54__仮初めの妃への貢ぎ物 1
だいぶ ご無沙汰を致しました。
時系列では、前話の騒動から 2日が経ったところです。
午前のお茶の時間に 執務室を訪れたリーゼロッテとクランツの会話から始まります。
では、どうぞ。
___視点:王の側近 - クランツ=バルトロメイ___
午前のティータイムに執務室を訪れたリーゼロッテは、部屋の隅にある台を見詰めて 竚ち停まっていた。
「 ………………全部、ですか?」
「ええ、全部です」
台の上には、様々な箱が乗っていた。
高級そうな革が貼られていたり 漆塗りになっていたりと、どれもが立派な作りで 箱からも高級感が漂ってくる。
これ等-綜てが〔獅子王〕の妃への贈り物だった。
而も、ラノイからではなく 臣下の者達からだと云うのだ。
「 –––––––––––––……………… 」
リーゼロッテは、台の上に陳ぶ箱を じっと見詰めた。
しかし〔魔法使いの眼〕にも、毒や詛いの類いは見出せない。
その事が、余計に 不気味に感じられた。
「興味はないかもしれませんが、一応 睛を通しておいてくださいね」
贈られた品々の目録を手にしながら、クランツが そう言った。
「 ………………一体、何の罠でしょう」
惟わず零れた疑問に、クランツは 苦笑いになった。
これまで 臣下達から妃へ贈られてくるモノは 主に暗殺者で、それ以外は 毒だった。
それが、唐突に 普通の贈り物になったのだ。
余りの急変に 何か裡がある、と疑ってしまっても 仕方がない事だろう。
「陛下の アシュリー姫への執ちゃ…………寵愛っぷりが効いて『排除するよりも 取り入ったほうが得策』と惟い始めての事では?」
クランツは、そう言ってから 苦笑いを零した。
自分で言ってみて、説得力がないと感じたのだ。
あの大臣・高官共が その程度の理由で引き下がる訳がない、と 脳内ツッコミをしたくらいだ。
なので、改めて言い直す。
「後は、この間の暗殺者に対する陛下の対応を知った者達が 妃の排除を諦めた、と云う可能性もあるかと」
商人に扮した暗殺者も それを手引きした者達も、等しく ラノイの前に引き出された。
殺気をダダ漏れにした、猛獣よりも慄しい、ラノイの前にだ。
罪人達は、誰も彼も 人間の顔色ではない程に悪くなっていた。
その様子は、衛兵達の口から拡がった。
これに因って、妃を快く惟わない者達の勢いが殺がれたのは 確かだろう。
だが、これは『受け入れた』と同義ではない。
彼等は、やり口を変えただけだろう。
リーゼロッテを排除して 身内の媛を後宮に斡旋するのではなく、妃に取り入って 身内を後宮へ入れる作戦に変更しただけ。
これは、クランツもリーゼロッテも 察しが付いていた。
「 …………結局、罠と云う事ですね」
「でも、まぁ、いい傾向ですよ」
苦笑気味に首肯したが、クランツは 明るい声で付け加えた。
「これで、悪心を持つ者達-綜てが 唯一の妃の暗殺を すっぱり罷めて、序でに 身内の娘達を後宮へ斡旋する事も とっとと諦めてくれるといいんですけどね」
そう上手く事態が運ばないだろう事は、クランツにも判っている。
それでも、此処までは 概ね願望に副う形になってきた、と安堵している様子だ。
クランツとしては、リーゼロッテの身に危険が迫らない環境になる事が この上なく喜ばしかった。
どれ程 勍いと聴いていても、やはり 心労が絶えないのだ。
何せ、相手は、非公式とは云え 現エスファニア国王の従妹姫であり、エスファニア王国の魔法使いなのだから。
同時に、近隣の国々にも強い影響を及ぼす人物なのだから。
つまりは、周辺国の ラッケンガルド王国への印象を左右する存在なのである。
もしも、一連の事が漏れ伝われば、こんな小国くらい あっと云う間に吹き飛ぶ事になるのだ。
《 考えれば考える程、心臓に悪いですね。》
なので、クランツは、日々なるべく その事を思考の端に追いやって過ごす事にしている。
「アシュリー姫がいてくださって、本当に援かりますよ」
妃-暗殺を通じて、不正を行った官吏や
悪心を懐く大臣などを摘発し易くなった。
