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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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55/60

55__エスファニア王国の魔法使い 6

ご無沙汰を致しました。

すっかり年も越し、新成人の皆様が成人式を迎える日にちとなってしまいました。

大変お待たせを致しましてございます。


さて、前回、猫の執政官(シエル)より『急遽 エスファニアへ戻れ』と云う命令を受け、ラノイ達を説き伏せたリーゼロッテ。

彼女が エスファニア王国へ戻った場面から、となっております。

リーゼロッテ → クランツ → リーゼロッテ → フェイトゥーダの視点で移り変わります。


では、どうぞ。


  エスファニア王国 / 11時


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


最速でエスファニア城へ翔(と)んだリーゼロッテは、いつも通り フォルモーサ王国の第一王女(アチェート)の幼い頃の姿を模(かたど)る。

いつも通り〔幼き妖精(ファニーナ)〕となって、クロゼットから侍女の衣服を出す。

濃灰色をした 質素なロングワンピースを紱(まと)い、黒いショートブーツを履(は)く。

毛先が くるくると遊ぶ 渋栗色の髪を整えると、すぐ樣(さま) 自室を迹(あと)にした。





数分後、リーゼロッテは 王の執務室を訪れていた。

「お待たせ致しました。 只今 戻りましてございます」

北の王達の件から、まだ 2日しか経っていない。

定期的に顔を出す事が決定していたとは云え、まさかの短期間だ。

フェイトゥーダ達にしても、これ程 早く呼び戻す事になるとは惟(おも)っていなかった。

勿論、リーゼロッテとしても これは予想の外である。

「ああ、ファニーナ、お帰り」

いつもとは異なり、やや苦笑いを泛(う)かべている若き王(フェイトゥーダ)の隣には、これまた いつもと異なり、すっかり恐縮している若き王妃(フローリェン)がいた。

「ごめんなさい、ファニーナ。 疲れているでしょうに、こんな………… 」

何処(どこ)で何をしているか知らなくとも、この王城の者達は何も問わない。

其々(それぞれ)が、彼女は優しいが故(ゆえ)に『遠方で 誰かの援(たす)けとなっているのだろう』と推測を立てている。

だからこそ フローリェンは、今回の事でリーゼロッテを呼び戻すに至ってしまった事に、深く責任を感じている様だった。

「いいえ、フローリェン様」

そんなフローリェンの言葉を遮る様に、リーゼロッテは 静かに首を振った。

「今回の事は、わたしに責がございます」

北の王達の訪問が 余りにも唐突だった事で、対応に気が急いでしまっていた。

その為、折角 エスファニア城へ戻って来ていたと云うのに、セルフィユに会う時間すら捻出-出来ずにいた。

いや、捻り出す事は 出来た筈だ。

その為の時間的余裕がなかった訳ではないのだ。

啻(ただ)、彼女の気持ちが 此処(エスファニア)になかっただけで。


《 あの時、ほんの1時間でも セルフィユ様にお会いしていれば…………。》


幼い少年に 辣(つら)い念(おも)いをさせる事はなかっただろう、と後悔するも 今更だ。

今は、一刻も早く 苦痛を和(やわ)らげてやるのが先決だろう。

そう惟(おも)い直して、リーゼロッテは フローリェンに問い掛けた。

「セルフィユ様は、お部屋でしょうか」

「ああ」

これに答えたのは、フェイトゥーダだった。

「お怪我を爲(な)さった方達の ご容態は?」

「怪我-自体は 大した事ないんだけど、今は大事(だいじ)をとってもらっているよ」

フェイトゥーダは、傍(かたわ)らの王妃(つま)を気遣いながら、いつもと変わらず 柔和に談(はな)す。

これを請けて、リーゼロッテは 小さく肯(うなず)いた。

「承りました」

退室の為 礼を執(と)ったリーゼロッテに、不安そうなフローリェンの視線が向けられた。

「ファニーナ………… 」

心優しき王妃が案じるのは、扉の前の 幼い姿の魔法使いだ。

前回も今回も、急な事だ。

而(しか)も、異国の地での勗(つと)めを中断させて 呼び戻してしまったのだ。

それだけに 無理をさせたのではないか、その所為(せい)で 後(のち)に不調を來(きた)すのではないか。

胸にあるのは、そんな不安だった。

「大丈夫ですよ、フローリェン様」

揺れるミントグリーンの瞳へ 穏やかな微笑を向けて、リーゼロッテは 王の執務室を辞した。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



