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ネガティブプレゼンス  作者: 鈴蘭かな


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2/11

2.誰とも、関わらない

 高校に入ったら、誰とも関わらない。

 

 入学式の朝、制服の袖に指を通しながら、私はそう決めた。


 話さない。

 笑わない。

 目を合わせない。


 それが一番、世界に迷惑をかけない方法だった。


 中学の最後の一年で、私はもう十分すぎるほど理解していた。


 私の隣の席になった人は、暗くなる。

 少し話した人は、元気をなくす。

 同じ班になった人は、笑わなくなる。


 それが病気だと知ったあとでも、現象は止まらなかった。


 むしろ、ひどくなった。


 侵食型存在感症候群。


 最重度。


 治療法なし。


 医者の淡々とした声を思い出すだけで、胸の奥が重くなる。


 だから私は、消えるみたいに生きることにした。


 教室の一番後ろ。

 扉から一番遠い席。

 人の視界に入らない場所。


 それでも、完全には消えられない。


 「じゃあ次、四人組作ってー」

 その一言で、世界は終わる。


 椅子を引く音。

 立ち上がる気配。

 楽しそうな声。


 私は、机の端をぎゅっと掴む。


 来ないで。

 近づかないで。

 また私のせいで誰かを傷つけたくない。

 誰にも迷惑をかけたくない。


 心の中で何度も繰り返す。


 でも、空席は埋められる。


「あ……雨宮さん、こっち……」

 女子が気まずそうに言う。


 断れない。断ったら、もっと迷惑をかける。


 私は頷いて、席を移動する。


 その瞬間から、空気が変わる。


 笑い声が止まる。

 会話が途切れる。

 誰かがスマホを見るふりをする。


 全員が、少しだけ呼吸を浅くする。


 わかる。

 わかってしまう。


 私のせいだ。


 話さないようにする。

 音を立てないようにする。

 存在感を消すように、背中を丸める。


 それでも、無理だった。


 授業が終わる頃には、グループの一人が泣いていた。


 理由はわからない。


 ただ、「なんか苦しい」と言って、保健室に行った。


 最初は1人でも話しかけてくれる子もいた。私も1人になりたくてなってるわけでもないし、もしかしたら変われるのかもしれない、環境のせいだったのかもしれないと思い、一緒に過ごす友達もできた。


 でも、結局その子も不登校になった。


 その日から、私は一人で昼ご飯を食べるようになった。


 トイレの個室で。


 便座の蓋を閉めて、その上に座って、膝の上でお弁当箱を開ける。


 誰も来ない。

 誰も暗くならない。


 それが、少しだけ安心だった。


 同じ学校に、乙葉がいる。


 同じ苗字で、同じ誕生日なのに。


 廊下ですれ違っても、誰も双子だと気づかない。


 私は負のオーラを纏った、薄い影みたいな顔。地味で無表情。乙葉は華やかで美人でニコニコ愛想がいい。ちゃんと人の形をした光だ。


 乙葉は、光の塊みたいな人だから、入学して一週間で、友達ができた。

 二週間で、クラスの中心になった。

 一ヶ月で、先輩とも仲良くなっていた。


 廊下の向こうで、乙葉が笑っているのを見かける。


 周りの空気が、少し明るくなる。


 本当に、照明を足したみたいに。


 同じ親から生まれたのに。


 私は、世界を暗くする側で、

 乙葉は、世界を照らす側。


 月に一度、病院に行く。


 白い廊下。

 ゆったりとした音楽が流れる待合室では暗い顔をした人が数人座っている独特な空気。


 いつもは母が隣にいる。


 でも、今日は違った。


「ごめんね小春……どうしても外せない会議があって……」


 代わりに、乙葉が来ると言った。

 

「私でよければ行くよ!」


 軽い声。


 正直、怖かった。


 診察室に、乙葉を入れたくなかった。


 でも、断れなかった。


 診察室のドアを開ける。


「失礼しまーす!いつも姉がお世話になってます!」


 乙葉が元気よく言った瞬間、医者の手が止まった。


 キーボードを打つ指が、止まる。


 私と乙葉を、交互に見る。


「……え?」


 数秒、沈黙。


「……えーと、雨宮さんの妹さん?」


「はい! 双子の妹の雨宮乙葉です! 双子なのであんまり妹って感じはないんですけど」

 乙葉がニコニコ答えた。

 

 私は小さく頷く。


 言ったこと、なかった。


「……雨宮さん双子だったんですね」


(全然似てないなって思ってるんだろうな)


「そうでしたか……なるほど……」


 医者は、難しい顔で私たちを見る。


「お二人とも、非常に特異なオーラをお持ちです」


 乙葉が首を傾げる。


 「オーラ?」


 「はい。あまりにも対照的で……正直、臨床例でも見たことがありません」


 医者は少し考えてから言った。


 「よろしければ、乙葉さんの方も簡単に診断させていただいてもいいですか?」


 「え?私もですか?」


 「はい」


 「いいですよー!」


 何も考えずに笑う。


 その笑顔が、診察室を少しだけ明るくする。


 検査はすぐ終わった。


 数値が出て、グラフが表示される。


 医者は、息を呑んだ。


 「……診断結果が出ました」


  医者は、はっきりと告げた。

 

「雨宮乙葉さん。あなたは発光型存在感症候群です」

 診察室が、静かになる。


 乙葉はきょとんとして、


「……それって、いいやつですか?」

 と、間の抜けた声で聞いた。


 私は、ただ下を向いていた。

 胸の奥が、少しだけ、ひび割れる音がした。



 


 

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