第1章:この世界は学園ラノベに似ている(?)
「それでは今から、第2学年進級試験の結果を返却する。まず、相村…2教科赤点、退学!!」
藍色のスーツに赤いネクタイを身につけた、第2学年主任教師の言葉と同時に『生徒評価シート』に大きく赤い『退学』の印がドンッと押される。スタンプが上から下に移動するのと同じように、教師の前に立っていた相村と呼ばれた男子生徒も、ガクリと膝から崩れ落ちた。
ここ、私立明光学園大学附属高等学校は『完全実力制の実力至上主義』を掲げており、校則にも「この学園での不利益はすべて当人の実力不足が原因であるため、当学園は一切の責任を負わない」と記されているほどだ。
だが、プライドや自尊心の高い、どこぞの令嬢や御曹司がそれを納得できるはずもなく…
「ま、待ってください!そこをなんとか!!」
相村が教師の膝に縋り付くが、主任は鬱陶しそうに目だけで見下しー
「退学は退学だ。この事実は天地がひっくり返っても変わらない」
と吐き捨て、付け加えられた「連れて行け」の一言で、相村は教師の両脇に控えていた、黒いスーツにサングラスをかけた屈強なガードマンに両腕を掴まれ、ズルズルと教室から引きずられていった。
相村は引きずられる最中「ははは、終わりだ…僕は。破滅だ」とぶつぶつと呪いの言葉かのように呟いていた。
教室に流れる、重い空気と耳が痛くなるような静寂。俺たちは目の前でこの学園の『絶対の掟』をまざまざと見せつけられ、思い知らされたのだ。
しばらくすると、大半の生徒がざわざわと隣の席同士や友達同士で小声で話し合う。そんな中、俺は前の席の男子生徒から話しかけられた。
「おい、龍之介。さっきの退場シーン、流石にテンプレすぎじゃね?」
こんな重苦しい緊張感が教室を支配する中、頭の後ろで手を組み、能天気な発言を投げかけてくる。彼の名は、神原龍一。黒と茶色の混ざった髪の美男子で、俺、黒木龍之介の従兄弟に当たる、幼馴染で親友の神原総合病院の次男坊だ。
「やっぱお前もそう思うか、龍一。せめてもう少し抵抗して伏線の一つくらい残せばいいものを…」
そう言って机の中から古典文学の巨匠、ドストエフスキーの『罪と罰』を取り出して、しおりを挟んでいたページをペラリとめくる。紙を捲る音が、小声で話す生徒たちの間に静かに響く。
ピタリ、と話し声が止まり、視線が俺に集中する。一瞬の静寂のうち、生徒たちはまた小声で話し始める。「おいおい、よくこんな状況でよく読書できるな」「よほど自信がおありのようですね」などというような声も聞こえてくるが、試験の結果は今更変えることができないし、緊張しても無駄なので
(相変わらず、試験返却の時はピリピリしてんなぁ)
と自然体でリラックスする。龍一のことを能天気だと思っているが、俺も大概なのだ。
龍一は苦笑しながら、俺と同じように机の中の本を探すし呟く。
「このラノ、だな」
「どんなラノベだよ」
ページをめくりながらそう返すと、龍一が机の中から本を取り出し、
「あ、そういや、俺この本もう読破したわ。龍之介、お前の本貸してくんね?」
そう言って手に持つ本を左右にゆっくりと振りながら俺の本をじっと見つめる。手に持っているのはサン=テグジュペリの『星の王子さま』だ。
「これは貸さん。その代わり、君にこれを授けよう」
机の中から取り出したのは、カミュの『異邦人』だ。俺は生粋の読書家で、ライトノベルから古典文学まで幅広く読んでいる。流石に学校でラノベは子供っぽいので読まないが。
「それ、おもろい?」
龍一の少しだけ冷めた目にムッとしつつ、
「あぁ、面白い。「太陽が眩しいから」って理由で人を殺す、まさにこの学園の理不尽さを象徴している本だな。あと、読んだことないからって、面白くないと決めつけるのはどうかと思うぞ」
龍一の本に対する態度を指摘しながら本を差し出すと、
「サ〜ンキュッ」
と本を受け取り、代わりに『星の王子さま』を差し出してきた。
「面白いぜ〜『星の王子さま』。「大切なものは目に見えない」、数字しか見てない、この学園の生徒には理解できない内容だろうが、お前ならわかるだろう?」
