22.ハイル
二年前のその日。
ハイルは帰路を急いでいた。
リリには、お土産をたくさん買った。
チョコレートに飴に綺麗な箱に入ったクッキー。
喜んでくれるだろうか。きっと喜んでくれるだろう。
ハイルは、ずっしりと重い荷を背負い直した。
遠くに見える蓮なる山々の向こうに、リリがいる。あと少し、あと少しと自分を励まし続けて、ハイルは足を動かした。
薬は思った以上に売れて、ハイルとヘンリーは潤った懐に笑顔を隠せないまま別れた。彼はそのまま、また別の街へ向かうのだという。どうにもヘンリーは、ひとところには留まっていられない性分らしかった。全く、変わった男だとハイルは苦笑した。
だけれど、その変わった男の提案とよく回る舌先のおかげで、ハイルはようやくリリに指輪を買うことが出来た。
荷物の奥にしまったペアの指輪は、夫婦の証。
リリはいらないと言っていたけれど、ハイルはどうしても、彼女に指輪を贈りたかった。
物ならば確かに形に残る。
自分がいたという証になる。
例えハイルがこの世からなくなっても。
ハイルは、自分が普通の人間より寿命がそう長くはないことを知っていた。
おそらくリリより長くは生きられないだろう。
だから生きているうちに出来るだけのことはしてやりたかった。いいや、覚えていて欲しかったのだ。
それなのにかき集めた銅貨では指輪のひとつも買うことが出来なかった。
ハイルの一族は、身体が弱かった。
代々の平均寿命も短く、実際にハイルの両親は既に亡くなっている。
父母も自分たちの余命を気にしていたのか――ハイルは物心がつく前から、薬師としての知識や技術を叩き込まれていた。元来物覚えの良いほうだったハイルは難なくその知識を受け入れることが出来た。母と薬草の世話をして、父の技術を真似した。
薬師としての仕事はやりがいもあったし、楽しかった。
あまり儲かる仕事ではないことだけが難点で、それでも贅沢をしなければ充分に暮らしていける。
リリに楽はさせてあげられないけれど、せめて楽しい時を過ごすことができればと、ハイルは自分勝手にもそう思った。
本当にリリのことを考えるのなら身を引くべきなのだろうけれど、どうしても、他の男にリリを任せる気にはなれなかった。
彼女が十六になると同時に求婚し、一緒に暮らした。
毎日は夢のように幸せで、自分を待ち受ける運命すら忘れてしまいそうなほどだった。
――これはもしかしたら、そんな身勝手な自分に与えられた罰だったのかもしれない。
ハイルは、崖を登っていた。
そこは道と呼ぶには憚られるほど狭く、向こう側から人がきたら避けられるだろうかと考えてしまうほどだった。
左手を岩肌につけて、ハイルはそろりと慎重に歩いた。
狼が現れたわけでもなく。
野党に襲われたわけでもない。
次の瞬間、慎重に動いていたはずのハイルの右足がずるりと滑った。慌てて力を込めようとした左足もずるりとすべる。身体がバランスを失い、ぐらりと傾いた、わざわざ、絶壁の方へ。
あとはもう、不快な浮遊感に襲われるばかりだった。




