オーバードライブ…5
ひと群れの鳥が飛び立ち、川を横切った。ふと気がついたように顔を上げ、ヤベが訊ねた。
「あれ、部活ってもう、引退なの?」
長いこと美術室に顔を出していなかったヤベならではの質問だった。僕は俯き、首を振った。
「それが、わかんないんだよね」
他の学校がどうなっているかは知らないが、少なくとも僕たちの学校の美術部には運動部のような明確な引退はなく、それぞれがそれぞれの都合で引退していけばよかった。卒業後にも来たいと思えばおそらくは受け入れてくれるのだろうし、少なくともシブキ先生は作品を見てくれ、変わらずに頷いてくれるのだろうが。
「お前は?」
「もう行ってない」
「絵は?」
「やってない」
「やめちゃったの?」
「かも。わかんない」
少し焦ったようにヤベは質問を重ね、俯いたまま僕は答えた。終業式の日を最後に僕は美術部と関わっておらず、画材も作品も二段ベッドの下にしまいこんでしまっていた。僕はもう一度首を振り、もう一度呟いた。
「わかんない」
ふうむ、とヤベは息をつき、言葉を選びながら言った。
「お前は、絵、続けるもんだと、思ってたんだけどな」
僕も息をつき、首を振りながら、なんとなく足元の枯れ草を掴んだ。
「わかんない」
ぱらぱらと草を落とそうとして、こちらを向いているヤベの顔があることに気づき、反対側にそっと置いて、もう一度しっかりと体育座りを組み直し、もう一度正直な気持ちを言った。
「わかんないんだよね、ほんと」
それから付け加えた。
「親からも、文句言われてるし」
「なんて?」
「フィキサチーフが臭いって」
言われている文句はそれだけではなかったが、ヤベは少し驚いたように僕を見上げた。
「そんなに臭ぇか、あれ? 俺、けっこう好きなんだけどな。乾いてきた頃とかに、けっこうくんくん嗅いじまうんだけど。あの匂い嗅ぐと、美術やってる! って感じしねぇ?」
ヤベの意見には同意しつつ、母親の顔を思い浮かべ、投げつけるつもりがとんでもないところに飛んでいったフィキサチーフの缶を思い浮かべ、僕は首を振った。
「わかんない。でも言われた」
「ベランダでやればいいんじゃねぇの、しゅーって」
僕はもう一度首を振った。
「今度は隣から苦情を言われるんじゃないの、たぶん。昔からいろいろ文句言われてきたし」
ヤベは目をこちらにやり、片頬を引きつらせながら訊ねた。
「ばばぁ?」
僕は隣人のパーマとエプロンを思い浮かべながら頷いた。
「ばばぁ」
ヤベは鬱陶しそうな顔で頷いた。
「ばばぁだよな、うるせぇのは。たまにじじぃもいるけどさ」
それからヤベは物を思う顔で何度か頷き、苦々しい顔で、それでも静かに言った。
「まあ、団地はいろいろ面倒臭ぇよな。クソ狭ぇし、変なのも多いしな」
僕は頷いた。人間が人間として暮らすには、無理がありすぎる環境が整っているのが団地の生活だ。僕は言った。
「一階だと、空も見えないし」
ああ、そうだよな、とヤベは頷き、あれ、と気がついて身を起こし、訊ねた。
「洪水きたら、大丈夫なの?」
「たぶん沈む」
だよな、とヤベは暗い顔で頷き、もう一度寝っ転がり、会話が止まった。僕はもう一度、対岸の団地を眺めた。それは低湿地の廃棄された水田地帯を埋め立て、市域を分断して通り過ぎるだけの関越自動車道の掘削残土の上に造成された、巨大で醜悪な団地だった。航空写真で見ると市域の隅に巣食う蛆虫のように見える団地であり、僕とヤベが生まれ育った町だ。上流には廃棄物処理場の煙突が二本並んで煙を吹き、川の水は下水処理場と工場の排水で澱んで悪臭を放っていた。蛍の群れは追い出され、代わりにどこからか狂ったように大量発生した蝗の群れが町を食い散らかし、荒し回り、どこかへと消えていった。かつて「高度経済成長期」と呼ばれていたなにかの汚泥と残滓と形骸の中に、僕たちは生きていた。
◆
もう一枚表を用意した。一九五〇年に生まれた人間がそれぞれの年代でどこにいたかを示すものだ。結局はこの問いに戻る。人々はどこから来るのか、と。
たとえば一九五〇年にK児島県で生まれた人間は五万五〇三八人いて、一九七〇年にK児島県にいた一九五〇年生まれの人間は一万九八一六人だった、ということだ。当然転入も死亡もあるはずだが、概ね転出超過の三万五二二二人、六四・〇パーセントの減少だ。三万五二二二人がどこにいったかはわからない。同様に、一九五〇年にT京都で生まれた人間は一四万八四二三人いて、一九七〇年にT京都にいた一九五〇年生まれの人間は三四万八五八三人だった。二〇万〇一六〇人、一三四・九パーセントの増加だ。概ね転入超過だろうが、どこから転入したかは正確にはわからない。一九五〇年生まれを選んだのは資料上の都合だ。出生時以外の数字は国勢調査のものを使っている。
【表割愛】
元々の農村の状況、疎開、引揚者、婚姻率、農業基本法、「国民所得倍増計画」、減反政策、消費社会、鉱山の閉山、そうした話はあるが、ここではこれ以上は追わない。
結局、僕たちは戦後に生きているのだ。昭和はまだ終わっていない。もちろん明治も。
