第2話
バッカスに勝利しとルークはタマ子と共にギルドから去ろうとしていた。先の先頭で二人に向けられる視線が変わっていた。戦う前まではバカにしたような蔑みの視線を送っていたのだが、今は畏怖と好奇心の視線になっている。
ギルドに所属する者達の理念は弱肉強食。強さこそが重要なファクターであり、信用できる要素である。
ギルド中にバッカスを倒せる者は少ない。タイマンという条件ではいないと言ってもいいだろう。その力自慢のバッカスを単独で真向勝負で撃退した。他種属を下に見ている天使のギルド達も見る目を変えずにいられなかったわけだ。
「こう言うところは人と変わらないな」
「はい。NPCだと忘れてしまいそうなほどの仕上がりですね」
NPC。ノンプレイヤーキャラ、つまり全てプログラムされたAIが演じている。普通の人間と変わらない対応に苦笑いを浮かべている二人の前にバッカスが現れた。
「……何か用か?」
タマ子を庇うようにたったルークが尋ねるとバッカスは頭を下げる。
「すまねえな、兄ちゃん。あんたがそんなに強いとは知らなかった」
「謝罪ならいらない。悪いが早々に立ち去ってもらおうか。うちの姫さんが怯えているもんでね」
「そうしたいが、俺からギルド長に頼んでおいた。ほれ、通行証だ。これさえあれば悪魔の試練に続く門を通過することが可能だ」
ルーク達は通行証を手に入れた。その通知を見て互いに頷く。
「そうか。これはありがたく受け取らせてもらおう」
「あと、こいつもだ」
バッカスから剛剣・エルドラを受け取った。
「約束の物だ」
「わざわざ持って来てくれたのか、律儀なやつだな」
「約束は約束だからな。その剣は一度だけ防御力を貫通するスキルが備わっている。上手く使えば倒せるかもな」
もっとも、兄ちゃんには不要かもしれないけどな、と言って立ち去って行く。
「なるほど。あれは攻略の鍵を手に入れるイベントでもあったんですね」
「どうやらそうらしい。防御力貫通技スキルは今のところ[バンカー]ぐらいだからな」
「しかし、ひどいですよ、ナイトさん。勝手にわたくしを掛け金扱いにするなんて」
「どうせイベント上の口上だったんだろ?」
「だとしてもです。ナイトさんって女の子をなんだと思っているんですか」
「悪かったよ。でも、ああでもしないと話しが続かなかったと思うぞ?」
「そうかもしれませんがぁ……。負けたらどうするおつもりでした?」
「負けないさ。それにこのゲームはそう言ったセンシンティブは固く禁じているから、そんなことにならないと思うがな」
「ナイトさんって意外と意地悪なんですね。もっと紳士かと思いました」
「男なんかそんなもんだ。可愛い女の子や綺麗な女性の前ではみんな狼だから気を付けろよな」
「んにゃ!?」
慌てて我が身を抱き締めるようにして距離を置く。
「ナイトさんって、まさか……」
「本気にするな。仮にそんな事をしたら俺はD-WORLDにいられなくなるからな」
「そう言う冗談はしないでくださいよ、もぉ」
「悪かったよ。さて、これからが本番だ。準備はいいな?」
「やっとですね。早速行きましょう。悪魔が封印されているダンジョン、悪魔の試練に!」
※
通行証を見せて転送された悪魔の試練と呼ばれるダンジョンに到着した。
「これが悪魔の試練か」
「妙に雰囲気がありますね。悪魔だけに魑魅魍魎に相応しい作りになっていますし」
「だな」
「じゃあ、早速ですが探索用の召喚獣を出しますね」
「頼む」
「お任せを」
タマ子が右手をつき出すと、装着していた指輪が光始める。指輪の宝石から無数の猫が飛び出して、タマ子の前に並び立った。
「召喚師はそうやって召喚するのか。スクロールとかではないんだな?」
「はい。課金アイテムの召喚スクロールはインスタント、一回使えば消費してしまいますが、召喚師はわたくしのMPがある限り何度でも呼び寄せる事ができます。召喚ランクによって消費するMPは増えますが、この子達ならあと数匹は召喚できますね」
タマ子が召喚した召喚獣は全部猫の姿をした者達であった。低ランクの召喚獣のキャットシリーズは戦いには向いていないがそれぞれ特殊な能力を有している。
「お願い。このダンジョンの内部を調べてくれないかな?」
うにゃー、と鳴いたキャットシリーズ達はタマ子の命令に従って一匹を除いて駆け抜けて行く。
「うにゃあ」
「なるほど。なるほど」
「何か分かったか?」
「入ってすぐに大広間があって、ボスらしき魔物が鎮座しているみたいです。そこから先はまだいけないみたいですね」
「ほぉ。つまりこのダンジョンはボスを連続で倒していく形式か。掲示板通りだな」
前情報通りだと悪魔の試練は三回ほどボス戦があって、ダンジョンの奥に行く設定であった。