その趾(あし)で邀(むか)ったのは、医務室だった。

明るく 広い室内に、緲(かす)かに薬の匂いが漂っている。

入口から入ると、すぐに 城付きの医師と薬師・彼等の補佐をする看護師や 見習いの薬師などと視線が合う。

彼等は〔幼き妖精(ファニーナ)〕の姿を見ると、ほっとした様に微笑み 浅く会釈をしてきた。

これに 目礼で応(こた)えながら、医務室の奥へと進む。

淡いクリーム色のカーテンの向う、窓-近くのベッドが 幾つかある。

其処には、フェイトゥーダの言った通り、若い侍女と 侍従がいた。

2人は、ベッドの中で上体だけを起こしている。

どちらも 悲痛な表情で沈黙していたが、カーテンの陰から現れた〔幼き妖精(ファニーナ)〕の姿を認めると 縋(すが)る様な顔に変わる。

「「 ファニーナ様!」」

「そのままで、楽に爲(な)さっていてください」

今にもベッドから出そうな 2人へ、制止をかける。

何とか身を乗り出しただけに留(とど)まったが、焦りを俔(うかが)わせる態度は変わらない。

「吾々(われわれ)よりも、セルフィユ様が!」

自分達の怪我の原因となった 王妃の実弟の事が、心底 心配なのだろう。

侍女も侍従も やや混乱した様子で、口々に セルフィユを案じる言葉を紡ぐ。

「陛下より俔(うかが)っております、大丈夫です」

止(と)め処(ど)なく言い募られて、リーゼロッテは 雍(やわら)かく笑み垉(くず)れた。

幼い顔に似合わない 大人びた笑顔だったが、疑問を懐(いだ)く攸(どころ)か 違和感をもつ事もなかったらしい。

ベッドの上の 2人は、急速に落ち着きを取り戻した。

これに 更なる笑みを泛(う)かべて、リーゼロッテは 1ッ の提案をする。

「もう暫(しばら)く、我慢をしていただけますか?」

抽象的な この言葉だけで、何を示唆されたのか察したのだろう。

「!   はいっ」

2人の若き使用人達は、雲間から陽が差したかの様な 明るい笑顔をみせた。

「待ってます。 だから、早く セルフィユ様の処へ」

「畏まりました、直(ただ)ちに」

小さく頷いて、リーゼロッテは こう付け加えた。

「ですから、どうか そのままの笑顔でいてください」

これまた抽象的な言葉だったが、侍女にも侍従にも きちんと伝わった様だ。

「「 っ   はい!」」

2人は しっかりとした意思を双眸に宿しつつも、実に嬉しそうに笑った。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



数分後、リーゼロッテは 西の翼棟へ来ていた。

趾(あし)を停(と)めたのは 3階の一郭、或(あ)る部屋の前。

サマリア王国からエスファニア王国へ嫁いだ 若き王妃(フローリェン)の実弟 - セルフィユの部屋、その扉の前だ。

「セルフィユ様」

ノックをする事なく そう声を掛けると、扉の奥から 驚いた様な吃声が洩れた。

「開けてくださいませんか?」

殊更(ことさら) 穏やかな声で、そう願い出る。

魔法使いである彼女ならば、觝(ふ)れるだけで 鍵を開ける事も可能だ。

しかし、今それをする事に 何の意味もない。


  「っ  ダっ、ダメ!」


事実、セルフィユは、会いたいと我儘(ワガママ)を重ねてきたリーゼロッテの訪問にも その扉を開ける意思を示さない。

寧(むし)ろ、頑(かたく)なに拒絶した。

「開けてほしいのです」

普段よりも ゆっくりとした口調で、綯(ゆる)やかに そう願う。

此処で命令口調でも使えば、扉は、間違いなく セルフィユの手で開けられるだろう。

本人(セルフィユ)の意思とは関係なく、リーゼロッテの願いは叶えられる。

開(・)け(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)と云う気持ちにさせてしまうのだ。

〔森の妖精(イリフィ)〕として具(そな)える、生命(いのち)を掌(つかさど)る仂(ちから)が これを可能にしてしまう。

だから、彼女は もどかしく惟(おも)いながらも 願うのだ。

しかし、今回は、セルフィユも頑固だった。


  「ぼく、悪い子なの! 悪い子だからっ、だからっ」


泣き声が、扉の向うから聴こえてくる。

「セルフィユ様」

何とか声を殺そうとして、それでも漏れ聴こえてきた泣き声だった。

胸を締め付けられる様な そんな泣き方を、7歳の少年がしているのだ。

リーゼロッテの 灰色の瞳が、悽(いた)みに歪んだ。

「申し訳ございません。 わたしの配慮が足りないばかりに、セルフィユ様に、こんなにも お辣(つら)い思いをさせてしまって………… 」

詫びの言葉を述べるリーゼロッテを、喫驚した声が遮った。


  「 ⁉︎  違う!」


強く否定したセルフィユは、そのまま 自分が悪いのだと言い出した。


  「ファニーナの所為(せい)じゃないよっ?

