第3話
悪魔の試練の最深部に到着した二人は「いよいよか」と気持ちを高ぶらせる。
しかし、ボスに続く部屋は固く閉ざされており、一向に入れる気配がなかった。
「これはどういうことでしょうか?」
道中、扉を開けるためのギミック等はなかったはず。何かしらの仕掛けがあるのだろかと思案する。
タマ子はダンジョンを探索してくれたキャットシーフに尋ねるが首を横に振ってわからないとジェスチャーした。
「奥から戦闘の音が聞こえて来るな。おそらく、俺達よりも先に誰かが攻略中なのだろう」
「えっ!? それって先の人達がボスを倒したら、わたくし達は戦えないんですか?」
「それはないだろう。手に入れた者達は少なくともいたと聞く。ま、装備やスキルの確認をしながら待とう」
しかし、これで納得がいった。本来ならばボスにいく途中も敵がわんさか出てくるはずだった。それらを先に攻略していたパーティーが殲滅させたのだろう。でなければ、こんな簡単に攻略することなど叶わなかったはずである。
ボス戦ではスキルや装備の交換をしている余裕はない。ここで入念な準備をしようと言う提案にタマ子は了承した。
「ナイトさん。今回はありがとうございます」
「いきなりなんだ? まだ攻略は終わっていないだろう?」
「はい。けど、わたくしだけでは悪魔の試練をここまで突破することはできませんでした」
「視聴者や同じメンバーの力を借りれば似たような結果は得られただろう。そこまで感謝されるような事はしていないさ」
「そうかもしれません。けど、誰かと素のままこうやって冒険するのは初めてでした。短い間でしたが楽しかったです」
「そっか」
楽しかった。それを聞いてルーク自身も嬉しく感じる。基本はソロ活動ばかりしていたが、紬希と関わってから誰かと冒険するのも満更ではナイト感じていた。
「そこで、お礼についてまだ何も話しておりませんでしたね? 何かご希望はありますか?」
「報酬はマネージャーから貰うことになっているから、タマ子が気にすることはないぞ?」
「それはいけません! 手伝って貰っているのに、何のお礼もしないなど父の教えに反します」
「これはゲームなんだから、そんな事など気にしなくていいんだがな」
「ゲームであろうと礼儀は大切です。何より貴重なお時間を頂戴しているのですから」
「……わかった。後で考えさせてもらおう。それでよいか?」
「はい!」
何を言っても譲ってくれる気配がなかったので、ルークは後でとお茶を濁すことにした。どうせ今回限りの冒険だ。タマ子も忙しさで忘れることであろう。
もっとも、その考えは甘かったと後々になってわかることなのだが、今のルークが知るよしもない。
「……戦闘が止んだ、終わったらしいな」
話している間に戦いが終わったらしい。しばらくすると無数の光が扉から放出され、虚空へと消えていく。
「いまのは……」
「離脱の光だな、あれは。どうやら敗北してしまったらしいな」
全滅すると強制的に近くの街まで転送される。その時は今のように魂の光が宙を走っていくのをルークは何度も見ていた。
離脱の光は五つ。つまりパーティーで組める最大人数で挑んで負けたと推測できる。
「……タマ子。プランは同じだ。召喚獣の選択は任せる。ただし、回復は小まめに行うようにしてくれ」
「はい、わかりました」
「よし! ではやるぞ!」
扉を開ける。
そこはまるで異界であった。
「これは……」
「悪魔の試練とはよく言ったもんだ」
死屍累々。何の死骸か判別できないが至る所に死骸か転がり落ちており、壁には串刺しにされた死体が転々と見受けられる。
「ひどい」
「いい趣味とは言えないな」
ゆっくりと周囲を警戒しながら進め二人に向けて槍が降り注がれる。
「タマ子!!」
咄嗟に盾を構えてそれを防ぐ。事なき得たタマ子は即座に召喚獣を呼び出す。呼び出した者達は杖と弓を持った猫耳達。二匹はそれぞれスキルを用いて今も迫り来る槍の雨を迎撃し始めた。
