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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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53/60

53__仮初めの妃の裏工作

ご無沙汰を致しました。

やっと書き上げられましたので、投稿いたします。


では、どうぞ。


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


〔獅子王〕唯一の妃を始末する為、隣国からやって来た商人に扮し 王宮に入り込んでいた暗殺者は、国王 - ラノイの手で逮(とら)われた。

その後、石造りの 少し暗い部屋へ入れられた暗殺者は、問われるままに 綜(すべ)てを告白した。

部屋に備(そな)えられていた ちょっと特殊な道具の用意をするまでもなく、すらすらと。

そして、数時間後には 首謀者として 高官-数名が、協力者として 王宮の警備兵-10数名が捕縛された。

暗殺者の捕縛が ラノイの手に因(よ)って行(おこな)われた所為(せい)か、少数の兵しか動かなかった所為(せい)か。

将又(はたまた)、潛(ひそ)んでいた その他の手勢を、リーゼロッテが あっと云う間に制圧した所為(せい)か。

叛逆者達に 動きが察知される事はなく、全員が 寝耳に水と云った様子で、あっさりと捕(つかま)った。

現在は、少し暗い部屋で 厳しい尋問が行(おこな)われている。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



そんな中間報告をしに来たシズとエディンが 後宮を去った後、リーゼロッテは 暗がりの中にいた。

暗いと云っても、叛逆者達が収容された部屋ではない。

彼女がいる場所は、王宮の外宮(がいぐう)にある 女官達の居室棟-その一室だ。

暗いのは、単純に 陽が落ちた時間だからである。

窓から差し込む 僅(わず)かな光りが当たらぬ場所に佇んでいると、部屋の扉が 外から敞(ひら)かれた。

どうやら、この部屋の主人が 帰還したものらしい。

彼女は 惶(あわ)てた様子で部屋に駆け込むと、勢いを殺す事もせず 扉を閉めた。

そして、質素な燭台が置かれた 小さなテーブルに駆け寄った。

何処(どこ)から走って来たのか、息が上がっている。

気が急(せ)いているのか、燭台を探(さぐ)る指先が いろいろな物に当たっている。

リーゼロッテは、その様子を冷静に見詰めて、ふと 左手の指先を振った。

ぽぽっ と、燭台の蝋燭に火が点(とも)った。

暗い部屋が、ゆっくりと オレンジ色の光りに照らされた。

その光りの中にいたのは、この部屋の主にして 衛兵達の宿舎-付きの女官。

少し癖のある黒髪を結い上げて、少し拮(きつ)めの印象を与える 釣り睛(め)の女官。

あの日、池の滸(ほとり)の四阿(あずまや)で ミラベルを威圧していた女官。

本日、後宮-近くで リーゼロッテに偽商人(暗殺者)からの手紙を渡した女官。

ベロニカだった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:衛兵宿舎付き女官 - ベロニカ___


ベロニカは、テーブルの燭台を前に 固まっていた。

まだ、火打ち石を手に把(と)る前の事だった。

なのに、蝋燭に火が点(つ)いたのだ。


《 え?》


躬(みずか)らの行動とは関係なく、急に点(とも)ったのだ。

一体 何が起きたのか、ベロニカは判らなかった。

何度 惟(おも)い皈(かえ)してみても、火打ち石を使ってはいない。


《 な、に…………今、あたしが………?》


反芻して考えるも、自分の仕業ではない。

何せ、火打ち石すら手にしていないのだ。

火種を熾(おこ)せる訳がなかった。

常ならば 原因を探すのだろうが、今のベロニカは 平常ではなかった。

彼女が平常心を失っている理由、それは、妃を暗殺しようとした者が逮(とら)えられたと聴いた所為(せい)だ。

