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アネモネ  作者: りーた
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第四章 アネモネ

目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、見覚えのない白い天井だった。

そこが病院のベッドの上だと理解するのに、そう時間はかからなかった。

「あ、一ノ瀬翔瑠さんが目を覚ましました!」


枕元で看護師さんの切迫した声が響く。

そうだ。涼花はどうなったんだ。

起き上がろうとした俺の脳裏に、あの瞬間の記憶がフラッシュバックした。

ーーそうだ、涼花は!?


動かない身体に鞭打つようにして、俺は必死に看護師さんに掴みかかった。

俺と同じくらいの、小柄な女の子が運ばれてきていないか、と。

看護師さんから「彼女は無事ですよ、運ばれていません」と言われた瞬間、全身の力が抜けて、俺は深く安堵の息を漏らした。涼花が無事なら、本当にそれでいい。


だけど、現実は非情だった。

すぐに駆けつけた両親と、担当の医師から、俺は残酷な宣告を受けることになる。

「君の命に大事はなかった。しかし、君はもう、以前のようにサッカーをすることはできない。」


走ろうとすれば、足に激痛が走って動けなくなってしまうだろう、と医者は言った。

嘘だろ、とは言えなかった。隣で俺の顔を見られずに俯く両親の姿と、病室を包む重苦しい空気が、それを紛れもない事実だと物語っていたから。

俺は悔しくて泣きまくった。

トラウマを乗り越えて、ようやく取り戻した大好きなサッカー。

それを、今度は物理的に奪われた。

悔しくて、情けなくて、俺は何度も何度も病院のベッドで泣き続けた。


だけど、俺の心は完全に死んではいなかった。

俺には、命をかけて守った大好きな涼花がいる。

彼女が生きている。

それだけで、俺が前を向く理由は十分だった。


二ヶ月以上の入院生活。簡単に動くことのできないベッドの上で、俺は病室に飾られている一輪の花を見つけた。

アネモネだ。

白いアネモネだ。

......Stay You。君は君のままでいい。


俺はふと思い出した。

そういえば俺、昔から手先が器用で、手芸とかが少し得意だったっけな、と。


気晴らしにと、母親にお願いして買ってきてもらった材料で、ぬいぐるみや小さなアクセサリーを作ってみた。

指先を動かしてる時間は、足の痛みを忘れられた。

そして、何よりやっていくうちに、それが意外なほど楽しいということに気づいたんだ。


そして夏休みが終わろうとしていた頃、

俺はようやく退院の日を迎えた。

ギブスは外れたけど、もう昔のようには走れない。

そんな足を引きずりながら、俺は真っ先に涼花の家へと向かった。


だけど、インターホンを押しても、彼女は出てきてくれなかった。

何度も何度も訪れたけど、ドアが開くことはなかった。


おそらく涼花は、あの時救急車に一緒に乗って、俺の足がもうダメになってしまったことを知ってしまったのだろう。

自分のせいで俺の大好きなことを奪ってしまったと、自分を責めて、俺に合わせる顔がないと思っているに違いない。

彼女が俺を避けようとしているのは、その優しすぎる罪悪感のせいだと分かっていた。


そしてある日。俺は街で、俯いて歩いている涼花の姿を見つけた。

俺は静かに近づき、その細い手を掴んだ。

驚いて顔を上げる涼花に、かつて彼女が俺にしてくれたように、少し強引に告げた。


「ついてきて!」


歩きづらい足で、涼花の手を引いて移動する。

到着したのはーーあの夜、俺が車に跳ねられた、あの事故の場所だった。


涼花は顔を青ざめさせ、すぐに踵を返して帰ろうとした。


「涼花、お願いだから、話を聞いてくれ」


俺が震える声で懇願すると、涼花はビクッと身体を震わせ、その場にとどまってくれた。

どこまでも優しい子だった。


「涼花。あの日に俺は車に引かれて、もうサッカーが出来なくなった。」

「......う、うん。」


涼花は泣きそうな目で、地面を見つめている。


「なぁ、なんで俺が、ここに涼花を連れてきたと思う?」

「俺たちにとって、「最悪な場所」に来たと思う?」

「なんで……?だって、ここは私のせいで、翔琉くんが......っ」

「違うよ。最高の場所に塗り替えるためだよ。」

「え......?」


涼花が驚いたように顔を上げる。

「俺さ、入院中に新しい夢ができたんだ。アクセサリーや、キーホルダーや、ぬいぐるみ。そういう、可愛いグッズを売るお店をやりたい。......」

「グッズショップって言うのかな?」

「だからさ、俺と一緒にグッズショップをやってくれないかな?」

「グッズショップ......?でも、私は翔琉くんの足を奪っちゃったのに......そんな資格......」

「俺はね、涼花がデザインをするのがめちゃくちゃ上手だって知ってるんだよ。」


俺は悪戯っぽく笑ってみせる。


「こっそり涼花の引き出しを見た時さ。たくさんの綺麗な絵が出てきたんだ。」

「あの白いアネモネの絵もあった。」

「だから、そんな涼花に、新しいお店のグッズのデザインをしてほしい。」

「そして、それを俺が形にする。」


俺は一歩、涼花に近づいた。


「俺は、涼花のことが大好きなんだ。」

「だから、涼花と一緒に、新しい未来を作りたい。......」

「ダメかな?」

「ありがとう。......」

「でも、私は…」


まだ躊躇う涼花の前で、俺はポケットから小さな箱を取り出した。


「涼花。俺は本当に、涼花のことが大好きなんだ。」

「だからーー俺と結婚して、一緒にあのお店を開いてくれませんか?」


さすがにまだ高校生だから、今すぐ籍を入れるわけじゃない。

けれど、俺の決意は本物だった。

パカッ、と箱を開ける。


「指輪......?」

「これ俺が作ったんだ。宝石はハマってないんだけどね。」


歪な形かもしれないけれど、俺の全力を込めて作った、世界に一つだけの指輪。

それを見た瞬間、涼花の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出た。

彼女は俺の胸に身を投げ出すようにして、思い切り抱きついてきた。


「......っ、はい!翔瑠くんのお嫁さんにしてください......!」


胸に伝わる温もりと、最愛の彼女の言葉。

俺は心の中で、これ以上にないほどのガッツポーズを決めていた。


泣きじゃくる涼花の肩を抱き寄せながら、ふと、その奥の夜闇に視線を向ける。

そこには、あの日と同じ、白いアネモネが綺麗に咲き誇っていた。

           アネモネ

かつて俺を縛り付けた「期待」という花。

それは今、静かな月の光に照らされて、俺たちの新しい未来を祝福するように、美しく輝いていた。

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