56__獅子王の 小さな嫉妬
大変 ご無沙汰を致しました。
漸く書き上げましたので、投稿致します。
いや、長くなりそうだったので 途中で切ったのですが、まぁ 不自然にはなっていない、筈。
エスファニア王国へ 急な里帰りをしていたリーゼロッテが、ラッケンガルド王国へ戻り こっそり執務室のラノイを覗いている (?) 場面から始まります。
今回は、リーゼロッテの視点がメインで、間に ラノイの視点や、初登場の官吏の視点などを挟みます。
では、どうぞ。
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
苛々としている国王と、それに恐々としている官吏達が 執務室にいた。
「 –––––––––––––……………… 」
ピリピリとしている雰囲気を 窓の外から眺めて、密かに苦笑う。
《 脅えられていらっしゃる。》
リーゼロッテは、例に因って 小鳥の姿で執務室の手摺に留まっていた。
そして、室内の様子を 興味深げに観察している。
《 そう云えば、最初に見た時も…………。》
こんな状況だった、と思い出し 緲かに笑う。
ほんの半月前、初めて この窓辺へ来た時も、ラノイは 怒気を振り撒いていた。
そして、そんな彼と対峙していた者達は 完全に及び腰になっていた。
同じ光景が、今 室内で展開されていた。
《 本当に、悚がられているのね。》
改めて、それを見せ付けられた気分だった。
目の当たりにして尚、ラノイに対して恐怖を感じていない リーゼロッテの睛には、奇妙に映っていた。
ラノイは、姚しい青年だ。
彼の母親は どれ程 妖艶な美女だったのだろうか、と惟わせるくらいの美貌だ。
冷徹な印象の強い顔立ちをしているだけに 威圧感はあるが、リーゼロッテを圧倒するモノではない。
寧ろ、彼女は 逆の印象を懐いていた。
《 お優しい ラノイ様。》
ラノイは、基本 我儘ではあるが、存外 優しい王様だ。
意地悪ではあるが、細やかな気遣いも出来る王様だ。
尠くとも、今のリーゼロッテは そう惟っている。
《 わたしが 戒縛の仂を悚がっていると知って、使わない様 日々 心懸けてくださっているし。》
ラノイの密かな努力に気付き、これへ 密かに感謝していた。
困らせられた行動は 數え切れないが、本当に厭だと感じる事は 尠かった様にも惟う。
それが『喉元 過ぎれば〜 』であったとしても、今は 素直に謝意を示したいくらいだった。
しかし、それとは別に、ラノイに関しては 不可解な事もある。
リーゼロッテは、エスファニア王国での事を 思い起こす。
《 離れている間に、何度も ラノイ様の事を考えてしまうなど…………。》
ほんの数時間の里帰り。
その僅かな間に、幾度 離れた人を想った事か。
別れ際の表情を、交わした言葉を、今この時間は何をしているかを、独りになった時に想い。
ふとした時に、彼ならば 同じ局面に どう動くのだろう、と 想像を繞らせる。
そんな事が、何度もあったのだ。
《 何故…………?》
自分の心が そうなる理由が、どうしても判らないのだろう。
小鳥の姿の リーゼロッテは、執務室から視線を乖向けた。
何気なく眼線を変え、無意識に 軀の向きを変えていた。
執務室に背を向けた彼女は、何時の間にか 難しい表情になっていた。
《 ラノイ様に、何か気になる事でもあったなら 判るのだけれど………。》
ラノイ-自身に 変調の兆しが視えた訳ではない。
譬えば、体調不良を惟わせる予兆だの 職務放棄の予兆だのがあったのなら、気になっていても可妙しくはない。
だが、そんな兆しはなかったし、実際 仕事も綜て片付けている。
ならば、一体 何故? ––––––と 悩んでいると、背後から 手が回った。
「 ⁉︎ 」
