52__仮初めの妃と 隣国の商人 3
お久しぶりでございます、ご無沙汰を致しました。
遅くなりましたが、漸く書き上がりました。
今回は リーゼロッテの視点で始まり、エディンの視点で終わります。
では、どうぞ。
___主劇 :〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
外宮の外れに、小さな庭がある。
来客用の庭であり、小さな池と 小体な四阿が 美しく整えられた植え込みに囲まれている。
植え込みの陰には 頑丈な柵があり、設けられた入口-以外からの出入りは出来ない造りになっていた。
その 小さな庭へと、リーゼロッテが踏み入った。
近くに衛兵などの姿はなく、此処へ到達するまでにも 擦れ違った者はいない。
何者かに因って 予め人払いがされているのは確かだった。
しかし、魔法使いであるリーゼロッテの感官は 道中に隠れ潛んでいた者達を正確に捉えていた。
そして、この先の四阿の柱に隠れる者の気配も。
「出ていらしたら 如何がです?」
東屋の手前-4㍍の場所で趾を停めての呼び掛けに、柱の影にいた者が動いた。
「お妃様」
恋人へ向ける様な甘い微笑みを泛かべ 艶めいた声で応えたのは、案の定 あの商人の男だった。
柔らかい印象を与える、或る程度 整った容姿に、淑女を惹き付けるであろう微笑み。
しかし、そのどちらも リーゼロッテには通用しない。
勿論、表面上は匿していたが、最早 嫌悪しか与えなかった。
女性を陥す手練手管が 全く功を奏さず、希ましくない結果しか得られていないのだが、商人は それに気付きもしなかったらしい。
少し垂れている眼許を 更に緩ませて、喜色を泛かべている。
そんな商人に対して、リーゼロッテは 己れの中に次々と湧き上がる嫌悪を 懸命に匿そうとしていた。
尤も、対応は 友好的なモノではなかったが。
「この様な処に 独りで来い、などと…………而も、ラノイ様の称を騙るなど、何を お考えでしょう? 不敬罪で処断されたいのですか?」
愛想笑いを向ける攸か、冷徹な視線と言葉を向けるばかりだ。
《 大凡、碌でもない要件でしょうが。》
手にしていた手紙を ひらひらとさせながら、煮え繰り返る程の恚りを 肚の奥へと扼え込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
リーゼロッテは、昨日-今日と 強い侵害刺激を受けていた。
その所為か、恚りの沸点と云うモノが やや低くなっていた。
1っ1っならば 問題がなかったモノだったが、短期間に度重なりすぎた。
そうして積み重なった鬱憤は、今や無視出来ないサイズに膨れ上がっていた。
こうなると、簡単には没却も出来ない。
軽い気分転換などで発散出来る域を超えているのだ。
早い譚が、誰かに向けて発露しなければ治まりが付かないのだ。
リーゼロッテは、その矛先を 商人に定めたのである。
樣々な要因が重なった結果、普段ならばしない選択をしたのだった。
「お気付きだったのですか?」
自分が恚りの矛先に竚つ事になるとは知らずに、商人は リーゼロッテを呼び出した。
而も、手紙の出し主がラノイだと云う偽装を施して。
それが、更に 火に油を沃ぐ行為とも知らずに。
《 筆跡が違います、言葉が違います、気遣いが違います、ラノイ様なら もっと………… 》
本物から手紙など受け取った事はないが、きっと そうだと疑わなかった。
そんな自分に気付いて、リーゼロッテは 複雑な気持ちになる。
喑黙ったままのリーゼロッテに、商人の男が 笑みを深めた。
「それでも、私に会いに来てくださったのですね」
蕩ける様な笑みを泛かべた商人を見て、彼女は 眉をひそめた。
《 あぁ…………。》
緲かに 表面へと滲み出た嫌悪にも、商人は気付かなかった様だ。
「お手紙の件は申し訳ありません。女官の方に お願いしたのです。どうしても、お妃様と 2人だけで、お譚がしたいと。何せ、貴女-程 お姚しい方には、近隣国を見回しても………… 」