「トラップとかはあったか?」
「最初の道にはないみたいです。この子達の索敵能力以上の隠蔽力があれば話しは別ですが」
「そこは[鑑定眼]で補う必要があるか。わかった、助かったよ」
「いえ、相棒として当然ですわ」
では、とルークが先頭に立って中に入る。作りはただの洞穴のような作りで人の手が何も施されていない様子。敵の襲来を警戒しながら進んでいくのだが一向に敵が出てくる気配がなかった。
「おかしいですね。最初はスケルトンとかアンデッド系の敵が出てくるって話しでしたけど」
「確かにな。誰かが倒した後なのか。所々にあるトラップで出現する方式なのかもしれない」
「……すみません。足を引っ張ってしまいまして」
「仕方がないさ。元々は高難易度のダンジョンだ。隠蔽力もそれなりにあって不思議ではない」
しばらく歩くと内部の作りに変化が見られた。壁や床がレンガ状になっており、いかにも人が手掛けたような整然とした作りになっている。
「雰囲気が変わりましたね」
「だな。最初のボスが近い……。いや、着いたようだな」
目の前には明らかに何かがあると言いたげな魔方陣が描かれた扉があった。
二人は恐る恐る近づき、ドアノブを回して開く事を確認する。
「何のギミックもなしに待ち構えている分けか。舐められたものだな」
「……ナイトさん」
「あぁ。タマ子は援護に専念してくれ。アタッカーとタンク役は俺が引き受ける」
「はい、よろしくお願いします」
互いに役割を確認して、ルークはドアを開ける。待っていたのは数体のガーゴイル達だった。
「ガーゴイルだと? その程度の敵とか舐められたものだな」
「ナイトさん!」
「任せろ」
ルークはガーゴイル達に向かって駆け出す。その間、タマ子は召喚術を発動。呼び出したのは楽器を持った猫達であった。
「[パワーアップ]」
「[プロテクトアップ]」
「[スピードアップ]」
「[パワーダウン]」
「[プロテクトダウン]」
「[スピードダウン]」
猫達の合奏が響き渡る。それに合わせてタマ子も歌声を上げた。
「らーらーらー」
即興の歌詞も何もない歌声は魔法スキル[聖歌]と呼ばれるものであった。その効果はリジェクトと呼ばれる効果でルークのHPを自動的に回復してくれる効力を有している。
タマ子と猫達の恩恵を受けたルークはガーゴイル達の火球を凪払いながら突貫する。その勢いのまま近くにいた槍でガーゴイルを串刺し、剣で首を切断。消失するガーゴイルの影から鋭利な爪で切りかかるもう一体を迎え撃つ為に即座に剣から盾に装備を変えて[ディバイダー]を放出させた。
閃光を浴びたガーゴイルは短い悲鳴をあげながら後方に流れる。その間に接近してきたガーゴイルに立ち向かおうとすると後ろからダーツが飛んで来てガーゴイルの目に着弾したのであった。
ダーツはタマ子が召喚した一匹の猫の援護射撃であった。数は二匹。それぞれシルクハットを被って二足歩行で立っている猫達は任せろと云いたげにルークに視線を送って飛び上がり、無数のダーツを放つ。ダーツは怯んだガーゴイルに全弾命中し、爆ぜた。
「やるじゃないか」
当然と言いたげに胸を張る猫達に称賛を送りながらもルークは持っていた槍を投擲。腹部を貫かれたガーゴイルは消滅し、戦場から姿を消すのであった。
しばらく警戒するが、敵が出る気配はなかった。クリアしたらしく、先に続く扉が鈍い音を上げて開くのを確認した二人は武器を納めたのである。
「お疲れ様です、ナイトさん」
「そちらこそお疲れ様。援護、助かったよ」
「いえいえ。この子達が頑張ってくれたお陰です。ね」
それぞれ鳴き声で答える猫達にルークもありがとうと礼を述べる。
「キャットシリーズ。あちらでは低級と言われているが、侮れないものがあるな。特にこの二匹、キャットシーフだったか? いい働きだったよ」
「ありがとうございます。この子達はわたくしが初めて契約した子達なんです」
「そうなのか? Summon WORLDで最初に契約するモンスターってスライムだと思ったが……。あ、ガチャで仲間にしたのか?」
「その通りです。初期ログインサービスで手に入れたチケットで召喚獣を選んだんです」
「なるほど」
最初にログインしたときに全員のプレイヤーに支給されるガチャ専用のチケットなるものが存在する。チケットはそれぞれの世界のレア級の装備やスキル、アイテムを指定してランダムで手に入れる事が可能な代物だ。
ルークはFantasy WORLDのスキルを指定したがタマ子はSummon WORLDの召喚獣を指定したらしい。
「さて、ここのボスも倒したし先を急ぐか」
「はい。残りは二体。それを倒せばラスボスですね」
「あぁ。頼りにしているぞ」