今まで 尻尾を掴ませなかった彼等を
厳しく罰する事で、新たに起こる不正や
横領の数も 急激に減ってきた。
そして、何撰りも、国王であるラノイが
真面目に政務を熟してくれている。
何もかもが良い調子だ、と それだけに重点をおく事にしているのだ。
手にしている目録に睛を落として、クランツは 上機嫌に笑った。
届けられた時点で、粗方のチェックは済ませている。
可妙しな細工はなく、どれも 貴人に贈るに相応しい品々だった。
《 これ、売り払ったら 幾らになるんでしょうね。》
この先 幾つか予定されている祭事の予算くらい 余裕で出るのでは…………そんな奸な考えが、クランツの脳裏を ちらりと過る。
直後、声がした。
「気に入った物はあった?」
「っ きゃ」
先程までいなかった人物が、リーゼロッテの背後にいた。
執務の合間に執務室を離れていた若き国王が、いつの間にか リーゼロッテの後ろに竚っていたのだ。
そして、当たり前の様に かの美女へ腕を回している。
「ラっ、ラノイ様っ」
突然の出現に驚いていたのは、リーゼロッテも同じだったらしい。
声を上擦らせ、僅かに 身を硬くしている。
「うん?」
「っ–––––––––––––………… 」
そんな事はお構いなしに、ラノイは、後ろから抱き締めたまま リーゼロッテの横顔を覗き込んでいる。
或る意味、ブレない王様だ。
そんな彼に、リーゼロッテは 言葉を失ったらしい。
《 おや?》
その様子を見て、クランツは睛を丸くした。
いつもならば、速攻で ラノイを剥がしにかかる攸だが、リーゼロッテの意外な反応に 手が止まった。
「リリィ-宛てなんだから、欲しい物があったら 遠慮しないでね」
ふんわりと抱き締めたまま 肩越しに顔を覗き込むラノイにも、リーゼロッテが震える様子はない。
《 以前は 脅えてすらいて、すぐにも『放して』と仰有って、陛下の腕から逃げ出そうとしていたのに。》
更に ラノイの腕の中に扃じ込められる形になったと云うのに、リーゼロッテに変化はない。
後ろから回されているラノイの腕を 気にしていないのだ。
尠くとも、厭がっている様子はない。
ほんの数日で 大きく変わった反応に、益々 クランツの睛が丸くなる。
そんな側近の変化に、若き王が気を配る筈がない。
ラノイの興味は、腕の中にだけ向いていた。
「リリィ?」
「 ………………どうか、こちらの品々は、国費の足しに爲さってください」
「それは援かります」
リーゼロッテからの有り難い申し出に ほぼ反射で答えながらも、クランツは 唖然としていた。
そんな彼に気付いているのか、どうでも良いと考えているのか、そもそも 視界にも入っていないのか。
ラノイは、左手の指先に觝れる 艶やかな銀髪を翫んでいる。
そして、そのまま台の上に陳ぶ箱を見渡し 僅かに眉を寄せた。
「 ––––––––––––リリィ、気に入らなかった?」
「いいえ、決して そう云う訳では………… 」
ラノイは、歯切れの悪いリーゼロッテの、やや俯きがちな横顔を間近から見詰めている。
「うん?」
優しく 言葉の続きを促している。
其処に〔獅子王〕たる姿はなく、2人の様子は 仲睦まじい夫婦にしか見えないものだった。
《 おやおや?》
一体 何がどうして…………と戸惑いながらも この状況を好意的に受け止めて、クランツは なりゆきを見守る。
そんな視線に気付かず、リーゼロッテは ゆっくりと口を敞いた。
「こう云った物を 受け取ると云う事に、抵抗が あって………… 」
「うん?」
「魔法使い同士では、無償での 物の遣り取りがございません。こう云う時には、必ず 何かしらの見返りを求められるモノで…………酷い時には、何年・何10年も経ってから 交換条件を突き付けられたりと………………だから」
受け取りたくないのだと、言外に示している。
これに、ラノイの返答は 短くも優しいモノだった。
「 ……………そっか」
「この場合は、返却する事も叶わないのですが………… 」
どうしても 自分の手許には置きたくないらしい。
