第4話
「ま、衛」
「やぁ、クレア。なんでって、ここは俺のホームグランドみたいなもんだぜ。コラボした時に言ったの忘れたかな」
「そうだっけ?」
「ひどいなぁ、忘れるなんて」
クレアの様子がおかしい。いや、それはリースもであった。まるで会いたくなかった人物と会ってしまったと言いたげに表情を歪ませている。
「しかし、水くさいな。Summon WORLDに来たなら、俺に声をかけてくれればよかったのに」
「ごめんなさいね、衛くん。私達、エー君と約束していたので」
ね、と同意を求められる。本来はここでノーと言うべきなのだが、視線が「話しを合わせて欲しい」と訴えている。理由はともかく、この馬は話しを合わせるのが得策かと判断したルークは頷いた。
「まぁな。紬希からよろしくと言われたんでな。エスコート役を奪ってしまって悪かったな」
「そうだったのか。初めまして、護衛騎士。俺はユニバース所属の天堂衛だ」
「ユニバース? 聞かないギルド名だな」
「違う違う。ユニバースは会社名だよ。俺はそこに所属しているV-TUBERさ」
そうなのか、と二人に視線を向けると同時に頷かれる。
「彼は私達とほぼ同じ日にデビューした人なんです」
リースが言うにバックアップとユニバースは会社の仲もよく、ちょくちょくコラボをしているとのこと。ほぼ同時にデビューしたのが理由で衛がデビューした三期生とは仲良くしているらしい。
「衛はその三期生の中でもトップクラスのV-TUBERでもあるんだ」
「照れるな、クレア。皆が俺の事を応援してくれた結果なだけさ」
コメントを見る限り、クレアの話しは嘘ではないみたいだ。しかし、時折だが衛に対する中傷の言葉が出てくる。特に目立つのが出会い厨とかやり目であった。
「それで? わざわざ挨拶だけしに来てくれたのかな?」
「まさか。護衛騎士、キミとそこの召喚獣の戦いを見せてもらったが、そんな戦い方では彼女達の足を引っ張るまでだ。どうだろう。その大役、俺に任せてみないか?」
「なに?」
予想外の言葉であった。しかし、衛の姿を見たら偶然見ていたとは考えられない。悪い予感が過ったルークはその提案を否定した。
「悪いが、これは二人からの依頼のようなものでね。それに途中で投げ出したら紬希に何を言われるのやら」
「楯無紬希さんか。チームリーダーからの依頼なら、確かに途中で投げ出すことは難しいか」
意外と悪くない反応であった。もしかしたら、話しがわかるやつなのかもしれない。と、想ったが――。
「なら、俺の召喚獣と戦って負けたら消えてくれないか?」
――相手は思った以上に面倒な相手であった。
「それに応じる必要性は俺にはないな」
「逃げるのかい? 護衛騎士ともあろうプレイヤーが俺の挑戦を拒んで逃げるつもりかい?」
「……挑戦? 笑わせてくれる。その腕輪、高クラス召喚者が必ず所持している癒しの腕輪だろ? 俺が了承したらクラスⅢの召喚獣を出すつもりだったんだろ」
癒しの腕輪は召喚しない間は召喚獣のライフを一定時間で回復させる効果を備えている。しかし、手に入れるには相応のコインと鉱石、そして低確率で落ちるレアドロップ品が必要だ。
Summon WORLDではドロップ品は全てレアに辺り、得るか確率も相当低い。実際、二桁以上は優に倒しているにも関わらず一向に手に入ることはできなかった。
「心外だな。俺がそんなこすい手を使うとでも?」
「違っているなら謝罪しよう。だが、彼女らを景品にするような勝負はできないな」
悪いな、と言い続けて話しを切りにかかる。このまま居続けたら面倒な展開になりそうなので、早々と退散しようとするのだが、衛が召喚獣を呼び出して行く手を阻むのであった。
「ちょっと! なんのつもりなのよ」
これにはさすがのクレアも黙っている訳にはいかなかった。下手に話せば話しがややこしくなると思って静観していたが、大樹と同等の大きさのドラゴンを呼び出されては黙っている訳にもいかなかった。
「クレア。こんな男よりも俺の方が断然いいよ。視聴者数も稼げるし、レア素材や召喚獣だって簡単に手に入れられる」
「誰と遊ぶかは私が決めるわ」
「そうです、衛くん。それに衛くんとはコラボできないってそちらの会社にもお伝えしたはずです」