   ぼくが我儘(ワガママ)ばかりしたからだよっ。

   ぼくが ちゃんといい子にしてなかったから、

   だから、皆を困らせちゃったし、怪我だって

   …………け が、だ って……………… 」


侍女と侍従の2人に怪我をさせてしまった、その時の事を 鮮明に思い出したのだろう。

扉の奥から 息を噦(しゃく)る程の泣き声が届く。

これに、リーゼロッテは 眉尻を下げる。

こうなった要因が、彼女の 配慮に欠けた行動にある事は明白だ。

まだ幼い少年の心を慮(おもんぱか)れずにいた事が、そもそもの発端なのだ。

セルフィユが自分を責める必要はないし、況(ま)してや リーゼロッテを祐(かば)う必要もない。


《 お優しい セルフィユ様。》


こんな時だと云うのに 優しい心遣いが嬉しく、それが出来るセルフィユを誇らしくも想い、だからこそ かの少年の心中を想う程に 罪悪感に苛(さいな)まれた。

故(ゆえ)に、彼女は 複雑な表情になっていた。

だが、今は、扉の前で懺悔している場合ではない。

リーゼロッテは、佇んだまま睛(め)を閇(と)じ、ゆっくりと 扉の向うへ語り掛けた。

「大丈夫ですよ、セルフィユ様」

声に、ほんの少し魔法を乘(の)せて、更に続ける。

「今も、わたしを信じてくださいますか?『わたしが 大丈夫と申し上げたなら 何が起きても大丈夫なのだと、信じてくださいませんか?』」

室内で、少年の吐息が震えたのが判った。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



曾(かつ)て、同じ言葉を セルフィユに語り掛けた事があった。

当時のサマリア王国の エステート伯爵家の娘 - フローリェンと エスファニア国王 - フェイトゥーダの婚約が結ばれた数日後に、リーゼロッテと セルフィユ達は出会った。