つらつらと賞賛の言葉を陳べ始めた商人の声を、右から左へと聴き流す。
そうしながら、更に 眉をひそめた。
《 漸く、悪心が視えた。》
女性を魅了するであろう微笑と 口先で語る美辞麗句の裡に、丁寧に匿されていたモノ。
〈魔法使いの眼〉に 明確な悪意が視え、黒々しい悪意が漏れ聴こえてくる。
「それ程までに、お妃様は お姚しいのです」
多くを睛にしてきたが これ程の方は見た事がない、などと嘯く声に リーゼロッテの神経が逆撫でされる。
《 言葉も 笑顔も、今は、啻々 癇に障る。》
同じ空間の空気を吸っているのも厭だと感じて、リーゼロッテは 踵を皈した。
「あっ、お妃様」
これに、商人は 捷く反応した。
4㍍の距離は あっと云う間に詰められ、背後に竚った商人の右手が リーゼロッテの肩-辺りへ伸びた。
「このまま戻られては困るのですよ、お妃様」
リーゼロッテは、趾を停めていた。
その視界に、鋭利な刃先が映る。
《 そう云えば、この間も 同じ様な事が。》
眼前に刃がある状態で、余りにも暢気に、リーゼロッテは 旅行前の事を思い出していた。
場所も 経緯も異なるが、同じ様に背後からナイフを向けられた。
魔法使いであるリーゼロッテは、危険な目には それなりに遭ってきた。
その為、魔法使いとしての実力と 武術を嗜む者としての自信に加え、それを裏打ちする 数多の経験がある。
相手が暗殺業の手練れであろうと、後れをとるなどない。 有り得ない。
故に、緊張もなく 己れへ向けられた殺意を受け流していた。
しかし、商人の男に そんな事は伝わらない。
「済みません、騙してしまって。実は、暗殺こそが 私の本業でして」
驚き悸く余り 動けないのだと、恐怖の余り 声すらあげられないのだと、そう惟っているのか。
商人は、饒舌に語り続けている。
《 こうなる前に 談しておきたかったのに…………ラノイ様のばかっ。》
此処にはいない者への文句を 頭の中に挙げ列ねた所為か、リーゼロッテの中の恚りが再燃した。
背後の男への嫌悪の上に ラノイへの激怒が上乗せされた事になる。
元々 八ッ当たりも含めて叩き舒めすつもりでいたが、これにより 手加減を間違える事にもなりそうだった。
危機的状況に気付かず、商人 - 改め 暗殺者の男は、上機嫌で談し続けていた。
「どの国に於いても、王妃とは 国王を飾るアクセサリーの様なモノ。確かに、貴女は お姚しい。並び竚つ者などいないでしょう。ですが、紱う飾りが 1っだけである事は、王の威厳を知らしめるに相応しくない。そう考えている方々がおられるのですよ」
ご機嫌に喋る暗殺者の言葉が、右から左へと聴き流していた科白が、唐突に 耳に入ってきた。
___ 相応しくない ___
この一言に、リーゼロッテの思考が止まった。
前後の科白は 聴き捨てていたが、何故か この一言だけが耳に残った。
そして、胸の奥が ずしんと重くなる。
「それでは、この国の為にも、陛下の為にもならないでしょう?」
戸惑うより早く、更なる重石が掛けられた気分だった。
逐って、その重さが 鈍い痛みを伴っている事を知る。
胸の奥に、小さな棘が 幾つも打ち込まれている感覚だった。
《 痛い………………何故………?》
精神攻撃系の魔法を使われた訳でもないのに、と 緲かに疑問を泛かべた。
いつしか俯き気味になっていたリーゼロッテに、暗殺者は 尚も語り掛けていた。
「でも、貴女は最高の寳。貴女が傍にいる限り、陛下は 他の飾りには見向きもしない。事実、これ程の寳を愛でていれば 他など睛にも映らないでしょう。逆に云えば、貴女さえいなくなれば、陛下は樣々な飾りに睛を向けられる」
銭で 暗殺の依頼を請け負う際に 依頼人から事情を説明されたのか、依頼人の考えに同調する組織の人間なのか。
どちらにせよ、余りにも無防備に、暗殺者は喋り続けていた。
「至高の寳を失った陛下は、その喪失感から 周りへ睛を向けられる………貴女のいない淋しさを 沢山の飾りで埋めようと爲さる筈。ですから、どうか この国の為、陛下の為に 此処で死んでください」
