第十二幕 アルメタニア争奪戦
残酷な場面が出てきます、ご注意ください!
無関心というのが一番厄介な敵かもしれない。
眉を下げて、アンジェリーナは祭壇に視線を向ける。
「困りましたね。浄化しても一時しのぎにしかなりません。原因を取り除かないと、また同じことになります」
今、ここにいるのは不都合なことに目をつぶってきた人々だ。精霊が見えるかどうかは関係なく、自分にとって都合の悪いことは全部見なかったことにした。だから聖なる果樹に問題が起きてもわからないし、自分には関係ないと思っている。
「必要になるたびにアンジェリーナが呼び出されて浄化するというのもな」
「そうなのですよねー」
思い悩んだけれどアンジェリーナに良い考えは浮かばなかった。
ラグイアーナ王国に興味が引かれるものは山ほどあるけれど、正直なところ長くこの国に滞在したいという気持ちにはなれない。
アンジェリーナはジルベルトと視線を合わせる。
「女王の聖杯の改修はどうなりました?」
「継続中とのことだ。テオドーロが急に体調を崩して連絡が途絶えたが、催促したらそういう返事がきた」
「いつごろ終わりそうです?」
「二週間くらい、とフェレスは言っていたが」
アンジェリーナの動きが止まった。
「……なんでそこでフェレス様が出てくるのです?」
「教えようか、なかなかすごいぞ?」
「それ聞いたら絶対ダメなやつ!」
ジルベルトが黒い笑みを浮かべたので、迷わずアンジェリーナは首を振った。話のついでに今後の予定をということで、ジルベルトは日付を指折り数える。
「ラグイアーナ王国は交通の便がよくないからな。他国に移動して、改修が終わったころにまた戻ってくるというのは面倒だし、時間がかかりすぎる。充填の作業をしてそのまま出国するというのが現実的だな」
「では残り二週間でセイレーンの居場所を探りつつ、聖なる果樹の問題を解決して。女王の聖杯に魔力の充填を行い、出国という段取りになりますか。思っていた以上にあわただしいですね!」
「空き時間があればいいが。少しでもアンジュが見たいものを見せてあげたい」
「見たいものですか?」
「地図に赤い丸印がついていただろう、アレだ」
思い悩むようなジルベルトの横顔にアンジェリーナは目を丸くした。
何も言わなくても、こうして願いを叶えようとしてくれる。彼が守るのはアンジェリーナの身の安全だけじゃない、自由と心もだ。
しあわせだなぁ……。
ふわっと笑って、アンジェリーナはジルベルトの手を握った。
「ありがとうございます」
「全部は無理だが、行ける場所があるかもしれないから詳しく教えてくれ」
「はい!」
「そうだ、その件とは別に話したいことがあるのだが……」
ジルベルトがそこまで言ったときだった。
アンジェリーナは顔を跳ね上げる。同時にジルベルトも同じ動作をしたことから、この押し寄せる異様な気配に彼も気がついたようだ。
緊迫した様子でアレスティオの鋭く叫ぶ声がする。
「ジル、アンジェリーナ!」
「アレス、そっちはどうだ!」
「こっちからもだ、たぶん囲まれている!」
魔獣か、魔物。
アンジェリーナが感じることのできる気配といえば魔のつくものしかない。
アレスの隣では、すでにジャミルが鞭を手にして油断なく周囲を見回していた。その一方で、ラグイアーナ王国の兵士は反応が鈍く、何事かと驚いているだけだった。
果樹園で働く人々も自分には関係ないと思っているからか、きょとんとした顔をしている。焦れたようにアレスティオが声を荒げた。
「何をぼんやりしている、まずは非戦闘員を避難させるんだ!」