コラボをしてからと言うもの、二人はずっとリアルで会わないかと誘われ続けていた。
最初は軽い気持ちでリアルコラボをしたのだが、それ以降、お誘いの数が尋常じゃないぐらい多かった。男性V-TUBERはその点は厳しく言い渡されているから、安全だろうと思っていたのに今となっては後悔している。
「リースもそんな男がいいのかい? リアルであったからわかるだろ? 俺の方がスペックが絶対に高いって! 俺と遊んだ方が楽しいさ」
「口説いているところ悪いが、生配信中だぞ。いいのか? こんな所を見せて」
先ほどからコメント欄が荒れに荒れている。主に天堂衛に対してだ。
ネット世界の伝達速度は神速と言ってよいほど早い。今ごろは掲示板やSNSはお祭り騒ぎだろう。
「なに。V-TUBERなんて転生したらわからんさ。俺のカリスマ性さえあれば、直ぐにトップクラスに返り咲くさ」
「あん?」
さすがに今の言葉は頭に来た。昔の自分ならば似たような事を言ったであろう。
しかし、紬希と出会ってV-TUBERの楽しさや難しさを知った。どんな世界でも奥が深いんだなと感心し、彼女達がいかに真剣に向き合ってV-TUBERを知っている身として、今の発言は許せないものがある。
「……二人とも。チームから抜けるがいいな」
リー君、エー君と心配そうに返す言葉が聞こえる。だが、既にルークの頭には目の前のゲス野郎を叩きのめすことしかなかったのである。
「いいだろう。その安い挑発受けてやろう」
「そうこなくてはな」
ルークが二人からチームを抜けたのを確認した衛は一枚のカードを天高く放る。
それは召喚者が使えるスキルカードであった。
スキルガード[竜の威圧]が発動しました。
竜の威圧。ドラゴン種族しか召喚することが許されない魔法。本来はドラゴン以外の野生を近寄らせないためのスキルカードであるが、その反面召喚者もドラゴン以外の召喚が使えなくなるデメリットがある。
「はは! これで貴様はアレイオーンを呼び出せなくなったな」
「っ。貴様、正々堂々と戦うつもりはないのかよ!?」
「勝てばいいんだよ! やれ、ダイナレックス。その雑魚を踏み潰せ」
「くっ。コリー!」
ダイナレックス、ティラノサウルスと酷似した召喚獣がルーク目掛けて突っ込んで来る。
召喚者同士の戦いはいかに召喚者のライフを削り切るかが鍵となる。ルークのコリーなど相手にするつもりもない衛は直接ルーク目掛けて攻撃するように命じたのである。
そうはさせないとコリーは力強く大地を蹴ってダイナレックスの腹部に突っ込む。しかし、相手はクラスⅢ、二度もクラスアップをした強敵だ。クラスⅠのコリーの攻撃などびくともしなかった。
「ちっ」
未だに突っ込んで来るダイナレックス目掛けてルークはスキルカードを投げる。
スキルカード[束縛の鎖]が発動しました。
ダイナレックスの足元から鎖が出現し、絡み取る。勢いよく倒れ込むダイナレックスを身やり、コリーを衛に向けて攻撃するように命じた。
「[石火]だ」
コリーの石火は衛を捉える。腹部に体当たりされた衛は仰け反るが、ダメージは微量であった。
「やりやがったな、雑魚召喚獣が。ダイナレックス! [暴君]だ」
暴君。ダイナレックスの身体能力を向上させる固有スキル。しかし、理性を失いただただ暴れまわるだけなのだか、その威力は並大抵のものではなかった。
拘束していた鎖を力任せに壊し、目の前の獲物を刈り取らんとコリーに襲いかかる。
「避けろ、コリー」
軽快なステップでダイナレックスの噛みつきや体当たりを避け続ける。しかし、それも時間の問題であった。
「っ。カードブレイカーのスキルカードがあれば」
スキルカードの効果でルークは既に召喚していたコリー以外を召喚することができない。新たに召喚するには天高く回転しながら宙に留まっている[竜の威圧]のカードを剥こう化させないといけない。
だけど、スキルカードを無効化させるには一つしかなく、その手段をルークは持ち合わせていない。
「はは! 無駄だ無駄だ! お前は何もできず、ただただ負ける定めなんだからな!」
「っ。諦めるかよ。そうだよな、コリー!」
わん! と力強く返事をするコリーであったが、その直後にダイナレックスの尻尾によって吹き飛ばされてしまう。
「コリー!」