正確には『フローリェンを王妃に』と希(のぞ)んだ フェイトゥーダの願いで、サマリア王国にいる フローリェンの家族の身の安全(・・・・)を確保する為に。

あの時 王妃の座に在(あ)った〔黒の魔女〕の魔手が伸びる前に フローリェンの家族を救い出し、エスファニア王国へ迎える為に。

リーゼロッテは、未亡人(フローリェンの母)と その息子(フローリェンの弟)の許(もと)へと邀(むか)ったのだ。

突然 現れたリーゼロッテに警戒を強める 2人にフローリェン-直筆の手紙を渡し、それでも戸惑う母子へ向けた言葉だ。

リーゼロッテは、敢(あ)えて その時の科白(セリフ)を口にする。

効果は 覿面(てきめん)だった。


  「うっ   うわぁあああん」


数瞬の沈黙の後(のち)、慟哭と表するに相応(ふさわ)しい程の泣き声があがる。

扉越しに これ聴いて、リーゼロッテは 取手(ノブ)に手を掛けた。

掛かっていた 3種類の鍵は、彼女が觝(ふ)れるだけで 外(はず)れた。

外からは操作が出来ない 2ッの内鍵(サムターン)も、ひとりでに解錠されたのだ。

序(つい)でに、扉の前に置かれていた 小さな棚と椅子までもが、音もなく移動している。

「セルフィユ様」

礙(さまた)げるモノがなくなった扉は 無抵抗に敞(ひら)き、リーゼロッテは ゆっくりと室内へ歩を進める。

睛(め)にしたのは、奥のベッドの上で蹲(うずくま)る様にしつつも こちらを見詰める愛らしい少年の姿。

痛々しく泣き腫らした睛(め)から ぼろぼろと泪(なみだ)を流す、セルフィユの姿だった。


  「ぁ  っふぁ、ふぁ に、な………… 」


ひぐえぐ と、噦(しゃく)りあげながらも、睛(め)を乖(そ)らす事なく 自分を見詰めている。

リーゼロッテは、泪(なみだ)に融(と)けた 翠(みどり)色の瞳にも 穏やかな笑みが映る様、心懸(こころが)ける。

「悚(こわ)かったのですね」

脅(おび)えさせない様に、同時に 焦らさない様に、歩調にまで気を配りつつ セルフィユに近付いた。

そんなリーゼロッテへと、少年の小さな手が、子供特有の細い腕が、縋(すが)る様に伸ばされた。

少し歩を速めて ベッドに近付き、伸ばされた手を把(と)る。

一瞬 グッと握られた両手は すぐに離され、換(か)わって リーゼロッテの背へと回された。

「うえぇええぇ」

抱き付いて 号泣し始めたセルフィユに、少々 驚いたらしい。

リーゼロッテは、寸時 動きを停(と)めた。

それでも、すぐに 小さめの頭へ手を伸ばす。

「大丈夫です、もう 大丈夫ですよ」

優しく囁きながら、ゆっくりと 金茶色の髪を撫でる。

侍女の仕着せに 顔を擦(こす)り付ける様にして 泣き噦(じゃく)るセルフィユは、何度も頷いてはいるが 慟哭を止められずにいた。


《 本当に 申し訳ございません、セルフィユ様。》


リーゼロッテは、悔やんでも悔やみきれない念(おも)いを 胸の奥に押し込めて、腕の中の 小さな少年を労(いたわ)り続けるのだった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




  ラッケンガルド王国 / 11時半頃


___視点:側近 - クランツ=バルトロメイ___


薄曇りの昊(そら)から 弱々しく春の陽が射す中、王の執務室を訪れた面々は 脂汗を掻いていた。

暖炉に火は点(とも)っているが、暑い程ではない。

寧(むし)ろ、窓を背にする大机-越しに 彼等を睥睨する青年の所為(せい)で、室温は 少し低く感じられた。

無言で威圧を縣(か)ける青年を、低頭したまま ちらりと見遣(みや)ったのだろう。

誰かの喉が、ごくり と音を発(た)てた。


《 罷(や)めてくれませんかねぇぇぇ!》


クランツは、激しい眩暈(めまい)の中 脳内で噭(さけ)んでいた。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