「[シールドウォール]」
迎撃を猫達に任せたルークは盾スキルを発動させる、光の壁が形成され、猫達が取り零した槍はルークのスキルによって全て弾かれるのであった。
「助かりました、ナイト」
「気にするな。そのまま援護を頼む」
「はい」
「……あれが、ここのラスボスか」
盾を身構えながら、相対する敵を見据える。
漆黒の翼生やした牛頭の化物。両腕は蛇のような造形をしており、嫌悪感すら覚える醜態であった。
悪魔ウォーデンと名付けられた悪魔は両腕を頭上に上げて、魔法陣を産み出し――。
「アイツ、召喚もできるのかよ」
――今まで悪魔の試練で倒したボス達を呼び出したのであった。
「他のボスはわたくしが担当します」
「わかった。俺はウォーデンをやる」
タマ子は更に召喚を使い、補助魔法が得意な猫と投擲が得意な猫を呼び出し、そのまま[聖歌]を歌い始める。
他の敵はタマ子の召喚獣に任せてルークはウォーデンに突撃する。しかし、敵もそう簡単に近寄らせるつもりはなかった。両腕を突き出すと蛇の口から弾丸を吐いて来たのだ。それを叩き落としながら近寄ろとしても足を止めたルークに向けて二体目のボス、大蛇マンバコブラが襲いくる。
キングコブラに似た蛇はルークに向けて毒液を吐くが浴びたルークに毒の異常は受けない。状態無効化のパッシブスキルを保有しているルークはマンバコブラの額に向けて槍を突きだし、そのままウォーデンに向けて放り投げた。
その間も三体目のボスであったミノタウロスや一体目のボスであるガーゴイルが襲おうとするのだが、タマ子の召喚獣がそれを阻止しているのであった。
投げ飛ばされたマンバコブラを避けるかと思ったがウォーデンはそれを両腕で絡み取り、邪魔だと言わんばかりに投げ飛ばす。
隙ができたとルークは判断したルークは[バンカー]を発動させる。
「持っていけ[ドリル・バンカー]」
ブーストを噴かせて一気に距離を詰めたルークの一撃はウォーデンの腹部をえぐり取る。
「やったか?」
けど、ウォーデンは倒れる様子はなかった。ダメージは確実に与えた。けれど火力不足だったようで、いまだにウォーデンは健在であった。
自身にダメージを与えたルークを脅威と感じたのか、蝙蝠状の翼を羽ばたかせ、上空へ飛翔する。
「っ。あれではコチラノ攻撃が届かない」
「任せて下さい!」
召喚師タマ子は[聖歌]を止め、再び仲間を呼び寄せる。呼んだ召喚獣は巨大な猫だった。
「お願い! あれを叩き落として!」
巨大な猫、ビッグキャットはウォーデンに向けて飛びかかる。大きな地鳴りを上げて飛びかかったビッグキャットがウォーデンに触れようとするが、見えない壁によって触れる事ができなかった。
そんな無防備なビッグキャットに向けてウォーデンは両腕を叩きこみ、ビッグキャットを地面に叩きつける。
悲鳴を上げたビッグキャットはダメージを受けすぎたらしく、その場から姿を消してしまったのであった。
「障壁は掲示板通りか」
「どうすれば」
動揺する二人に向けてウォーデンは再び槍を投げ飛ばす。先の槍の正体はウォーデンが召喚術を使って槍を呼んだものであったらしい。
無造作に投げられた槍は敵味方関係なく振り下ろされた。それによってガーゴイルとミノタウロスもダメージをおい、その場から消失する。最後まで残っていたマンバコブラについては瀕死の状態で動く様子がない。
「なら、奥の手だ」
敵が残り一体。ウォーデンしかいなあ事を確認して、ルークはとあるアイテムを使用する。
「来い! 我が愛馬、闇夜をかける駿馬、アレイオーン!」
使用したアイテムは課金アイテムの一つ、召喚のスクロール。一度だけ指定したモノを何でも呼ぶ事ができる貴重なアイテムだ。
呼ばれて現出した漆黒の馬はルークを乗せるなり、虚空を駆け抜け始める。
「みんな!」