T京の川を汚しているのは誰なのか、という話はある。たとえばS国の川はきれいだろう。きれいなままであればよいと僕も思う。残念ながらT京の川はそうではないかもしれない。仮に人口も産業も集中しすぎなければ昔のきれいな川に戻っていくのかもしれないが――N井荷風もA川R之介も少年期にO川ことS田川で水泳を習っていた――明治期には河童(Kappa)もいたそうだ――現状ではそうはいかないだろう。それでも、T京の川をきれいにしようとしているのはT京の人ではあるだろう。地元の川だからだ。
T京で出会う人間が「T京の人」であるとは限らないのは表の通りだ。「T京に生まれ育った=T京の人」とも限らない。軽薄なのが、冷たいのが、排他的で差別的なのが、暴力的なのが、どういう人間なのかは僕にはわからない。
「都会」と「都市型故郷」の二重性という話もある。前者は上京者にとってのそれであり、なにが見えているのかは僕にはわからないが、誰でも好き勝手に出入りができ、そこにあるものは好き勝手に使ってよく、なにをやってもよく、なにをどう言ってもよく、無責任に功利性を追求し、うまくいかなければ故郷にとんぼ帰りすればいいなにかの場なのかもしれない。
都市出身者にとっては違う。「都市型故郷」は見た目が農村ではないだけで、ごく普通に故郷だ。歴史があり、家系があり、人間関係があり、経験があり、愛着があり、憎悪があり、哀しみがあり、責任がある――あり得る。好きに選べるようなものではなく、他に帰れる場所もなく、ごく普通に故郷としか言いようがない。この二つの相容れない世界が空間的に重なっているのが都市であり、T京はとりわけそういう場所だし、S玉県も結局はT京の一部として二重性を負わされることになる。
このあたりは善意の「田舎者教師」に煩わされてきたことでもある。なにか熱心に「自然」らしきものを教えようとしてきた連中がおり、彼らにしてみれば「故郷の風景=農村の風景」であって、人工的で無機質な団地の風景など到底「故郷の風景」には見えなかったのかもしれないが、とんでもない。僕たちにとっては「故郷の風景=団地の風景」だ。自分が生まれ育った場所なのだから当然だ。
たとえばニューヨーク出身の作家の小説などを読んだことがないのだろうか。ニューヨーク出身の人間にとってはニューヨークの風景が「故郷の風景」だ。ミュージアムに行き、妹とセントラル・パークで遊ぶ。それは観光地なわけもなく、ビジネスの場所でもなく、「地元」だ。アッパー・イースト・サイド出身ならアッパー・イーストサイドが、ビール・ストリート出身ならビール・ストリートが「故郷の風景」であり、望むと望まざるとに関わらず故郷の現実を生きるだけだ。
善意の無能は性質が悪いという話でもあり、彼らは「故郷の風景」を教えて善いことをしているつもりだったのだろうが、それは自分にとっての「故郷の風景」を押しつけ、僕たちにとっての「故郷の風景」を無神経に否定していたに過ぎない。
農村の風景を知らずに育つのが不幸だというならば、都市の風景を知らないのも不幸だろう。砂漠の風景を知らないのも不幸だし、ツンドラの風景を知らないのも不幸だし、団地の風景を知らないのも、売春宿やファヴェーラの風景を知らないのも不幸だろう。誰だって望んでどこかに生まれてくるわけではないし、「故郷の風景」なんて機械的に決まるものでしかない。世界中の多様な環境で人は生まれ育つ。ある風景を是とし、別の風景を非とするのは、少なくともあまり賢い話ではない。
S玉県が一段階面倒臭い理由のひとつに、上京者の散らばり方がある。一度T京に集まってからS玉県やC葉県に跳ねているから、さらに一段階屈折しやすいのだろう。S玉県にいながらS玉県をなにも知らず、馬鹿にし、「故郷」を懐かしみ、T京に憧れ、あるいはT京の人間のつもりでいる面倒臭い大人たちもその手の一味だろう。
片足を「故郷」に置き、片手をT京に置き、余ったどこかをS玉県にでもどこにでも軽く置いて上手くやれているつもりになれるのは「初代」だけだ。傍から見れば奇妙で不安定で不格好なツイスターに過ぎないし、いくらかの頭と感受性があれば二代目以降はそうはいかない。両足を地につけるなり、動き続けるなり、改めて「初代」からリスタートするなり、別の生き方は必要になる。都市型の生活自体には二代目は慣れているし、「故郷」を持たずに気楽に生きるのも、ゆるやかな地元感覚の中でゆるやかに動いていくのも合理的な考え方ではあるのだろう。これだけ町単位での栄枯盛衰が激しい中で、ここと決めて土地や家を持つのもちょっとした度胸――あるいは無知――ではある。
両足を地につけ、「地元の人」になろうとするならば、どこであれ「三代かかる」というのが目安ではあろう。一代では「T京の人」にはなれない。「S玉の人」も同様だ。そうしたこともあり、ニューカマー三世が増える頃にはいくらか落ち着いてくるのではないかと、淡い期待はしている。
◆
もちろん、問題は「田舎者」を作り出す背景にある。そもそもN本人が――たとえば開国以来の――ド田舎者だ、というような見方もあっていいが、そこには立ち入らない。バランスの悪いちぐはぐな「発展」をしてきた国ではあるのだろう。
「田舎者」の背景も多様であり、そうそう理解できるとは思わないが、「異なる人間がいる」「理解し合えない」という事実を共有することが、最初の一歩ではあるだろう。
話をするのに困難を感じることのひとつが、「自分は単なる一である」という捉え方ができない人間が多いことだ。田舎者の方がいわゆる自我が肥大している傾向があり、それも戸惑うことのひとつではある。あるいは自我の肥大や、他者への極端な無関心、自分が加害者であることへの異常な鈍感さも、上京者の心理的防衛機制なのだろうか。
