてひどい。イジメてなんていないのに。


 そこまで話が発展していくのが簡単に予測できるから、彼女らに不躾な態度をとってもいけない。いや、でも、放っておくなんてできないだろう。彼女らの話が終わるのを待ってはいられない。その間、傷つく言葉をどれだけ浴びせられるか。『関係ない人間』と思われて、舐められても困る。一発で、無遠慮に、彼女らの中に分け入ってもおかしくない人間として突入しなければ。


 少なくともこの状況を黙って見ているよりはマシだと覚悟を決めて、足を動かし、声を張る。


「遥!」


 その声に、四人ともがこちらを一斉に振り向いた。川内が一番驚いた顔をしていた。当たり前か。


「ごめん、待たせて」


 そう謝りながら、手を振って歩み寄る。その間、誰も言葉を発しなかった。逆に緊張する。


「友だち?」


 なるべくにこやかに、穏やかな声でそう訊いてみる。川内は、その言葉には頷かなかった。


「中学の……同級生」


 ぼそぼそとそう答える。


「えっ、なに、遥ちゃん、彼氏?」

「う……うん」

「へえー……」


 三人ともが、まじまじとこちらを眺めてくる。

 それから、にっこりと、明らかに余所行きの表情で笑ってきた。


「こんにちはあ」

「こんにちは。ごめん、話が盛り上がっとるみたいなかった(だった)けど、待ち合わせとったけえ」


 言外に、邪魔をするな、という感情をにじませる。しかし彼女らはめげない。


「ああ、いえ、久しぶりに偶然会ったから、声掛けただけなんでー」

「そうなんだ、ごめんね」


 そう答えて、話をぶった切る。

 それで立ち去るかと思ったら、三人は顔を見合わせて、そして川内のほうを振り向くと口を開いた。


「遥ちゃん、彼、あの話、知っとるん?」


 クスクスと笑いながら、そんなことを尋ねている。俺に、『なんのこと?』と訊き返して欲しいのだろうか。

 ムカつく。こんなヤツらの発言を、黙って聞いていることはない。


「植物の話なら、知ってる」


 口調が強くなった。三人はそれに一瞬ひるんだ様子だったが、足を止めたまま動かない。案外、しつこい。いや、しつこいからこそ、小学校から中学校にかけて、同じことでずっとからかってきたのか。


「ええー、じゃあ、信じとるんですかあ?」


 殊更に驚いたように目を見開いてみせる。いったい俺に、どう返事して欲しいのだろう。


「嘘おー」


 そう三人で顔を見合わせて、ニヤニヤと笑う。

 イライラする。川内は、山ノ神高校に来て正解だ。


「少なくとも、笑ったりはしない。感じ悪いな」


 頭に来たので思ったことをそのまま伝えた。愛想笑いを浮かべる必要は、微塵もない。俺は川内と違って我慢強くはないのだ。

 三人の顔から、スッと笑みが消えた。


「な……」

「ごっめーん! お待たせえ!」


 急に大きな声がその場に響き、慌てて振り返る。聞いたことのある声だった。


「隼冬があ、寝坊するからあ」

「ワシっ?」


 尾崎と木下が揃って登場だ。いったいどうしてこんなところに。頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。混乱なんてレベルじゃない。


 ……まさか、つけてきたのか。どうして? いつバレた?


 ついでに言うと、尾崎の出で立ちがもうヤバい。黒いシャツに金字で大きくドクロとなにやら英語のようなものが書かれているが、なんて書いてあるのか読めない。ジーンズのタイトスカートは短くて、そこから伸びる細い足に編み上げのサンダルを履いている。何本ものブレスレットと金色のネックレスをして、目立つことこの上ない。

 派手な上に、威圧感がただごとではなかった。どこのヤンキーだ。


「千夏ちゃん」


 しかし、驚くと同時にほっとしたように、川内が息を吐きながら呼びかける。


「なに? 誰?」


 三人の女子を舐めるように見ている尾崎の質問に、川内は俺への返答と同じように答えた。


「中学の、同級生」


 すると尾崎は、にこやかな表情から一変、眉をひそめた。


「……ああ」


 その表情の変化に驚いたのか、三人は少し身を引いた。

 しかも尾崎は腕を組んで、これみよがしに舌打ちする。あまりの態度の悪さに、こちらもドン引きだ。


「ウチらこれから遊ぶんじゃけど、ハルちゃんになんか用があるん?」

「え……いえ、別に……」


 三人は、身を寄せ合い始めた。いくらなんでもビビりすぎでは。いや、気持ちは少し、わからないでもないか。


「ほうなん? なんか三人が取り囲んどったけえ、イジメられとるんじゃないかって心配したんよー」


 残念ながら、尾崎のほうが三人をイジメているようにしか見えないのが悲しいところだ。


「いや、そんな、イジメなんか」


 三人は慌てて手を振っている。

 尾崎は驚いたように口を開けて、そしてその前に開いた手を当てた。ものすごく、わざとらしい。


「ごめーん、じゃあ勘違いじゃわー。ウチが気にしすぎとるんかもしれん。ごめんね、感じ悪かったじゃろ? 許して」


 手を合わせて白々しくそんなふうに謝る。


「え……は、はい……」

「ほんまー? 良かったあ」


 そう口元に弧を描きつつ、川内のほうに首を巡らせる。


「なんかされよったらウチがぴしゃげて(ぶん殴って)やろうか思いよったあ、勘違い、危なあい」

「うん、大丈夫よ」


 川内はこくりと頷く。

 三人はそれを見て安心したのか、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


「じゃ、じゃあね、遥ちゃん」

「うん、じゃあね」

「お邪魔しましたー」


 すたこらさっさ、という効果音を付けたいくらいに、あっという間に三人の姿は見えなくなった。

 俺は、呆然とその姿を見送るしかできなかった。

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