その後も順調にダンジョンを攻略していく。タマ子の召喚獣である猫達の恩恵が十二分に発揮し、二体目のアンデッドスネークや三体目の骸骨剣士を難なく倒していくのであった。
「ふぅ。これでいよいよラスボスか。意外と順調にやれるものなんだな」
「ナイトさんの突貫力あってこその結果だと思いますよ」
「いや、この子達の援護が的確だからこその結果だ。俺一人だとジリ貧になっていたと思う」
「お役に立てたなら嬉しいですね」
役に立てた所ではない。召喚師一人いるだけで、本来必要な役割を一人でフォローできるのは強みだ。それに加えてタマ子の[聖歌]があるおかげでHPの管理が楽になったのは大きい。
本来ならばこんなに上手くいくはずはなかったであろう。
「武器の損傷を修復するから、ここで小休止だ。休むなり回復するなり、好きにしてくれ」
「わかりました」
次はいよいよラスボス。今までの戦いでメインで扱っていた武器や防具はそれなりに消耗したいたので、ルークは修復キットを取り出して装備の回復にいそしむ。
「あ。紬希ちゃんと愛ちゃんが配信しているみたいですよ」
やることがなかったのだろう。MPを回復させたタマ子は時間を潰す為に通知された内容に目を通すと同僚達が配信中てあることに気づく。
「そうなのか? 昨日の今日でご苦労なことだな」
「配信は知ってもらう事が大切ですからね。なるべく頻繁に配信しないと忘れ去られてしまいますので」
そんなものなんだと思いながら装備品を回復しているとタマ子から「んにゃ!?」と悲鳴が上がる。なんだなんだと様子を伺うと赤面しながらあわあわと肩を震わせながら配信を見ている彼女の姿があった。
気になって紬希と愛の配信を見て、納得する。タマ子は二人にからかわれている様子であった。
「そろそろやめてやれよ」
思わず二人の配信にコメントを送る。音声形式でコメントを送ったのでタマ子もルークが配信を見ているのを知り――。
「ちょっとナイト! あなたのツレの教育がなっていませんわよ」
口調をV-TUBER仕様に変えながら文句を言ってきた。
「俺に言われてもな。てか、隣にいるんだから直接言えよ」
「ちょっと、それは言わなくていいのよ」
しーしーと人差し指を口許に当てて言うなというジェスチャーを送る。
・ なんだなんだ?
・ 騎士、おまえ
・ リアルか!? ネットか!? どっちなんだ、護衛騎士
コメントを読んで咄嗟にまずったと思ったのであろう。リアルで会っている疑惑があるだけでタマ子に迷惑がかかる。それを払拭するためにルークは更なるコメントを送った。
「ネットに決まっているだろうが。直接会う事はバックアップ社から固く禁じられているんだから」
「ナイトー!!」
これ異常余計なことは言われたくなかったのであろう。タマ子からしてみればルークと会っていること事態が秘密なのであった。
タマ子はルークの場所まで駆け寄り、これ以上コメントをさせまいと覆い被さってくる。
「え、ん? うわ、何するタマ子。首を絞めるな、体力が削れる!」
「いいから! これ以上コメントをするのはやめなさい! 今すぐ切って! 配信を見るのをやめなさい!」
「分かった! 分かったから、離れてくれ!」
言われるがままに動画を見るのをやめる。ルークが動画を見るのをやめたのを確認して離れたタマ子は「どうしよう」と悲観の声をあげながら項垂れた。
「あー。もしかして、秘密だったのか?」
「……はい。紬希ちゃんを経由しないでナイトさんとお会いするのはなるべくご法度って会社から言われていたんです」
「けど、マネジメントは知っていたじゃんか。今回のだってアイツから頼まれたことだし」
「それはマネージャーがナイトさんと知り合いって話しを小耳に挟んだからです。ちなみにこの事はわたくし意外知っておりません」
「マジか。それは困ったな」
それはルークも知らなかった。バックアップ社からはリアルで会わないならばという約束をなされていたため、それ以外の制約についてはV-TUBER達のみに言い渡された約束ごとなのであろう。
「悪かったよ。もし、炎上するようならば俺をつるし上げてくれて構わない」
「そちらは気にしていませんが、紬希ちゃんにはサプライズとして渡したかったんです」
「……重ね重ね申し訳ない。何か上手い手を考えるべきか」
「いいですわ。考えなしにお二人の配信を見たわたくしがいけないんですから」
「いや、タマ子は何も悪くないと思うんだがな」
「考えても仕方がありませんわ。早くボスを倒して天使の羽衣を手にいれましょう!」
「了解した、マイレディ」
考えても仕方がない。いまは目先の問題を解決しようと紬希達の事は考えないようにした。
しかし、これが後にルークのあり方が大きく変わるきっかけになるとは、その時は知るよしもなかったのであった。