にこりと笑って、暗殺者は ナイフを握る手に力を入れた。
いや、入れようとした。
しかし、その予備動作に入るより早く リーゼロッテが動いていた。
「え? うわ⁉︎ 」
左手の指で 後ろから突き付けられている刃を制え、直後に 右足を半足 引く。
それと共に、軀を 右へ半回転させた。
背後の暗殺者の右脇に リーゼロッテの右肘が入り、彼女は その勢いのまま肘を振り抜いたのだ。
いや、振り抜きかけたのだ。
寸での攸で 吾に還り、何とか振り抜かずに済ませたのだ。
それでも、まさかの反撃に 暗殺者の男は地面に転がった。
無樣に倒れた男を、リーゼロッテは 無表情で瞰していた。
尠くとも、表面上は。
《 –––––––––––––––危なかった。》
刃に殺気を乘せた暗殺者に対し 攻撃に転じたが、これは 完全に無意識の行動だった。
リーゼロッテは、言われた言葉と それに因って受ける未知の感覚に気を取られていた。
そんな彼女が 反撃出来たのは、経験に因って身に付いた反射行動だった。
相手の殺意を受け、迎撃せんとした軀が 勝手に動いたのだ。
しかし、意識下にない動きだけに 加減はされなかった。
あのまま打ち据えていれば、多くの肋骨が犠牲となっただろう。
最悪の場合、それ等が臓器に刺さり 致命傷となった可能性すらある。
そんな一撃を受けて 暗殺者が大した怪我もしなかったのは、肘打ちをする直前に吾に還ったリーゼロッテが 全力で勢いを殺したお蔭である。
尤も、そんな事は 相手に伝わらない。
痛みを怺えて起き上がった暗殺者は、恚りと羞恥とで その形相を変えていた。
「後宮に篭るだけが能の貴婦人だと惟って油断しましたよっ、頓だ お妃がいたものですね! と云うか その形でやりますか⁈ そんな荒技!」
暗殺者は、辛うじて手放さなかったナイフを握り直し 吐き捨てる様に吼えている。
一方、リーゼロッテはリーゼロッテで 混乱していた。
自分の中の不可解な感覚に惑わされていた事・魔法属でもない者-相手に 手加減なく打ち据えてしまう攸だった事などが、後悔と共に 内側を削っていた。
「 –––––––––––––––貴方が 弱いだけです」
何とか そうとだけ返したが、内心の困惑と悔悟の念は深かった。
「!〜〜〜〜っ」
暗殺者の形相が、更に 怒気を孕んだモノになってきた。
武器を構え 明確な殺気を向ける相手を見詰めながら、リーゼロッテは 冷静であれと己れに言い聆かせる。
「自分の身くらい 自分で護れて当然でしょう? わたしの知る国々の王侯貴族の方達ならば、この程度の武術など 嗜みの範囲です」
今度は、リーゼロッテが喋り掛けていた。
時間を稼ぐ為に 談し掛けつつ、気持ちの乱れを制え付ける。
動揺が表面に表れない様 細心の注意を払いながら、次々に 辛辣な評価を下してゆく。
「この国が 生温いのですよ」
「なっ」
「暗殺者のレベルも、殊更に 低いこと」
「っ!」
「相手の力量も計れずにいるなど 二流も良い攸でしょうし、女だからと謾るなど 論外。 職務怠慢ですね」
暗殺者の形相は、悪鬼のそれとなってきた。
そんな相手を前に、リーゼロッテは ほっと肩の力を抜いた。
通常では有り得ない反応だと云うのに、激昂した暗殺者は これに気付かなかった。
いや、もっと気付かなければならない存在を、彼は見落としていた。
「我が妃を 害そうとするか」
「っ⁈ 」
突然の声に、暗殺者は 左へ跳び退り、振り皈った。
そして、その視界に 剣を抜いた国王の姿を収めた。
「妃への悪意は、私への反逆に斉しい」
既に抜剣していたラノイは、ぞわりとする殺気を紱っていた。
「己れの浅慮を あの世で悔やむが良い」
ラノイは、剣を握った右手を 左肩-側へと引き寄せた。
左肩へ付く程に引き寄せた構えに、暗殺者の睛が見敞かれる。
刃を水平にした構えの意図を、正しく斟んだ為だ。
逃げなければ………そう惟うのに、最早 指一本 動かない。