哀しそうな微笑みに、ラノイは リーゼロッテを包む腕に 優しく力を込める。
その腕を、リーゼロッテが拒む事はなかった。
《 何だか、いい感じに…………。》
変化を齎したとしたら、あの旅行だろう。
公務を放り出し 護衛を兼ねたお目付役まで撒いて、何日も王宮を開けていた事を赦してはいない。 いなかった。
だが、眼の前の展開に 恚りは すっかり消えていた。
《 公務を放り出して小旅行なんかした時には 肚が立ちましたが、あれには こんなに素晴らしい成果があったんですね!》
国王の不在は 自分達を苦しめ捲ったモノだったが、こうなる為の切っ掛けとなったのなら あの苦労も かなり酬われる。
もし、もしも、この素晴らしい女性を 正妃に迎える事が出来たなら、だいぶ 酬われる。
国としても、側近としても、とても 酬われる。
《 アシュリー姫が正妃となってくださったら、もう陛下のサボり癖に悩まされるなんてなくなって! 日々の仕事が滞る事なんかもなくなって! それからそれから–––––––。》
クランツが 今-現在は まだ夢物語でしかない未来に想いを馳せている間に、ラノイとリーゼロッテの譚は進んでいた。
「じゃ、これは売っちゃおうか」
明るく笑んで、ラノイは リーゼロッテの顔を覗き込んだ。
「ラノイ様………… 」
申し訳なさそうに俯くリーゼロッテに、ラノイは 殊更 明るい笑顔を向ける。
「ね?」
気にしなくていいんだよ、と 囁いて笑う。
「 …………申し訳ございません」
「いいんだよ。リリィの物なんだから リリィの好きにして」
「ラノイ様」
気遣いと優しさを感じる言葉に、リーゼロッテの頬に 小さな笑みが泛いた。
その ほんのりとした笑みは、旅行の前には 決して見られなかったもので。
間違っても、ラノイに後ろから抱き付かれている状況で 見せてくれるものではなかった訳で。
クランツに『理想の未来図』を想像させるには充分な光景だった。
《 陛下が頑張って捕えてくれれば、私の仕事は安泰です!》
クランツは、利己的な思考に がっちりと囚われていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
「セルヴェル=スティングソン…………?」
クランツから告げられた 今後の予定の中にあった名前を、リリィが呟いた。
それと同時に、僕も 声を零してた。
「え゙」
「ぇ?」
反射的に出たのが 匿し様がないくらい 厭そうな声だった所為か、リリィが 僕を振り皈った。
俔う様に見上げる表情も 凄く可愛かったのに、この時ばかりは 堪能する余裕がなかった。
だって、スティングソンだよ?
あのスティングソンだよ?
ラッケンガルド随一の狐オヤジだよ?
そんな奴が リリィに会いたいって言ってるんだよ?
《 何か企んでるに決まってるじゃん。》
リリィの粗を偵ろうとしてるのか、リリィに取り入ろうとするのか。
どっちにしろ、碌な事じゃないに決まってる。
そんな奴と リリィを会わせる? 勿論、厭だけど? 当然、邪魔するけど?
「近々、アシュリー姫に ご挨拶したいそうですから、時間を作ってくださいね」
念を押す様に、クランツが そう言った。
リリィに向けてる言葉だけど、同時に 僕に『絶対 邪魔するな』って言ってる。
何て酷い側近だろう。
この場合『遺憾の意』を示しても赦されるよね。
「陛下、いいですね?」
更に念を押してくる側近に 殺気を飛ばすくらいしても、赦されるよね。
この場合に於いては 適切な対応だよね。
僕は そんな事を考えてたんだけど、結果から云って『遺憾の意』は発動させられなかった。
「ラノイ様?」
リリィが、僕を見詰めてたからだ。
少し心配げな顔で、気遣わしげに見上げてたからだ。
反射的に『大丈夫だよ、心配 要らないよ』って言いたくなっちゃったけど、今回は駄目だ。
だって、大丈夫じゃないし 心配だらけだし。
勿論、僕のほうが。
「会わせたくない」
惟わず零れた心の声に、クランツの睛が細まった。
睨むって どうなの? 僕、国王だよ? 君の雇用主だよ?