  時を遡(さかのぼ)る事 - 数分。


リーゼロッテが エスファニア王国へ発(た)った後、ラノイは 恐ろしいスピードで執務を熟(こな)した。

自分から離れた 魔法使いの道中の危険を案じながらも、どうにか その事を考えまいとして、その結果 仕事の手を休められずに。

時々 執務室を訪れる臣下達の、拙く不備の多い報告や嘆願に、これ祥(さいわ)いと 不機嫌を撒き散らしつつも。

執務室で行(おこな)う書類精査の綜(すべ)てを、午前の内に片付けていた。

手が空(す)いて、改めて リーゼロッテの身を案じていた攸(ところ)に、彼等がやって来た。

対処を任された案件に対する 献策にやって来た訳でもなければ、報告があった訳でもない。

「本日は、南の地域の特産品を お持ちしました」

まだ仕事中であるにも抅(かかわ)らず、やって来た この大臣は、そんな事を言い出した。

彼の背後には、2人の高官と 3人の官吏(かんり)がいた。

1人の官吏(かんり)の手には 高価そうな箱があり、別の官吏(かんり)は 手の込んだ作りの 薄い冊子がある。

もう1人の官吏(かんり)の手には、見るからに珍しい果物が盛り付けられた筺(かたみ)があった。

指示された官吏(かんり)は、その筺(かたみ)を 数歩-先にあった宰相の机に置いた。

彼が持っていたのは、王への献上品だ。

間違っても 宰相の机に置くべきではない。

だが、窓を背にし 息が詰まる程の威圧を撒くラノイを前にしては、これ以上 進み出る事が出来なかったのだ。

大臣にしても これは同じだったらしく、低頭しながらも 顔色を窺(うかが)う様な視線をラノイに向けている。

こう云った態度は、珍しくない。

〔獅子王〕は、威圧と恐怖の対象だ。

身分もまちまちな 6人の臣下達は、彼の機嫌を損ねない様 細心の注意を払いながら、ちらちらと顔色を窺(うかが)っている。

誰かの喉が、ごくり と音を発(た)てた。

「それと、こちらは……………… 」

別の官吏(かんり)が手にしている物を示そうとした大臣が、静かに息を詰めた。

舒(の)し掛かる様だった威圧が、鋭い刃を惟(おも)わせるモノへと変化したのだ。

最早(もはや)、殺気と云っても良い。

やって来た 6人と共に、室内にいたクランツまでもが 一気に青褪(あおざ)める。

「あ、あ、いえ、その………… 」

大臣は、言葉にならない声を零(こぼ)し、ぶるり と身を震わせた。

恐怖からか、流れ出る脂汗が酷くなっている。


《 罷(や)めてくれませんかねぇぇぇ!》


自席に座っていて尚(なお) 倒れそうになっているクランツの、脳内での噭(さけ)びが届いた訳ではないだろう。

だが、何度か 葛藤する様な素掉(そぶ)りを見せた後(のち)、大臣は 更に深く頭を下げた。

「そ、それと、こちらは お妃様へ………… 」

震える声で 深い赤の布張りがされた 高級そうな箱を残し、もう1ッは 示す事もなく、彼等は 王の御前を辞した。





大臣と その取り巻き達が退室すると、ラノイの殺気は ゆっくりと霧散した。

しかし、彼の機嫌が直る様子はなく、表情が咊(なご)む気配もない。

それでも、だいぶ 剣呑さがマシになったからか、クランツは 椅子の背に凭(せもた)れつつ 息を咐(つ)いた。

「 …………また増えましたね」

ずしり と軀(からだ)が重く感じる程 疲弊していたが、今のラノイを前に 沈黙しているのも耐えられなかった。

そんな理由で、クランツは 無難な話題を振った。

「 –––––––––––––………… 」

「陛下?」

返事がない事で 視線を繞(めぐ)らせたクランツは、ラノイの表情を見て 睛(め)を丸くする。

大机に両肘を着き 組んだ手の甲に顎を乗せたラノイは、不機嫌から一変し、愁(うれ)いを滲ませていたのだ。

「リリィは、魔法使いなんだよね」

「何ですか? 今更」

「歌は 基(もと)より、共に過ごす時間-攸(どころ)か 魔法で会話するだけだって、綜(すべ)てが 取引材料になるんだろうな、って惟(おも)って」

自分に重ねているのか、自分よりも憫(あわ)れに惟(おも)っているのか。

ラノイの表情は冴えない。

そんな王の言葉に、クランツは 零(こぼ)れそうになった言葉を飲み込んだ。


《 それは、陛下だって同じ…………。》


王とは、綜(すべ)てを持っている者を示す。

地位・身分・権力の頂点に立つ者とされる。

仮令(たとい) 事実は異なっていようとも、その権威に 多くの者達が簇(むらが)ってくる。

周囲から寄せられる好意も 向けられる悪意も、同じに感じる程だ。

その中に在(あ)る所為(せい)か〔森の妖精(イリフィ)〕である幼い魔法使い(リーゼロッテ)には、どうしても親近感が湧くらしい。


《 本当に、陛下には あの方が必要なんですね。》


惟(おも)えば、最初から、ラノイは リーゼロッテに対して無防備だった。

知り合って何分もしない内に 素(す)の自分を見せ、10数分も経たない内に 身近に置く事を決定した。

普段のラノイならば、決してしない行動だった。



  今-現在の執着も納得せざるを得ない、のか?

  いやいや、駄目だろう。陛下が無体を強(し)いたら

  この国が滅びるんだ、しっかりしなければ。



蓄積した精神的な疲労からか、纏まらない考えが 頭を掠(かす)める様に流れて消えた。

苦言を呈する立場のクランツだが、こんな状態では 諫(いさ)める言葉の一ッも出なかった。

宰相(シズ)も 側近(クランツ)も、王を支える者だ。

如何(いか)なる時も 近くにいて、王と運命を伴(とも)にする。 その覚悟はある。

だが、所詮は それだけだ。

王の孤独を和(やわ)らげる事は出来ても、根本的に癒す存在にはなれない。

その事は、リーゼロッテと出会ってからのラノイを見て、厭(いや)と云う程 感じていた。


《 王妃にと希(のぞ)むには、いろいろ大変な方なんですけどねぇ。》


リーゼロッテは〔森の妖精(イリフィ)〕であり、周辺国と繋がりが深い人物であり、エスファニア王家の血筋をひく姫でもある。

吹けば飛ぶ様な小国が希(のぞ)むには、余りに分不相応な相手なのだ。

ラノイの執着は判るが、出来れば罷(や)めてほしい。

クランツは、ぼんやりと そんな事を考えながら、壁へ 睛(め)を向ける。


《 今頃、エスファニア城でしょうね。 着いて い…………ますよ ね?》


ふわりと過(よぎ)った疑問に 若干の不安を懐(いだ)いて、クランツも 隣国のある方角へ視線を向けるのだった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




