第五幕 残念ながら無能の役立たずであることを望まれているようです
ほんの少し魔力を流したところでアンジェリーナは唐突に供給を切った。
目を見開き、顔色を悪くして。まるで幽霊でも見た顔だ。
「どうした、何があった?」
すかさずジルベルトがアンジェリーナの背に手を添える。
アンジェリーナは落ち着こうと大きく息を吐いた。
……さすがジルだ、彼の見込みは正しかった。
アンジェリーナが感じる違和感。その先には、このうえもなく大きな落とし穴が待っている。
無言のまま、アンジェリーナは女王の聖杯にかざした手を外した。
ラグイアーナ王の目に、咎めるような色が浮かぶ。
「どうした、もう魔力切れか?」
「そうではありません。魔力を注ぐ前に確認したいことがございます」
公的な場ではないけれど直接話すのは不敬かと迷ったアンジェリーナはジルベルトを見上げた。するとラグイアーナ王の視線が鋭くなる。
「直に聞いてかまわん。公式の場ではないから不敬は問わない」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてアンジェリーナは顔を上げる。
そして顔色の悪いまま、一息で言い切った。
「女王の聖杯ですが充填部を改修されていませんね」
「は、どういう意味だ?」
「外装だけでなく、充填部も亡国セントレアにあったころのままです」
王の問いにアンジェリーナは青ざめた顔で答える。すると部屋に痛いくらいの沈黙が落ちた。
「懐かしいわけですね。外装だけでなく、まさか中身もそのままだったとは」
そう答えるアンジェリーナを誰もが理解できないものを見る目で見ている。一瞬のちに、場が騒然となった。
「改修は終わっているだろう、そんな馬鹿げたことがあるか!」
「我々が騙したと難癖をつける気か?」
「まさか怠け者という噂のとおりに、仕事をしたくないというのではないだろうな」
部屋に居並ぶ人々が口々にアンジェリーナを非難する。
アンジェリーナはきつく唇を噛んだ。ジルベルトは守るように肩を引き寄せる。そしてアレスティオは人々の視線を遮るようにアンジェリーナの前に立ちふさがり、ジャミルはじっと聖杯を見つめていた。アンジェリーナが再び口を開こうとしたとき、ラグイアーナ王が鋭く叫んだ。
「静まれ!」
人々は口を閉じる。
王の顔は不機嫌そのもの、背後にひかえるテオドーロは呆然としている。
「とんでもない言いがかりだ。そのように騒ぎ立てずとも、仕事をしたくないのならそう言えばいいものを」
「いいえ、言いがかりではありません」
人々の刺すような視線を受け止めてアンジェリーナは前を向いた。
ラグイアーナ王は憐れむような顔をする。
「そこまで言うのならもう冗談ではすまさんぞ。なぜそう思った?」
「魔力を注ぐときの感覚が、まったく同じだからです」
迷わずアンジェリーナは即答した。思いがけず強い口調に人々は息を呑む。
するとラグイアーナ王は驚いた顔をした。
「魔力を注ぐときの感覚だと?」
「はい。長い時間をかけて体に染みついた記憶というものは簡単に忘れられないようです。亡国セントレアで魔力を注いでいたときの感覚とまったく同じです」
「感覚なんてそんな曖昧なものを信じるとは。きっと勘違いだろう」
「いいえ。三種の宝具の整備を行うのは私の務めでした。動作するか試験を行い、使ったぶんの魔力を注ぐ。古い魔道具ですから、単純に注げばいいというものではありません」
息を吸い、深く吐いて。落ち着いたところでアンジェリーナは話し出す。
魔除けの聖女は呼吸するように魔力を扱う。それでもアンジェリーナは宝具に魔力を注ぐ作業には気を使っていた。魔道具が古い時代のものだからとか、充填部が大事だからということ以外にもちゃんと理由がある。
「燃費が悪いということは、少し使うだけでも大量の魔力を消費します。必要な量が足りていない状況の充填部に魔力を補うのですから、魔力を注ぐときは充填部に魔力を引き抜かれるような勢いがありました。それを体に負担がかからないよう注ぐ速さと量を制御するのはけっこう大変だったのです」
慣れるまで時間がかかったから、アンジェリーナはよく覚えている。
歴代のおばあさまには、「枯れた大地へ水を注ぐように気力と魔力を奪われる。この感覚が苦手だった」と、わざわざ覚書に残す人もいたくらいだ。
アンジェリーナの肩を引き寄せるジルベルトの手に、わずかばかり力がこもった。
ハッとして見上げると「思ったことを言ってもいい」と彼の表情は語っている。
言うか、言わないか。
アンジェリーナは迷っていたけれど後押しされるように口を開いた。