それを指示した高官達も、有無を言わさず逮(とら)えられたと聴いた所為(せい)だ。

そして、その高官の 1人が、自分に毒をくれた人物だと知った所為(せい)だ。



  ___ このままでは 自分も危ない ___



そう感じたベロニカは、身を飄(ひるがえ)して 駆け出していた。

逃げなければ –––––––そう考えて邀(むか)ったのは、正門だった。

だが、正門に近付く事は出来なかった。

共謀者・共犯者・首謀者・協力者、諸々を逃すまいと門は閇(と)じられ 衛兵達が武器を手に列(なら)んでいた為だ。

とてもではないが、啻(ただ)の女官が摩(す)り抜けられる警備ではない。

隠れなければ –––––––そう考えを改めて、人気(ひとけ)のない物置に入り込んだ。

自分の反逆行為がバレているとかいないとかを考える前に、手近な物置に潜り込んだのだ。

物陰に身を潛(ひそ)めていても、外から聴こえる声や物音に ビクビクする事-暫(しば)し。

少し考えられる様になった時には、すっかり陽が暮れていた。



  ___ 何とか逃げなくては ___



頭を駆け巡るのは、それだけだった。

王宮から逃げたとしても 城下に安全な隠れ場所などない とか、そもそも 王宮から逃げられる筈がない とか、常識的な判断は 今のベロニカには出来なかった。

自室として 彼女に与えられた部屋は、衛兵達の宿舎の近くにある。

近付く気になれなかったが 部屋に置いたままの給金と、序(つい)でに 持ち出したい荷物もある。



  ___ 無一文では 宿にも身を隠せない ___



城下に知り合いなどいないベロニカに、選択肢はない様に惟(おも)えた。

ベロニカは、自分の居室へ駆け出した。

走りながら、銭(かね)を含めた 必要最小限の荷物を纏める事・警備の隙を突いて 市街地(そと)へ逃げる事・いざとなったら ミラベルを身代わりにする事などを つらつらと考えていた。

そうして戻った自室で 今、奇妙な体験をしたのだ。

火打ち石を手にする前に 火が点(つ)いた蝋燭を前に、ベロニカは 喫驚の余り硬直したのだ。


《 え?  な、に…………今、一体………?》


幾度 思考がループしても、何度 反芻してみても、自分の仕業ではない。

そうして暫(しばら)くの間 驚きで硬直していたベロニカだが、兎に角 準備をしようと動き出した。

いや、動こうとした。

寝台(ベッド)の傍(そば)にある 小さなクロゼットのほうへ歩き出そうとして、びくりと軀(からだ)を震わせた。

踏み出すより先に向けた視線の中に、白い人影があったのだ。

蝋燭の灯りの中で揺らめく影の様に佇んでいる人物と、睛(め)が合った。

「こんばんは」

穏やかな声で そう挨拶をしてきたのは、こんな場所にいる筈のない人物 。

〔獅子王〕の唯一の妃にして、ベロニカの嫉妬の対象。

銀の髪と蒼(あお)い瞳と云う 異国の色彩をもつ美女 - リーゼロッテだった。

「っ  なっ⁉︎ 」

驚きの余り、碌(ろく)に声も出なかった。



  何故、王妃が此処にいるのか。

  何故、この混乱の中 自分の前に現れたのか。

  どうして、1人なのか。

  どうして、衛兵ではないのか。



そう云った、泛(う)かんで然(しか)るべき疑問は、ベロニカの頭に湧かなかったらしい。

自室に無断で入り込み 暗がりから現れられたら、それが美男美女だろうが 普通にホラーだと惟(おも)うのだが、尠(すくな)くとも 今のベロニカに恐怖の感情はない様だ。

「何しに来たのよ⁈ 」

すぐに敵意を顕(あら)わにし、ベロニカが 叫んだ。

刺す様な敵意を向けられたリーゼロッテは、気にした様子もなく ゆったりと微笑む。

「貴女で 最後ですので」

「はあっ⁉︎ 」

何を言っているのか と、歪めた表情と 吐き捨てる様に向けられた疑問の声が示す。

リーゼロッテは、そんなベロニカに 変わらぬ笑みで説明を付け足した。

「貴女を放置しておくと、無害な少女(ひと)に罪を擦(なす)り付けてしまいそうでしたから。 更に、ご自身は安全な場所に逃亡して 北叟笑(ほくそえ)むなど、簡単に爲(な)さいそうですもの」