個としての行動も塊となると話が違ってくるということもあり、自分が塊を構成している一員であることに気がつかないことも多い。
そして、立場を変えて眺めてみることだろう。ある人間の「上京物語」は、別の人間にとっては「インヴェイダー」でしかない。たとえば上京者が住むべき家を建てるために壊されたものがあり、それは地元の人間にとってなにかではあったのかもしれない。人々が訪れるがために造られたはいいが、去られて潰れた小学校もひとつやふたつではない。地元で平和に生きていきたいだけなのに、「インヴェイダー」がいるがゆえに不快を強いられ、トラブルを押しつけられ、競争に巻き込まれ、枠を奪われるのも、都市の人間だ。
幻想の世界に生きているならさておき、現実の町は『ロンドンは作られていない』のように誰かのために造られ、去るとともに消えるものではない。T京もC葉もK奈川もS玉も、現実の町ではある。
◆
僕はふっと息をつき、団地に視線を戻した。もちろん、話は単純ではない。蝗の一匹は僕の父親だ。なにを思ってここに流れてきたかは語らない。望み通りの人生ではなかったようだ。力尽きてここに留まることに決めたのだろう。安易に否定はできない。
団地ができる遥か昔からこの土地で生きてきた人々もいれば、初期から住み着き汗をかいてこの町を作り上げてきた人たちもいる。どこから流れてこようがこの町を愛し、あるいは他に行く宛もなく、死ぬまでここで生きる人々もいるだろう。この町は彼女たちのものなのかもしれない。
子世代は最初から考慮されていない。適当な時期にどこへでも勝手に出ていけというのだろう。それ以外の選択肢がないし、それ以外の希望もない。だが、どこへ。団地以外の風景を、僕は知らない。父親には帰るべき故郷、片足を置いておける地元がある。僕にはここしかない。ここは僕たちの町ではないが、僕たちはこの町の人間でしかない。そして、誰もここには残れない。
町は変わっていくだろう。僕たちは町を離れ、ふたつほどの時代が過ぎる頃には、駅前にも、ショッピング・モールにも、他のすべての通りにも、僕たちが過ごした日々の痕跡を留めるものはなにひとつ残っていないだろう。廃れるにせよ、新たな町が――新たな田舎者たちのための町が――できるにせよ、そこでは僕たちは余所者でしかない。「地元」には誰もなにも残っていない。会うべき人もなく、思い出すべきなにもない。新しい町は僕たちを知らず、僕たちは新しい町を知らない。それがどんな町であれ、僕たちがそこにいるべき理由はない。新しい町は新しい人々に譲り、僕たちは黙って去るだけだ。そして、それは繰り返される。
そんなことを思いながらため息をつこうと息を吸い込もうとしたら、甘く張りのある声が後ろから聞こえてきて耳の関心をさらい、思考の流れが強制的に断ち切られた。振り返れば、夏の体操服を着た女子高生たちが、なにかを笑い合いながら自転車で土手を通り過ぎていくところだった。ヤベは首を捻って小さくなっていく彼女たちの後ろ姿を追い、それからくんくんと鼻を動かして、しみじみとした声で呟いた。
「女子高生、いいよな」
僕は否定も肯定もしなかった。ヤベは僕の反応を気にしないかのように、Dear 女子高生 お願い 彼をとらないで、と飯島愛を口ずさみ、それから言った。
「お前、高校行ったら、周りじゅう女子高生だらけなんだぜ」
僕は少し考えてから頷いた。それはその通りだろう。ヤベは首を捻じって僕を見上げ、眩しそうな顔をして同意を求めた。
「すごくね?」
どうだろう、と僕は首を捻った。そういう見方をすれば今も周りじゅう女子中学生だらけではあるが、それ自体に幸も不幸もない。女子中学生は女子中学生に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。そこには相応の平和があり、相応の絶望があるのだろう。女子高生だって同じことだろうが、ヤベは僕の考えを気にかけず、視線を空に戻して呟いた。
「早く高校行きてぇな」
引き続き僕は否定も肯定もしなかったが、ヤベの次の言葉には内心で同意した。
「自由になりてぇ」
◆
人はなんのために学ぶのか。自由になるためだ。
◆
眺めるべき場所もなくなってきた僕は、なんとなく中央公園のことを考え始めた。そこかしこに公園があるのはこの団地の数少ない取り柄ではあるが、中心となるのは名前通りのこの――今、対岸に見えている――中央公園で、プールや遊具の他には少年野球用のバックネットとサッカーゴール付きのグラウンドも備えた、ちょっとした公園ではあった。当然、幼児期からの遊び場所のひとつになり、年齢に応じたひと通りの子どもらしい遊びの他に、季節外のプールを円形コースにしてのミニ四駆レース、棟ごとの子ども会の宝探しゲーム、珍しく遊んでくれた父親との下手くそなキャッチボール、大雪の日の弟との橇遊び、そんな記憶もあるといえばある。凧揚げは土手、ラジオ体操は小学校の校庭、大晦日は国道沿いのラドンセンター、自転車の練習は棟の前、プラスチックバットでの野球と縄跳び検定の練習は棟のすぐ脇の小公園だっただろうか。
