3.発光型存在感症候群
「雨宮乙葉さん。あなたは発光型存在感症候群です」
医者は、カルテから視線を上げてそう言った。
それは小春のときと同じ、淡々とした声だった。
乙葉は一瞬きょとんと目を瞬かせ、それから間の抜けた声を出した。
「はっこうがた? それって……いいやつですか?」
診察室の空気が、ほんの少しだけ緩む。
小春は隣で、無意識に指先を握りしめていた。
「いい・悪いというより、性質の分類ですね」
医者はそう前置きしてから説明を始めた。
「発光型存在感症候群は、周囲の人間の注意や好意を無意識に集めやすく、集団の中で自然と“中心”や“安心材料”になる性質です。敵意を向けられにくく、第一印象も非常に良い」
「へえー……」
乙葉は興味なさそうに相槌を打つ。
二人の前に、表示された乙葉の波形のグラフは、最初にガクンと上へ上がり、+95%のところを小刻みに揺れる形になっていた。
小春のグラフも隣に並べられる。
驚くくらい左右対称で、真逆のグラフだった。
「何か思い当たることはありませんか?」
医者が尋ねる。
「うーん……普通に過ごしてるだけですけど」
その瞬間、小春が小さく口を開いた。
「……乙葉の周りって、すごく明るくなります」
二人の視線が小春に向く。
「教室でも、廊下でも。乙葉がいるだけで、空気が軽くなるというか……。誰からも嫌われないし、すぐ輪の中心になるし」
「そうかなー?」
乙葉は首を傾げて笑った。
「そんな意識ないけど」
医者は顎に手を当て、少し考え込むように唸った。
「……うーん」
それから、慎重な声で続ける。
「では、少し幼少期のことを聞いてもいいですか?」
二人は同時に小さく頷いた。
「小さい頃から、何か変わったことはありませんでしたか?」
乙葉は即答した。
「私は昔からこんな性格です!」
胸を張るように言う。
「私は……」
医者の視線が移る。
「昔から人見知りな部分はありました」
小春は小さな声で答えた。
すると乙葉が、思い出したように言う。
「そういえばさ、小春、全然話せなかった時期あったよねー。私以外と誰とも話さないみたいな」
小春の肩が、ほんのわずかに強張る。
「お母さんにさ、『乙葉が代わりに伝えてあげて』って言われてて」
乙葉はあっけらかんと続ける。
「“小春はこう思ってます!”とか、“本当はこれが嫌なんだって!”とか、全部私が言ってたなー」
医者の眉が、わずかに動いた。
「……そのとき、小春さんはどう思っていましたか?」
小春はしばらく黙り込んだ。
診察室の時計の音が、やけに大きく聞こえる。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……自分の意思を伝えたい気持ちは、ありました」
言葉を選ぶように、一つずつ。
「でも、人と話すのが苦手で……。乙葉が言ってくれるなら、それでいいかって思ってしまって」
視線を落とす。
「最初は話さないっていう意識があったんですけど、続けてたら本当に声が出なくなって話せなくなって……」
喉の奥が、少しだけ詰まる。
「周りからも、“小春ちゃんって話さないよね”って言われるようになって……それがもう、私の役割みたいになってて」
小さく笑う。
「覆せないって、思ってました」
そして続けた。
「頭の中では、“私はこうしたい”とか考えてるのに、どうにもならなくて。……だから、考えるのやめた時期もあります」
静かな声で。
「無にした方が、楽だったので」
「今でも、自分が楽しいのか悲しいのか、一回考えないと分からなくて。感情がどこにあるのか、よく分からないというか……」
胸の奥を指でなぞるように。
「自分の存在が、分からない感じはあります」
医者の目が、はっきりとした光を帯びた。
「……それを、お二人は変だと思いませんでしたか?」
乙葉が肩をすくめる。
「だって、ずっとそうだったしねー」
小春も小さく頷く。
「当たり前、でした」
乙葉はちらりと小春を見る。
「今こうやってさ、お医者さんと普通に話してるの見るだけでも、ちょっと“お”ってなるかも」
軽い調子で言う。
「高校でも、人と話してるとこ見たことないし」
小春は何も言わなかった。
医者は深く息を吐き、静かに告げた。
「お二人のこの異質なオーラは性質的な部分も、もちろん大きいと思います」
それから二人を見る。
「ですが……育った環境、役割分担、周囲の関わり方。それらも、確実に影響しているのではないかと考えます」
カルテを閉じる音が、小さく響いた。
光を集める少女と、侵食されていく少女。
同じ家で育ち、正反対の存在感を持つ双子。
診察室の白い光の下で、その違いだけが、くっきりと浮かび上がっていた。