「なっ  なに、いっ て………… 」

「お判りでしょう?」

「っ!」

將(まさ)に 自分が考えていた逃亡の一幕を ずばり言い当てられて、ベロニカが たじろいだ。

無意識に動かした左手が テーブルの上の何かに当たり、かちゃり と音を発(た)てる。

その些細な音に肩を撥(は)ねさせても、ベロニカの趾(あし)は ぴくりとも動かなかった。

いつの間にか、僅(わず)かに 息が上がってきていた。

喉の奥から、徐々に固まってゆく様に 乾いてきていた。

唾液を飲み込もうと喉を動かしても 一向に潤わない程、口内も乾いていた。

耳には 喧(うるさ)い程、心臓の音が響いていた。

睛(め)は、雍(やわら)かく細められた蒼(あお)い瞳から離せなくなっていた。

そして、軀(からだ)は、もう 何処(どこ)も動かなくなっていた。

そんなベロニカに、リーゼロッテは『自分が此処に来た理由』を 淡々と談(はな)してゆく。

「ですので、改心(・・)していただきます。 綜(すべ)ては 貴女の企みで、綜(すべ)てが 貴女の行動である、と 素(・)直(・)に(・)証言が出来る様に」

何を言われているのか、思考が追い付かなかった。

啻(ただ)、眼の前の相手が 自分の罪を知っているのだと云う事だけ、理解が及(およ)んだ。

黙らせなければ と云う考えも、既に湧かなくなっていた。

ベロニカは、緲(かす)かに震える事しか出来なくなっていた。

「その手段が やや(・・)強制になってしまう事だけは、詫びておきましょう。 あぁ、悚(こわ)がらなくても大丈夫です。痛くはしませんよ?」

「そ、そんなこ と………で きる わけ、が………… 」

掠(かす)れて 聴き取り難(にく)い 小さな声が、ベロニカの震える唇から零(こぼ)れる。

驚愕と恐怖と動揺とが交(かわ)る互(がわ)る表れる睛(め)で、辛うじて 蝋燭の灯りが届く場所の美女を見詰めながら。

出来る訳がない、と 祈る様に呟いた。

「では 試してみましょう、貴女-ご自身で」

体験すれば いやでもお判りになるでしょう、と リーゼロッテが嗤(わら)った。

「あぁ、先んじて申し上げておきますが、手加減は出来ませんよ? こちらも リスクを背負っていますので、失敗は出来ませんから」

そう言いながら、リーゼロッテは ゆっくりとベロニカに歩み寄った。

そして、左手を 彼女の眼の前にあげる。

つう と、細い指が ベロニカの額に觝(ふ)れた。

「きっと、解ける事はないでしょう。 けれど、貴女には 相応の罰かと」



  ___ 辜(つみ)を悔いて過ごせ ___



頭の中で 洌(つめた)い声が響いて、ベロニカの意識は沈んでいった。

底のない 黒い沼の様な、疲れ果ててた末の 深い眠りの様な場所へと。

抵抗の出来ない 強い力に因(よ)って、深く 深く。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


誰もいない 薄暗い廊下に、リーゼロッテの溜息が 重く零(こぼ)れた。

「 –––––––––––––––早く、戻らなければ………… 」

言葉とは裡肚(うらはら)な 非常に緩慢な動きで、リーゼロッテは歩き出していた。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



