14. 文化祭に向けて
尾崎がいない園芸部は、まさに火が消えたようだった。彼女が一人いないだけで、あんなに楽しく輝いていたような温室内が、なんだか薄暗くなったような気がする。
川内も、女子が一人だけになってしまって寂しそうだ。
元々、一年のときは一人だけの部員だったというが、あの賑やかさを知ってしまったあとは、なにか感じるものがあるのだろう。
夫婦漫才を繰り広げていた木下も、口数がすっかり減ってしまっていた。
俺は元々、自分からしゃべるタイプではないので、ここで無理に明るく振舞ったところで空回りするだけの気がする。いや空回りする。間違いなく。
俺たちは、黙々と畑を鍬で耕していた。もちろん黙ってやるほうがいろいろと捗りはするので、畑はもう畝も作られていて、誰がどう見ても畑、という完成度だ。
花壇でも、チューリップの球根を掘り出して、花の色別にネットに入れて干している。
そんなふうに着々と園芸部としての活動は進んでいるが、なんというか、味気ない。
尾崎はもちろん学校にはちゃんと通っていて、授業中も昼休みも一緒に過ごしていて、そこは全然変わりないのに、放課後になって、「じゃあねー」と彼女が去っていくと、途端に静かになってしまう。
『ハルちゃんと一緒におってあげて』という尾崎のお願い通り、温室に行くときも帰り道も、もちろん一緒にはいるのだが、やはり川内は尾崎がいるときよりも、意気消沈しているように見えた。
「なんじゃあ、元気ないのう」
そんな俺たちを見て、浦辺先生は声を上げる。
「九月には文化祭もあるんで? 園芸部として参加するぞ」
「えっ」
驚く俺たちを見て、浦辺先生は腰に手を当てて呆れたように続けた。
「当たり前じゃろうが。園芸部がちゃんと活動しとるところを見せんと」
山ノ神高校の文化祭は、マンガやアニメで見るような盛大なものではなくて、やってくるのは保護者や近所の人たち、せいぜいOBくらいのものだし、クラスの出し物を発表する中学校の文化祭の延長上にあるものとしか思えない。
高校生になったら、きっと大規模な文化祭というものが開催されるのだとワクワクしながら入学した俺は、一年生のときの文化祭には少々落胆したものだ。
けれど高校生活において文化祭は、やはり重要なイベントであることは否めない。
「でも、なにをすりゃあええんじゃ? 園芸部の活動を見せる言うても、今まで、畑耕すくらいしかしてないで」
木下はそう訊いて首を捻る。ごもっとも。俺は同意を表すために、大きく頷く。
すると浦辺先生は、温室の脇に重ねて置かれている空のプランターを指差した。
「一人ひとつ、な」
な、と言われても。
「なんでもええ。文化祭の九月に咲く花の種を植えて育ててみいや。何種類でもええで。別の植木鉢で育てて、プランターに植え替えて見目を良うするんもええな」
「ええ……」
眉根を寄せる男子二人を横目に、浦辺先生はプランターを取ってきて、そして一人ひとつずつ渡して回った。浦辺先生の手にはひとつ、残った。
「なんでもええんじゃ。自分で育てた、いうんが大事よ。綺麗に育てばもっとええがの」
川内だけはワクワクしているのか、頬を紅潮させている。
「ネギだけ文化祭に出品しても、つまらんじゃろうが」
まあそれは確かに。初心者が育てたブランドでもないネギ専門店は地味すぎる。
「明日の放課後、畑に撒く肥料やら土やら、ホームセンターにワシと一緒に買いに行くで。そのときに種も買う。重いけえ、車じゃないとダメじゃろ」
「はあ……」
なんだかまともに育てられる気がしなくて、手の中にある空のプランターを眺めて、そんな気のない返事をしてしまう。
それに、尾崎もいないのに……と、少ししんみりしてしまったところで。
「尾崎にも、なんの花がええか訊いとけ」
その言葉に、俺たちは顔を上げる。
浦辺先生は、手に持っていた残りのひとつ、空のプランターを片手で肩まで持ち上げて、プラプラと振った。これは尾崎の分ですよ、と言いたいらしかった。
「水遣るくらいなら尾崎にもできるじゃろ。なんかあったら、お前らが手伝ってやれ。校舎の入り口に四つ、プランターを飾る。まあ地味じゃが、それが園芸部の出し物よ」
そう展望を語られて、俺たちは三人揃って「はい!」と返事した。
◇
「そういうわけじゃけえ、尾崎はなんの花がええ?」
昼休みにそう尾崎に訊いてみる。
「花かあ」
箸をくわえたまま、尾崎はうーん、と唸った。
「そう言われてもねえ。ウチ、花とか詳しゅうないし」
「何色がええかとか、花が小さいのとか大きいのとか、そういうんでもええよ?」
川内がそう一生懸命、提案している。しかし尾崎の返事は芳しくない。
「うーん……。ほいでも、今植えて、九月に咲かせるんじゃろ? どれがええかわからんわ。ひまわり育てたい、言うてもダメじゃん」
そう指摘されると、確かに。
「じゃけえ、それは悪いけど任せるわ。水遣るくらいなら、ちゃんとやるけえ。ホンマよ?」
尾崎は早口でそう続けると、にっこりと笑う。だがどことなく、疲れているような気がした。考えることすらも面倒だと思っているけれど、それを顔には出さないように努力しているように見える。
だからそれ以上、考えてみて、と無理強いはできなかった。それは他の二人も感じ取っていたと思う。
「ほいじゃあ、ワシらが適当に決めとくわ」
「うん、頼むねー」
木下が話を打ち切って、尾崎はそれに乗って、そうして昼休みは終わった。