今日の花火大会も、今は規模が拡大されて周辺地区と合同で行うようになったが、元は団地の行事であり、今は四中のグラウンドに移されたメイン会場の役割も、かつては中央公園が担っていた。祭りの朝の匂い、型抜きの画鋲と蝉の声、入り日の中でセピア色に佇む盆踊りのやぐらと提灯、顔を赤くして楽しそうに笑う父親と、近所や父親の仕事場の大人たちの酒の匂い、とろけるチョコバナナ、弟と引いたくじの景品と鐘の音、木々と電線のシルエットの向こうに上がる、大きく見えていたはずの花火。あの頃となにが変わってしまったんだろうか、と僕は思った。あの頃はおそらく、父親は父親であり、母親は母親であり、学校は学校、先生は先生、友だちは友だち、僕の家は僕の家、僕は僕だと、なんの疑いもなく思えていたはずだった。過ぎてしまえばすべては夏の夢のように不確かで、ひとつとして同じに見えるものはなく、「あの頃」が本当に存在していたのかさえわからない。いったい、なにが変わってしまったのか。
そこまで考えて僕は、ふと自分とまったく同じ顔と眼鏡の弟を思い出して、ふふっと笑った。あいつは変わっていないな。なにがどうなろうが、弟は弟のまんまだ。あいつにとっても、僕は兄貴のまんまなんだろうか。
「ヤベさ」
僕は意識せずに言葉を発していた。
「あ?」
「一学期、あんまり学校、来なかったよね」
ヤベの表情が一瞬堅くなり、それから軽い口調を装って言った。
「嘘だろ? 行ってたろ?」
「どうしたの?」
マジかよ、行ってると思うんだけどな、と首を傾げながらヤベは左手を上げ、折り曲げていく指を見つめながら言った。
「まぁ、あれだよな、朝起きるだろ、メシを作って喰うだろ、ポンキッキーズを観るだろ、ポンキッキーズは観なきゃだよな、観終わる頃にはうんこがしたくなってるだろ、うんこをするだろ、アナルを拭くだろ、丁寧に拭くだろ、拭き終わる頃にはとっくに遅刻の時間だろ、学校なんか行けるわけねぇよな」
僕は学校で教員に殺された女子高生を思い出し、ヤベは、元気、勇気、ぽんぽぽんぽポンキッキーズ、と歌うように唱え、それからふっと力を抜いて、言った。
「ポンキッキーズより大事なことなんか、学校じゃやんねぇよな」
僕は頷き、それからいくつかのヤベの姿を思った。ダイニングキッチンでフライパンと格闘する姿。ひとりで「いただきます」をしてから食事を始める姿。ブラウン管に向かって呟かれる指摘と笑い声。番組が終わったあとの長い時間。湿った四畳半の長く虚ろな時間。それから、言った。
「ウゴウゴルーガも、好きだったな」
ヤベはじろりとこちらを見上げ、一呼吸の停止のあとで、にやりと笑って言った。
「わかるぜ。トマトちゃんだろ」
「うん」
説明しなくてもわかり合える、ひとつの時代の共有だった。僕は付け加えた。
「シュールくんも好き」
ヤベは頷き、おはよう、と例の声を模倣した奇妙な声を発し、僕もどうにか、おはよう、と奇妙な声で返し、ヤベは笑い、それから少し寂しそうに微笑み、静かに呟いた。
「ルーガちゃん、かわいかったよな」
僕は頷き、ヤベは独り言のように空に向かって言った。
「元気にしてんのかな、ルーガちゃん」
◆
ヤベらしい、いい問いだった。
◆
僕が問いたいのも、結局はそういうことだ。もしもあなたが元気にしているのなら、教えてほしい。元気にしていないのなら、なおさら教えてほしい。元気じゃない人間どうし、「おー」と思い合うことぐらいはできるだろう。そして、いくらかの気まずい時間のあとに、体裁として「Uルンです」で記念撮影をして、握手をしてから別れよう。
◆
空気はさらに黄味を増し、対岸には土手を歩く人影が増え始めていた。小指の爪ほどの大きさに見える人々には、団地の住民はもちろん、Sニュータウンやその近隣、先ほどのA西生のように他地域からの人間たちも含まれているのだろう。「子どもたちに故郷の風景をつくろう」という善良な動機に基づいて、苦労して始めた花火大会だと聞くが、結局はどこで見ようが花火は花火であり、花火でしかない。桜だって同じことだ。花火やソメイヨシノはどこの風景も同じにものする。狭く貧しいイメージを醸成して固着し、他のものを排除して目を背けさせ、序列の中に風景を位置づける。大人たちの考えは常にズレている。少し考えればわかることが、どうしてわからないのか――。
「――オリって知ってる?」
「え?」
ぼんやりしていてヤベの言葉を聞き損なった。ガマガエルのような、聞き覚えのない単語のようではあった。ヤベははっきりとした発音で言い直した。
「ガマゴオリ。知ってる?」
僕は首を振った。ヤベは眉をひそめ、頭を掻きながら言った。
「知らねぇよな。愛知って、どこにあんの?」
「本州の真ん中らへん。名古屋があるとこ」
「名古屋って、なにがあんの?」
僕はボードゲームを思い出しながら答えた。
「ういろう、みそかつ、きしめん――」
「食い物?」
「たぶん」
「美味いの?」
「さあ? あと中日ドラゴンズ」
ヤベはさらに頭を掻き、爪の先を見つめながら言った。
「俺、野球、あんまりわかんねぇんだよな」
僕は宙を見て考え、言った。
「サッカーチームもあるんじゃないの。Jリーグ。なんだっけ。グランパス――」
おお、とヤベは口を丸くして、少し明るい声で言った。
「あ、そっか。名古屋グランパスエイトか。あったあった。あったわ、そういや」