後宮の一郭、与えられた部屋へと戻ったリーゼロッテは、細く細く溜息を咐(つ)いた。

窓際に据えられた丸テーブルの上には 温かいお茶が用意され、敞(ひら)かれた窓からは 夜の庭が望めた。

春先の星空を眺める諷(ふう)で、リーゼロッテは 椅子の背に凭(もた)れている。


《 流石(さすが)に、辣(つら)い。》


何度目かの溜息を、ひんやりとした夜風に紛(まぎ)れさせた。





偽商人(暗殺者)が逮(とら)えられ、外宮(がいぐう)の坪庭-付近に潛(ひそ)んでいた者達を拿捕し、首謀者達が捕縛され、その者達の尋問に 人手が割かれる中。

リーゼロッテは、関係者達の記憶改竄に奔走していた。

首謀者-3人の記憶は元より、関わった者達の記憶を 或(あ)る 1点について 丁寧に。

特に念入りに改竄したのは、ミラベルだった。

ベロニカに強要されたとは云え、実際に毒を混入させたのは 彼女である。

だが、リーゼロッテは ミラベルを救いたいと惟(おも)っていた。

しかし、かの女官が実行役になっていた事は 確かだ。

これを、正直に ラノイ達に告げる事は出来なかった。

願いを聆(き)いてくれる可能性もあったが、施政者としては 見遁(みのが)してはいけない犯罪でもあった。

そして、リーゼロッテは、法を紆(ま)げる行為を ラノイ達にさせたくはなかった。

そうなると、取れる手段は 尠(すくな)い。

その中で 最も安全で効率的な方法として、記憶の改竄を リーゼロッテは択(えら)んだ。

ミラベルからは『この件に関わった記憶』を消し、その他の者達には『毒を混入させたのはベロニカである』と云う記憶改竄を行(おこな)った。

ベロニカには、更に特殊な条件を付けて 倆(じゅつ)を施した。

これで、誰が彼等を尋問しても ミラベルの関与が露見する事はなく、ミラベルが自首する事もない。

この件に関しては、当初 決めた通りの結末に変更させる事が出来ただろう。

リーゼロッテとしては、漸(ようや)く 一安心と云った攸(ところ)だった。

結果、現在の疲弊に繋がっていても 後悔はなかった。


《 やはり、魂に觝(ふ)れる魔法は………わたしには、まだ…………。》


使った魔法は、記憶を弄(いじ)るだけのモノではなかった。

勿論 それも可能だったが、魔法使いとして幼い(・・)部類に入るリーゼロッテの魔法では、精々 半年で効力が切れる。

しかし、今回は それでは足りない。

刑が執行された後であっても、己(おの)れの記憶が改竄されたと気付かれる様では駄目なのだ。

その為、もっと確実にして 強力な倆(じゅつ)で書き換えを行(おこな)う必要があった。

択(えら)んだ方法は、魂に働きかけるモノ –––––––あの日、中庭で刃物を向けてきた官吏(かんり)に揮(ふる)ってしまった魔法の強力版だった。

これは、光りを司り 生命(いのち)を掌(つかさど)るリーゼロッテが〔森の妖精(イリフィ)〕として具(そな)えた、特殊な倆(じゅつ)だった。

これを使った反動で、今 リーゼロッテは体調不良を起こしていた。

使用に制限がある訳ではない。

膨大な魔力を必要とする訳でもない。

啻(ただ)、リーゼロッテは この倆(じゅつ)を嫌っていた。



  ___ 外部から強制的に 新しい掟を剞(きざ)む ___



対象者は、剞(きざ)まれた掟には 忤(さから)えない。

それが、本来ならば 断固拒否する様な掟であろうと、従わざるを得ない。

そればかりか、躬(みずか)ら進んで行(おこな)う様になる。

もっと云えば、その掟こそが『何撰(なによ)りも厳守されるべきモノ』として認識される。

この解ける事のない制約は、最早(もはや) 強力な詛(のろ)いと云っても過言ではない。

これ程 強力な制約を 永続的に遵守させられる者は、而(しか)も 外殻(からだ)ではなく 直接 魂に剞(きざ)み込める者は、数10万人いる魔法使い達の中で リーゼロッテだけである。