まぁ、そんな事 クランツに言っても無駄なんだけど。
言った攸で 聆く耳を持たないって云うか、寧ろ 嬉々として解雇されようとするって云うか…………兎に角、文句として言葉には出来なかった。
現状、クランツを手放すとか出来ないし。
何だかんだと口喧い奴だけど 優秀なんだよね、クランツは。
もう暫くは 扱き使い倒さないと、国政が囘らないし。
「スティングソン家は この国の名家であり、当主は現-外務大臣であり、国政に大きな影響力を持つ家柄です。そう云った家柄の者と 友好な関係を築いてゆく事は、王妃の責務でもあるんですよ」
だけど、この発言は どうなんだろう。
その『王妃としての責務』って、リリィがやるの?
まだ 仮の王妃だよ? それも、無理矢理 屁理屈で捕えた様なものだよ?
そりゃ、対内的には 王妃として振舞ってもらわなきゃだし? 何が遭っても逃がさないし? 遠くない未来、絶対に正妃にしてみせるけどね?
でも、相手は〔森の妖精〕なんだよ?
クランツってば、其処んトコ忘れてない?
「いいですね? 陛下」
おまけに、冷え冷えとした睛で『早く諾け』って威圧するのは、側近の立場として正しいのかなぁ。
悚いから罷めてくれないかなぁ。
ちょっとした現実逃避をしてから、僕は クランツの説得を諦めた。
こうなったら、絶対 折れてくれないしね。
当然、クランツに殺気を飛ばすのも取り罷めた。 後が悚いからね。
だから、その他で 出来る事をしようと惟う。
「絆されちゃ駄目だよ、リリィ」
「はい?」
「スティングソンはね、外面は 物凄くいいけど、肚の中で何を考えてるか判らない人だからね。笑顔に騙されちゃ駄目だよ?」
未だ 僕を心配して見上げてるリリィに、真剣な顔で言い募る。
「ねっ?」
「 …………………はい」
リリィは ちょっと怪訝そうにしながら、それでも 僕に気圧される様にして、だけど ちゃんと諾いてくれた。
《 判ってなさそうだけど! 全っ然、警戒とかしてくれなさそうだけど!》
こうなったら、何とか今から スティングソンを国外の仕事に飛ばすしかないかな。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
お茶の時間が終わり 執務室を辞したリーゼロッテは、後宮へ戻る道すがら 今程の譚で耳にした名前について考えていた。
___ セルヴェル=スティングソン ___
このラッケンガルドの名家の 1ッであり、現政府の中で勢力を誇る実力者の 1人であり、外交を一手に担う実力者でもある。
そんな人物が〔獅子王〕唯一の妃に挨拶をしたいと言ってきているらしい。
通常ならば、この申し出に違和感など懐きようもない。
国の重要ポジションに就く大臣が、王妃に目通りを願っているだけの事だ。
しかし、この国に於いて、リーゼロッテの立ち位置は 実に微妙なモノだ。
国王は 彼女を『唯一の妃』と言い、国内には『妃がいる』と知らされてはいる。
だが、正式に迎え入れた訳ではなく お披露目もされず、の状態だ。
国民にとっては『どうやら存在するらしい』と目されるているだけの、 姿の見えない王妃なのだ。
式すら挙げていない、素性の知れない異国の娘などに 媚び諂う理由などなく、挨拶など必要もなく、交わす言葉も持たない存在 –––––––大臣・高官から そう惟われていても、何等 可妙しくはないのだ。
リーゼロッテを排そうと云う者が後を絶たなかったのも、これが原因だろう。
尤も、それを狙っての事だけに 思う壺だったのだが。
そんな王妃に、奇特にも 会いたいと言うのだ。
国王の寵妃だと 王宮内に広く認識されたのだとしても 不自然で、だからこそ 間違いなく裡がある。
それが判っているから、ラノイは会わせたくないと反論したくらいだ。
しかし、リーゼロッテが引っ掛かっているのは、かの人物の目的についてではない。
《 確か、ヴェルツブリュンで、その称を耳にした様な。》
ヴェルツブリュンは、ラッケンガルドの東にある国だ。
温暖な気候に加え 肥沃な大地の拡がる国で、農耕が盛んだ。