死に際する恐怖が、暗殺者を襲っていた。
これに待ったを掛けたのは、リーゼロッテだった。
「お待ちください、ラノイ様」
「 ––––––––––––賊の生命乞いでもする気か?」
構えを解く事なく 剣気を緩める事なく、暗殺者を見据えたまま ラノイが不機嫌な声で問い掛けた。
「いいえ。この方の生命など嗇みません。御躬ら首を刎ねると仰有るのでしたら、どうぞ ご存分に爲さってください」
「 ⁉︎ 」
この返答に驚いたのは、暗殺者だけだった。
ラノイは 眉すら動かさず、リーゼロッテの言葉の続きを待つ。
「如何様に爲さっても お停め致しませんが、取り敢えず、暗殺の指示を出した者の名前くらいは訊き出してからに爲さってください。 そうしなければ、ラノイ様の敵が減りませんので」
わたしの役目が果たせないでしょう? とリーゼロッテが締め括れば、ラノイの瞳に苦渋が滲む。
「 …………困ったものだ。そなたは、私に護らせてもくれぬのか」
ゆっくりと構えを解き 剣を鞘に納めながら、ラノイは 自嘲気味に呟いた。
これに、リーゼロッテは にこりともせずに返す。
「本末転倒な事を。 この為に わたしは此処に在るのでは?」
「それでも、妃を護る甲斐性くらい発揮させてほしいものだが?」
「不要な気遣いにございます」
けんもほろろな態度に〔獅子王〕が緲かに困惑を滲ませても、その間 ほぼ放置されていたとしても。暗殺者は その場にへたり込み、動く事も出来ずにいた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
遅れて駆け付けた衛兵に 暗殺者が連行されても、リーゼロッテとラノイの間に会話はなかった。
リーゼロッテは、ラノイに背を向けていた。
数㍍は離れているが、背後から 困殆している気配を感じてはいたが、無視をしていた。
《 …………居た堪れない。》
最初はあった恚りも、ラノイを前にした今は すっかり沈静化していた。
しかし、あれだけの態度をとってしまった所為で ラノイを直視出来なくなっていた。
《 どうして、本人を前にして恚りが鎭まるとか…………。》
いっその事 理不尽な程 怒っていられたら気分的に楽だった とか、それとも 後になって悔いが益すだけだろうか、などと 取り留めもなく考える。
リーゼロッテが 無理矢理 余所事に意識を向けていると、ラノイが もぞりと動いた気配がした。
彼女の意思とは裡肚に、鋭敏になっていた感覚が 背後の動きを捉えていた。
意識を乖らしていたかったと云うのに、と惟いながら ついつい身構える。
「あの…………さっきは、ごめんね?」
懦々しい声に、リーゼロッテの軀が強張った。
「これに気付いて、相談してくれようと してたんだよね」
事前に相談しようとしていたのだと 遅れ馳せながら伝わった事に 安堵にも似た気持ちを懐く 一方、だからと云って 素直にラノイに向き直る事も出来ずに、リーゼロッテは 苦虫を噛み潰した様な惟いになっていた。
そんな彼女に気付く訳もなく、ラノイは謝り続ける。
「なのに…………ごめんね、リリィ」
捨てられた仔猫の体で詫びられると、どうしても懦い。
背後の青年が それを理解した上でやっていると察していても、やはり こう云う態度をとられると対応に困ってしまうのだ。
《 ず、狡い。》
策略だ –––––––そう己れに言い聆かせも、内心の動揺は治まらない。
「もう、僕の事…………嫌い?」
罠だ –––––––そう判っていても、こればかりは 自分では どうにもならないのだ。
《 くっ。》
背を向けているのに、捨てられた仔猫を惟わせる樣が 睛に泛かぶ。
圓らな瞳で見詰めながら
ぷるぷると震える嬬い生き物。
手を差し伸べずにいれば 呆気なく
死んでしまうのでは、そう惟わせる、
稚い生命。
ラノイは、そんな諷を妝っているのだ。
勿論、リーゼロッテがそれに懦いと 充分 理解して。
___ 卑怯な罠だ。___
幾ら 頭では判っていても、これに懦いと云う事実は変わらない。
