盛られた噂話
日が傾く前にマーガレットはリンベール家へとやってきた。
授業の終わってすぐに買い求めてくれたのだろうか、手には花と小さな包みを持って。
本来なら自室で待っているべきなのだろうが、大事を取って休んでいることは令嬢なら分かってもらえると判断してミシェルは玄関まで出向いた。
「マーガレット様、わざわざ当家まで出向いて下さり、ありがとうございます。」
「ミシェル様、思ったより元気そうで安心いたしました。」
「ご心配をおかけいたしました。大事を取ってお休みをいただいておりましたが、ご足労頂きなんだか申し訳ございませんわ。」
「いえ、あんなことがあった後ですもの当然ですわ。」
確かカレンとひと悶着遭った時、側にはマーガレットはいなかった。
それを我がことのように語っているのであれば、学園でかなりの噂になっているのが予想できた。
すぐに聞いてしまいたい所ではあったが、客人を立たせたままではいけない。
サロンへとマーガレットを案内し、ゆっくりを話をすることにした。
「先ほどマーガレット様から頂いたマカロンとてもおいしいですわ。」
人気店のマカロンを伝手を使って急遽手に入れてくれたと言うマカロンは、上下の焼き菓子の部分が其々色が違う。
見た目の可愛さもさることながら、中のクリームが上品で美味しく何個でも食べられそうだった。
「私もここのマカロン大好きですの。」
早速サロンに飾られた見舞いの花は見事にサロンに花を添えている。
マーガレットの趣味の良さを伺わせると共に、若々しく可憐な趣のある花束は、この年代の女性に合わせて作られたものであることが伺える。
いつもとは趣の違う花は新しい出会いの象徴であるようにも思えた。
「なんて可愛い花なのかしら。私こんな素敵な花束を頂いたのは初めてです。」
「ふふふ。気に入っていただけました?」
「ええ。とっても。」
「この花は私からではありませんの。」
「え・・・では、一体どなたからでしょう?」
マーガレットが持ってきたという事は、アナベラ達の誰かだろうかと考えた。
その様子を見たマーガレットが少し意味ありげな視線をミシェルに向ける。
「実はそれ、フェイズ伯爵子息のアラン様からですのよ。」
そう言ったマーガレットは益々意味ありげな視線を深めニヤついている。
こんな表情を見せてくれるとは、自分の事を少しは親しいものだと思ってくれているのだろうかと嬉しく思う反面、ミシェルは返す言葉に困る。
「とても親切な方ですのね。」
ミシェルとアランはあの日初めて口をきいた。
助けてもらったのはミシェルの方で、アランから何か贈られるような仲でもない。
見知らぬ女性がケガをしたのを見たのだから、見舞いの花を贈ること自体はおかしくないかもしれない。
が、アランは未婚の貴族男性である。
親しい友人宛てならともかく、ほとんど知らない未婚の貴族女性に見舞いの品を送るなら、家令などに用意させ家から家へと言うような形式ばったものであることが望ましいはずであった。
それは余計な誤解でトラブルを起こさないためのもの。
しかし今回はアラン個人が用意したと分かる形で、家を通さずに渡されている。
ミシェルや他の人間に誤解を与えてもおかしくないし、はっきりと誤解であるとも分からない品だった。
なんだか白々しい返答をしたなとミシェルも思ったが、それ以外の言葉が見つからなかった。
それを見透かしたかのようにマーガレットは追及の手を伸ばした。
「お昼休みにね、フェイズ伯爵子息が私たちの所までやってきたのよ。それは心配そうになさっていたわ。私たちも既に貴女にあったことは人伝いに聞いていて、直接会いに行こうとしたけど、もう帰った後だったの。だから私がお見舞いに行く予定だと言ったら、花を用意するから一緒に持っていってくれないかって。・・・で、一体あんな短期間に何があったのかしら?」
「何がって・・・なにも。転んだ所を助けていただいたの。それに、行き違いがあって私にあらぬ疑いがかかったのだけれど、それについても誤解を解くのにお口添えいただきました。・・・でも本当にそれだけで他には何も。」
「なるほどぉ。では衆人環視の中、二人で見つめあっていたとか、抱き合っていたとかの噂はガセなのですね。」
取調官さながらマーガレットはミシェルに迫る。
少し休んでいた間に自分の噂に一体どれほどの尾ひれがついて学園に出回っているのか。
聞くのも恐ろしいが明日には学園に行く予定であったし、流石に前もっての心構えは必要だろうとミシェルは思った。
「昨日のことが学園ではどのように噂されているのですか?」
「気になります?」
「ええ、とっても。」
今日のマーガレットはアナベラが乗り移ったようだと思う。
茶会以降のマーガレットの印象は、慎み深い淑女と言った雰囲気であったのにとミシェルが見つめていたその時。
「ふふふ、ごめんなさい。意地悪が過ぎたわね。アナベラ様達から真相を聞き出してくるように頼まれてたの。今のちょっとアナベラ様っぽかったでしょう。」
可愛らしく笑いながらウィンクするマーガレットはとても魅力的であったが、心臓に悪いので二度としないで欲しいと思う。
「学園ではあなたとダングラム男爵令嬢の話でもちきりよ。でも、概ねあなたに同情的よ。噂の内容はこう。実は第二王子の思い人は貴女で、それに嫉妬した男爵令嬢があなたを陥れようとしたけど失敗した。そこを通りかかったフェイズ伯爵令息に助けられて、貴女と伯爵令息のロマンスが始まったのではないかと。貴女が第二王子と伯爵令息どちらを取るのかって。」
「っっっ!!!」
ぎりぎりの所を押し黙ったが、人目が無ければ叫んでしまいそうだった。
助けてもらった時の一部始終を見た人がアランとの仲を誤解するのはまだ理解できた。
でもグレイグとの仲までとなると話は違う。
「そんなっ! フェイズ伯爵令息はともかく殿下まで。アナベラ様に何と言っていいか。」
「大丈夫よ。アナベラ様もあなたの事を心配していたもの。今日もお見舞いに来たがっていたのだけれど、いきなり公爵家の人間が来たらお屋敷の人も大変だろうから、同学年でもある私が来ることになったのよ。」
実は第二王子の思い人という話もアナベラ側からとは気づかれないように流した噂ではあるのだが、それは決して本人には気づかれないようにとマーガレットは優雅に説明する。
「アナベラ様は貴女がやましい事をされるとは思っていないし、男爵令嬢に暴力を振るわれたことにとても怒っておられるわ。でも貴女が学園に来た時に本当のことを知らないでいると対処できないことも多いから、事前に確認したいとおっしゃっているわ。」
心配をかけたことに申し訳なさと嬉しさを感じながら、ミシェルは事の次第を出来るだけ細かく説明した。
その後はカレンと取り巻きたちの話や、マーガレットの婚約者の愚痴を聞いた後、ミシェルもクッキー作りや刺繍の話に華を咲かせてお開きとなった。