ヤベは納得したように何度か頷き、まあ、レッズの方が好きなんだけどな、サッカーはレッズだろ、と首を捻りながら呟き、それから黙り込んだ。僕は訊ねた。
「でも、どうして?」
「なにが? レッズ?」
「その――ガマゴオリ?」
「ああ、来月からそっちなんだってよ。ガマゴオリ。来月ってか、もうすぐか。今日、何日だっけ」
ヤベはなんでもなさそうな声で言った。僕はヤベを見た。ヤベは間の抜けたような顔でどこかを眺めていた。
「引っ越す――転校するって、こと?」
「おう」
ヤベはあっさりと言い、それから面倒臭そうな顔をして付け加えた。
「離婚すんだってよ、親がさ。そりゃそうか。ほんで、母ちゃんの実家だかなんだかわかんねぇけどそっちにあるから、俺もそっちなんだと。まぁ、よくわかんねぇんだけどさ。いろいろぐちゃぐちゃ言ってたんだろうけど、俺、全然聞いてなかったからさ」
僕はなにを言っていいかわからず、黙っていた。
「まぁ、離婚自体はどうでもいいってか、むしろさっさとしろって思ってたから、別にいいんだよな。面倒臭ぇじゃん、がーがー仲悪ぃのに、クソ狭ぇ家ん中にいっしょにいられてもさ。こっちもいらいらするっつうのよな、そういうハンパなの。たまにねえちゃんともそういう話してたんだけどさ。だからまぁ、すっきりするっちゃ、すっきりするよな」
「でも――」
僕は混乱する情報の整理をしながら、訊ねた。
「今、なの?」
しゅっ、と指を動かして、ヤベは言った。
「そこなんだよな。今かよっていう。こっちも学校とかあるっちゃあるんだし、受験とかもあるっちゃあんだからさ。少しは考えろよっていう。なんも考えてねぇんじゃねぇか、アイツら」
どこか他人事のように呆れながら、ヤベは続けた。
「アホなんだよな、アホ。大人はみんなアホばっかりだぜ。アホって書いて大人って読むんじゃねぇのか」
少し身を起こして手の付け根を眺めながら、最後の方は歌うようにヤベは言った。
「でも――」
僕はなにかを言おうとしたが、ヤベはまた寝っ転がり、のんびりした声で続けた。
「まあ、ずっと仲悪かったしな。ガキの頃からさ。なんで結婚なんかしたのか、さっぱりわかんねぇ。そりゃ子どももグレるっつうのよな。学校行ってもつまんねぇ。家にいたってしょうがねぇ。バイトもできねぇ。部屋も借りられねぇ。あれもすんなこれもすんなうるせぇ。ここも行くなあそこも行くなうるせぇ。行ったら行ったで歳上どもが調子こいてて面倒臭ぇ。どうしろっつうのよな。死ねっつうのかよな。あれ、なんかそういう歌あったよな。誰だっけ。尾崎か」
ヤベの自問自答に僕は頷き、じゅうごのよおるうー、とヤベは調子外れに歌い、それからこちらを見た。
「お前、尾崎好き?」
僕は頷いた。hideと尾崎豊は泣きたくなるほど好きだった。
「まあ、尾崎はいいよな。なんで死んじゃったんだろうな。いい曲いっぱいあんのにな。あれ、誰かも尾崎好きって言ってたよな。誰だっけ。フルカワの兄ちゃんか。あの人もいい人だよな。児童会長とかやってたんだぜ、あれ。あんな感じで頭めちゃくちゃいいしな。絶対大学行くよな、あの人。早稲田とか行けんじゃねぇの? まぁ、早稲田と東大と十文字ぐらいしか知らねぇけどさ。あとなんだっけ。跡見か。あれ、リッキョウってなんなの、あれは。高校? 大学もあんの? へえ。知らねぇわ。態度悪ぃよな、アイツら。高校生だか大学生だか幼稚園児だかわかんねぇけどさ。ああ、弟もいいヤツだよな、フルケン。リフティング、クソ上手ぇし。フルケンって誰が好きなの? 聞いたことある? あいつ、あんまり聞かねぇよな、そういう話――」
太陽はゆっくりと、しかし確かにその角度を変えていき、雲と町と人々の影と色彩と反射光を変えていった。雲は生まれ、流れ、形を変え、そして消えていった。遠くの虫食いの桜の葉が、風に吹かれてひとひら落ちた。誰かの六畳間に、斜めの光が射していた。光の中では、ベッドメリーがやわらかな音を奏でて回っていた。嬰児が微笑みながらそれを見つめ、なにかを掴もうとして夢中で手を伸ばした。母親がそれに気づき、母親の顔で微笑んだ。町中の時計は、夜に向けてゆっくりと針を進めていた。
僕は時おりの必要な回答を差し挟みながら、ヤベの語りに相槌を打ち続けた。胸の裡にあったことの中で、明確な言葉にできる感情はこれだけだ。「日暮れていく夏の土手の草の匂いの風の中で、こういう風に頷きながら、ヤベの声を聴いていたいと思った」と。
九〇年代、Z団地。僕たちはこの町で少年だった。
◆
未来のZ団地はどうあるべきだろうか? さあね、としか僕には答えようがない。なるようにしかならないし、なりようは愉快なものではないだろう。
僕としては、たとえば国道沿いに大きな工場や倉庫ができたとして、そこで働く若く希望に満ちた外国人夫婦が住むような町になればいいと思う。本来のこの町は、そういう人たちのための町だからだ。僕が生まれ育った2DKで僕と同じように子どもが生まれ育ち、僕と同じように父親に身体を洗ってもらい、僕と同じように母親に本を読んでもらい、僕と同じように弟と――妹かもしれないが――あちこちで遊び回り、僕と同じようにランドセルに喜びと誇りと希望と向学心を詰め込んで学校の門をくぐり、その希望が決して裏切られることがなければよいと思う。
