6-3 森の底深く
「総員撤収!」
「いや、我々はHCを回収する!」
レッドの撤退指示に、67班の班長が眉間に異を唱える。
「この森の中を?」
確かに部下を失い、更には反陽子爆弾を無意味に喪失したなど、評価に著しいマイナスがつけられてしまう。帰還が遠のく。だが、ここで死んでは元も子もないだろうに。
「私自身はもちろん、部下にだって家族と生きて再会させてやりたいんだ」
「だったら冷静になれよ。こんな危険な森で小さなガキ1人、どうやって探すつもりだ。2次被害が出る」
「だが……!」
「安心してくれていい。械獣も寄生植物も、森ごと倒される。それも、あんたらのHCがやったことにしてやるよ」
「…………?」
わけがわからないという顔を浮かべる67班班長。
だが寄生植物への恐怖が、レッドの提案にすがるという選択を彼にさせた。
「……わかった。我が班も撤退する」
「よし、頼んだぞ271。ラーディオスで森ごと械獣を殲滅。いいな?」
「待ってください、班長!」
逃亡したHCはまだこの森のどこかにいるはずだ。
助け出すまでは森ごと灼くわけにはいかない。
「……勘違いするな、271」
「えっ……」
自分を見返すレッドの瞳の冷たさに、メンカは息を呑む。
「命令は変えねえぞ。俺達の目的は械獣の殲滅。ガキの寿命を1日2日延ばすことじゃない」
「……あの子が死にますよ!?」
「それがどうした」
「隊長は、あの子を助けたかったんじゃないんですか!?」
「俺がそんな善人に見えるか?」
レッドは眉をひそめ、口の端を釣り上げる。
「俺にはまだこのクソッタレた星でやらなきゃならないことがある。帰還許可証なんてもらっても持て余すんだよ。192や173には悪いが、俺の部下に配属された不運を怨んでもらう」
「……わたしは……!」
何か言い返そうとして、文面が浮かんでこない。
メンカは口をパクパクさせる。
HCを人間として扱う大人もいるのだと、救われたような気になっていた。
それは、自分の早とちりだったのか?
「俺はおまえらに同情なんかしてねえ」
声をひそめて、レッドは言った。
「人間には生まれ持った役目ってものがあるんだ。おまえやあのガキがHCになったのも、おまえがレヴォルバーを拾ったのも、俺達がしがない兵隊になったのもそうなんだろう」
逆に言えば、夫や父親は俺に課せられた役目ではなかったに違いない、とレッドは思う。
己の分を越えた、あるいは外れたことをすれば必ず手痛いしっぺ返しが来る。
「世の中は、誰もが自分の役割を果たすことで回ってる。271、おまえももう1人の人格が役目を果たしていたおかげで、楽ができてたんだろう。おまえはおまえの役目を果たしてりゃそれでいい」
「……わたしの……役目……」
「ラーディオスに乗って戦うんだろうが。妹への罪滅ぼしも兼ねてよ?」
「…………」
「どうした、命令を復唱しろ」
メンカは拳を握りしめる。
「……条件があります」
「上官様の命令に見返りを要求するとは、偉くなったもんだな?」
「67班の班長さんが持ってる、HC追跡装置をください」
「探すつもりか。それは許可できない。捜索中におまえが死んだら、元も子もねえだろうが」
「班長さんの言葉でわかりました。わたしは、あなた達の味方じゃない。HCの側に立つ人間だ」
違う景色など見ていなかった。ただ目を逸らしていただけだ。
「あの子を見捨てるってことは、わたしを見捨てるってことだ」
「どうせあいつはいつか死ぬ。まあ、俺等の方が早いかもしれないが」
「いつか死ぬってことは、いつ死んでも同じってことじゃ、ない……!」
班長、とピンクが呼びかける。
先に行ってろ、と返して、レッドは深く溜息をついた。
「女とガキは道理が通じないと思っていたが、女でガキはその極地だな……」
67班の班長を呼び止め、反陽子爆弾のリモコンをひったくる。
ボタンを操作すると、矢印が浮かんだ。
「この方向にあのガキがいる。だが気をつけろ。死にそうになったら、すぐラーディオスを出せ」
「はい」
「パワーアシスターのオートモードは使うな。寄生木もどきを平気で踏みつけちまう」
「はい」
「俺達の避難が完了したら信号弾を撃つ」
「はい」
「それから……、あきらめても、誰もおまえを責めない。いいな?」
「わたしが責めます」
「……面倒臭い奴だ」
吐き捨て、レッドは先に撤収した仲間達の後を追いかけていった。
メンカも別の方向へ走る。無論、足元には細心の注意を払いながらだ。
――なんで、あんな人、信じたんだろう。
メンカは目をしばたたかせて、悔し涙を拭った。
他人の行動を勝手に善意的に解釈した、自分が愚かといってしまえばそれまでだ。
ほら、あたし達以外の人間なんか信じるに値しないんだよ――というスゥの勝ち誇った笑い声が聞こえるかのようだ。
「――メンカ、今何か、動いた! あれじゃないのか?」
辺村が叫ぶ。協力してもらっているにもかかわらず、メンカはその声を鬱陶しいと思った。
今はスゥ以外誰も信じられそうにない。
「あれってどっち!」
「右30度くらいだ!」
メンカはリモコンに視線を落とす。
矢印が示す方角とは少々ズレがあるような気がしたが、そんなものかもしれない。
「……行ってみよう」
ガサガサと草藪を掻き分ければ、それはそこにいた。
幼い子供のようだった。うずくまって震えている。
「……おい、服装が違うぞ」
「わかってる」
一応は支給品の迷彩服をまとっているHCと違い、その子供は粗末ななりをしていた。
ハビタットの安い洋服屋で買える物でも、これよりは上質だろう。
いや、そもそも――防護服を身につけていないではないか。
探していた少年ではありえない。
だとしたら何者なのだ、この子は?
「迂闊に近寄るな」
「それでも、子供だよ。怯えてる」
メンカは手を伸ばす。
「――おいで、君。こんなところは危ないよ。お姉さんと一緒に、逃げよう?」
子供は、ゆっくりと振り向いた。
その顔面は予想したものとあまりにもかけ離れていて、メンカは「ひっ」と息を呑む。
それは人間ではなかった。
だからといって械獣でもなければ、植物の擬態でもない。
頭頂に近い位置から生えた、先端の尖った耳。血走った目。
顔は人間と犬を足して割ったよう。
まだ幼い子供だからというのもあるのだろうが、醜悪といえば醜悪だし、可愛いといえば可愛く見えなくもない。
「人狼……狼男? いるのか、この世界には?」
「いないって! ……たぶん!」
予想外の相手に、メンカも、見守っているスゥさえもどうしたらいいのか迷う。
「その子に触れないでもらおうか」
頭上から声が降ってきた。
木々を見上げたメンカは、反射的に身を固くする。
声の主は幸いにもメンカの知っている範囲の存在であり、最悪なことに1番会いたくない人間だった。
「やあお嬢さん。いい天気だね」
電信柱よりも背の高い木の上方。
絶遠了が、太い枝に腰かけて優雅に手を振っていた。