小鳥の軀が、後ろから伸ばされた大きな手に そっと包まれて、執務室へ引き込まれる。
指の間から見上げると、手の主 - ラノイが覗き込んでいた。
「 っ」
黒々とした瞳は 優しく細められており、嬉しそうに リーゼロッテを瞰している。
「お帰り、リリィ」
気が付くと、執務室は 人払いがされていた。
それを確かめてから 元の姿に戻ると、すぐに ラノイの腕が背へ回る。
「無事で良かった」
強くはない力で抱き締められ 無事を喜ばれると、素直に嬉しくなった。
しかし、その『嬉しい』には 特別な何かが含まれていた様だ。
「っ はい」
心の深い部分が震えた様な感覚に 疑問を抱きつつ、リーゼロッテは、辛うじて そう返答をする。
感じるのは、僅かな安堵。
それと同時にやってくる、むず痒くなる程の詬しさ。
戻って来れた事に、この腕の中に戻れた事に ほっとしているにも抅らず、子供の様に暴れて この腕を引き剥がしたくなってくる。
《 どうして…………?》
そんな心の撼きが理解出来ないのだろう。
リーゼロッテは、湧き起こる衝動を怺えながら ラノイを見上げる。
屈託のない笑みを泛かべているラノイの顔を睛にすると、ぎゅう と胸が締め付けられる様な感覚と共に 軽い眩暈に襲われる。
《 どうして?》
繰り皈しても答えの出ない疑問は、すぐに 奥へと仕舞い込まれる。
ラノイから問い掛けられた為だ。
「『ずっといて』って、言われなかった?」
「ぁ、いいえ」
この 何気ない質問に、リーゼロッテは口篭った。
『このまま残れ』とも『国を出るな』とも、言われてはいない。
エスファニアの人々は、彼女の行動を縛りはしない。
だが、今回に限っては 言わせる隙を与えなかったと云う表現が正しい。
「その、途中で…………帰って来てしまって」
リーゼロッテは、侍従や侍女の傍で泣いているセルフィユを残して ラッケンガルドへ帰って来た。
「あのまま、泣き疲れて 眠ってしまわれるので」
口篭り気味に呟いて、リーゼロッテは 僅かに俯いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
リーゼロッテは、早い段階で 医務室を迹にしている。
まずは、事態の収束を国王夫妻に報告しようと 王の執務室へ邀い、その途中で 未来を視た。
それは、小さな予見だった。
医務室で泣き疲れ 眠るセルフィユ。
優しく見守られた少年が起きるのは 夕方。
視えたのは、この 2っだった。
眼寤めるまで待つべきかは悩んだが、いつでも傍にいられない身である事に 変わりはない。
躇いはあったが、報告した後 ラッケンガルドへ戻ると決め、リーゼロッテは 王の執務室の前に竚った。
その荘厳な扉をノックする直前、再び 未来が視えた。
ファニーナに縋って泣く セルフィユ。
その少年を宥めず 彼女を取り囲む人々。
この予見に、リーゼロッテの心は決まった。
リーゼロッテの自由を尊重してくれるのが エスファニアの人々だが、態度を変える要素がない訳ではない。
それが、王妃の実弟 - セルフィユが絡んだ場合だ。
彼が『まだ いて』と願えば、今回の件を知る者達は 擧ってリーゼロッテを引き留めただろう。
従僕や侍女に引き留められても困るが、国王夫妻に参加されては 抵抗の余地もなくなる。
盟約に因り 若き国王 - フェイトゥーダの〔盾にして劔なる者〕となったリーゼロッテは、彼の願いには遵わざるを得ないのだ。
その日の内に帰還する事は 不可能になり
数日 引き留められる可能性まである。
瞬時に そう判断した。
躊躇が消えたリーゼロッテは、何食わぬ顔で 国王夫妻に挨拶をし、エスファニア城を辞して来たのである。
「贈り物だけ、置いて参りました」
リーゼロッテは、城を辞する前 セルフィユの部屋に立ち寄っていた。