もちろん、そうはならないだろう。この町は彼女たちに開かれたものにはならないだろう。なにひとつ変わらない。変わらないまま悪くなる。そういう町だ。変わりたいなら目を開き、耳を澄ませるだけだ。変わらないなら滅びるよりない。そして、そのようになるだろう。
◆
――というのが、僕が最初に書いた文章だった。本当にそうだろうか? 本当に変わらないだろうか? 本当に変わっていってはいないだろうか? 色々と思い出し、色々と調べ、色々と考え、文章を書いては書き直しているうちに、わからなくなってきた。確かにクソみたいな、という話に戻すとPルースト並の分量になるからやめておくが、一旦その判断は保留にし、改めて冷静に事実を眺めてみたいとは思う。僕は客観性と公平性を大事にする人間であり、すべてに文句を言いたいわけではないし――
――すべてに文句を言いたいわけではないのだ。
◆
自分がどうするかはわからない。近場ならK奈川県で「初代」からやり直すかもしれない。Y浜、Y須賀、F沢、Cケ崎、H塚、本A木、向かうべき町はいくらでもあるだろう。C葉に縁があればC葉もいい。懐かしいというならば、きっとI袋がそういう町になっていくのだろう。S玉県に残るにせよ、どのみち場所は考えざるを得ない。K越かO宮かT沢か、そんなところだろう。流れ続けられるのならば、それもまた楽しそうだ。
さすがに移り先での振る舞いの基本ぐらいはわかっているはずだ。悪い見本を眺めすぎて僕もうんざりしているし、土地の人をうんざりさせたくもない。知るべきを知り、愛すべきを愛し、共有すべきを共有しようと試みるだろう。うまくやっていけるかはわからない。僕としては試みるだけだ。
S玉県はいい場所なのか、と未来の子どもたちに訊かれたならば、まあね、とは答えられる。少なくとも他の土地と比べてそう悪いわけではないし、そう答えられるようになるために勉強も重ねてきた。それは蝗一匹分の責任の負い方でもある。僕はS玉県に生まれてきたことが厭で仕方なかったが、未来の子どもたちに不要な回り道はしてほしくない。それだけはひとりの先輩として、ひとりの兄として思う。
問題を隠すやり方には賛成しない。問題がない「よい町」であることを好み、利用するだけ利用し、なにかあれば逃げ出せるのは無責任な立場の人間だけだ。問題を明らかにし、共有して、それを生きるのが地元の人間だろう。僕は地元の人間なのだろうか? それはわからない。それがわからないのが僕の立ち位置だ。
いずれにせよ僕は、頭の足りない文系大学院卒のなに気取りでもなんでもなく、どこにでもいるちょっとお茶目ですこぶるニヒルな普通の中学生のS玉県生まれS玉県育ちのS武ライオンズファンの二代目S玉県民でしかなく、その通りであって、他の何者でもない。
◆
僕はひとりの人間として、ひとりの人間であるあなたに話をしてきた。本当は自分のことを語るのはあまり好きではない。人の話を聞く方が好きだし、暗い教室の隅が僕の――彼の――定位置だからだ。
僕が語れるのは「僕はZ団地の2DKからこんな世界を眺めています」ということだった。それが面白いかどうかは、本当は僕の関心事ではない。僕の本当の関心事、僕が聞きたい話がなんであるかといえば――お前は知っているはずだ。偽善の讀者よ、我が同胞、我が兄弟よ!
◆
それからしばらく、あちこちに話題を飛ばしながら、調子外れの流行歌を挟みながら、ヤベの話は続き、ふっと止んだ。ヤベは相変わらず両手を枕に土手の斜面に寝転んだまま、気持ちよさそうに空を見ていた。自然な頃合いに、僕は話しかけた。
「どうして――」
「あ?」
ヤベはのんびりとこちらを見て、僕は朝から気になっていたことを訊ねた。
「どうして、ヤベは今日、僕を誘ったの?」
「ああ、連絡網」
ヤベはあっさり言った。
「?」
「誰かと話そうと思って、順番に電話、かけてったんだよな、左上からさ」
ふむ、と僕は頷いた。
「で、最初に捕まったのが、オから始まるオオワダくんだったってわけだ」
僕はもう一度、ふむ、と頷き、ヤベの次の言葉を待った。次の言葉は出てこなかった。僕はすっと息を吸いながら首を傾げ、訊ねた。
「――それだけ?」
「ああ」
ヤベは再びあっさりと言って、僕は笑った。わかるといえばわかる話だ。ヤベはこちらを見上げ、つられて笑いながら、言った。
「なんだよ、なんかおかしいか?」
「いや、らしいなと思った」
僕は笑いながら手と首を振り、ヤベもいくらか笑いを残しながら、言った。
「でもまぁ、あれだぜ、連絡網なんか眺めてみると、ろくに話したことのねぇヤツばっかなんだなってのは思ったぜ」
「カメイさんとか?」
僕は少しふざけて訊ね、ヤベも苦笑いしてから、言った。
「ああ、カメイさんとかな。お前、カメイさんは最重要人物だろ。カメイさんがいなきゃ、四中なんてクソみてぇな学校、死んでも回んねぇよ。あとはゴトウくんとか、カワダくんとかな」
ゴトウくんは眼鏡をかけた工作好きの科学部の人間で、カワダくんは色白のニキビ顔で気弱に微笑む卓球部の人間だ。
「でも、あれだよな、男どうしって、なんか知ってるよな」