「だが別に敵の姿は見えない。音もしないし、気にし過ぎじゃないか?」
苦笑いを浮かべて兵士は肩をすくめた。
苛立つアレスティオが兵士の胸ぐらをつかんだ。
「見えないからこそ警戒するんだろうが!」
「落ち着け、アレス」
ジルベルトがアレスティオを引き剥がす。
つかまれた兵士は苦笑いを浮かべた。
「だから気のせいだと」
「来るぞ、全方位だ!」
兵士の言葉をさえぎるようにジルベルトが叫んだ次の瞬間、茂る草木の壁を突き破るようにして一斉に魔獣が押し寄せた。
魔獣は耳障りな甲高い雄叫びを上げ、仲間と連携をとりながら、無防備だった人間へと襲いかかる。
茶と黒の縞模様がついた毛並みに特徴的な鉤爪、鋭く尖った歯。からだは柔軟性に富み、人には予測できない動きで素早く跳躍する。枝をつかむ手足は長くしなやかで、死角から獲物を狙うという厄介な相手だ。
モーノクォンク――――猿に似た姿の魔獣。ざっと数えて二十匹以上はいる。
そして血濡れたような赤い瞳は魔性に支配されている証拠。
ジルベルトは飛びかかってきた数匹をまとめて叩き切ると、背後から襲う魔獣の体を蹴飛ばした。怒りに燃えて立ち上がったところを、そのまま首を刎ね飛ばす。
「アレス、火は使うな。聖なる果樹が燃える!」
「わかっているよ!」
ジルベルトの背後で剣を抜くと、アレスティオはためらうことなくモーノクォンクを切り捨てていく。少し離れた場所で鞭を振るうジャミルは、今まさに人を襲おうとする魔獣のからだに鞭を巻きつけて引き剥がした。
恐怖のあまり動けないでいる人々との間に割って入ると、牽制するように大地へ鞭を打ちつける。どうやら鞭に仕込んだ痺れ薬がいい具合に効いているようで、触れた個体はすでに動けなくなっているようだ。
それでも数は圧倒的に魔獣のほうが多かった。離れた果樹園のほうでも叫び声が聞こえてくるということはそこでも人が襲われているらしい。
魔獣の雄叫び、血を流した人間が逃げ惑う。
記憶に残る光景にアンジェリーナは叫んだ。
「ジル、縄張り争いです。人間の生息域を魔獣が奪おうとしている!」
群れの狙いは餌場となるアルメタニアの地そのもの。森、果樹園、聖なる果樹と聖なる果実。スワラティ竜王国で、マハラベイユを襲った魔獣と目的は同じだ。
個々の実力は魔獣よりもジルベルト達の方が上だとしても、刺客のように想定外の場所から飛びかかる魔獣をすみやかに排除するのは難しい。
さらに魔獣の血の臭いに寄せられて、森に潜む別種の魔獣や魔物までが姿を現し始めた。それらの狙いもまた、アルメタニアの豊かな恵み。
こうして魔のつくものと人間との、壮絶な争奪戦が始まった。
アンジェリーナは周囲に広がる魔物の気配を探る。
ルベルがいるから、この場で結界は使えない。魔獣だけでなく、ルベルにも影響が及んでしまうから。
アンジェリーナは聖なる槍の魔法で周囲の敵を排除した。残りがひるんだところで、ジルベルトとアレスティオの剣に魔法を付与する。
アレスティオの剣はジルベルトのものより細身で切れ味に特化したものだった。騎竜の上で剣を振るから、翼を傷つけないように配慮した特別製だ。
だから定番のスパッと切れて毒の影響を受けない効果に、傷を負わせた相手の損傷を増加させる効果を重ね掛けした。ついでにジャミルには毒や錯乱などを無効化する魔法を付与する。
援護のために果樹園の方角から兵士達が駆けつけてきたけれど、緊迫する状況に手を出しかねていた。動きの悪い彼らを見かねたジルベルトが声を張り上げる。