それを確認したタマ子はルーク達に補助魔法を施すように命令し、自身も数少ない攻撃スキルを使って援護射撃を行った。
宙を駆け抜けるルーク達を近寄らせないとウォーデンは呼び寄せた槍の雨を降らせる。しかし、ルークの愛馬アレイオーンは[シャドウムーヴ]のスキルがある。触れる前に闇夜に姿を変えたルーク達を見失ったウォーデンは辺りを探すが見つけられない様子だった。その隙をついて後ろにまわり込んだルークは再び[ドリル・バンカー]を叩き込む。
翼を抉られたウォーデンは地面に叩きつけられたが、それでも消滅する事はなかった。
「なんてタフな野郎だ」
しかし、これで空に逃げる事はできない。槍の耐久値もまだある。このままもう一度[ドリル・バンカー]を使えば必ず倒せると思っていた。ウォーデンが咆哮をあげながら姿を変えるまでは。
「第二形態だと」
「気持ち悪い」
戦慄する。ウォーデンの肉体が溶けて骨だけ残ったかと思うとその姿のままタマ子目掛けて襲いかかっていく。
それを阻止せんとタマ子の猫軍団が挑みかかるが、猫軍団の攻撃は全て障壁によって阻まれ、蹴散らされていく。残るはタマ子だけ。それを阻止せんとタウントを発動させるのだが、それすらも障壁によって阻まれてしまった。
「っ! アレイオーン!」
シャドウムーヴに入り、ギリギリのタイミングでタマ子を回収したルークは距離をおくように移動する。
「ありがとうございます」
「ギリギリだったがな、しかし」
「えぇ。予想外でした」
第二形態があることなどどこにも情報がなかった。誰も話せなかったのか、それとも運営が話せないように設定したのかはわからない。分かっているのは二人が窮地に陥っていることであった。
「いますぐMPを回復しといてくれ」
「はい!」
タマ子は既に多くの召喚獣を呼び出している。その代償にほとんどのMPが消費してしまっていた。今のうちに回復しようと試みるのだが、ウォーデンが咆哮をあげると二人にバッドステータスが付与されたのだった。
「っ!? アイテム使用禁止だと」
付与されたのはアイテム使用禁止と言う初めて見るアイコンであった。
「ナイト、回復ができません」
「っ」
タマ子がエーテルと呼ばれるMP回復薬を選択しても「現在、使用禁止です」と表示されてトリダスことができなかった。
MPを回復できなければタマ子は召喚が使えない。つまり、これ以上の援軍は期待できないと言うことだ。
戸惑う二人に向けてウォーデンは再び無数の槍――ではなく骨を生み出す。骨の雨をなんとか避け続けるものの、弾幕が厚すぎて近寄ることができずにいた。
「どうしましょう!」
「っ。再び切り込む以外、方法はなさそうだ」
シャドウムーヴで姿を消してルーク達はウォーデンに向けて突貫する。しかし、今度は姿が見えているのかまっすぐルーク達がかける軌道を見据えて骨の雨を放っている。
「見えているのか」
「おそらく、あの両腕のせいでしょう。蛇は体温で位置を特定できる習性を持っていますから」
「なるほど。だからと言って臆する訳にはいかないよな!」
攻撃は最大の防御。ルークは三度[バンカー]を使用する。
「アレイオーン。やつの頭上に飛んでくれ」
骨の雨を掻い潜り、アレイオーンはウォーデンの頭上まで駆け抜ける。頭上に近づいたのを確認して、ルークはウォーデンに向けて飛び下りたのであった。
「貫け[ドリル・バンカー]」
降下すると同時に[ドリル・バンカー]を放ったルークの必殺技は同じようにウォーデンの頭を抉り取ると思ったが、触れる直前に高速で回転していた槍は障壁によって阻まれてしまったのである。
「なんだと!?」
防御力わ貫通する[ドリル・バンカー]が通じない。これには驚きを隠せなかった。そんなルークを蛇の骨の腕で絡み取ったウォーデンは無造作に放り投げる。
「ナイト!」