不思議と朗らかな声でヤベは言い、僕は少し考え、いくらかの驚きとともに頷いた。確かにその通りだった。同じクラスの人間はもちろん、クラスも部活動も出身校も違い、近所でもなく塾や習い事やスポーツチームでも関わりがなく、特に接点がなさそうな人間であっても、百三十人だか百四十人だかの同学年の男子生徒の中で、まったく知らない人間は五人もいないはずだ。登校拒否なら登校拒否で、登校拒否している人間として知ってはいたし、ろくに他人と交流をしてこなかった僕でもそうなんだから、他の生徒ならなおさらだろう。逆に考えれば他の生徒も僕を知っているかもしれないということだが、ともあれ僕は感心して言った。
「確かに、そうだね」
「だよな。なんで知ってんだろうな」
もう一度首を捻って考えたが、見当もつかなかった。男子中学生の情報網や交流感度というのも、ちょっとしたものなのかもしれない。
「誰か、嫌いなヤツっている?」
僕は男子たちの名前と顔を思い浮かべ、にこやかに僕を蹴ってくる人間たち、あるいは僕を見ると舌打ちをしてくる人間が浮かび、正直に答えた。
「何人かは」
「まあ、そんなもんだよな。俺もそんなもんだ。タザキとかクズだもんな。でも、『何人かは』じゃね? 六クラスで百何十人とか、男がいんのにさ」
頭の中でもう一度男子連中の名前と顔を思い浮かべ、驚きながら僕は頷いた。意外な話だった。僕は学校のほとんど全員を嫌い、ほとんど全員から嫌われているように思っていたが、ひとりひとりを思い浮かべてみれば、たいていは楽しそうな顔と声しか浮かばない。はっきりと庇ってくれる人間もいたし、僕を仲間に入れてくれようとする人間もいたし、ちょっとした、記憶にも残らないようなやり取りの数々は、好意的で善意のあるものだったようにも思える。マジか。そんなくだけた言葉で僕が驚いていると、ヤベが僕の気持ちを言葉にしてくれた。
「意外と、嫌いじゃなくない?」
僕はためらいがちに、しかし頷かざるを得なかった。ヤベはさっぱりした声で続けた。
「案外、嫌いじゃねぇんだよな。ひとりひとりを考えてみるとさ」
僕は頷き、それから、団地の三階の自分の部屋でひとり真面目な顔をして、椅子にもたれて頭の後ろに手をやり、真剣にひとりひとりを思い浮かべているヤベの姿を思った。それは教員たちが知らない、決して知ろうとしない、ヤベの姿でもあった。不登校。馬鹿。反抗的。怠け者。問題児。ダメ人間。非行。不良。ヤベが教員たちからそういう人間と見なされていることは、僕も知っていた。ヤベはのんびりとした、素朴な声で続けた。
「これなぁ、俺も不思議だったんだけどさ。案外そんなもんなのよな。案外、嫌いじゃねぇのな。ほんで、なんか、もったいねぇことしてきたんじゃねぇかって思った。せっかくいろんなヤツがいたのに、あんまり話してこなかったよな、もっと仲良くすりゃよかった、もっと仲良くできたんじゃねぇのかってさ」
僕はひとまず頷いた。ヤベは続けた。
「で、いろいろぐちゃぐちゃ考えて、もう終わりなんだ、俺にはもう関係ねぇんだって思ったら、なんつうの、あれよ――」
ヤベは寝っ転がったまま眉をひそめて言葉を探し、それから首を振った。
「わかんねぇ」
僕は頷き、なにかを言おうとして、やめた。ヤベが「わかんねぇ」と言うならば、それは「わかんねぇ」ということだった。
「でもまぁ、あれだよな、今日でけっこう、俺たちさ――」
どん、どん、どん、どどん、と大きな音が鳴って、ヤベの言葉を遮った。二人同時に空を見上げ、少し遅れて団地に音が反響した。電線越しの空に見えたのは、ぽっぽとした白い六つの煙で、それはこのあとの大会の予定通りの開催を告げる花火が残したものだった。煙はゆっくりと北に流れ、夕の大気の中に溶けていった。
あ、と僕は声を発した。
「どうした?」
「橋、通れなくなるかも。交通規制。通行規制?」
「マジか。じゃあそろそろ行かねぇとな」
言いながらヤベは立ち上がり、草のついた手と肘と尻と背中を払った。僕もリュックサックを掴んで立ち上がり、ヤベに遅れてよろけながら土手に上がった。
「残ってない?」
ヤベは背中を見せながら訊ね、僕はヤベの肩甲骨の間についていた枯れ草を払った。枯れ草は吹き始めた夕の風に流れ、ヤベの背中からは太陽と土と草と洗剤と、微かな汗とヤベの家の匂いがしていた。
荷物を前かごに載せ、がちゃんとスタンドを上げて、草をかき分けて車体を押し上げ、ゆるやかなS字になった土手の乾いてひび割れた土の上を、自転車を押しながら上流に向かって歩いた。足元の昼顔が草むらの中に萎み始めていた。南の雲が青くなっていた。向こうの電波塔が少しずつ大きくなり、背中に団地が遠ざかっていった。対岸の四階建ての校舎はゆっくりと向きを変え、やがて木々の中にその姿を隠した。校庭からは誰かのカラオケが遠く聴こえてきていた。JUDY AND MARY、オーバードライブ。
前を歩いていたヤベもいくらかのフレーズを口ずさみ、あれ、カラオケ歌ってんのルミじゃねぇか、と気がついて噴き出し、それから顔を半分だけこちらに向けて、思い出したように訊ねた。
「なんかあったよな、ドラマ。花火をどこから見るかってやつ」
僕は頷き、弟が書いた下手くそなラベルの文字を思い浮かべ、答えた。
「『if もしも』」
「ああ、たぶんそれ」
世にも奇妙な物語じゃねえんだよな、タモリさんなんだけどな、とヤベは頷き、先ほどより首を捩じりながら訊ねた。
「実際、どうなの? 平べったくならないの?」
僕は首を振った。
「基本的には、どこから見ても丸。打ち揚げ花火は球だから。サッカーボールとおんなじ」
