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彼女のテレパシー 俺のジェラシー  作者: 新道 梨果子


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15. ホームセンターにて

 放課後、浦辺先生の車に乗ってホームセンターに向かう。焼山には郊外型の規模の大きな店舗があるのだ。さすがは田舎だ。

 駐車場に停められた車から降りた木下は、店を見上げて感心したように声を上げた。


「はー、でっかいのう」

「呉にはなかったっけ」

「あったかのう。あ、市役所の近くに一戸あるわ。そんなにでかくない」


 そんなことを店の扉の前でしゃべりながら、キョロキョロと置いてあるものを見回す。すでに咲いている花が、黒いビニールの小さな植木鉢のようなものに植えられて、所狭しと置かれていた。最悪、枯れてしまったらここで買ってプランターに植え替えちゃダメかな、とズルいことを考えてしまう。

 浦辺先生はカートを引いてきて、俺たちに声を掛けた。


「まあ適当に種でも選びよけや。ワシは土とか積むけえ」

「はーい」


 先生と別れて、店の中に入る。ホームセンターという場所は、なんとなく心躍る。きっと財布の中にたくさんのお金が入っていても、すぐに使い切ってしまうのではないだろうか。


「もし、町中にゾンビが溢れて、どこかに籠らんにゃいけんようになったら、ワシはホームセンターに籠る」

「わかる! ホームセンターなら生き残れる気がする!」

「武器もあるよのう。チェーンソーとか」

「食料もあるし」


 そもそも町中にゾンビが溢れることはない、とかいうツッコミは不要だ。ホラー映画とかゲームとか、そういうのを見たあと、自分ならどこに基地を置くか、というのは誰しも考えることだと思う。


「種はあっちみたい」


 川内は、そんなバカなことをしゃべっている俺たちを尻目に、種が売ってあるほうに歩き出していた。

 男子二人は、使いもしない変わった形の鍋とか、便利グッズとか家具とかにフラフラと目を奪われるが、川内だけは脇目もふらずに一直線に園芸コーナーに向かっていた。たぶん、彼女が一番興味を惹かれるのが、そこなのだろう。