「ぐずぐずするな。逃げ遅れた民は木の根元に集め、聖なる果樹を背にして囲め!」
「は、はい」
「難しいことは考えなくていい。各自、目の前の敵を蹴散らせ。それとモーノクォンクから絶対に目を離すなよ。目を離した瞬間に襲ってくる。襲われる前に倒さなければ命はないと思え!」
「はい!」
指示に従い、兵が滑らかに動き、戦場に秩序が生まれる。分散していた力が一つになって、形勢が人間側のほうに傾いてきた。
アレスティオが森から飛び出してきた魔獣を鮮やかに切り裂くと、剣をかまえたままジルベルトの隣に並んだ。
「さすが元はついても対魔獣特務部隊の隊長だな!」
「つい癖で……ただ基礎的なことしか言っていないのだが」
「ラグイアーナ王国の兵士が対魔戦に不慣れなのはどういうことだ?」
「亡国セントレアと共同管理していた魔獣対応区域は、国が滅ぶまではアンジュの結界で守っていたそうだ。普段手を抜いていると、こういうときに差がつく」
背中を狙ったように飛び出してきたモーノクォンクを、ジルベルトは振り向きもせず剣で貫いた。背後から派手に魔獣の血が飛び散る。
「切っても後から後から湧いてくる。生い茂る草木のせいで姿が見えないし、数が多くて厄介だな」
ぼやくジルベルトの声を聞きながら、アンジェリーナは機会を狙っていた。聖なる果樹に人が集まり、魔のつくものの狙いが一点に定まる。
顔を上げると、ニヤリと笑うジルベルトと視線が合った。
「遠慮はいらない。思う存分やっていいぞ」
「ふふ、私ね。ジルのその言葉が大好きなのですよ」
「そうか?」
「ええ、だってね。どれだけ力を見せつけても、あなただけは隣にいてくれる」
アンジェリーナの視線が聖なる果樹の下にいる人々に向いた。視線が合うと彼らはおびえた表情して、逃れるように視線を外した。
無能で役立たずをやめたら、今度はこわがられるようになってしまったわ。
アンジェリーナはもう一度ジルベルトに視線を戻した。
だからおそれもなく、おびえもせず。背中を押してくれるジルベルトは、アンジェリーナにとってかけがえのない人だ。
彼がいるから、こわくない。
前を向いて、アンジェリーナは魔獣の気配に集中する。上空から果樹を狙う魔物を狩っていたルベルの位置を確認して、巻き込まないと判断した次の瞬間、アンジェリーナは自分を中心として一気に力を放出した。
「さ迷える魂よ、天に還れ」
たった、一撃。
端から一匹残らず魔獣や魔物が燃え尽きていく。最後は大気に溶けるようにして魔のつくものは姿を消した。
あまりにも規格外で圧倒的な力に、誰かの息を呑む音がする。
ルベル以外の魔のつくものの気配が消えたところで、アンジェリーナは聖なる果樹を振り向いた。そして自身の指先で、果樹の上空にくるりと柔らかな光の輪を描く。
「知の輪、天の印、光の祝福」
白く輝く光の輪は果樹を包むようにゆっくりと地に落ちて、そのまま地面に吸い込まれる。すると拭い去るように空気が澄んで、聖なる果樹がさらに輝きを増した。
手ごたえを感じて、アンジェリーナは口角を上げる。
天の輪の魔法、これは聖域を作る魔法だ。
おばあさまが言うには、魔のつくものが侵してはならない土地を聖域と呼ぶらしい。獣の縄張りと同じで、アンジェリーナは聖なる果樹に神のものである印をつけた。効果は永続的なものではないけれど、持続する間は、魔のつくものがこの一帯を襲うことはない。
ほっと息を吐くと、アンジェリーナの視線の先で精霊の尻尾が大きく揺れていた。人の目からは葉が風に揺れているだけに見えるけれど、アンジェリーナにはわかる。
拍手喝采、控えめに大絶賛だ!
