1.侵食型存在感症候群
中学三年生の春、私の隣の席になった男の子は、三週間で学校に来なくなった。
最初は、よく笑う人だった。
彼が何かを発せばクラスの空気が一気に明るくなる。ムードメーカーで落ち込むところなんて想像もつかない。
私の隣になったのは嫌だっただろうけど、それすらも顔に出さない良い人で、私が隣で申し訳なくなった。そんな自分とは真逆の明るさを持つ彼に惹かれていた部分もある。
でも、私と話す回数が増えるたびに、笑わなくなった。
目が合わなくなって、返事が短くなって、ある日から彼は机に突っ伏したまま動かなくなった。
そして来なくなった。
その次の席替えで、私の後ろになった女の子も、ニ週間後に消えた。
前の席の子も。
班が同じだった子も。
理由はそれぞれ違った。
「体調不良」
「家庭の事情」
「気分の落ち込み」
でも、共通点はひとつだけ。
私の近くにいた。
私がいるクラス、空間はものすごく暗くなる。
窓際なのに、昼でも夕方みたいに薄暗くて、蛍光灯を全部つけても、どこか影が残る。
中3のクラスの担任は「受験前でピリピリしてるから皆元気がないのかな?」と言った。
でも私は知っていた。
違う。
暗いのは、私がいるからだ。
気づいたのは、修学旅行の班決めのときだった。
「雨宮小春」
私の名前が呼ばれた瞬間、教室の空気が、すっと冷えた。
誰かが小さく息を吸って、
誰かが目を伏せて、
誰かがペンを落とした。
その瞬間、教室の色が、少しだけ暗くなった気がした。
――気のせい、じゃない。
そう思ったのは、その日の放課後、廊下の窓に映った自分の顔が、他の誰よりも影に沈んで見えたからだった。
母に言った。
「私の近くにいる人、みんな壊れる」
母は最初、笑った。
「そんなことないわよ。自意識過剰」
でも、これまでの経験談をポツリポツリと話すと母は黙って聞いてくれた。
「考えすぎだとは思うけれど、本当にそれで悩んでるなら病院行ってもいいかもしれないわね」
三日後、私は病院の白い廊下を歩いていた。
診察室の医者は、私を見て、少しだけ眉をひそめた。
そして、淡々と告げた。
「侵食型存在感症候群」
聞いたことのない病名だった。
「あなたは、人の感情に影響を与える体質です。
いるだけで空気が重くなる。
表情が暗くなる。
会話の温度が下がる」
モニターには、意味のわからない波形と、暗いグラフ。
「しかも……かなり稀な、重度のタイプですね」
母が息をのむ音がした。
私は、うなずくだけだった。
オーラを測定する波形装置で測ってもらった私の波形は、最初にガクンと下に下がり、−95%のところを小刻みに揺れる形だった。
平均的な普通の波形は真ん中の0のラインをゆらゆら緩やかに揺れるらしい。
「治療法は?」
母が聞いた。
医者は、少し間を置いてから言った。
「ありません」
家に帰って、私は双子の妹、雨宮乙葉に話した。
玄関で靴を脱ぎながら、なるべく普通の声で。
「私さ、人の気分を暗くする病気なんだって」
乙葉は一秒だけきょとんとして、それから笑った。
「えー!なにそれ!」
「そんなことないよー!」
私の手を両手で包んで、いつもの明るい声で言った。
「私は小春と一緒にいて暗くなったことないし!」
その笑顔が、眩しすぎて。苦しくて。
少しだけ目を逸らした。




