表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネガティブプレゼンス  作者: 鈴蘭かな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/11

3.発光型存在感症候群

「雨宮乙葉さん。あなたは発光型存在感症候群です」


 医者は、カルテから視線を上げてそう言った。

 それは小春のときと同じ、淡々とした声だった。


 乙葉は一瞬きょとんと目を瞬かせ、それから間の抜けた声を出した。


「はっこうがた? それって……いいやつですか?」


 診察室の空気が、ほんの少しだけ緩む。

 小春は隣で、無意識に指先を握りしめていた。


「いい・悪いというより、性質の分類ですね」


 医者はそう前置きしてから説明を始めた。


「発光型存在感症候群は、周囲の人間の注意や好意を無意識に集めやすく、集団の中で自然と“中心”や“安心材料”になる性質です。敵意を向けられにくく、第一印象も非常に良い」


「へえー……」


 乙葉は興味なさそうに相槌を打つ。


 二人の前に、表示された乙葉の波形のグラフは、最初にガクンと上へ上がり、+95%のところを小刻みに揺れる形になっていた。

 

 小春のグラフも隣に並べられる。


 驚くくらい左右対称で、真逆のグラフだった。


「何か思い当たることはありませんか?」


 医者が尋ねる。


「うーん……普通に過ごしてるだけですけど」


 その瞬間、小春が小さく口を開いた。


「……乙葉の周りって、すごく明るくなります」


 二人の視線が小春に向く。


「教室でも、廊下でも。乙葉がいるだけで、空気が軽くなるというか……。誰からも嫌われないし、すぐ輪の中心になるし」


「そうかなー?」


 乙葉は首を傾げて笑った。


「そんな意識ないけど」


 医者は顎に手を当て、少し考え込むように唸った。


「……うーん」


 それから、慎重な声で続ける。


「では、少し幼少期のことを聞いてもいいですか?」


 二人は同時に小さく頷いた。


「小さい頃から、何か変わったことはありませんでしたか?」


 乙葉は即答した。


「私は昔からこんな性格です!」


 胸を張るように言う。


「私は……」


 医者の視線が移る。


「昔から人見知りな部分はありました」


 小春は小さな声で答えた。


 すると乙葉が、思い出したように言う。


「そういえばさ、小春、全然話せなかった時期あったよねー。私以外と誰とも話さないみたいな」


 小春の肩が、ほんのわずかに強張る。


「お母さんにさ、『乙葉が代わりに伝えてあげて』って言われてて」


 乙葉はあっけらかんと続ける。


「“小春はこう思ってます!”とか、“本当はこれが嫌なんだって!”とか、全部私が言ってたなー」


 医者の眉が、わずかに動いた。


「……そのとき、小春さんはどう思っていましたか?」


 小春はしばらく黙り込んだ。


 診察室の時計の音が、やけに大きく聞こえる。


 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……自分の意思を伝えたい気持ちは、ありました」


 言葉を選ぶように、一つずつ。


「でも、人と話すのが苦手で……。乙葉が言ってくれるなら、それでいいかって思ってしまって」


 視線を落とす。


「最初は話さないっていう意識があったんですけど、続けてたら本当に声が出なくなって話せなくなって……」


 喉の奥が、少しだけ詰まる。


「周りからも、“小春ちゃんって話さないよね”って言われるようになって……それがもう、私の役割みたいになってて」


 小さく笑う。


「覆せないって、思ってました」


 そして続けた。


「頭の中では、“私はこうしたい”とか考えてるのに、どうにもならなくて。……だから、考えるのやめた時期もあります」


 静かな声で。


「無にした方が、楽だったので」


「今でも、自分が楽しいのか悲しいのか、一回考えないと分からなくて。感情がどこにあるのか、よく分からないというか……」


 胸の奥を指でなぞるように。


「自分の存在が、分からない感じはあります」


 医者の目が、はっきりとした光を帯びた。


「……それを、お二人は変だと思いませんでしたか?」


 乙葉が肩をすくめる。


「だって、ずっとそうだったしねー」


 小春も小さく頷く。


「当たり前、でした」


 乙葉はちらりと小春を見る。


「今こうやってさ、お医者さんと普通に話してるの見るだけでも、ちょっと“お”ってなるかも」


 軽い調子で言う。


「高校でも、人と話してるとこ見たことないし」


 小春は何も言わなかった。


 医者は深く息を吐き、静かに告げた。


「お二人のこの異質なオーラは性質的な部分も、もちろん大きいと思います」


 それから二人を見る。


「ですが……育った環境、役割分担、周囲の関わり方。それらも、確実に影響しているのではないかと考えます」


 カルテを閉じる音が、小さく響いた。


 光を集める少女と、侵食されていく少女。


 同じ家で育ち、正反対の存在感を持つ双子。


 診察室の白い光の下で、その違いだけが、くっきりと浮かび上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