16. 告白?
学校に帰って、荷物を下ろして、その日はひとまず部活動は終了、となった。
浦辺先生が立ち去ってから、木下はこちらを振り向くと、真剣な表情で念押ししてきた。
「絶対に、冷やかすなよ」
これはどう考えても、「押すなよ! 押すなよ!」とは違うと思ったので、俺と川内はコクコクと頷く。
「それと、いらん気を使うなよ」
まるで赤べこかなにかみたいに、俺たちはとにかく首を縦に動かした。
「とにかく、今までと同じようにしてくれたらええけえ」
木下はため息とともにそう締めくくる。
でもまあ、今までもずっと夫婦漫才を見せつけられてきたわけで、木下と尾崎が普通にしていてくれたら、俺も普通にできる気がする。
つまり、特になにも変わってはいない。たぶん。
「……帰ろうか」
「……うん」
とはいえ、気まずくはある。そのあとお互い探り合っているのか静かになってしまって、俺たちは口数も少なく帰路につく。
冷やかすな、ということは当然、どういう経緯で付き合うという話になったのか、とか、恋人同士と言えるようなことをしているのか、とか、そんなワクワクするような下世話な話を訊くのも、遠慮したほうがいいのだろう。いろいろと聞きたいのは山々だが、そのうち言いたくなったら言うだろう、と心の中で納得して、自転車を引く。
というか、そういうことを聞いてしまったあと、尾崎にどんな制裁を受けるかと想像すると、なんとなくヤバい気がする。うん、なにも訊くまい。
「私、サボテンの発芽の仕方、ちゃんと調べとくね」
川内がふいにそう話し掛けてきたので、俺たちはこれ幸いと、それに乗る。
「なんか詳しそうじゃったけど」
「本かなにかで見たことあるいうだけ。忘れとることもたぶんいっぱいあるし」
「ほうか。そりゃあ助かる」
次第に自然に会話できるようになって、ほっと息を吐く。
すると、木下がポケットに手を入れてスマホを取り出した。そしてじっとその画面を見つめている。
「どしたん?」
「ああ、大したことない。また買い物じゃ」
「大変じゃのう」
「まあついでじゃけえ、そうでもない。ワシ、エコバッグ持ち歩いとるんで。レジ袋は金が掛かるけえのう」
どこか得意げに、木下は自転車のカゴに入れていた自分のカバンを手に取ると、その中から小さな布のようななにかを取り出した。どうやら畳まれたそれを広げると、バッグになるらしい。
「そんなん持っとるんか。偉いのう」
感心して声を上げると、木下はふふんと鼻を鳴らした。
「最近は、ご飯を炊いたりとかもしよるんで。母ちゃんが千夏んちに差し入れしよるけえ、うちのご飯くらいは手伝わんと」
「おおー」
思わずそう声が出た。自転車を引いていなければ、きっと拍手していたに違いない。俺は調理実習以外で、料理をすることはまずない。
「千夏んちは、じいちゃん用に柔らかいのとか味が薄いのとかを別に作らんといけんけえのう。大変そうじゃけえ、母ちゃんがときどき差し入れしよるんじゃ」
なるほど、じいちゃんのものだけ食事を別にしないといけないのか。それは確かにしんどそうだ。
「バスの時間あるけえ、走るわ。じゃあまた明日の」
言うが早いか、手を振りながら木下は走り出した。
ふと思いついて、隣を歩く川内に声を掛ける。
「ごめん、川内。カバン、いい?」
「あっ、うん」
川内は俺がしたいことに気付いたようで、自転車のカゴの中に入れていた自分のカバンを取り出した。
俺は自転車に跨ると、木下の背中に追いつけるようにペダルを踏む。
「木下!」
俺の声に、木下は足を止めて振り向く。
自転車を降りると、ハンドルを持って、ずいっと木下のほうに進めた。
「これ、乗ってけ」
「え?」
「駐輪場に置いといたらええけえ。俺どうせ、いっつも自転車引きよるし」
「……カギは」
「予備のを持っとる。じゃけえカギしてってええわ」
木下は少し考えて、そして自転車のハンドルを持った。
「助かる。ありがとの」
「気を付けてな」
「うん」
そう返事して笑う。よかった、わずかながらでも役立てそうだ。
「じゃあまた明日のー」
自転車に乗った木下は、そう声を上げて去っていく。みるみるその背中は遠くなっていった。追いついてきた川内が隣に立って、一緒にその背中を見送る。
それから川内と二人で並んで、バス停までの道のりを歩いた。今日は少し遅くなってしまったからか、あたりには同じようにバス停を目指す生徒はいない。
四人でいることが当たり前で、尾崎が忙しくなってしまってからも、それでも木下と三人でいたから、こうして二人きりで帰るのは珍しい。
川内は嫌じゃないかな、とふと心配になる。
こうして男女が二人で歩いていると、『山ノ神ってカップルが多いよな』と噂されていることもあって、彼氏彼女と誤解されることもあるかもしれない。
いや、俺としては、誤解されても構わない。というより、本当に彼氏彼女という関係になりたいと思っている。
けれど川内にとっては迷惑極まりない話、の可能性ももちろんあるだろう。
川内はどう思っているのか、知りたいような、知りたくないような。
「尾崎と木下、良かったよな」
そうポツリと発すると、川内はこちらを見上げて、そして穏やかに微笑んだ。
「うん」
可愛いな、と思う。できることなら、いつもこうして並んでいたいとも思う。
だから、告げた。
「……俺たちも」
「え?」
「俺たちも、付き合う?」
……言ってしまった。