  エスファニア王国 / 12時


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


号泣するセルフィユを宥(なだ)めて 泣き止ませ、少年の心が落ち着くまで 譚(はなし)を聴いた後(のち)。

リーゼロッテは、再び 医務室を訪れていた。

勿論、横には セルフィユもいる。

躇(ためら)いがちに医務室へ踏み込んだ 小さな少年の姿を見付けて、医師と薬師・彼等の補佐をする看護師や 見習いの薬師達が 綯(ゆる)く眦(まなじり)を下げた。

そして、随伴するリーゼロッテへ 浅く一礼をし、其々(それぞれ)の業務に戻る –––––––フリをして、ゆっくりと部屋の片隅へ集まった。

緊張に軀(からだ)を硬張(こわば)らせる セルフィユの邪魔にならない様、何撰(なによ)り これから行(おこな)われる事柄を見遁(みのが)さない様。

彼等は、奥まで見通せる 一郭へと、息を潛(ひそ)めた。

医務室の者達までもが固唾を呑む中、セルフィユは カーテンの向うへ趾(あし)を進める。

医務室の入口から見えない様にと仕切られた先、幾つか陳(なら)ぶベッドにいた者と 視線が交わる。

「!–––––––––––– セルフィユ様っ」

侍従があげた声に、侍女も セルフィユを見た。

カーテンの陰から半歩-程度 進み出ただけの小さな姿は、数㍍離れていても判るくらい震えていた。

「 ………あ、あの………… 」

小さな少年の 緲(かす)かな声は、未(いま)だ カーテンの陰にいるリーゼロッテにしか聴き取れなかっただろう。

事実、侍女は セルフィユの赤くなった眼許(めもと)や鼻頭に、睛(め)を潤ませた。

「ああ、お可哀相に。 そんなに睛(め)を腫らして」

「ご、ごめ………… 」

再び 浅く噦(しゃく)り出したセルフィユを見ていられなかったのだろう。

「大丈夫です、このくらい何ともありません。すぐ痊(なお)ります」

「おれも 趾(あし)を捻(ひね)っただけですから」

侍女も 侍従も、明るい笑みを泛(う)かべたまま きっぱりと言い切った。

誰よりも自分を責めて苦しんでいたセルフィユを、責める者などいなかった。

これを、頭ではない部分で感じ取ったのか。

セルフィユの睛(め)の縁には 見る間に熱い水が溜まり、小さな唇は くしゃりと歪んだ。

「さぁ、セルフィユ様」

泣きそうになっているセルフィユに、リーゼロッテは 両手を差し出した。

魔法使いの両手には、光りが載っていた。

仄(ほの)かに発光する 柔らかい色の それは、極-小さな光りの集合体だ。

促(うなが)されるままに、セルフィユは、小さな手で それを掬う。

幼い手に乗った 僅(わず)かばかりの光り達は、それでも 其処から零(こぼ)れ隕(お)ちる事なく、セルフィユの掌(てのひら)に収まった。

少年は 慎重に踵(きびす)を皈(かえ)して、ベッドの 2人の許(もと)へ近付いた。

まずは、侍女の腕に 光りを沃(そそ)ぐ。

軽度の火傷は、見る間に消えた。

眼の前で痊(なお)った事を確認して ほっとした表情を見せもしたが、セルフィユは すぐにカーテンの際へと戻る。

足早に戻り 光りを掬って、気を付けて ベッドまで往(ゆ)く。

今度は、侍従の顳顬(こめかみ)の打撲へ 光りを沃(そそ)いだ。

同じ様に、セルフィユは、何度も 2人とリーゼロッテの間を往(い)き復(き)して、2人の怪我を 1ッ1ッ痊(なお)す。

そうして、綜(すべ)ての怪我が痊(なお)された。

「ありがとうございます、セルフィユ様」

「もう何ともないです、ありがとうございます」

飽く迄(まで)も優しい 2人に、遂(つい)に セルフィユの我慢は利(き)かなくなった。

「うっ、うっ、うぇぇん」

泣き出した 小さな王義弟を、ベッドから降りた侍従と侍女が抱き締める。

左右から抱き締められて、一層 泪(なみだ)が盈(あふ)れる。

「泣かないでください、セルフィユ様」

「ご、ごめ   っ、ごめん れ?」

ひぐえぐ と泣く少年の 舌の回らない謝罪に、2人の眼許(めもと)にも泪(なみだ)が浮き 抱き締める腕に力が篭(こも)る。

「はい」

「吾々(われわれ)は、セルフィユ様が大好きですよ」

部屋の隅から これを静観していた医務室の面々も貰い泪(なみだ)を流しながら、侍従の言葉に 全力で肯(うなず)いていた。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