そして、その枕許に 小さな箱を残している。
腕の中の魔法使いから告げられた この言葉に、ラノイの片眉が 小さく撥ねた。
ほんの僅かだが 雰囲気が変化する。
これを見遁さなかったのだろう。
リーゼロッテが、小首を傾げた。
「ラノイ様?」
「 ––––––––––––僕………… 」
どうかしたのかと声を掛けるも、何かを言いかけたラノイは そのまま押し黙ってしまった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:ラッケンガルド国王 - ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
「 ––––––––––––僕………… 」
そう呟いたラノイは、胸中の不満が盈れそうになったのを 奥歯を噛み締める事で留めた。
しかし、胸の中の もやもやは熄えていないらしい。
《 リリィから 貰った事、ない。》
そう 心の中で呟いた声は、如何にも不満げだった。
同時に、北の温泉地へ往った時の事を思い出す。
腕の中の魔法使いは、ラノイの望郷の想いに応え 曾ての隠れ家を美しい状態へと戻してくれた。
その代価として、躬らの寿命の一部を差し出そうとまでしてくれたのだ。
魔法使いに 大切に想われているからと云って
幼い少年に 嫉妬する必要など
何処にもない。
そう 頭では理解しているのだが、どうにも 心は納得してくれないらしい。
表面上は 僅かに眉を寄せた程度に留めていたが、心中は 一向に穏やかになれなかった。
《 そんなじゃなくて、何て云うか、もっと こう…………。》
贅沢な希みが、言葉になって零れそうになる。
しかし、すぐに『幼い少年と張り合おうとする事は可妙しい』と惟い直す。
泣いただけで、あんなに簡単に、
リリィの優しさを享受出来るクセに………。
離れる事になっている子供と、
今 腕に出来ている自分とは 同列ではない。
無条件で大切にされる子供と云う立場で
大勢に大切にされているクセに………。
これまで 毎日 会えていた少年と、
これから 毎日 会える自分とでは違う。
たった一言『往かないで』と言うだけで
綜ての優しさを独占出来るクセに………。
一時しか会えず 淋しいと泣く子供と、
一時 離れただけの 自分の主張が
同列であっていい筈がない。
こんな調子で、ラノイの中では、頭で考えた理屈と 心で感じる嫉妬が張り合っていた。
駄々を捏ねる子供の主張でしかない これが、幾度も繰り皈されていた。
自分でも どうかしていると惟っているのだろうが、ラノイの意思に反して 已む様子がない。
《 だから、我慢って苦手なんだってば!》
己れへの言い訳を 脳内で叫んで、どうにか ループする思考を切り離そうとする。
その分、動作のほうは 意識から離れていた。
「ラノイ様?」
「え?」
声を掛けられ 吾に還った時、彼の腕は 愛しい魔法使いを しっかりと抱き締めていた。
《 ゔあ⁉︎ 》
無意識に落ち着こうとしての行動だったのか。
緩く囲っていただけの腕は、細い腰を捕え 手触りの良い髪を撫でている。
《 ぁあっれ〜ぇぇ⁈ 》
何してんの僕こんな事しといて子供相手に嫉妬してたなんて誰に言えるの啻でさえ詬しいヤキモチなのに何なの莫迦なのヤダもうどうしろって云うのコレ、などと盛大に混乱しながらも 表面にその動揺を滲ませる事もなく、ラノイは リーゼロッテを瞰した。
「どうか爲さいました?」
抱き締めたままな為 いつもよりも間近にいる魔法使いは、心配そうに ラノイを見上げていた。
《 ––––––––––––…………。》
胸許へ寄り添う程に近い場所にいて、脅えも 硬直もしなくなった様子に 心の底に暖かい色の炎が 小さく点り、序で 口許が綻ぶ。