つまり、生命(いのち)を掌(つかさど)る妖精(もの)として、当たり前の様に具(そな)わっていた魔法だった。

しかし、この『他人を歪める魔法』が、リーゼロッテは どうしても受け入れられないでいる。

その所為(せい)か、使用すると 強烈な嫌悪感や吐き気にも似た感覚に襲われるのだ。

他者の魂へ 無神経に爪を立てる様な行為だと、本人が忌避している事が 強く作用した結果だった。


《 でも、これで もう大丈夫。 あとは、ゆっくり休めば…………。》


後は、今尚(いまなお) 己(おの)れを悩ませている体調不良を解消するだけだ。

それも、一晩ゆっくり眠れば 或(あ)る程度は治(おさ)まるだろう。

何も問題はない。

側付きの女官達にバレる前に 彼女達を下がらせれば、少し早いが 何か理由を付けて…………そう惟(おも)っていたリーゼロッテの耳に、アイシアの声が届いた。


  「陛下のお越しです」


昨日も聴いた その科白(セリフ)に、リーゼロッテが 軽く瞠目した。

頭の中が真っ白になりかけた。

それでも 辛うじて、視線を循(めぐ)らせる事だけは出来た。

その視線の先、廊下へと続く扉の前に、すらりと背の高い 黒髪の美丈夫が現れる。

誰あろう、ラノイ-その人だ。


《    はっ?》


何故 此処にいるのか、何故 此処へ来たのか。

この疑問を声に出す事はなかったが、表情には滲み出ていたのだろう。

リーゼロッテを見たラノイは、小さく笑みを泛(う)かべた。

「どうした? 何を驚く?」

昨日と同じ 穏やかな笑みで、ラノイが歩み寄って来る。

「王(おっと)が 愛しい妃(つま)の部屋に通うのが、それ程 不思議か?」

くすりと笑いながら、これまた 昨日と同じ科白(セリフ)で問い掛ける。


《 そうだった、昨日も その様に仰有(おっしゃ)って………。》


結局 撥(は)ね除(の)けられず 同衾した事を思い出す。

体調不良が影響か、再び ラノイが来る可能性に 考えが及(およ)ばなかったらしい。

断り切れなかった昨日と同じ結果にならぬ様、今日こそは –––––––今朝 眼が寤(さ)めた時には、そう考えていた。

こうして 夜に後宮へ来てしまわない様に、昼の内に談(はな)しておこうと決めていたのだ。

しかし、あの偽商人に絡む 諸々の裏工作やらで、すっかり忘れていた。

そう、うっかり釘を刺すのを忘れていたのである。

偽商人と繋がっていたのが、例の3人の高官達と ベロニカ・ミラベルだと知った時から、彼女の頭の中は ミラベルを救う事で一杯だった所為(せい)だ。


《 こちらの手回しを 疎(おろそ)かにしていたなど………。》


頓(とん)だ失態だ と悔いる間に、ラノイは 眼の前に来ていた。

そして、そのままリーゼロッテに腕を伸ばす。

「  っ」

昨日と同様、当然の様に抱き擁(かか)えられたリーゼロッテは、惟(おも)わず あげかけた悲鳴を飲み込んだ。

ラノイの動きは見えていたと云うのに、反応が出来なかった。

それだけ 疲弊していた所為(せい)だった。

更に、椅子からラノイの腕の中へと動かされた程度の衝撃で、息を詰めてしまったのだ。

表情には出さずにいられたが、流石(さすが)に 何か伝わったのだろう。

一瞬、ラノイの視線が リーゼロッテを捉えた。


《 あぁ、これは…………問い詰められてしまうわね。》


尠(すくな)くとも 体調不良は勘付かれたと察(み)て、リーゼロッテは 僅(わず)かに軀(からだ)を強張らせるのだった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