  エスファニア王国 / 12時30分


___視点:エスファニア王国 国王 - フェイトゥーダ=エヴァン=ナヴァール___


執務室へ戻ったファニーナから 報告を受けて、僕は 密(ひそ)かに息を咐(つ)いた。

ファニーナに任せておけば大丈夫だと確信していたけれど、それでも 早急に解決させてくれて ほっとした。

昼食も喉を通らない様子のフローリェンも心配だけど、何撰(なによ)り 朝食すら口にしていないセルフィユの事が気懸(きがか)りだった。

「ご苦労様」

僕は、ファニーナへの犒(ねぎら)いの言葉を口にしながら、軽く抱き寄せていたフローリェンの肩を そっと撫でた。

「ありがとう、ファニーナ。こんな事で 貴女を頼ってしまって、本当にごめんなさい」

この 2時間弱、フローリェンは後悔しっぱなしだった。

自分が姉として不甲斐ないばかりに、多忙のファニーナを呼び寄せ 都合良く使う様な事になったんだ、とか。

もっと しっかりしていれば、ファニーナに頼り切ったりせずに済んだのに、とか。

そもそも、ファニーナを呼んだのは シエルだし、セルフィユの事は 不幸な偶然が重なっただけだ。

何度も そう言い含めたけど、少し持ち直しては すぐに落ち込むを繰り返していた。

エステート家の姉弟は、こう云う時に ちょっと後ろ向きになりがちだ。

そんなフローリェンを ちゃんと理解してくれたんだろう。

ファニーナは、ゆったりと微笑んでから、深々と礼を執(と)った上で 頭(こうべ)を垂れた。

「滅相もございません。 この身は、皆様を護り 尊(たっと)ぶ為に在(あ)るモノ。 どうか、ご存分にお使いください」

それは、揺るがない言葉だった。

そして、以前も向けられたモノだった。

ファニーナは、僕の〔盾にして劔(つるぎ)なる者〕だと。

同時に、その盾も その劔(つるぎ)も、僕が護る綜(すべ)てへ向けられるモノなのだと。

改めて、そう示してくれた。

「変わらないね、ファニーナは」

子供らしからぬ凛とした言葉と態度に、面啗(めんくら)ったのか。

フローリェンの心も穏やかになった様だ。

いや、これは 魔法のほうかな。

「もう戻ってしまうの?」

さっきまでの自責の念が すっかり取り払われたフローリェンは、ふと そんな事を尋ねた。

唐突な問いに 僕は睛(め)を丸くしたんだけど、どうやら 指摘は的を射ていたらしい。

一度 姿勢を正したファニーナが、軽く頭を下げる。

「遽(あわただ)しくて申し訳ございません」

謝罪してから、言葉を補った。

「許可はいただきましたが、旁眼(はため)には 抜け出して来てしまった状態ですから」

直接 関わっている人にだけ談(はな)して、急いで来てくれたんだね。

きっと、2日前の事だって 同じ様に無理を押し通してくれたんだろうな。

ひょっとしなくても、数人くらいにしか 事情を説明してなくて、他の人は ファニーナの不在すら知らない状態で。

早く帰らないと 騒ぎが起きてしまう状態とかかな。

「セレディンが会いたがっていたんだけど」

これは、引き止められそうにないな。

「 …………何か遭(あ)ったのですか?」

「そう云う訳じゃないよ」

ああ、いけない。声に出していたみたいだ。

僕は、さっきの呟きを聴き遁(のが)さなかったファニーナへ ちょっと苦くなった笑みを向けた。

「この前の時は、北方の王達がいて 碌(ろく)に談(はな)せなかっただろう? それで、気にしているんじゃないかな」

と云うか、単に 会いたいだけだよ、セーレンは。

ファニーナは 惟(おも)いもしないだろうけど、セーレンは 君(きみ)の事が大切で大好きで。

でも それは、セーレンだけじゃなくて、サマリアの王と 王弟も同じで、きっと この間の北の王達だって、ファニーナを 心から希(のぞ)んでる。


《 まぁ、ファニーナが自力で気付く事はないんだろうけど。》


こう云う事には、吃驚(びっくり)するくらい訒(にぶ)いから。

セーレンも、今の攸(ところ) 伝える気はないみたいだし。

『絶対 気付かないんだろうな』なんて考えている間、ファニーナは 何かを考え込んでいた。

「今は、お出掛けになっておられるのでしょうか」

「ああ、領地のほうにね」

僕の言葉に、幼い姿の魔法使いは ピキンと固まった。

「 ––––––––––––まだ、悚(こわ)いのかい?」

「 …………はい」

僕の問いに 繊細(かぼそ)く答えてから、ファニーナは 緲(かす)かに眉を寄せて 俯いた。

この城に来た頃、ファニーナは 徹底的にセーレンを避けていた。

正確には『ハーシュフェルダー男爵』を。

だから、その名を継いだセーレンを悚(こわ)がっていた。

