6-4 地球の模様替え
レッドは、先に逃げたはずの仲間達が森の中で立ち尽くしているのを発見した。
「何こんなところでじっとしてやがる!」
「いや、見てくださいよ班長」
「ああ!?」
困り果てた表情のピンクが差した指を追って、レッドの目は驚きに見開かれた。
オアシスの外、砂の上に停めていたはずのCATが森の中に転がっている。
しかも94班のCAT-056は蔓草に絡みつかれ、67班のに至っては新たに生えてきた若い樹木にひっくり返されている始末だ。
「こいつは……」
「つまり、考えられるのは」
ブルーがウンザリしたように言った。
「この森はすごい勢いで広がっているんですよ」
悪意さえ感じるほどに有害植物だらけの森が、砂漠を、その外縁部にある本来あるべき自然を、そして各地のキャンプを呑み込んでいく様をレッドは思い描く。
その間も砂地からは奇怪な形状の若葉が芽吹き、レッドの想像を現実のものへと変えはじめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「絶遠……」
「よお、辺村」
気障ったらしく指を振る絶遠は、瘴気漂う森の中にあって、しかし防護服を身につけていなかった。
それもモーニングコート姿である。
黒い上着に黒いネクタイに黒いウェストコートに黒いワイシャツ。
極めつけに黒い手袋、黒いブーツ。
何故かコールズボンだけ白かった。
「随分派手な格好だが、パーティ会場ならここじゃないぞ」
「そうか。頭の中がパーティな連中が集まってるからここだと思ってたんだが」
絶遠は面白くもなさそうな顔で林檎のような果実を一口齧り、すぐ不味そうに吐き出した。
「187、いやゼツトーリョー!」
「よせ271。今日は戦うつもりはない。オレは迷子捜しに来ただけだ」
「迷子……。もしかして……」
メンカは足元にうずくまる『犬人』を見下ろした。
「そう気持ち悪がってやるなよ。れっきとした人間なんだぜ」
「いい加減なこと言うな」
「地球を戦闘機械がうろついてる状況だぞ。犬の顔をした人間だって、そう受け容れがたいものじゃないと思うがね」
絶遠は枝から飛び降りる。
3階建ての建物ほどの高さから難なく着地。
メンカが後退る中、絶遠は犬人に近づき、ポンポンと頭を撫でた。
「おい、帰るぞ」
「ほしのへん をーたとあは く!」
犬人は言語らしき奇怪な音の連なりを発した。
言葉を使う。つまりそれは、その言語を使う相手と、その言語を考案した文明があるということだ。
絶遠の足に、犬人はじゃれつくようにしがみつく。
「……懐かれてるな」
「見てんじゃねえよ」
照れたようにそっぽを向き、絶遠は辺村達にしっしと手を振る。
「ほら――邪魔はしないから、さっさと械獣を倒してこい」
「おまえの手下じゃないのか?」
「アレはもう、壊れちまったからなぁ……」
「壊れた?」
「おまえらがいけないんだぜ、271?」
絶遠は語る。
「瓶子草械獣は元々、荒れ果てた大地を緑地化するために造られた械獣だったんだよ」
しかし実験室のフラスコの中ならともかく、無数のイレギュラーが発生する自然の中では、それは生み出した者の思惑通りに成長しなかった。
「数十年前、あの械獣はこの付近一帯を魔の森で覆い尽くした。そして太古の昔、酸素なんかなかった地球を酸素で満たしそれまでの生物を大量絶滅させた先祖に倣って、この惑星の生物を滅ぼそうとした。それをやっとの事でくいとめ、冷凍封印したってのに、ERFがここにキャンプを作ったせいで目覚めちまったんだ」
「だから、わたし達の所為……?」
「……なるほど、愉快な話だな。おまえにSF小説家の才能があるとは思わなかったよ、絶遠」