「おっと。そう易々と倒れて貰っては困るな」
スキルカード[最後の意地]が発動しました。
衛が新たに使ったスキルカードは[最後の意地]。それは一定時間だけ召喚獣のライフを1に留める事ができる魔法であった。それを衛は自分達の召喚獣であるダイナレックスに使わず、ルークのコリーに使ったのである。
「ほらほら! お前の召喚獣はズタボロだぞ! どうする、護衛騎士!」
「もういいよ! リー君。コリーちゃんを戻して!!」
「そうです! もう見ていられません、エー君!」
もはやこれは戦いではない。完全に公開処刑だ。勝ち目など鼻からない。悔しいが勝てないと諦めた時、コリーは立ち上がり力強く吠えるのであった。
「コリー、おまえ……」
目が訴えている。まだやれる。戦わせてくれ。諦めたくないと。先の攻撃で瀕死に近いと言うのにコリーはダイナレックスの攻撃を受けても立ち上がり、漉きがあれば噛みついたり、体当たりして抵抗を見せている。
「コリー」
召喚獣がまだ戦う意思を見せている。それにも関わらず召喚者が戦意を失うなどできようはずがない。
ならば、何をするか。ルークは今までの経験を生かして、コリーを勝たせる為に信じて伴に戦うまでだ。
「石火で撹乱しろ! とにかく動き始め回れ!!」
二人の悲鳴に近い声が聞こえる。だけど、止める訳にはいかない。相棒が意地を見せているのだ。相棒の為にもルークは用いる手札を使おうとする。
だが、使えなかった。なぜならコリーの身体から雷が迸ったからだ。
コリーの移動速度が急激に増す。その速度を捉えきれず、ダイナレックスは何もない場所に尻尾を叩き続けた。
「何をしているダイナレックス! [ブレス]を使っていたぶりやがれ」
大きく口を開けて空気の弾丸を吐く。けれど、高速に動くコリーに当たることはなかった。ブレスを吐いた直後を狙い、コリーはダイナレックスの足元目掛けて突進する。その衝撃でふらついたダイナレックスの顎目掛けて進化したスキル[電光石火]をお見舞いしたのであった。
「いいぞ、コリー! そのままやつに突進しろ!」
倒れ伏すダイナレックスを尻目にして、コリーは即座に衛目掛けて突貫する。
「させるかよ!」
そうはさせまいと衛はスキルカードを取り出して、コリー目掛けて放つ。
スキルカード[束縛の鎖]が発動しました。
コリーの足元から鎖が飛び出し、拘束する。これをかわす事が出来なかったコリーは身動きが取れず地面に叩きつけられてしまう。
「コリー!」
「はは! 所詮は雑魚! この程度だ。いつまで寝ている、ダイナレックス! やつに止めをさせ!」
「っ!」
既に[最後の意地]の効力は失くなっている。このままでは危険と判断して、ルークはコリーを守るように抱きつく。
「ぐあっ!」
コリーと伴に突き飛ばされる。今の攻撃で四割ほどライフを削られてしまった。
「エー君!」
「もういいでしょ、衛! あんたの勝ちよ。今すぐ戦いをやめてよ!」
「それはできないな、クレア」
たかが雑魚召喚獣に衛は一度ダメージを受けている。それは衛にとって許せないことであった。何より前々から狙っていた恋空姉妹に近づいた蝿は払わなくてはいけない。今後、二人に近づかせない為にも徹底的に叩きのめす必要がある。
「ダイナレックス! もう一度ブレスだ」
空気の弾丸がルーク達に飛来する。それを対象するよゆうなどルークにはなかった。コリーにダメージを追わせない為に力強く抱き締めてダメージを肩代わりする。
「ぐあっ!」
ゴロゴロと地面を転げ回る。それでもルークはコリーを離さない。ライフが残り二割を切ってもコリーを手放すことはしなかった。
「くぅーん」
「悪いな、コリー。ダメな主人で。お前がここまで意地を見せたのにな」
そんなことはない。コリーは首を横に振る。悪いのは自分だ。自分が弱いからいけないのだ。強ければご主人をここまでされる言葉はなかったはずだ。
強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい! コリーは願う。この状況を打破する為の力を。その願いはハズレ召喚獣、コリードックをクラスアップさせる為の条件であった。
コリードックのクラスアップ条件を満たしました。クラスアップしますか?