周辺国の食糧を賄って余りある程、豊かな国である。
其処を訪れた際、その名前を耳にした事があったのだ。
《 直接 お睛にかかった事は、あったかしら。》
当時の事を、あれこれと思い出す。
ヴェルツブリュンでの滞在は 予定されたものだったが、惟いがけず 沢山の人と会う事になった。
ほんの 一言二言の挨拶しか交わさず、顔すら 良く思い出せない者ばかりだが、名前だけは 記憶にある。
譚の中に出てきただけなのか、僅かでも 会って会話をしていたのかは、最早 思い出せそうにない。
《 どちらにせよ、この姿ではなかったのだし…………お判りにはなられないでしょうが。》
ラッケンガルドにいる時のリーゼロッテは、本来の彼女の姿を晒している。
或る日を境に、己れの支配区域内ですら しなくなった行為を、この国ではしている状態だ。
ヴェルツブリュンでは、当然の様に 別の姿をとり、別の称で聘ばれていた。
故に、直接 会っていたとしても、今のリーゼロッテと結び付ける事は不可能だろう。
本人も、そう理解している。
だが、若干 会うのに抵抗があるのだ。
《 でも、これも『妃の仕事』なら、しかた………………。》
仕方がない事だ、と 自分を説得しようとしていたリーゼロッテが、不意に 睛を細めた。
蒼い瞳は 虚空を見詰め、柳眉は 僅かに寄せられた。
《 ––––––––––––緊急連絡…………?》
それは、エスファニアにいる猫の執政官より発せられた 緊急要請だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
愉しい筈のお茶の時間が 愉しくない話題で終わり、ラノイは 未だに不機嫌だった。
机に積み上げられた書類の一部を 手許に寄せてはいるが、一枚も処理されていない。
ラノイの顔は 書類に向けられているが、その睛は 一文字も追ってはいない。
「陛下、手が停まってますよ」
自分の執務机で 己れの分の書類整理に精を出しながら、クランツが指摘する。
「さっさと仕事してください、終わらないでしょう」
早く終わらせて帰りたいんですよ、と呟きながら 次々と書類を分別してゆく。
そんな側近の言葉に 渋々と手を動かし始めたラノイだったが、どうしても納得し切れなかったらしい。
「どうしても会わせるのか?」
書類にサインをしつつ、そう問い掛けた。
「当然です」
「どうしても、か?」
「避けられない事と ご理解ください」
「どうしても、か?」
「諄いですよ、陛下」
ぴしゃりと拒絶されても、やはり 納得は出来なかったのだろう。
ラノイの眉は寄ったままだ。
「あちらから要望があって『会わせない』は不可能だと、陛下だって判っているでしょう? アシュリー姫が臥せっているとかなら 未だしも、元気に執務室へお茶を淹れに来ているのに そんな我儘が通る相手だとでも?」
「そうかもしれないが…………… 」
ラノイは、談しながら 手許の書類を処理し終え、次の山から 1束 掴む。
「今だって、エスファニア王国の為に いろいろやってるのに………… 」
「今は陛下の妃として この国にいるのですから、妃の仕事を優先していただかないと」
しれっと言い放ったクランツの言葉に、ラノイの手が停まる。
「クランツ…………シズに似てきた」
「んなっ⁉︎ 」
予想外の衝撃だったのか、クランツが盛大に息を飲んだ。
ラノイの呟きに 相当のショックを受けたらしく、愕然とした表情を晒している。
「っ 兎に角、そんなに心配する様な事でもないでしょう」
多少 動揺の残る声で話題を戻す クランツにも、ラノイの様子は変わらない。
「 ––––––––––––………… 」
「あの方は、誰よりも しっかりしていらっしゃいますし、あの狐-相手でも問題ないですよ」
ラノイが 不機嫌のまま書類に睛を通していると、執務室の窓に 白い小鳥がやって来た。
雀くらいの大きさをした、真っ白な小鳥だった。
「おや」
見慣れない小鳥に クランツが気付いた時、その小鳥は、窓の外の手摺に止まった。
そして、閉まっていた窓ガラス越しに 室内を覗き込んでいる様だった。