「悲しいな、辺村。かつての信頼はどこいった。……資料でも見れば、信じるか?」
「あるのか?」
「おまえらがキャンプの跡地――あの械獣を造ったラボに辿り着けたらな」
辺村は、メンカがHCの少年を見つけ出し、その上でラボまで辿り着ける確率を考えてみた。
おそらくは無理だろう。
「絶遠、おまえがなんで械獣の側についてるか知らないが、奴等は――」
「そんな話をしている暇があるのかよ?」
絶遠は犬人を抱え上げると、幹を蹴って枝の上に舞い戻った。
「オレが駆除するはずだったが、おまえらがやってくれるなら助かるわ。エケケケケッ!」
辺村達を指差した後、四方に指を向け、手を振る。
ジェスチャーの意味はすぐにわかった。
藪の向こうに、寄生植物を背負ったゾンビ達の姿が見え隠れする。
すっかり囲まれてしまっていた。
「ここら辺が潮時だな。信号弾はまだだが、メンカ、召神だ!」
「わかった!」
『三千世界を革命する力、今ここに!』
閃光。
樹冠の上に、銀色のラーディオスが頭を出す。
突然割り込んできた巨大な体積に、周囲の木々がべきべきと音を立ててへし折れていく。
寄生木もどきや寄生植物がまとめて踏み潰される。そうならなかったものも、巨神の外骨格には爪を立てることもできなかった。
「安心しろよ、今回は邪魔しない!」
犬人を小脇に抱えて猿のように枝から枝へ飛び移り、絶遠が叫ぶ。
「雑草駆除、ご苦労さん! 逆に駆除されるなよ! エケケケケ!」
「ゼツトーリョーが逃げる! いいの、ベムラハジメ? 仲直りしなくて!?」
「今は械獣退治が優先、だろ!?」
「……そうだね」
メンカとしては、辺村には絶遠の方にこそ執着してほしかった。
レッドがHCの少年に情を抱いていなかったように、辺村もまた絶遠のことなどどうでもいいのではないか――そんな発想は、彼女の心を憂鬱にさせた。
大人って、人に優しくできない生き物じゃないかしら――そんな主語の大きいペシミズムに囚われる自分を、メンカは疎ましく思う。
まるで自分は人に優しくできているみたいな言い草だ。所詮は妹のことしか考えていないくせに。
今だって――イエローが死んだのに、強いて思い出さなければ意識に昇らせもしない。
感傷に浸っていられる状況ではないといってしまえば、それまでだが。
「メンカ、あれを!」
辺村の声と同時に、メンカの視界の一角が拡大表示される。
木々に阻まれて立ち往生する2台のCATが見えた。
ラーディオスにとっては玩具のようなそれをメンカは持ち上げ、砂の上に下ろしてやる。
兵士達が慌てて駆け寄っていくのが見えた。
「次は、あの子供だな」
「あの子を……?」
「銀のラーディオスはセンサーが強化されている。あの子の声や、呼吸音――そいういものが聞き分けられるんじゃないか?」
「……やってみる」
目を閉ざし、意識を集中。
森の中に、か細い脈拍音が1つ。
「見つけた……!」
銀色の巨神が藪の中に手を突っ込む。
引き抜いたその手、親指と人差し指でできた輪の先に、小さな少年がぶら下がっていた。
少年が絶叫し、失禁。
「そんなに怖がらなくてもいいよ」
メンカは言ったが、ラーディオスに発声器官はないので、当の少年には伝わらない。
身を縮こまらせる少年を掌の上に落とす。
「……逃げたい気持ちはわかるけど、今はごめん。みんなのところに戻って」
森の中は危険だし、砂漠に放り出しても野垂れ死ぬだけだ。
いや、そもそも今の地球で、サバイバル知識もない子供が生き残れる場所などない。
(結局、わたし達は自分を道具にする大人達と一緒に暮らすしかないのか……)
両手で皿を作ったラーディオスが一歩を踏み出す。
しかし安心した彼女は気づかない。
背後の湖で異変が起こっていることを。