純粋に自分を案じてくれている樣に、小さな炎が 揺らぎながら強く輝き、追って 優越感にも似た喜びが湧き上がる。
同時に、心配をさせてしまった事を 心窘しくも感じた。
《 あ ! 誤解 解かなきゃ!》
ラノイは、惶てて首を振った。
「あ、大丈夫だよ。具合が悪いんじゃないんだ」
「ですが………… 」
「本当に」
何でもない 大丈夫、と満面の笑顔で伝える。
それでも、リーゼロッテの気遣わし気な視線は変わらなかった。
《 あぁ、心配させちゃったな。》
何処となく 嬉し気に脳内で呟くと、ラノイは 話題を変える事にした。
「それより、ご飯にしよう」
この言葉に、ラノイの腕の中の魔法使いが 驚きを滲ませた。
「 ––––––––––––お召し上がりにならなかったのですか?」
「うん」
間髪置かずに答えた ラノイは『何か可妙しい?』とでも言いたげな顔をしていた。
ラノイの昼休憩は、12〜13時となっている。
そして、現在の時刻は 12時52分。
通常ならば、昼食も終え 食後のお茶も終え、午後の執務に備えて 執務室にいる頃合である。
勿論、逃走防止に シズやクランツに監視されている筈だった。
しかし、ラノイは 昼食も摂らずに執務を続け、今に至る。
現在、先に根をあげた シズとクランツだけが、遅い昼食を摂りに出ていた。
怕らく、2人は もう暫く戻らないだろう。
「だって、リリィがいなきゃ 喰べる気にならないよ」
ラッケンガルド王国の北にある無国家地帯に居座り、リーゼロッテを逮える隙を 虎視眈々と遉っている魔人や魔女の存在を惟えば、ラノイの心配は尽きない。
加えて、かの地での リーゼロッテの行動を鑑みての事でもあった。
エスファニア王家への奉仕ともなれば、彼女は 己れの食事など後回しにする。
前回も そうだっただけに、容易に予測出来る事だった。
なので、ラノイは、食事をせずに 彼女の帰りを待っていたのだ。
尤も、狙われる事にも 自己を滅して尽くす事にも慣れ切ったリーゼロッテには、少々 伝わらなかったらしい。
「どうしてです? 毒の件でしたら………… 」
小首を傾げている攸を見ても、正確に伝わらなかった事は明白だった。
リーゼロッテに判らせるには、圧倒的に言葉が足りていなかった。
「毒の心配とかは してないんだけどね」
苦笑しながら、ラノイは リーゼロッテから腕を離した。
そして、自分の左手を リーゼロッテに見える様に上げ、にこりと笑う。
彼の 左の親指には、紺碧色の指環が嵌められていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
出会って 4日目の夜、彼女から渡された物がある。
ラノイとシズ・クランツの 3人の前に陳べられたのは、近付けるだけで 凡ゆる毒素を浄化する、強力な魔法具だった。
自分が傍にいない時に
飲食をする事も多い。
その時 降り掛かる災難を回避出来る様に。
譬え、昼食に 何等かの悪心が篭められていても、これさえあれば 過剰に警戒をする必要はない ––––––そう云った効果を持つ魔法具。
これさえあれば、如何なる場面での飲食にも 躇う必要はなくなる。
それを理解している筈のラノイが食事をしていなかった事が、リーゼロッテには 疑問だった様だ。
あの日から 肌身離さず身に付けている指環を引き合いに出されて、ラノイは 心の中で『そうなんだけど』と呟く。
「そうじゃなくて」
否定の言葉を口にしながら、ラノイは 眉を下げた。
《 リリィが心配だったからだよ。》
そう言葉にして伝えても、怕らく こちらの真意は抒み取ってもらえないだろう、と判断しての事だ。
ラノイは、左手の親指に嵌めた 紺碧色の指環を 一撫でしながら こう続ける。
「リリィの ご飯が、喰べたかったんだ」
ラノイは、あっけらかんと そう言い放った。