ファニーナの父親が ハーシュフェルダー男爵の暴挙に因(よ)って酷い目に遭(あ)わされた –––––––20年以上も前の、この出来事の所為(せい)で。

「判っていても、どうしても あの辺りへは………… 」

絞り出す様な声に、僕は 痛ましい気持ちになっていた。

詳細は、僕も セーレンも知らない。

当時の事を記すモノは ハーシュフェルダー家にもなく、眼の前の魔法使いから訊き出す事は 憚(はばか)られた。

啻(ただ)、衰弱して倒れてしまうくらいの恐怖を懐(いだ)いていたのだけは、実際に見て 判っている。

僕が 言葉を失っていると、袖を引く感覚に 隣を見る。

其処にはフローリェンがいて、睛(め)で問い掛けていた。



  『どう云う事なの?』

  『ああ、談(はな)すと長くなるんだ』

  『セレディン様と、何かあったと云う事?』

  『セーレンと と云うより、男爵家とね』

  『違わないのではなくて?』

  『先々代の譚(はなし)だよ、詳しくは知らないんだけど』



アイコンタクトで会話していると、ファニーナが 顔を上げた。

「毎朝、レディ=シエルと連絡を取っております。 お時間が合いましたら、其処で」

「判ったよ。セーレンが戻ったら伝えておこう」

ああ、やっぱり 領地へは往(い)けないのか。

こんなに避けられるなんて、ファニーナのお父上は 一体どんな目に遭(あ)わされたんだろう。

先々代のハーシュフェルダー男爵は、一体 何をしたんだろう。

こればかりは、セーレンが憫(あわ)れだな。

現-男爵のセーレンには 何の落ち度もない –––––––それが判っていても、ファニーナは 未(いま)だにセーレンの名前すら聘(よ)べないでいる。

友人として 何とかしてやりたいけど、ファニーナの あの拒絶っぷりを思い出すと 迂闊(うかつ)な事は出来ない。

セーレンも同じ事を危惧してか、性急な態度を示していなかった。


《 時間が解決してくれると いいんだけど。》


そんな事を考えていると、ファニーナが 改めて礼を執(と)った。

ああ、往(い)くんだね。

「陛下には、わたしの我儘(ワガママ)をお赦(ゆる)しいただき 感謝しております」

「こっちは、もう平和で安全だからね。ファニーナのやりたい事を優先していいよ」

「ありがとうございます」

静かに 執務室の扉が閉められて、僕は ふぅと息を咐(つ)いた。

いつの間(ま)にか、少し 肩に力が入っていたらしい。

先々代に関わる話題を ファニーナの前でするのは、やっぱり緊張するな。

もう一度 ふぅ と息を咐(つ)いた僕の睛(め)に、フローリェンの姿が映った。

彼女は、閇(と)じた扉を見詰めて、茫然としていた。

「どうしたんだい?」

「 ……………… 」

「フローリェン?」

再度 声を掛けると、漸(ようや)く フローリェンが僕を見た。

「セレディン様が、お可哀相になって………… 」

「ああ、結局 また会えなかったからね」

間(ま)が悪いって云うか、運がないって云うか。

最近のセーレンは、ファニーナと擦(す)れ違ってばかりだ。

流石(さすが)に 可哀相になるね。

「それもあるのだけれど………… 」

僕の言葉に同意しながら、フローリェンは ミントグリーンの瞳を哀しげに細めた。

「何だか…………セレディン様の想いは、叶わない気がして……………… 」

「ええ?」

再び 扉のほうを見たフローリェンの言葉に、僕は ちょっと間抜けな声を出していた。



  叶わない? セーレンの想いが?

  あんなに一途な想いが 報われないって?

  それは、流石(さすが)に ないと…………。

  でも、フローリェンの勘は…………………。



一瞬で そんな事を考えた僕の隣で、フローリェンは 切なそうな睛(め)で扉を見続けている。

あぁ、これは本当に、ちょっと覚悟をしておいたほうが良さそうだ。


《 友人として、どう慰めたらいいんだろう。》


哀しそうなフローリェンの隣で、同じ扉を見詰めながら、僕は 困殆(こんたい)する事しか出来なかった。

最後の1000文字を書くのに、1ヶ月もかかったとか 誰にも言えない (>_<)

そして、まだ その部分だけ気に入らない。


その内、手直しをするかと思います。

メンドくなって放置の可能性も含みます。

結局、成るようにしかなりません。

えぇ、モノグサ野郎なんて そんなモンです。

手抜きと いい加減と その場の勢いで生きています。


次話は、ラノイの視点になると思われます。

この予定は あくまでも予定でしかありません。

つまり『予定は未定』です。


ハイ、イツモ通リデスネ。

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