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意外な話

翌日、朝餉を取ってすぐにクッキー作りを始めることとなった。


「そうです、お嬢様。大変お上手ですよ。」


「ありがとう。・・・でも、これ私が作ったって言っても良いのかな?」


「もちろんでございます。」


 ミシェルが調理場に着いた時には、既に材料や道具は揃えられていた。

しかも必要な材料は必要な分量だけ量り置かれていた。

トッピングの材料に至っても、既にナッツやドライフルーツは使いやすいように細かく刻まれた後だった。


 ミシェルが何をしているかと言えば、それらの材料をボールに移し、料理長監修のもとひたすら混ぜてのばしたり、袋に詰めてしぼったりしている。

これが思った以上に楽しいとミシェルは感じていた。


「これ、なんだかスベスベの泥団子作りを思い出すわね。」


 幼少の頃にミシェルは、一時期泥団子作りにハマっていた。

泥に土や水を足したりして調節しながら団子を握って整え磨く。

これが何とも言えずスベスベの、土で出来ているとは思えないほどの質感を持った団子になった。

出来上がった団子を遊び仲間の街の子供達と競い合う。

もちろん皆、自分の団子が一番だと思っているので勝敗はつかず、それでも楽しい良い思い出だった。


 刺繍よりずっと楽しいクッキー作りに、こちらの方が自分には向いているのかもと思いながら後ろに控えているはずのメアリーに話しかけて青くなった。


「ミシェル、まさかまだそんなことしている訳ではないわよね。」


 メアリーのいたはずのそこには、いつの間にか様子を見にきていたカトリアーナが立っている。

こういう時のカトリアーナは微笑んでいても後ろに黒い影の渦が見えるような気がすると、ミシェルは思う。


「ま・・・まさか。」


「そうね、信じましょう。クッキー作りは順調ね、ひと段落したらお茶にしましょう。」


「メアリー、お茶の準備をしてちょうだい。」


「はい、奥様。」


 領地にいた時、子供達と駆け回っていたミシェルを周りの大人たちは微笑ましく見守っていた。

カトリアーナに至っても、自分の幼い頃からの息苦しい淑女教育を思えば、幼い間位は自由にさせてあげようという気持ちを強く持っていた。

しかしミシェルの行動は、淑女として幼い頃から徹底的に育てられたカトリアーナの予想の遥か上を超えた。


 泥だらけ、虫の鷲掴み、子供たちの取っ組み合いは序の口であり、時に足を引きずりながら帰宅し、時に髪の毛をザンバラにして帰り、時にスカートが真っ二つに裂けたのを括り付けてつなぎ合わせながら帰って来た。

流石のカトリアーナも、もう我慢できないとボロボロになったミシェルをつまみ上げて部屋へ連れて帰ると、淑女教育を始めると宣言しその日から徹底した淑女教育を叩き込まれることとなった。