心配で心配で 食事-攸ではなかった、と云う心情を押し匿して 笑顔を向けている。
そんなラノイの言葉に 少々 驚いた顔をしたが、リーゼロッテも すぐに笑顔になった。
「では、お作り致しましょうか?」
伝える言葉に迷っての科白に、惟いも掛けない提案が返された。
「! 作ってくれるの?! 」
「はい、わたしで宜しければ」
「うん!」
まさか叶うとは惟っていなかった ラノイは、嬉しそうな声で了承する。
今度こそ 屈託のない笑みを泛かべた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:官吏 - ヨルグ=ヴォルンドン___
遅い昼食後に再開された 午後の政務は、滞りなく進行していた。
妃-手作りの食事を済ませた国王は 何処か機嫌が良く、苛立ちは消え 威圧感も和らいでいる。
「やはり、お妃様は凄いな」
そんな声が、政務室を退出した官吏達の間で交されていた。
今は 公務の邪魔にならない様に、と 後宮へ戻っているが、傍にいなくとも〔獅子王〕の 険しい雰囲気を咊ませる 強い影響力がある。
そんな言葉が、王宮の其処-彼処で交されていた。
自分の身内を後宮へ入れたい大臣達や 高官達は、この状況に 渋い顔をしている。
__〔獅子王〕の 妃への寵愛は、本物だ __
それを見て 感じる程に、リーゼロッテを邪魔に惟うのだろう。
しかし、此処までの影響を与える者を 無闇に傷付ける事は、最早 得策ではない。
そう考えるが故に始まった 貢ぎ物-作戦である。
だが、どう体裁を取り繕っても 気に食わないと云う感情は 日々-益すばかりだ。
尤も、官吏達の多くには 関係のない事だ。
「何でも、陛下が荒れておられるのを
ご覧になって、お妃様が 手ずから
食事をお作りになられたそうだ」
「気遣いが素晴らしいな」
「ああ、本当に有難いお方だ」
この賛辞は、官吏達の仕事部屋や 休憩所でも聴かれていた。
多くの官吏達は、ラノイの慄しさが軽減するなら 妃の素性が知れなかろうが構わなかった。
恐怖に 軀の端々まで硬直する事もなく仕事が出来るのなら、それが一番だと笑い合っている。
その中に在って、手放しで褒め讃える声を 忌々しく惟っている者もいた。
《 面白くない、面白くないぞ!》
談笑する官吏達に背を向ける席で、苦々しい表情をしている。
ヨルグは、ゴルデルの下で働く官吏の 1人で、ゴルデルの思想に色濃く染まった人物だ。
上司が『気に入らない』としている唯一の妃に対して、どうにも悪感情しか抱けずにいた。
《 粗探しをしようにも 後宮へは近付けないし、その他の時間は こっちにも仕事があるし。》
悩むヨルグの後ろで、他の官吏達は まだ王妃を称賛し続けている。
正直、其処に割って入って 大いに批判してやりたかったが、己れの仕事を懈る事は 直属の上司の評価を下げる事にも繋がる。
それを惟えば、手を止める事など出来なかった。
ヨルグは、手許の資料を元に 施策を練り上げてゆく。
そうして 苛々としながらも仕事をし、纏め上げた書類を提出に 席を立つ。
その際、椅子が大きな音を発てたのは ご愛嬌と云うものだろう。
音に驚いた同室の官吏達の視線を受け、寧ろ 積極的に睨み付けてから、彼は 部屋を迹にした。
《 あの役立たず共も 一緒に放逐出来ればいいんだ!》
そんな事を考えながら 廊下を進んでいる時だった。
進む先に、黒髪ではない人物が睛に入る。
この国に於いて 黒髪でない者は異国人だし、王宮に於いて その色を持つのは、素性すら知れない王妃-唯一人だ。
《 また用もなく こんな処をフラフラと!》
見間違える筈もない その人物を睛にして、ヨルグは 一気に頭に血が上った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