横抱きにした 愛しの魔法使いの反応に、ラノイは 疑問を懐(いだ)いた。

それでも、何事もなかったかの様に、部屋の入口に近い壁際に控えている女官達を振り皈(かえ)る。

「お前達は下がれ。此処には誰も近付かぬよう」

女官達は 礼を執(と)り、静かに退室して往(い)った。

遠去(とおざ)かる気配を捉える一方、ラノイは 今し方の事を考えていた。

抱き上げた時、ほんの一瞬だったが 不自然な強張りを感じたのだ。

疑問の視線を向けた後は、別の意味で 肩に力が入ったのも、支える腕に伝わってきた。


《 何か、匿(かく)し事してるなぁ。》


昨日とは異なる反応に そう直感したものの、匿(かく)し事については すぐに見当が付かない様だ。

ラノイは、抱き上げたままのリーゼロッテを見詰めた。

リーゼロッテは、軽く睛(め)を伏せていた。

この態度は、珍しいモノではない。

抱き締める事などに慣れてきてからは、良く睛(め)にする仕草(しぐさ)だ。

これだけなら、先程のは勘違いだと惟(おも)ってしまいそうだ。

しかし、腕の中の軀(からだ)は 今も微硬直している。

觝(ふ)れていなければ気付けない程の、僅(わず)かな強張りだった。


《 何だろう…………怒ってる、とかじゃないみたいだけど。》


昼食前の あれやこれやを未だに引き摺(ず)っている訳ではないだろう、と當(あ)たりを付ける。

昼食の時も 午後のティータイムも 夕食の時も、リーゼロッテは 怒ってなどいなかった。

人が良すぎるくらい 優しい魔法使いだと判った上で、彼女が撥(は)ね除(の)けられない態度で赦(ゆる)しを乞うた結果でもある。


《 う〜ん、何だろう?》


考えながら、ラノイは 歩き出した。

邀(むか)う先は、勿論 閨(ねや)だ。

独り寝には広すぎる寝台(ベッド)に腰掛け、自分の膝の上に リーゼロッテを据える。

背と腰に腕を回し 逃げられない様に囲ってから、じっくりと相手の顔を覗き込んだ。

「リリィ?」

伏せられて尚(なお) 緲(かす)かに睛(め)が游(およ)いでいるのを見詰めながら、優しく声を掛ける。

「どうしたの?」

抽象的な質問に、膝の上の魔法使いは 軽く俯いてしまった。

「え………い ぃえ、別に………… 」

どう見ても『何か遭(あ)った』風体である。

そして、そうと判って黙っているラノイではない。

「僕、また 何かしちゃった? 何か、リリィの気に障(さわ)る様な事とか言ったり やったりした?」

「いいえ」

「じゃ、悩み事?」

「その様な事は………… 」

言い澱(よど)んではいるが、リーゼロッテの反応から嘘ではないと感じたらしい。

ラノイは、次の可能性をあげる。

「だとしたら、具合悪い? とか?」

「いいぇ  っ⁈ 」

否定しようとしたリーゼロッテの言葉(こえ)が、尻すぼみに小さくなった。

息を飲んだのは、唐突に併(あわ)せられた額(ひたい)の感触と 温度、そして 互いの距離に驚いた所為(せい)だろう。

白い頬に、ぱっと朱がさした。

「熱は、ないみたいだけど」

リーゼロッテと額(ひたい)を併(あわ)せ 熱を計ったラノイは、鼻先が觝(ふ)れ合いそうな距離のまま『うーん?』と唸る。

少し伏し睛(め)がちな その視線が、リーゼロッテの 柔らかそうな唇へ向いていたのは、無理からぬ事だろう。

多少 不埒な事へ思考の何㌫かを割(さ)きながら、ゆっくりと、名残(なご)り惜しそうに、額(ひたい)を離した。

「   っ だ、だい じょ、ぶ です」

動揺はしているものの、この言葉にも 嘘はない様に惟(おも)えた。

「なら、最近 忙しかったから、軀(からだ) 辣(つら)くなっちゃった? それとも、本当は、エスファニアの往復で 魔人だの魔女だのと」

戦闘になっていたのではないか –––––––ラノイが そう続ける前に、リーゼロッテが首を振る。

「いいえ、その様な事はございません」

「だったら、やっぱり弊(つか)れかなぁ」

そう判断したラノイの行動は、迅(はや)かった。

寝台(ベッド)に腰掛けたラノイの膝の上にあった筈の リーゼロッテの軀(からだ)は、あっと云う間に寝台(ベッド)に横衡(よこた)えられていた。

履いていた室内用の靴も、いつの間にか 脱がされている。

肩に掛けていた長衣も、いつの間にか サイドテーブルの上だ。

「あの  っ⁉︎ 」

「だったら、もう寝なきゃね」