 種の入っている袋がずらりと並んだ棚の前でしゃがみ込んで、川内はキラキラした瞳で手に取っては戻し、手に取っては戻ししている。

 遅れて到着した俺たちも、適当にひとつ、摘まみ上げてみる。


「どれでもええんかのう」


 表に印刷された花の写真を見ながら、木下が首を捻っている。


「裏に、何月に植えたら何月に咲くとか書いてあるよ」


 川内に助言されて、手に持っていた種の袋を裏返す。


「あ、ホンマじゃ。九月くらいに咲くのがええんかのう」

「別に、全部咲かんでもええかも。これから咲きますよ、っていう蕾でも綺麗なし。プランターで何種類も植えられるけえ、時間差で咲くのもいいよね」

「ほいじゃあ、何個か選んだほうがええんか」

「一種類でもええと思うよ。いっぱい咲くのが綺麗なんもあるし。私は、去年はパンジーだけのプランターをいっぱい作ったよ」


 漠然としていてイメージが湧かずに悩む俺たちとは対照的に、川内は珍しく饒舌だ。


「どうしようかのう……」


 そう迷いながら、目を動かしていた木下が急に、「あ!」と声を上げた。

 なにごとかと振り向くと、下のほうにあった種の袋を指差している。


「サボテンの種がある!」

「マジで?」


 木下が指差す先を見てみると、本当にサボテンの種があった。何種類かのサボテンの種が混合で入っていると書いてある。


「サボテンって種から育てられるんか」

「知らんかった」


 サボテンと聞くと、サボテンを枯らせたと話した尾崎を思い出してしまって、三人で忍び笑いを零した。

 木下はその種の袋を手に取って、そして満足げに頷いた。


「これにしよう、これ。尾崎はこれがええ」

「どんな顔するか楽しみじゃ」

「じゃあ、サボテン用の土も買ってもらいたいな。あとプランターじゃなくて植木鉢のほうがええかも。水はけが良うないと」

「先生に頼もう」


 なんだか急に、種を選ぶのが楽しくなってきてしまった。俺たちはああでもないこうでもない、とワイワイと話し合う。

 そうしているうち、大きなカートに山盛りの商品を詰め込んだ浦辺先生が、種のコーナーにやってきた。


「決まったか?」

「先生、これー」


 サボテンの種の袋を見せると、浦辺先生は覗き込むように顔を近付けたあと、顎に手を当ててニヤリと笑った。


「なるほどのう」

「あの、サボテン用の土、買ってもいいですか。あと、植木鉢も」

「ええで。乗せえや」


 そうあっさりと了承して、カートを指差す。ほっとしたように笑った川内は、いくつかの種の袋をカートに入れたあと、パタパタと植木鉢を見に行った。


 残った俺たちは、種の袋をカートに入れるついでに、その中身を覗き込む。大きな袋に入った土が何袋もある。それから支柱になる棒やら紐やらビニールやらが無造作に突っ込んであった。


 そして端っこに、何個もの苗があった。黒いビニール製のポットに植えられている。あれだけ種から種からって念押ししていたのに、どういうわけだろう。


「これ、なんの苗?」


 苗が生えているポットを指差して尋ねると、浦辺先生は呆れたような声を出した。


「なんじゃ、葉っぱ見てわからんのんか。やっぱり現代っ子じゃのう。見てみい」


 その黒いポットに札が刺さっている。それを見てみると。


「……ナス?」

「こっちはピーマンじゃ」

「せっかく畑を耕したんじゃ、ネギだけいうのものう。ついでにこっちも植えとけ。夏休みには収穫できるじゃろ。そしたら、これでバーベキューでもやるで」


 心なしか弾んだような声に、顔を上げる。


「えっ! ホンマに!」

「……野菜だけ?」


 バーベキューという言葉には心躍るものはある。しかし、野菜だけのバーベキュー。それはなんだか物悲しい。

 しかし浦辺先生の返答は素晴らしいものだった。


「そんときは、肉も買うてやるわ」

「やったー!」


 二人揃って思わずそんな声が出て、イエーイ、と両手でハイタッチする。


「楽しみもないとのう。いっつも畑耕すだけじゃと、つまらんじゃろ。その代わり、夏休みも交代でええけえ、通って世話するんで?」


 その言葉に、俺たちはコクコクと頷く。


「わかった、やる」

「バーベキューは尾崎も呼ぼう。デイ、とかいうのが昼間はあるんよの?」


 木下にそう訊くと、深く頷いて肯定した。


「うん、言うとくわ」


 なんだかワクワクしてきた。今から夏休みが楽しみだ。


「ほいじゃあ、会計するか。車に戻っとけ」


 浦辺先生はガラガラとカートを引いて、レジへと向かっていく。途中で川内と会って、植木鉢やらなにやらカートに乗せさせているのが見えた。

 俺たちは出口に向かって軽やかに歩く。肉体労働ばかりさせられているような気がしていたが、なかなか素敵なご褒美があるではないか。隣を歩く木下も上機嫌な様子だ。


「千夏も嬉しいじゃろう。あいつ、バーベキューが好きじゃけえのう」

「……えっ?」


 思わず足を止めて、木下をまじまじと見つめてしまった。千夏?