午後のお茶の用意に邀う 回廊の途中で、官吏の1人に詰め寄られていたリーゼロッテを見付けたのは、政務室を離れていた クランツだった。
資料を取りに執務室へ戻っていた クランツは、言いがかりに近い文句を延々と続けるヨルグを 厳しい言葉で排除した。
仕出かしたラノイへ向けるモノと同等の 険しく洌い声と睛に、吾に還ったヨルグは すっかり縮み上がっていた。
数秒 訳の判らない声を上げて、謝罪らしき言葉を残して逃げる様に去って往った。
リーゼロッテとしては、実害があった訳でもなく 誰に告げるつもりもなかったのだが、この一件は クランツからラノイとシズへ報告されたらしい。
「大丈夫か?」
午後のお茶の為に 政務室から休憩室へ入って来たラノイの第一声が これだった。
その後ろから、宰相と 王の側近・宰相の補佐と続いた。
彼等の顔を見て 一部始終が報告済みだと察したリーゼロッテは、ポッドに湯を注いで蓋を閉めてから 彼等に浅くも丁寧な礼を執る。
「ナルシェルの王城で 王侯貴族の方達に囲まれた時の事を惟えば、何ともございません」
この 長くはない言葉に、魔法を込めて。
緲かに感じる罪悪感にも似た感情には 気付かないフリをしながら、ゆったりと微笑んだ。
果たして、その効果は すぐ樣 表れた。
「 …………仲は 悪いのか?」
ラノイの気遣わしげな声に『話題を間違えた』と悟るも、表面上は笑みを垉す事なく すらすらと答える。
「良好な関係、とは ナルシェル王の御前でも 申し上げられません」
余りにも正直な表現に、シズ達の顔が驚愕に染まった。
「それは エスファニア王国と、ですか?」
シズ達の知る〔森の妖精〕は、底抜けのお人好しで 身分の上下を問わず 優しい。
厳しい態度を見せたのは、余程の事をした者を前にした時だけだった。
そんなリーゼロッテだけに、彼等には 驚きの言葉だったのだろう。
しかし、これに含まれない人物もいる。
「そなたと、か?」
唯一人 - ラノイだけが、表情を険しくさせていた。
《 あぁ、本当に、何故 この話題を切り出してしまったのかしら。》
他に 幾らでも譚を乖らすに相応しい話題はあったのに、と悔いるも もう遅い。
再び 意識を乖らす魔法を使う事は可能だが、余り重ねると 縣けられた側に支障が出る。
曲がりなりにも〔森の妖精〕であるリーゼロッテの魔法は 強力だ。
ほんの軽い魔法であっても、半年は解ける事がない。
同時に、幼い魔法使いである彼女は、己れの能力を 制御し切れていない。
強めれば『生命を掌る』と云う性質のままに、相手の心身を支配してしまう。
自身が最も嫌う この事象を避けようとすれば、揮える魔法の種類も回数も 自ずと制限される。
つまり、ラノイ達の意識を ほんの僅かに乖らした この魔法-以上の事は、もう出来ない状態なのだ。
《 天候の譚でも何でも良かったのに、わたしは、どうして いつもこうっ〜〜〜〜!》
リーゼロッテは、穏やかな笑みの陰で 己れを罵る様に後悔していた。
そんな彼女に、エディンが 声を掛ける。
「お妃様と、なのですか?」
信じられない、と云う副音声が聴こえてきそうな問いに、リーゼロッテは 貼り付けた微笑を深めた。
「あの国は、領土こそありますが、優良な農地は 殆どございません。 国としては 貧しい部類だと云うのに、軍国主義の国王の所為で 国民は 日々 辣い惟いをし、地方都市などでは 威張り散らす軍人や傭兵に因る略奪も 起きている様です」
前王からクーデターで簒った玉座。
それに今でも座る かの王は、王権を握った瞬間から 軍国主義だ。
それは、富国強兵の思想からではなく、己れ以外の者が 自身-以上の武力を持つ事を恐れての結果だ。
簒奪した王位を、同じ手段で失う事への恐怖。