 カトリアーナの教育は、それはそれは厳しいものだった。

が、その甲斐あって生粋の野生児だったミシェルは、見事に淑女へと生まれ変わった。

ただその過程でミシェルはカトリアーナに対し、母であると共に鬼軍曹としての関係を築き上げた。

普段は母に甘えていても、振舞いが至らないときに光らせる母の目には滅法弱かった。


「ではお嬢様、最後にトッピングを載せて行きましょう。焼き上げは私たちに任せてください。」


「ありがとう。では、これが終わったらお茶に行くことにするわ。」


 料理長に後を任せるとミシェルはお茶が用意されているサロンへと移動した。

朝から大量のクッキー作りに勤しんでいたため、時間はとっくに昼を過ぎていた。 

サロンにはアフタヌーンティーの形式で軽食が用意されているのを見ると、動き詰めだったミシェルは自分がかなり空腹だったことに気が付いた。


「お嬢様、お疲れさまでした。お昼がまだでしたので軽食を用意いたしております。お嬢様の好きなフルーツたっぷりのアイスティーもご用意しておりますよ。」


「ありがとう、メアリー」


「クッキーは上手くできたかしら?」


「はい、料理長のお陰で初めて作ったとは思えないぐらい綺麗にできていました。後は焼くだけですが、そこは料理人達にお任せですので問題ないと思います。」


「そう、よかったわね。お渡しするクッキーがボロボロでは格好がつかないですもの。」


 カトリアーナのお礼に対する意気込みは、いったいどこから来るのだろうと思う」。


「お母様は何故そんなに手作りのお礼を私がすることに拘るのですか?」


 よく知らない人間からの手作りのハンカチやクッキーは、果たして嬉しいものなのかとミシェルは訝しく思う。

自分の周りにそんな人間いただろうかと考えて、ふとカレンの事を思い出した。

そう言えば第二王子達にクッキーを焼いてきたと嬉しそうに言っていた。

もらう側の王子達にしても笑いながら、ミシェルの目には あははうふふ と楽しそうには見えた。

しかしあれは、噂の睦まじい二人だからなのではないかと思う。


「私はね、あなたにより多くの縁を大切にして欲しいと思っているの。」


「縁とは・・・縁談という意味合いでしょうか?」


「それもあるわね。でもそれだけではないのよ。友人として、尊敬する値する人として、いろんな意味合いがあるわ。でも良い出会いと言うのは、そうあるものではないし、出会えばすぐに縁が結べるというものでもないの。だから人を良く知ること、誠実に人と向き合うことをあなたには学んでほしいの。学園を卒業すれば色々な思惑が絡んでくるわ。ただ人を知ろうとすることが出来るのは今しか出来ないことよ。だから折角出会ったご縁を見極めて、大事にして欲しいと思っているわ。あなたの言ったように時間をかけて作っても所詮手作りと思う方もいらっしゃるわ。その考えが悪いとは言わないけど、もし人の気持ちを汲むことを大切にしない方なら、今は縁を深く持たなくて良い方ですわ。利害関係のみに価値を見出す方なら学園を卒業した後、社交界でいくらでもご縁が持てるわ。だって我が家はリンベールですもの。」


「お母様・・・。」


 両親の背中を見て育ったミシェルではあったが、これは意外だと思った。

リンベール家は侯爵家であるし、裕福で栄えている。

そんな高位貴族となんとか縁付こうとしている人間は多いし、足元を掬われないようにと両親も人付き合いには細心の注意を払っているのはよく知っていた。


 その人を良く知る。

言われてみれば当たり前のことであるとも思えたが、自分にはそんな考えがあっただろうかと気づかされた。

茶会では、その人の好みや後ろ盾についてあらゆる情報を掴むことを学んではいたが、その人の人柄を如何に知るかいうものについては深く考えてはこなかったように思う。

友人が欲しい、楽しい学園生活が送りたいと言いながらも、自分に齎される利益だけを語っていたような気がして冷や水を浴びたような気持ちになった。


「私は本当に未熟者ですね。自分のことばかり考えていて恥ずかしいです。」


「貴方ぐらいの歳の子なら当然よ。私だって今だから分かることもあるもの。」


「そうなのですか? でもお父様もお母様も学園で出会われたのですよね。社交界で懇意にしておられる方々の殆ども当時友情を育まれたとか。きっとお二人は当時から人を大切にしてこられたのですよね。」


「私は運が良かったのね。ウィリアムとの出会いも全て。当時ウィリアムには私とは別に婚約者がいたの。その時は私もウィリアムとは友人として関係を育んでいたわ。彼の婚約者は、彼の幼馴染だったそうだけど色々あってね、貴族ではなくなってしまったの。ウィリアムは助けようと必死だったわ。私たちも友人として助力は惜しまなかった。でも結局助けられなかったの。その過程でウィリアムは酷く傷ついたわ。相手のお嬢さんが思ったような方じゃなかったの。傷ついた彼を皆労わったわ。私達はその時に付き合い始めたの。私とウィリアムは恋人としてだったけど、人の縁なんてどこに続いているか分からないわ。でも素晴らしい人に囲まれていなければ、その縁はどこにも続かない。だから人を大切にすべきだと私は思っているのよ。」


 こんな話を聞いたことは無かった。

ウィリアムの悲しい記憶を呼び起こすためだろうか、ミシェルに今まで両親がこんな話をしたことは無い。

両親の仲の良さから、てっきり最初からの婚約者とばかり思っていたミシェルはただ驚くばかりだった。


 そんな時サロンに執事のデイビスの入室を願う声が響いた。


「先触れにてマクスウェル伯爵家のマーガレット様より、お嬢様へのお見舞いの申し入れがございました。いかがいたしましょう。」


 まさかマーガレットがわざわざ見舞いに来てくれるとは思いもしなかったミシェルは驚いたが、先ほど母から聞いた話を思い浮かべながら了承の返事を出した。

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