アレイオーンに頼んで先回りしたタマ子が全身で受け止める。彼女が受け止めたことでダメージはさほどなかったが、槍は別だった。耐久値を全損したのかルークの槍がくだけ散ったのである。
「悪い、タマ子。助かった」
「いえ。わたくしにはこれしかできませんので」
「しかし、[ドリル・バンカー]が通じないとはな」
さっきまで通じた[ドリル・バンカー]が通じなくなった。それには何かからくりがあるはず。そうでなければ目の前の敵は攻略不可能な欠陥モンスターになってしまう。その正体のヒントをタマ子は推測した。
「さっき、ナイトの技が障壁を食い破ったあとに再び障壁が展開されたように見えました」
「つまり二重に貼っていると? なるほど。やつに二回、いや三連撃を放つ必要があると言うことか」
「そんな! そんな火力、わたくし達には――」
ない。そう言うよりも早く、ルークはとあるものをタマ子に渡すのであった。
「タマ子、これを受け取ってくれ」
「これはあの時に手に入れた……」
「そうだ。剛剣・エルドラだ。この武器の特殊スキルならやつにダメージを与えられるはずだ」
「しかし、それでも二連撃です」
「任せろ。お膳立てはする。最後の一撃は任せるよ」
どうやって、と聞き返そうとして口を閉ざす。もはや自分ではこの状況を打開する方法はない。ならば死を覚悟するか? そんなことはできない。
まだ、自分の相方が諦めていないのにどうして自分だけ諦めてただただ死を待つ必要があろうか。依頼したのは自分だ。なら最後まで足掻いて足掻いて足掻き抜く。
タマ子は剛剣・エルドラを装備して、力強く頷いた。
「わかりました。ナイト、任せましたよ」
「お任せあれ、マイレディ」
女性の前で格好つけたのだ。不甲斐ない姿は見せられない。
ルークはアレイオーンから飛び下り、ウォーデンと相対する。ゲームの中なのに殺意がひしひしと伝わる。そんなウォーデンに向けて――。
「[バンカー]セット」
――バンカーのスキルを発動させた。
ウォーデンはルークが攻撃すると理解して、両腕を鞭のように飛ばして凪払おうとする。しかし、ブーストを噴射させたルークに触れることはなかった。骨の鞭を掻い潜ったルークはウォーデンに向けて必殺の一撃――。
「[パイル・バンカー]」
――鉄槌を放つ。
だけど、ルークの一撃は届かず。ダメかと思ったタマ子はルークのもう片腕に[バンカー]が装着されるのを視認した。
「初御披露目だ[ツイン・バンカー]」
パイル・バンカーの二連撃。二層目の障壁を食い破った鉄槌はウォーデンの顔面を捉え、地面に叩きつけた。
好機と判断したタマ子はアレイオーンに走るようにお願いして、剛剣・エルドラを水平に寝かす。
「[絶剣]」
タマ子の剣がウォーデンの首を捉えた。そのまま力任せに凪払うタマ子の剣はウォーデンの首を撥ね飛ばしていく。
「はぁはぁ。やりましたの?」
「……どうやらそうみたいだな」
いつの間にかバッドステータスも消えている。ウォーデンも力を失ったのか徐々に粒子となって消失していったのを見て二人は勝利を感じ取った。
画面には〈Congratula〉の文字が浮かんでいる。勝利を確信したタマ子は嬉しさのあまり、アレイオーンの首辺りを強く抱き締めたのであった。
「やりました。やりましたわ! ありがとうアレイ君」
どういたしまして、と小さく息を吐くアレイオーンはタマ子を下ろして姿を消し始める。召喚持続時間が来たのであろう。アレイオーンは「やったな」と言いたげにルークに向けて首を縦に振って姿を消すのであった。
「サンキューな、我が愛馬」
愛馬を労い、ウォーデンがいた地に視線を走らせる。
そこには先ほどまでなかった宝箱が鎮座していた。
「……タマ子」
「はい!」
満面な笑みを浮かばせながら宝箱を開ける。
〔タマ子は天使の羽衣を手に入れた〕
アナウンスが二人に流れる。二人の短くて濃い冒険が終わった瞬間であった。