うれしくなったアンジェリーナは、視線を合わせてにっこりと笑った。
「応援、ありがとうございます!」
―――――
ジルベルトはアンジェリーナの背中を見つめていた。
いつもと変わらない自信に満ちた背中に、ジルベルトは安心したように深く息を吐いた。ジルベルトの隣にアレスティオが並んだ。
「どうした、聖なる果樹を守りきったのに浮かない顔をしているじゃないか」
「本当はこの程度の相手なら、アンジュは我々の手助けを必要としない。魔除けの聖女として一国を守ってきた彼女の実力は桁違いだから」
ジルベルトの視線が、おびえたような視線をアンジェリーナへと向ける人々の姿に向いた。
「ただ、それだけ強い力をもっていると逆に周囲からこわがられることもある」
「守ってもらっておきながら、あれはないよな」
「人間とは身勝手な生き物だ。ラグイアーナ王国という場所は、特に人間の負の面がよく見える」
ジルベルトの言葉が思いのほか深く響いて、アレスティオは口を閉じた。ジャミルもまたジルベルトの隣に並んだ。
「正直なところ、彼女と同じことができるかと言われたら誰もできないでしょうね」
「アレスも、それからジャミルも。あの背中を覚えておくといい。彼女の隣に並ぶには、自分に何ができるか考え続けていないとダメだ」
ジルベルトは歩き出した。アンジェリーナの隣に並ぶために。
アレスティオは軽くジャミルと視線を合わせてから、小さく首をかしげる。
「ジル、そう言うおまえはどうなんだ?」
ほんの少しだけ足を止めて、ジルベルトは振り向きざまに小さく笑った。
「いつも考えている。それだけは絶対誰にも負けない」
――――
「アンジュ」
ジルベルトの声がしてアンジェリーナは振り向いた。無意識のうちに差し出された彼の手をつかんだ。
「怪我はないか?」
「はい大丈夫です!」
念には念を入れて、常設型の防御結界を設置したアンジェリーナは聖なる果樹を後にする。果樹園を入口に向かって戻りながら、アンジェリーナはジルベルトと話しながら争奪戦の起きた原因を探っていた。
「アルメタニアの地が襲われたのは、聖なる果樹の力が弱まっていたからでしょう。そして精霊様が魔物に堕ちかけていたことも被害を拡大させた原因かもしれません」
「聖なる果樹はなんとなくわかるが、精霊様もか?」
「はい、魔物に堕ちかけていた精霊様がモーノクォンクをはじめとした魔獣や魔物の繁殖を促したのです。魔のつくものはより強い力を得るために、仲間を求めて魔獣や魔物を呼び寄せることもあるようですから」
たとえるなら、歌を対価に海の魔物を使役するセイレーンのように。
アンジェリーナがそう答えると、ジルベルトは深々と息を吐いた。
「魔のつくものを一掃し、精霊様が正常に戻った。これが標準ということか」
「はい。このまま精霊様がかつてのような力を取り戻せば、魔獣や魔物の少ない土地へと戻るはずです。少なくとも、ラグイアーナ王国に魔のつくものが居着いて繁殖するような事態は避けられると思います」
「そうなると現状維持が最善だが……それが一番難しいことかもしれないな」
ジルベルトの視線を追ってアンジェリーナが周囲を見回せば、兵士や果樹園で働く人々を聖水を使って治療しているところだった。慣れていないせいか、痛みに悲鳴を上げ、うめく声が絶えず響いている。
本来なら魔物の傷の手当てはアンジェリーナが積極的に手伝うところだ。
だが手を出すと逆に難癖をつけられそうで、結局あきらめた。
「こういうときのために女王の聖杯があるのですけれどね」
「異国の言葉ですが、因果応報というらしいですよ」
温度のないジャミルの声が響く。
――――
陽が落ちるころに、ようやく入口の近くまで戻ってきた。アンジェリーナが売店をのぞいた背中を見て、アレスティオがポンと手を叩く。
「そうだ、明日ちょっと出かけないか?」
「どうしたんだ、急に」
けげんそうな顔をしたジルベルトに、アレスティオはニヤリと笑った。
「実は良いものが手に入ったんだよ!」
「良いもの?」