川内は俺のほうに視線を向けて、何度も目を瞬かせた。驚いているのか、喜んでいるのか、迷惑だと思っているのか、その表情からは読み取れない。
そして告白したあとから、どんどんと後悔の念が押し寄せてきて、そして頭の中で言い訳の数々も浮かんできた。
勢いに任せたような感じだけれど、いつかは伝えようかと思っていたし、言ってしまったものは仕方ない。ああ、でも、断られたらどうしたらいいんだろう。三年に進級するとき、クラス替えはない。これから一年以上、ずっと気まずい思いをしなければならないのだろうか。
それに、園芸部はどうするんだ。
いや、俺はいい。それは自分の起こしたことで自分の責任だ。けれど告白された川内のほうが気にしそうな気がする。
じゃあ園芸部を辞める? いやそれはあまりにも無責任過ぎやしないか。尾崎との『ハルちゃんと一緒におって』という約束もあるのだ。それはダメだ。でもそれなら、明日から、いったいどんな顔をして過ごせばいいんだろう。
やっぱり早まったんだろうか、告白なんてするんじゃなかったか、とそんな後悔で頭の中をいっぱいにしながら、黙りこくってしまった川内をちらりと横目で見る。
すると彼女は、ぼそりと零した。
「……も?」
そうしてこちらを見上げてくる。眉根を寄せていて、不機嫌を隠そうともしていない。
「も、ってなに?」
「えっ」
「なんか、ついで、みたい……」
そう口にして、ふてくされたように、唇を尖らせた。
◇
結局あのあと、二人ともほとんど無言のまま、バス停に到着した。
『いうても俺、いいタイミングでいいこと言える気がせんのう』
木下が尾崎に告白のようなことをしたときに、俺が木下に話したことだ。大正解。
しかしそう発言はしたが、まさか本当に悪いタイミングで悪いことを言ってしまうとは思っていなかった。最悪だ。
俺は夜になって自室に戻ると、自分の勉強机の上に突っ伏した。
するとノックもなしに、部屋の扉が開く。そういうことをするのは、もちろん。
「なあにぃ? 辛気臭い顔してからー」
「……姉ちゃん」
「帰ってからずっと、なーんか変なんじゃけど。ムカつくわ」
いや、ムカつかれても。
「言うてみんさい、なんかあったんじゃろ?」
悩める弟に優しい声を掛けているような感じではあるが、表情がワクワクする気持ちを抑えきれない、といった具合なので、話す気にならない。
「姉ちゃんには関係ない」
そう拒絶してそっぽを向くと、ずかずかと部屋に入ってきて、俺のこめかみのあたりを両の拳でグリグリとやった。
「いってえ!」
「やだわー、反抗期ぃ? 可愛くないこと言うんじゃねえ」
「痛い! やめろって!」
なんとか振り払うと、姉ちゃんは歯を出して、いひひ、と笑った。
いくら年上でも男と女では力が違うのだし、本気を出せば絶対に姉ちゃんには負けないはずだが、小さい頃から散々やられてきたせいか、どうにも敵う気がしない。洗脳に近いものがある気がして仕方ない。
「白状する気になったあ?」
楽し気に目を細めてこちらを覗き込んでくるが、かといって、自分の姉に恋愛相談するなどという、こっぱずかしいことができるわけもない。
「別に、なんもないし……」
再びそっぽを向いて誤魔化すと、また腕が伸びてきて頭をグリグリとやられる。
「いてえ!」
「あーあ、弟がグレるとか、ほんま世も末じゃわあ」
「痛い! マジで痛いってえ!」
最初のものとは比にならない威力だった。
そんなわけで、俺はあっさりと白旗を上げることになり、洗いざらい吐かせられた。
「やっぱ、あっちの子だったかー」
なぜか姉ちゃんが椅子に座り、俺がその前の床に正座させられている、という図になっている。そして姉ちゃんは椅子に腰掛けて足で床を軽く蹴りながら、くるくると回り続けていた。
「そりゃあダメじゃわ。一発アウトじゃわ。我が弟ながら、あまりの不器用さに涙が出るわあ」
くるくる回る姉ちゃんから、そんな絶望的な言葉を浴びせられる。涙が出ると発言しながら、あはは、と笑っているのはもう諦めよう。
「……どうしたらいいですか」
相談だと言うなら答えてもらおうじゃないか、とそう訊いてみる。話を聞くだけ聞いて面白がるだけ面白がって、それで終わり、というのなら、今度こそ下剋上だ。
俺の決意を読んだのかどうなのか、姉ちゃんは床に足を滑らせて止まり、膝に肘を当てて頬杖をついて、床に座る俺を覗き込んできた。
「そりゃもう、誠心誠意謝るしかないんじゃないん? ほいで、改めてコクる」
結局、姉ちゃんの口から出てきた言葉は、そんな基本的で当たり前のことだった。
けれどそれしかないのだろう。逆転満塁ホームランな奇策でもないかと考えても無駄なんだろう。少なくとも俺よりは恋愛経験がありそうな姉ちゃんならあるいは、と思ったが、そんな都合のいい話はないのだ。
「わかった」
俺は、決意を込めて頷いた。姉ちゃんはそんな俺を見て、フフッと笑う。
「実は私は、どうなるかわかっとるんじゃけどねー」
「えっ!」
思わず顔を上げる。姉ちゃんは俺の顔を見て、にやりと笑った。
これは、どっちだ? 上手くいくのかいかないのか、どっちが見えている?
「あの……それは、いい話ですか、悪い話ですか」
「教えなーい」
そしてまた、くるくると回りだした。くっそ、ムカつく。
「弟に恋愛相談受けるようになるとは、感慨深いわー」
回りながら愉快そうな声を出して、あははと笑う。相談を受けるもなにも、むりやり聞き出したくせに。
しかし俺はプルプル震えながら、黙って耐えるしかないのだった。