そう言って、ラノイも いそいそと隣に横衡(よこた)わる。

「    ラっラノイ様⁉︎ 」

声を上げようとした時には、既に 掛け布団まで掛けられていた。

驚く程の 手際の良さである。

「うん?」

にこりと笑んで彼女を瞰(みおろ)すラノイは、何か問題があるのか と言いたげな顔だ。

非常に既視感のある状況だった。

「そ  っ」

互いに向き合う形で横衡(よこた)わっている上、ラノイの腕で やんわりと抱き締められている。

そんな状態に パニックに近い動揺を見せるリーゼロッテを、ラノイは 煕(かがや)く様な笑顔を向けた。

「だって、リリィに元気になってほしいし」

場違いな程 上機嫌なラノイは、惶(あわ)てて起き上がり 離れようとしたリーゼロッテを 両腕で捕獲する。

膊盡(うでづ)くで 引き戻すと同時に、しっかりと抱き締める。

銀髪の頭を枕へ戻させた時には、互いの隙間などない状態の完成だ。

当然の様に 腕枕だ。

なので、正確には『枕へ戻させた』のではないのだが。

「は  なし て………… 」

「やだ」

「 ………………ラ ノイ さま」

「駄目」

子供の我儘(ワガママ)-丸出しの発言の度(たび)、リーゼロッテが絶句する。

真っ赤になって 小さな口をパクパクとさせている樣(さま)に、ラノイは 蕩(とろ)ける様な笑みを向ける。

「ほら、弊(つか)れてる時って風邪とかひき易いし。 軀(からだ) 冷やしちゃいけないでしょ?」

ラノイは、腕にしていた細い軀(からだ)を 更に抱き締めた。

そんな腕の中で、少しでも離れようとするリーゼロッテの努力など、彼が赦(ゆる)す筈がない。

「駄目だよ、あったかくしないと」

がっちり腕の中に閇(と)じ込めて 如何(いか)にもな事を言えば、硬直した軀(からだ)が 緲(かす)かに身動(みじろ)ぎをした。

ラノイの視線から 赧(あか)くなった頬を隠す様に 俯きがちに、だが 視線だけは真っ直ぐに。

リーゼロッテが、ラノイを見詰めた。

その睛(め)が 自分を叱責していると判っても、ラノイは 彼女を放せなかった。

羞恥に頬を染め 潤んだ瞳で謫(とが)められても、放せる訳がないのだ。

寧(むし)ろ、余計に放せなくなったくらいだった。


《 うぁああっ、もう! もうもう! どうしてくれようっ。》


かなり不埒な あれやこれやが、ラノイの脳裏を駆け循(めぐ)る。

愛しい者の、余りにも扇情的な視線と表情に、うっかり 箍(たが)が外(はず)れそうになってゆく。

譬(たと)え、それが 意図しているモノではなかったとしても、相手が 心底 困っているのだと判っていても、男にとって これ程 煽られるシチュエーションもない。


《 これで手を出しちゃ駄目だなんて、何て酷いんだ‼︎ 》


心(うら)で、髪を掻き毟って身悶えしながら 衝動的な欲望に耐え、ラノイは リーゼロッテの頭を抱き込んだ。

これ以上 見ていたら、善(よ)からぬ事をしそうだったのだ。

すっぽりと腕に囲い込んで、それでも見えてしまう 相手の耳の赧(あか)さに嬉しくなりながら、ラノイは 魔法を紡いだ。

頭の中で 捷(すばや)く詠唱すれば、腕の中の柔らかい軀(からだ)が 一気に弛緩する。

魔法が効き 無事に眠りに落ちたのを感じ、ほっと息を咐(つ)く。


《 危ないな、僕。》


そう自覚しながらも、腕の中の心地好(よ)い軀(からだ)は放せないのだ。

朱に染まったままの耳を睛(め)にするだけで、この初心(うぶ)な魔法使いを ほんの少し攻略した気分になり、胸が高鳴るのだ。

そして、そんな樣(さま)を『もっと見たい』と惟(おも)ってしまうのだ。


《 質(タチ)が悪い男だよね、本当に。》


自覚はある。 リーゼロッテに対し、申し訳なく惟(おも)わなくもない。

しかし、変わるつもりも 変えるつもりもなかった。


《 ごめんね、リリィ。 こんな僕だけど、堕(お)ちてきて。》


そう詫びるラノイの表情は、蕩(とろ)ける様な笑みで飾られていた。

書き終わってから思いましたが…………怖くないか、コレ。

暗闇に黙って立ってられたら、そんなの見たら絶叫しないだろうか。 失神モノではなかろうか。

夏だからホラー! と云う訳ではなかった筈なのに。


…………ウン、夏ダカラネ。

コンナ事モ アルヨネ。

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