「今朝渡そうと思っていたんだがな、ルベルが売店を見てあんまり喜ぶから忘れてた。で、また売店を見て思い出したんだよ」
ポケットから何やら取り出すと掲げた。その手には、長方形の紙のようなものが握られている。手渡された紙の印刷面には美しい図柄とともに公演日と時間、そして演目名のわきにユニウム・ラグイアーナオペラという文字が踊っている。
アンジェリーナは目を丸くした。
「もしかして入手困難とされる公演チケットですか、すごいですね!」
「本当だ、これどうしたんだ?」
「伝手があって譲ってもらった。しかも個室、特別席だ。ゆっくり見られるぞ!」
ジルベルトが驚いた顔でそう言うと、アレスティオは誇らしげに胸を張る。そして手の中で軽くチケットを揺すった。
「行くか、アンジェリーナ?」
「行きたいです!」
反射的にそう答えたけれど、ハッと気がついてアンジェリーナは困った顔をする。
「ですがセイレーンを探さないといけないですね」
「そんなアンジェリーナに朗報だ。チケットを譲ってもらったときに面白い話を聞いたんだよ」
「どんな話だ?」
「主演の歌姫はセイレーンと呼ばれているそうだ。だが、それは周囲に本人がそう呼んで欲しいと願ったからだそうだ」
「この状況で、あえて魔物の名を呼ばせているということですか?」
アンジェリーナは黙り込む。ジルベルトは後押しするように大きくうなずいた。
「今は、一つでも情報がほしい。観劇も調査の一環だ」
「じゃあジルとアンジェリーナは決まりだな。ジャミルはどうする?」
「明日は重要な商談があるのですよ、残念ですが」
「そうか働き者だな、ジャミルは」
さりげなくジャミルが答えると、アレスティオは邪気のない笑みを浮かべる。ジルベルトは首をかしげた。
「もちろんアレスも行くのだろう?」
「それが、行ってもよかったのだが。劇場の支配人に『さすがに竜の子は……』と入場をお断りされてしまってな」
アレスティオは残念そうな顔をした。
竜の子と聞いて、周囲をパタパタと飛んでいたルベルが戻ってきた。アレスティオは手を伸ばしてルベル頭をなでる。
「俺ばかり楽しい思いをして、ルベルだけ留守番というのもかわいそうだ。だから俺も一緒に留守番することにした」
「いいのか?」
「いいんだ、他にもルベルを連れて行きたいところはあるからな!」
ニヤリと笑って、アレスティオはジルベルトの手にチケットを握らせると、そのまま強く自分の体のほうに腕を引いた。
「っと、おい何する」
「知ってるだろう? 観劇に身分は問わないが、ドレスコードはきっちりある」
すかさずアレスティオが耳元でささやくと、急にジルベルトがおとなしくなった。しかもアレスティオの言いたいことを理解できたようで、じわじわと目元が赤くなる。ダメ押しとばかりに、アレスティオは早口でジルベルトに計画を叩き込んだ。
「ラグイアーナ王国は宝飾の国、似合うドレスがきっとある。ジルだって、きれいに着飾ったアンジェリーナを見てみたいだろう? 明日は俺と取引のある店を紹介するから、服を揃えるついでに婚約指輪を注文しておくといい。特注でも二週間あればギリギリ間に合わせてくれるそうだ」
「それは……もちろん」
「それに特別席なら個室だし、大切な話もゆっくりできるだろうしな」
「どうしてそこまでしてくれる?」
「ジルは友人だし、アンジェリーナには借りがある。それだけだ」
小さく笑ってアレスティオは手を離すと、ジルベルトの肩を軽く叩いた。
「今度、夕飯をおごってくれ。それで十分だよ」
「ありがとう、感謝する」
くすぐったそうに笑って、ジルベルトは手渡されたチケットを鞄にしまった。
うれしそうな横顔にアンジェリーナは、ふふっと笑った。
「お夕飯といえば、今日のメニューは肉料理ですよ」
「なんでわかる?」
「ご褒美……っと、それは内緒です!」
アンジェリーナが笑ってごまかすと、ジルベルトは不思議そうな顔をする。
そういえばと思い出した顔で、アレスティオはアンジェリーナとジルベルトにこう告げた。
「言い忘れていたが公演は午後の部だ。上演される演目は『嘆きの魔唱姫』というらしい」