その挑発的とも言える言葉にフン、と鼻を鳴らし、
「当たり前だ」
と、受け取り机の中にしまう。ちょうどその時、
「次、神原」
「は〜い」
龍一は適当に返事をしながら席を立ち、頭の後ろで頭を組んで、ゆっくりと教卓の方へと歩き出す。
瞬間、「退学になるかもしれない」という極度の緊張に支配されている周囲から、鋭い視線が向けられ、その敬意のかけらもない態度に、教師も少しだけ眉を顰める。
「神原。全教科、満点。第2学年序列2位、次席とする」
教師はその態度とは裏腹に、彼のうちに秘めた圧倒的な実力に顔を歪め、声のトーンもいつもより低くなる。だがそこで、龍一が火に油を注ぐような発言をする。
「えっ!次席!?なんで!?頑張って主席日数減らして、評価下げてたのに!!も〜、生徒会入んなきゃじゃん。めんどくせ〜、マジだるいわ〜。激萎え」
そう言ってがっくりと肩を落として自分の席に戻る。
そんなマイペースな言動に、教師は目を瞑って眉をピクピクと小刻みに動かし、周囲の視線に嫉妬や過激なものだと殺気までもが混ざる。女子の中には、また別の視線もあったりするのだが…
そんな中、教師が深呼吸して気持ちを落ち着かせ、
「次、黒木」
試験結果の返却を再開する。
「はい」
返事をし、席を立つ。俺は龍一と違い、普段から目立った行動をしていないつもりー令嬢や御曹司が約半分を占めるこの学園では、逆に浮いてしまう可能性はあるのだがーなので、他人から快く思われないと言ったことはないだろう。たまにちょっとだけ心配になる事もあるのだけれど…。
それでも、視線が集中してしまうのは、俺が『学園1のイケメン』という不名誉にも程があるレッテルをペタペタと全身に貼られまくっているからだろうか。
教卓の前に立つと主任教師の視線を堂々と受け止める。
「黒木、全教科満点!序列1位及び主席タイとする!!おめでとう」
やはり、龍一とは違い、祝福の言葉付きで評価シートを手渡される。
対応の違いに苦笑いしつつ、評価シートを受け取る。
「ありがとうございます」
振り返ると今度は龍一の時と同じようなー過激なものはないがー嫉妬の眼差し、そして大多数の女子が頬を染めながら送ってくる謎の視線。やっぱり苦笑いしてしまう。
席に戻ると龍一から祝福ーと捉えていいのかどうかわからないーの言葉をかけてくる。
「さっすが〜、やるね。でもお前もちょくちょくサボってるよな?」
「ん〜、まぁな。have toとかmustなことは全力でやるけど、don’t have toなことはたいていしない主義でね。メリハリつけて程よくサボるんだよ。サボりすぎも良くないからな」
この会話が終わるとまた本を読み始めた。たまに龍一に話しかけられる事もあったが集中していたので、その後の記憶はない。
「次、氷川」
第2学年主任教師の言葉に、クラス全体ーすでに三分の一程度退学が決定し、いなくなっているーがざわめく。
「はい」
透き通る美声を響かせながら、氷川と呼ばれた少女は席を立つ。
外国人とのハーフ特有の長い白髪を揺らしながら教卓まで歩くと、それだけで男子のほとんどが目でその姿を追い、それを見た女子たちが不満そうに羨望の眼差しを送る。
他人の感情など自分には関係ないと言わんばかりに、堂々とした足取りで教卓の前に立ち、深海のような深い青色の瞳で教師を見据える。
その凜とした姿に主任教師でさえ一瞬ではあるが見惚れてしまう。
「…氷川、第二学年序列3位だ。おめでとう」
2年生の中で3番目の実力が証明されたにもかかわらず、その表情には喜びの色など一切なく、ただ
「ありがとうございます」
と抑揚の薄い声で答えながら評価シートを受け取り、さっさと自分の席に戻る。
彼女はほんの一瞬だけチラリと、こんな他人の蹴落とし合いが当たり前の学園で平然と、窓際の席で時折前の席の男子と談笑しながら読書をする、黒髪の青年を見る。
彼女はすぐに視線を戻し、自分の評価シートを眺め始めた。