ヤベは少し考え、それから納得して頷いた。そっか、サッカーボールもどこから見ても丸いもんな。芯を蹴らなきゃだもんな。僕は頷きを返した。球体を描くのは難しい。僕たちの心が丸くないからかもしれない。ヤベはなんとなく足元の砂利を蹴っ飛ばしながら、言った。
「プールの話だよな。ホースで水、ぷしゃーってやってさ」
僕は頷き、ふと対岸に目をやった。木々の向こうの校庭の砂の上では、ざわめきと熱と匂いと煙の中で、人々があくせくと働き、楽しそうに出店を覗いているはずだった。人々の頭の上には、夜を待たずに点された照明塔の光と、やわらかな夕陽に照らされながら、商店街の店々の協賛提燈が連なって風に揺れているのだろう。
地産ストアー、マルフジ水産、肉の鳥七、ホームベーカリーミヨシ、主婦の店ながみね、岩田屋酒店、理容スズキ、美容室スターカール、カラオケレストランたんぽぽ、魚久寿し、ユニインテリア、クリーニング東京、メガネセンター大竹、子供の庭、そうご電器、伊勢屋、ヤンヤン、山本ふとん店、ワコ美容室、いせう、写真のナラオカ、サイクルニイザ、ファミリー衣料イシイ、山田書店、居酒屋ほろよい、きそば高砂、和風とんかつ桐、とおりゃんせ、パーマネントハウス、斉藤青果店、石黒接骨院、やまもりチェーン有り路、ワタナベストア、鮒忠、肉のアンデス、越後屋豆腐店、マルワ洋品、大陸、まるしげ、菊扇、田山酒店、まつだ靴店、ひかり薬局、アサヒ生花店――。
一〇年も経てば、ほとんどすべての店は消えているだろう。気づかれぬまま静かに、シャッターが降ろされ、貼り紙が貼られ、貼り紙も風に消えていく。地図から消え、建物が壊され、人々の記憶からも消えていく。人々も消え、消えた人々の記憶も消え、町のすべてが消えていく。ゼロのままのゼロと、一のあとのゼロと。どちらも同じことではあるのだろう。
ヤベはぼんやりと地面を見ながら歩き、もう一度足元を蹴っ飛ばした。乾いた地面がざっと鳴り、わずかな砂埃が風に吹かれて後ろに流されていった。ヤベは呟くように言った。
「奥菜恵、かわいかったよな」
なずな、と僕は頷き、近づいてきた親柱に反射する西陽に目を細めた。
ハンドルバーを左に捻って車止めの間を抜け、自転車を押して橋を渡った。地覆の隙間から生え出た夏の草が揺れて光っていた。東の空には左下の欠けた十日目の白い月が登り始めていた。橋の上の風はひんやりとして心地よく、橋の下では水流が護岸ブロックにぶつかってざわざわと音を立てていた。浴衣姿の女児が小さい左右の手を左右の両親と繋ぎ、嬉しそうになにかを語りかけていた。光の中にユスリカが舞っていた。
木々の隙間に校庭の櫓と白いテントが見えていた。橋の向こうには球形の高架水槽と、高台の住宅街と、坂の上の小学校が、やわらかな色に染まって佇んでいた。ウィールが足元でチキチキと音を立て、前輪のフェンダーが後ろからの夕陽に照らされてきらめいていた。両手に握ったグリップに、車体の重みとタイルの凹凸を感じていた。二人の影が長く伸びていた。ひとつの影が振り向くように動き、もうひとつの影が頷くように動いた。二人の財布の中には二人のプリクラが入っていた。
橋を抜けて右に曲がり、台地の木々の中に女子大の記念資料館を望み、鉄塔の彼方に沈みゆく右からの陽射しに目を細めながら、黄金色の中にヤベの背中を追って、北高の脇の砂利道へと土手の急な斜面を降りた。油圧ショベルのクローラーに泥がこびりついていた。薄羽黄蜻蛉が飛んでいた。歪んだフェンスに早乙女蔓が絡み咲き、その向こうには散水栓ポンプ室の白い扉が錆びていた。駄菓子屋の前では自転車を停めた小学生たちが、しゃくしゃくとかき氷を崩しては、小さな口にストローを運んでいた。ヤベが手を振り声をかけると、小学生たちも元気に手を振って声をあげた。
正門の桜に蝉の声を聴き、五階建ての校舎を見上げ、色の褪せた狗尾草が駐車場の金網を抜けてそよぐのを視野の隅に眺めながら、緑色の防球ネットが波打つグラウンドの前から小路に入った。頭の奥にふっと線香が香り、町の音が遠くなった。ブロック塀に二人の影が通り過ぎた。馬刀葉椎の堅い葉が陰の中で微かにきらめいていた。二重屋根の唐破風の山門が夕陽を受けて、穏やかな鈍色に輝いていた。百日紅の花が散り始めていた。
椿の植わる交差点を左に折れ、寺脇の路に入った。鎌倉より続く古い路だった。葉を枯らした柊木犀の垣が続いていた。垣には蜘蛛の巣がかかっていた。鐘楼の擬宝珠は深みのある影を帯びて円く、手水鉢は水を湛えて静かだった。
風が吹いて竹林の葉をさらさらと鳴らし、光を散らした。夏の終わりの涼やかな風だった。墓地の裏にはもうじきいっぱいの曼珠沙華が咲く。頭の中にふっと、黒い画用紙とパステルの色彩が浮かんだ。
もう一度風が吹き、卒塔婆がからりと鳴った。ヤベがなにかを訊ね、さあね、と僕は首を振った。道の先には一街区の棟が垣間見えていた。その手前には二階建ての保育園があるはずだった。駐車場の車窓に夕の雲が流れ、足元では自転車のウィールがチキチキと静かな音を立て続けていた。
幼稚園の風見鶏は東南東を指していた。風鈴が遠くでちりんと鳴った。蝉の声がじりじりと大きくなり、神社からの三匹獅子舞の笛と太鼓の音が近づいてきた。僕たちは自転車を押しながら、ゆっくりと「母校」へ向かっていた。