たぶんここまで言えば、もう後戻りはできない。
「他国に流れた私の噂に『仕事をしない怠け者』というのもありました。仕事をしていないから、違いがわからないと思われたのでしょうか?」
「なんだと」
「貴国は魔除けの聖女が無能で役立たずであることを望んでおいでですか?」
ラグイアーナ王の視線が鋭くなって、声が一段低くなる。
いくら不敬を問わないと言われても、きっとこの言い方では不敬にあたる。それでもアンジェリーナはどうしても言わずにはいられなかった。
アンジェリーナにとって魔のつくものを狩る以外ではじめての仕事だ。信頼に必ず応えてみせると、意気込んでここに来たのだ。
それなのに、まさかこんな仕打ちを。
理不尽だと思う気持ちでいっぱいだった。
ざわめく人々にアンジェリーナは口を開いた。
「皆さまが私の立場になったとき、改良を加えたはずの充填部が以前のものと変わらないと感じたら疑問には思いませんか?」
「そこまでいうのなら証拠はあるのだろうな?」
「もちろんです」
アンジェリーナはラグイアーナ王の視線を受け止める。
そして目の前にある女王の聖杯を指した。
「証拠はここに。ふたを開いて充填部を確認してみればわかることです」
「……それは」
「貴国がこれを改修後のものだとするならば問題ないはずです。もちろん不具合があってはいけませんから、改良した充填部には手を触れないとお約束いたしましょう」
「私もぜひ見てみたいですね。リゾルド=ロバルディア王国の技術がどのように活かされたのか、ぜひこの目で確認してみたい。自国に報告する義務も果たせます」
ここで薄く笑みを浮かべたジルベルトが参戦する。
「それはいい、滅多にこういう機会はありませんから。竜王国は聖水が不足しがちなので、構造をぜひ参考にさせていただきたい!」
「ええ、セザイア帝国からもぜひに。素晴らしい魔道具は商売の参考にもなります」
キラキラした眼差しのアレスティオと、意味深な笑みを浮かべたジャミルがさらに追い打ちをかける。するとラグイアーナ王だけではなく、心なしかその場にいる何人かの顔色が悪くなった。服装や顔つきといった雰囲気から、彼らは文官ではなく技術者のように見えた。
よし、あと一押し。
アンジェリーナは鞄を探ると宝具調整用の器具を取り出して手元に並べる。使いこまれた器具の数々を見て、ラグイアーナ王の顔色がさらに悪くなる。真面目な顔でアンジェリーナは器具を指した。
「先ほども申し上げたとおり、女王の聖杯の管理は私が任されておりました。魔道具の扱いは先代と専門家について勉強しておりますし、宝具の聖女の手伝いで鍛えられましたのでご安心ください!」
「本気か?」
「もちろんです。開けて充填部が改修後のものであれば私の勘違い。無能で役立たずという評価が裏付けされるだけで皆さまに損はありません。それでは失礼しま」
「ちょっとまて!」
器具を握りしめたアンジェリーナの台詞をラグイアーナ王がさえぎった。
顔色の悪い技術者達に視線で合図を送る。
それから微笑みを浮かべ、軽く首を垂れた。
「いや、申し訳なかった」
「は、あの……」
「外装が似ているから、取り付けるほうを間違えてしまったかもしれない。聖女の手をわずらわせるまでもなく、あとはこちらで確認しよう」
非公式の場とはいえ、王が謝罪したのだ。驚いたアンジェリーナは言葉を失った。
ラグイアーナ王は続けてさらっとこう言うと、技術者に指示を出しながら四人に背を向ける。
「確認が終わり次第、また連絡する」
「ちょっと待ってください、そんな都合のいいことがありますか!」
どうしてこんな真似を。取り乱したアンジェリーナは思わず叫んだ。
するとラグイアーナ王は淡々とした口調でアンジェリーナにこう告げる。
微笑みながら、腹の底を読ませない商人の顔をして。
「そうだな、うっかりだ」
「は、うっかりですか?」
「うっかりは誰にでもあることだから、しょうがないな!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
なんとなく不穏な空気から察していただけたと思いますが、今回のラグイアーナ王国のお話は、アンジェリーナが「現実には皆が選ばないだろう」という選択をする場面がいくつか出てきます。
最後まで突き進むかさんざん迷いましたが、今回はオペラという創作物がテーマの一つということもあり、現実には起きないような設定や展開も残しております。
そういう柵を乗り越えた先にしか書けなかったお話を、楽しんでいただけたら幸いです。
明日からは、しばらく一話ずつの公開になります。