玉座に相応しいとは云えぬ程に 小物で、愚かで、浅はか。
そんな人物が国政や国力を鑑みず 武力一点に国費を注ぎ込んだ為、ナルシェルは 貧困に喘いでいる。
「その内情を知って、お妃様が 何もせずに?」
「ナルシェル王が 考えや態度を改めなければ、手を貸す事は出来ないのです」
感情を揺らがせる事なく述べられた言葉は、クランツや エディンにしてみれば意外なモノだった。
「それは………… 」
一体どう云う、と問うよりも早く シズが口を敞く。
「狙っているのですね、エスファニア王国の領土を」
「そして〔森の妖精〕をな」
「「 ⁈ 」」
続けられたラノイの言葉に、クランツとエディンが息を飲んだ。
真偽を確かめる様に向けられた視線に、リーゼロッテは小さく、だが しっかりと肯いた。
「事ある毎に、国境を侵そうと 一方的に兵を向けてくるのです。そして、それが阻害され 兵を失ったと云っては、魔人を使って 身勝手な苦情を伝えてくる様な国王です」
ナルシェル王国の貧困は 此処-数年で顕著になり、同時に始まったのが エスファニアへの侵攻だった。
隣国の、何もかもが余りにも恵まれた様子に『あれを手に入れれば綜てが旨くゆく』とでも惟ったのか。
ナルシェル王は、エスファニア王国への侵略を開始した。
勿論、宣戦布告などされていない 一方的な行為だ。
だが、兵を揃え 一気に国境を越えようとしても険峻な山々に阻まれる。
エスファニア王国を囲む様に存在する山脈は、將しく 鉄壁の護りとなっていた。
山間の関所に至る逵は 狭く、大軍を進めるに向かない。
人眼に付かない峠の逵はあれど、通り慣れた狩人達であっても 楽なモノではない。
慣れない上 武装した兵では、峠を越える事は不可能だろう。
そうなると、択べる通路は 山脈の切れ目にある深い森か、深い谿か。
しかし、其処も 決して安全ではない。
否、其処こそが安全ではない。
深い森には 記憶操作を得意とする小人達が住み着き、踏み入る者を容赦なく追い還す。
その際、一切の記憶を消し 恐怖だけを植え付けて。
踏み込めば、翌日には、兵としても駒としても使えない状態になった一団が 森の外で発見されるだけだ。
真面な言語を発する事も出来ない程の恐怖に打ち震え、己れが何者かも忘れた状態で。
幾度 兵を差し向けても、そんな状況が繰り皈されるのだ。
しかし、谿を択べば 殆どの者が生還しない。
魔獣の住処となっている この谿に踏み込めば、容赦なく 集団で襲われる。
牙にも爪にも腐食の毒を持つ 凶悪な魔獣を前に、この逵を択んだ瞬間から脅える兵に 生き残る術などない。
運良く生き残れた者も 五体満足とはいかず、やはり 兵にも駒にもならなくなる。
「それは、姫が創り出した 使役魔獣と云う事ですか?」
「いいえ、昔 あの辺りを支配区域にしていた魔女の遺産です」
森に棲まう小人は 知能が高く 改めて契約を結んではいるが、谿の魔獣は そもそも調伏する事が出来ない魔法生物だった。
故に、リーゼロッテであっても 谿に踏み入れば襲われる。
「本来、毒を持つ使役不可能な魔獣など あの地に置きたくはないのですが、国の護りには使えますし、何撰り………… 」
エスファニアの王侯貴族が、あの地の魔獣を狩る事を娯楽にしていて 殲滅し辣いのだと、リーゼロッテは 苦笑と共に呟いた。
___ 何その貴族コワイ ___
ラノイ-以外の 3人の心の声が、図らずも揃った瞬間だった。
少し 予定していた展開から外れてしまい、あたふたと修正したのですが 過去の話と表現の重複、または 表現違いなどがあるかもしれません。
見付け次第 修正致しますが、発見した場合は こっそりお教えください m(_ _)m
次話は、もう少し早く投稿したく思っております。
エェ、頑張リマストモ! 程々ニネ。




