13.思い出して
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昔から、リリが困っているとハイルは必ず助けてくれた。
怪我をすれば手当をしてくれて、他の男の子みたいに馬鹿にしないでくれて。リリの話を聞いてくれた。どんな時だって、いつだって受け止めてくれたのに。
リリは城の庭園に佇んだまま、リュカがミリアと共に姿を消した明るい城を見つめていた。いつの間にか曲が変わり、軽快なワルツが流れ始めている。
あの城の中で、リュカも踊ったりしているのだろうか。
ああ、それはさぞ素敵な光景だろう。
正装に身を包んだリュカは、他に見かけた男性の誰よりも美しかった。
二年振りに再会した夫は、整った顔立ちもすらりとした体躯も変わらず、けれどわずかに眼光が鋭くなっていた。リリを値踏みするように光らせたあの瞳は、何を探ろうとしていたのだろう。喪った記憶か、それともリリの言葉の真偽か。
「リリ」
背後から物音がして、リリは力なく振り返る。行商人のヘンリーだった。リリを見て、困ったように眉を寄せている。馬だけが戻ってきたので、心配して駆けつけてくれたようだった。
「会ったのか」
リリがこくりと頷くと、ヘンリーは暗がりに視線を落としつつ、首の後ろを掻いた。
「知ってたのね」
ハイルの記憶のことを。リリが言えば、「確信はなかった」とヘンリーは息を零した。
「行商で見かけた時に、あんまりハイルに似ていたから話しかけたんだ。でも、様子がおかしくて」
自分を見てもなんの反応もなかったこと。
リュカと呼ばれていたこと。
貴族の娘と親し気だったこと。
リュカと呼ばれる青年は、連れの貴族娘と一緒に、ヘンリーの広げた商品を興味深げに見下ろすだけだったという。しかし見れば見るほど、話し方も仕草もハイルそのもので、ヘンリーはひどく困惑したらしい。
「だから皆に話すか迷ってた。リリなら、確実にわかると思って」
「……ちゃんとハイルだったわ。二年前に事故に遭って、記憶を失くしたのですって。あのお嬢様に助けられたみたい」
「なるほど」
ヘンリーは頷いた。
「厄介なことになったな」
「……別人みたいだったわ」
「そう落ち込むなよ、リリ。きっとハイルの記憶は戻るさ」
「二年も戻らなかったのに?」
自信なく言えば「君らしくないな」とヘンリーは肩をすくめた。
「伯爵家は都にある。風景も生活も何もかも違う場所にあいつはいたんだ。でも、今は違う。村へは馬さえあればすぐだし、ここには君がいる。記憶は揺さぶられるはずだよ」
「……戻るの?」
「ああ、きっとね」
きっと。曖昧な言葉に、リリが顔をしかめる。
「適当なんだから」
「でも、希望はある」
ヘンリーは大きな口で弧を描いた。
「それともこのまま引き下がるのか?やっと見つけたっていうのに」
リリは自分を守るように片方の手でもう片方の二の腕を掴んだ。
探られることを、リュカはきっと嫌がる。でも。
——すぐに帰ってくるから
——待っていて
優しいハイルの面影は忘れられず、離れる決心なんてすぐには出来ない。生きていると知ってしまったら尚更——。
リリは、唇を噛みしめた。
「……ヘンリー、あたしハイルに思い出して欲しい」
たとえそれを“リュカ”が拒絶していても。
「ああ」
「手伝ってくれる?」
「もちろんだよ」
ヘンリーはきっぱりと言った。そうして声を潜める。
「でもタイムリミットはある。聖夜祭が終わるまでだ。それまでになんとかしなけりゃいけない」
「ええ」とリリは頷いた。
滞在期間が終われば、彼らは伯爵邸へ帰ってしまう。次にリュカが此処へやってくる保証はない。聖夜祭までの二週間足らずで、リリとヘンリーは決着をつけなければならない。
どれほどの希望があるのかは分からない。
しかし、一旦心を決めると全ての迷いは消え去った。必ずハイルを取り戻すのだという目標だけがリリの胸を満たしていく。
「ありがとうヘンリー……迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑だなんて。友達だろ」
ヘンリーは笑ってみせた。
あちこちの国を回るこの風変りな旅人は、飄々としていて物知りで口が達者だ。そうして今はこの上なく心強い味方だった。柄にもなく弱っていたリリの背中を押し、不安を共有してくれる。
「早速明日から行動開始だ」
「ええ」
ハイルを取り戻す。
きっと出来る。
ハイルは必ず帰ると約束してくれたのだから。