側近に攣られて窓のほうへ首を回したラノイが、驚きの声をあげる。
「リリィ⁈ 」
ラノイが 勢い良く椅子から竚ち上がると同時に、ひとりでに 窓が敞いた。
「は?」
細い隙間から 室内に入った小鳥は、ラノイの許へ翔んだ。
「どうしたのっ? リリィ」
ラノイは、そう呼び掛けながら 惶てて小鳥へ手を伸ばしている。
「えっ?」
クランツが驚きの声をあげる最中に、小鳥は 良く見知った美女に変化した。
「ええっ⁈ 」
床に降り竚ったリーゼロッテは、変身魔法に驚く側近と、変身してまでやってきた魔法使いに驚く国王に、こう切り出した。
「どうか、エスファニアに帰らせてください」
「「 えええっ⁉︎ 」」
2人の青年は、声と反応を揃えて 喫驚した。
「待って待って待ってーー⁉︎ リリィ早まらないで落ち着いてーー!」
「何でですかっ? どうしてですかっ? そんなに接待が厭だったんですか⁈ 」
絶叫に近い問い掛けに、帰省を願い出たリーゼロッテが睛を丸くする。
「 ––––––––––––ぇ?」
国王と側近の 想像だにしなかった勢いに、流石のリーゼロッテも面啗ってしまった様だ。
二の句も継げずに唖然としているリーゼロッテに気付く事なく、ラノイは『スティングソンになんか会わなくていい』と言い出した。
「だったら そんな無理なんかしなくていいよっ? 元々 会わせたくない人だし!」
「はあっ⁉︎ 何言ってるんですか駄目に決まっているでしょう! 相手は名家の当主ですよ⁈ そんな勝手は赦しません!」
「『何言ってる』はクランツのほうだよ! たかが臣下の 1人と リリィなら、リリィが優先に決まってるでしょ」
「時と場合に因るんですよ! 今回は 右から左へ流していい様な相手じゃないんです。陛下だって判ってるでしょう⁈ 」
「ぇ、あの…………?」
何故それ程 大事に? と言いたかったのだろうが、余りの勢いに、リーゼロッテは ラノイとクランツの言い合いを止められずにいる。
唐突の請願ではあったが、まさか これ程 取り乱されるとは惟っていなかった。
その為、リーゼロッテは 2人の惟いもしなかった急変に付いてゆけず、茫然と竚ち尽くしている。
「だけど、リリィが厭って言うなら そんな事させたくない!」
「陛下だって判っているでしょう⁉︎ 自分が厭だからって我儘ばかり言わないでくださいよ!」
早口で飛び交う言葉から どうやら勘違いをされていると察しはしたが、口を挟む事は出来なかった。
「あの、そうではなくて………… 」
挟もうとしても、聴いてくれなかった所為だ。
「だけど、リリィ帰っちゃうんだよ⁉︎ 」
「そっ! なら、病気を理由に先延ばしにするくらいは許可しますっ」
「違います、どうか 譚を………… 」
「クランツのケチ! 判らず屋!」
「陛下が我儘なだけで」
「頑固者! 石頭!」
「誰が 「似而非シズ!」 っ、ぬあっ⁉︎ 」
「そそそそう云う問題じゃありません!」
「リリィ、クランツの言う事なんか聆かなくていいからねっ」
「そう云う訳にはいきませんが、こちらにも譲歩の準備はありますよっ」
やっと 2人の視線が自分のほうを向いたのだが、どうやら 気圧されてしまった様だ。
「 ––––––––––––………… 」
リーゼロッテは、驚いた表情のまま固まっている。
「だから、帰るなんて言わないで!」
「アシュリー姫、どうか考え直してください!」
睛を血走らせんばかりの勢いで言い募られて、すっかり腰が引けてしまったらしい。
それでも、何とか気を取り直したのだろう。
「あ、あの…………まずは、落ち着いて………………わたしの譚を、聴いてくださいませんか?」
リーゼロッテらしからぬ 辿々しい言葉にも、眼の前の 2人が気付く事はない。
「うん!」
「吾々は冷静ですよ!」
1㍉も冷静ではない様子に、リーゼロッテは 再び喑黙るのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
数分後、何とか落ち着いたラノイとクランツは、耳にした譚に 睛を丸くした。
「「 え? 」」
「ですから、怪我を させてしまったそうで」