「これは」
まさか、ここに来てクラスアップを知らせるシステムアナウンスが来るなんて誰が予想できたか。そもそもコリードックはクラスアップができないことからハズレとされていた召喚獣だ。
「……やれるか、コリー」
「わん!」
「いいぞ。……やれ、相棒!」
コリーの身体から光が放たれる。身体全体が大きくなり、立派な毛並みも生え始める。
おめでとうございます。コリードックはコリー・ライプスにクラスアップしました。
「クラスアップだと!?」
ここに来てまさかのクラスアップ。しかもハズレ召喚獣のクラスアップだ。衛もこれには驚きを隠せなかった。
クラスアップしたことで、拘束していた鎖から解き放たれるコリーはルークにむけて頷き、天高く跳躍する。
「やれ、コリー! [スキルブレイカー]」
天高く雷が走る。雷は戦場の空に飛び続けているスキルカード[竜の威圧]を捉え、それを粉砕したのであった。
「なっ!? スキルカードを破壊するスキルだと!?」
そんなスキルなど存在すらしなかった。けれど、驚いている場合ではない。その間にルークは新たに召喚獣を呼び出したのだから。
「来い! アレイオーン!」
漆黒の馬が降臨する。アレイオーンはルークが指示するよりも早くダイナレックスの背後を取り、渾身の後ろ蹴りを食らわせたのだった。
倒れ伏すダイナレックス。それを見たルークの前に降り立ったコリーは安心したように伏せるのであった。
「よくやった、コリー。後は俺達に任せろ」
労い、相手を睨み付ける。もはや[竜の威圧]のスキルカードを持っていない衛は正々堂々ルークと勝負せざるを得なかった。
「っ。来い! 俺の召喚獣達よ!」
ダイナレックスが戦闘機不能状態なので、新たに二体の召喚獣を呼び出す。二体ともドラゴン種族で一体はワイバーン。もう一体は三つ首のヒドラであった。
「……アレイオーン。お前はワイバーンを頼む。ヒドラはアイツに任せる」
頷き、直ぐに[シャドウムーヴ]でワイバーンをヒドラから遠ざける。
「いい気になるなよ、護衛騎士。俺の相棒は先のダイナレックスよりも狂暴だぜ」
「狂暴ね。それならこいつも同じだ。何せアレイオーンを倒した実績を持っているからな」
腕輪が鳴動する。早く出せと催促しているのが伝わった。
「出番だ、相棒。格の違いを思い知らせろ!」
ルークの三体目の召喚獣が姿を現す。それは見事な体躯を持った闘牛であった。
「ハハハ! 何を出すかと思えばオーロックスじゃないか! そんな雑魚召喚獣で――」
刹那。衛のヒドラが吹き飛ばされる。
「……へ?」
何が起こったのか理解出来なかった。気がついたらヒドラは大樹に叩きつけられ、ライフがごっそりと持っていかれている。
対して俄然にはルークの召喚獣がいた。自分達との距離は軽く五メートルほどはあったはずだ。なのにルークの召喚獣が目の前にいる。今の一瞬で移動して衛のヒドラに体当たりを与えたとしか考えられなかった。
「悪いな。こいつはオーロックスではない。クラスⅣのウォーロックスターだ」
「クラスⅣだと!?」
クラスⅣは限られた召喚獣のみした許されない限定クラスであったはず。大半はレアの召喚獣であり、オーロックスのような弱小召喚獣がクラスⅣを実装されているなど聞いたこともなかった。
「ウォー。新人が意地と根性を見せてくれた。当然、お前も負けるつもりはないよな」
ブホ、と返事をする。その間もウォーロックスターの四肢から蒸気が発生し始めていた。それはウォーロックスターの固有スキル[マタドール]の予備動作であった。
身体全体が赤く染まる。[マタドール]が完成した合図だ。その恐ろしさを知っているアレイオーンは一瞬の隙をついては空中戦を繰り広げていたワイバーンをヒドラにむけて叩き落とした。
「っ!? させるか!!」
このままでは負けるとさっした衛はスキルカードを取り出す。使うは[束縛の鎖]だ。懐から[束縛の鎖]のカードを取り出して、ウォーロックスターに向けて投げ放つのだが、まるでそれを予想していたかのようにコリーが[スキルブレイカー]で撃沈させたのであった。
「っ! この雑魚召喚獣が!!」
もはや、衛に対抗する手段はない。
ウォーロックスターの[マタドール]が発動した直後、衛のドラゴン達は蹂躙された。
「あ、あ……あ」
衛のドラゴン達はウォーロックスターの[マタドール]で力尽きて消失している。
例え癒しの腕輪があつたとしても戦えるまでに回復させるには時間がかかる。
「……俺達の勝ちだな」
勝敗はルーク達の完全勝利で幕が降りるのであった。