 たぶん、二人は子どもの頃は名前で呼び合っていたのだろうとは思う。その癖が出たとも考えられる。

 でも、今のは、違う気がする。そういう響きではなかった。


 足を止めてしまった俺に気付いた木下も、その場に立ち止まって訝し気に俺を見る。

 しばらく木下は気付かない様子だったが、少しして、「あー!」と叫んだ。

 そして右手で口を押さえた。どう考えても今さらだが、そうせずにはいられなかったのだろう。


「やっべ……」

「えーと、……両想い?」


 この様子を見るに、つまり、あれから二人は進展した、ということでいいのだろう。そしてそれは、秘密にするつもりだったのだろう。

 木下は上目遣いで、少し睨むような眼をしてこちらを見てくる。


「言うなよ、黙っとけ言われとるんじゃ」

「自信ない……」


 正直にそう返事した。そしてちらりとこちらに向かってくる川内に視線を移した。今現在、三人しかいない園芸部で、川内にだけ隠し事をするだなんて、できる気がしない。


「ほうよのう、川内だけに隠すって、おかしいよのう」


 どうやらそれは木下にもわかるようで、ため息をつく。


「千夏には事後承諾じゃが、ええか、もう」


 覚悟を決めたかのように、木下は顔を上げた。

 川内はこちらに向かって歩いてくる。


「どしたん? 先生が、車に戻っとけ言いよったよ?」


 俺たちの前に立つと、川内は首を傾げてそう訊いてくる。

 覚悟は決めたのだろうが、やはり勇気は必要なようで、木下は顔を真っ赤にしながらぎゅっと両手を握りしめている。わざわざ口にするのは気恥ずかしい、という気持ちはわからないでもない。


「あ、あのの、川内」


 なにが始まるのかと思っているのだろうか、川内はきょとんとして、木下を見つめている。


「あの……尾崎……なんじゃが」

「うん」

「あの……それが……あの……」

「うん」

「あの……ワシと尾崎の……」

「うん」


 俺はそれを「がんばれー」という、父親だか兄だかのような気持ちで、隣で見ていた。


「ワシら……付き合うことになった」


 やっとのことでそう告げて、木下は、ふう、と息を吐きだした。


「うん、よかったね」


 にっこりと笑って、川内が答える。

 うん? 驚いた様子もなにもない。これは。

 逆に木下が驚いたように、川内に尋ねた。


「……知っとる?」


 川内は、こくりと頷く。


「うん。千夏ちゃんから聞いた」

「なんじゃ、あいつー! 自分は言うな言うたくせにー!」


 ホームセンター内に、木下の叫びが響き渡った。それを慌てたように制止しながら、川内が続ける。


「あ、千夏ちゃん、木下くんも勝手にしゃべったからいいんだって……」

「はあ? ワシは今、初めて言うたで? なんの話じゃ」


 眉をひそめて、そんなふうに問い詰めている。


「あ!」


 思わず、そんな声が出た。俺には心当たりがひとつ、あった。たぶん、尾崎の家庭の事情を木下から俺が聞いてしまったことを言っているのだ。

 俺の声に、ものすごい勢いで振り返ってきた木下が、こちらに顔を近付ける。


「あ、てなんじゃ!」

「いや、尾崎の家庭の……」

「あれ内緒じゃ言うたろー!」


 そう声を上げて頭を抱えている。さすがに、人に明かすのはまずいとは思っていたらしい。

 俺は慌てて、顔の前でブンブンと手を振った。


「いや、言うたわけじゃない。尾崎が勝手に悟ったんじゃ」

「同じことじゃー!」

「静かにせえ!」


 わーわーと騒ぐ俺たちの声を、いつの間にかやってきた浦辺先生の一喝が止める。


「お前ら、なにを騒ぎよるんじゃ! 迷惑じゃろうが!」


 一瞬にして、ホームセンター内がしん、となった。パラパラといる他の人の視線が、こちらに突き刺さる。

 俺たちはしゅんとして肩を落とすしかない。


「とにかく車に帰るで!」


 トボトボと、大股で歩く浦辺先生のあとをついていく。「すみません」「お騒がせしました」と頭を下げながら歩く先生のあとを、同じように俺たちも頭を下げながら行く。

 店を出て車の前に着いたところで、先生は腰に手を当てた。車の傍には会計を済ませた商品が乗ったカートがあった。先生は顎をしゃくる。


「ほれ、トランクに乗せられるだけ乗せえ。乗らんかったら、お前らで抱け」


 俺たちは粛々と、先生の指示通り、トランクに荷物を乗せ、カートを片付け、そして車に乗り込む。

 学校に帰る途中の車内は、浦辺先生の独壇場だった。


「まったく……制服で迷惑行為なんかもっての外じゃ。他の人にどう見られとるんか考えてみいや。制服を着とるいうことは、学校の代表と同じことで。お前らが悪いことをしたら、山ノ神はそういう高校じゃ思われるんで。わかっとるんか。あと、お前らええ加減に敬語を覚ええや。進学するんでも就職するんでも、面接はどうするつもりなんじゃ。だいたいお前らはのう」


 学校に帰るまで、そのぐうの音も出ない説教は、延々と続いたのだった。

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