騒ぎの発端は、エスファニア王国の王妃 - フローリェンの 歳の離れた実弟だった。
彼 - セルフィユは、今までの様に〔幼き妖精〕と会えない事に肚を立て、連日 抗議活動をしていたらしい。
と云っても、まだ 7歳のする事だ。
朝の着替えをさせようとする侍女達を困らせたり、食事の度に 我儘を言ったりする程度。
反抗期の症状だと惟えば、大した事はない。
しかし、どれ程 頑張っても 己れの主張が通らない状況に、当人は 相当 苛立っていたらしい。
遂に、小さな騒ぎを起こしてしまった。
そして、その時、良くない条件が揃っていた。
「火傷ですか?」
クランツの問いに、リーゼロッテは 小さく頷いた。
朝の着替えの際、セルフィユは いつもの我儘を言い、侍女達から逃げた。
部屋を抜け出し 廊下を走り、階段を駆け降りようとした。
其処に、セルフィユの朝食を搬んでいた侍女がおり、その傍に 書類を搬んでいた侍従がいた。
セルフィユは、まず 侍女に打付かり、彼女はバランスを坍した。
傍にいた侍従は、それを支えようとして 共に階段を隕ち、彼等は 打撲と擦り傷と 火傷を負ったのだ。
「セルフィユ様は、元々 お優しい方でいらっしゃいます」
自分の所為で2人に怪我をさせてしまったことに驚き 後悔し、自己嫌悪になり 狼狽えていた。
其処へ、決定的な言葉が掛けられた。
こんな子の処には 魔法使いも帰って来ない。
この数日の我儘に 業を煮やしたのか、誰かが そう零した。
「それは……………… 」
セルフィユにとって〔幼き妖精〕は、会いたくて仕方がないと我儘を言う程の相手だ。
その彼女に『会えない』などと云う言葉は、どれ程の絶望を与えただろう。
セルフィユは、意地悪を言い零した者も驚く程 取り乱した。
自分の所為で2人に怪我をさせた と泣いて詫び、もうファニーナも会いに来てくれる筈がない と泣き叫んで、部屋に閇じ篭ってしまったらしい。
それを、朝から 義兄や 姉が宥めようとしているのだが、開かずの扉は 一向に敞かない。
見かねた猫の執政官が リーゼロッテに連絡してきた、と云う事だった。
「此処にいながら 彼等の怪我を痊す事も、セルフィユ様と お談しする事も可能なのですが」
それをしてしまうと『こんな子の処には〜』を肯定する事になりかねない。
セルフィユ少年を慮れば、遠方から〜 と云う手段をとる訳にはゆかないのだ。
「ああ、成程」
エスファニアに帰りたい理由に納得したのか。
クランツは、苦笑いになっている。
ラノイは、落ち着いた睛で リーゼロッテを瞰した。
「じゃ、僕も一緒に………… 」
「陛下には、仕事が詰まっています」
実際に 襟首を掴むと云う行動に出ながら、クランツは 凄絶な笑みを泛かべた。
「だけど………… 」
「書類」
「でも………… 」
「政務」
「だって………… 」
「謁見」
国王を威圧する側近と、反論すらさせてもらえずにいる国王のやりとりに、リーゼロッテは 淡く笑みを零した。
「侍従と侍女-2人の怪我を痊して、セルフィユ様を落ち着かせましたら、すぐに戻りますから」
「そう云う事でしたら、構いません」
「ありがとうございます」
礼を言ったリーゼロッテは、誤解を解き 許可を取る事が出来て ほっとした表情を泛かべている。
そんな彼女を前にしても、ラノイの眉根に寄った皺は戻らない。
「 ………………やっぱり、僕も」
「却下します」
みなまで言わせずにぶった切ったクランツに、ラノイが 不満を濃縮させた様な睛を向ける。
「却下です」
クランツが 掴んだ襟首に入れる力を強めるのを 眼端に捉えながら、リーゼロッテは 小さく笑う。
「すぐに戻りますから」
不満たらたらのラノイへ そう繰り返して、リーゼロッテは エスファニアへ出立した。
何とか書き上がりましたが、推敲しようとしても 文字の上を目が滑ります。
読み返していると云うよりも、眺めている程度になってしまって (◞‸◟)
諦めて投稿する事に致しました。
誤字・脱字・重複表現・時系列の間違いなどがありましたら、そっとお教えください。
後から直します。