「 ––––––––––––も、もう…………ぃ、いです」
「ほんとっ?」
「 …………………はぃ」
絞り出す様に、リーゼロッテは ラノイを赦した。 赦してしまった。
「本当に? 嫌いじゃない?」
赦したのは『相談しようとした行為を無駄にした』事に対してだったが、相手は あざとく抜け目のないラノイだ。
この隙に、ちゃっかりと 綜て引っ括めて、何もかも赦されようとしている。
《 っ 狡いぃ。》
油断も隙もない –––––––そうは惟うも、強く出る攸か 弱くも出れなくなって。
結局、リーゼロッテは 小さく頷くのだった。
「良かったぁ」
背後から 心底 安心したと云う声が聴こえても、背後から しっかりと抱き締められても。
最早、怒る気力すらも湧かなかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:宰相の補佐官 - エディン=オスカリウス___
商人として この王宮へ出入りしていた暗殺者に繞わる事後処理に 目処が付いた時点で、おれとシズ様は アシュリー様を訪ねていた。
後宮へは 特別な許可がなければ立ち入れないものだが、何せ その許可を出す人間が立ち入るのだ。
停められる事なく、すんなりと 後宮へ通された。
アシュリー様の居室は、後宮の中でも内宮に近い場所にある。
其処は、本来は 階位の低い妃の為の棟で、後宮の建物としては こじんまりとしている。
それでも 充分な広さはあるが、アシュリー様のご身分に相応しいとは惟えない。
《 良くクランツ様が赦されたものだ。》
そう惟いながら、おれは シズ様に附いて 往く。
建物に近付くと、すぐにアシュリー様付きの女官が出迎え、おれ達を 中へ案内してくれた。
そうして、応接室へ通されると 既にアシュリー様が待っておられた。
勧められるままに ソファに腰を下ろすと、すぐに お茶が出てきた。
「この度は ありがとうございました。 お蔭で、高官を数名と それに手を貸した者達を排除出来ましたよ」
上機嫌のシズ様の言葉に、アシュリー様は 小さく笑んだ。
「例の ポットの湯に毒を仕込ませたのも、彼等だったそうで」
高官-2名と 武官が1名、そして その部下が数名。
加えて、ポットに毒を盛る事の出来る人物 –––––––怕らく 女官が係っている。
今は、その女官の情報を引き出す為の尋問が行われている。
「そうでしたか」
途中報告に対しても、アシュリー様は 穏やかな様子を垉されない。
暗殺者を差し向けられた事など、このお方にとっては 些事に佚ぎなかったんだろう。
「しかし、湯呑には仕掛けていない と言い張っているんですが」
「そうでしょうね」
「やはり、別勢力と云う事ですね?」
「はい」
「あちらは、もう少し 慎重に動くでしょう。尠くとも、2〜3年は縣ける計画の筈です」
シズ様とアシュリー様の会話に、おれは 瞠目した。
湯呑に 遅効性の毒が仕掛けられていた譚は シズ様から聴いていたが、まさか 其処まで長期的な毒だとは惟っていなかった。
なので、惟わず 割って入ってしまった。
「そんなに気の長い毒だったんですか?」
「はい」
そんな不躾な おれを窘める事もせず、アシュリー様は ゆったりと頷いてくださった。
はっきりとした肯定が返された事で、おれにも 毒の目的が絞れた。
「 ––––––––––––つまり、自分の身内を後宮に入れ 陛下を裏から操れる立場に成り上がり、娘に世継ぎの男児でも産ませた後、最後には 陛下を病死に診える形で葬り去ってしまえば、この国の実権は自分のモノだ………と?」
「序でに、異母兄も病死にしてしまえば 後の愁いもナシ –––––––と」
おれの推測に、シズ様が 補足を入れる。
陛下と宰相の生命が縣っていると云うのに、シズ様のご様子は 余りにも軽い。
これが 他の者だったなら『事態の深刻さが理解出来ているのか』と 小一時間は問い詰める攸だ。
まぁ、相手はシズ様なので しないが。
この方は、自分の生命が縣っていようとも 動じはしない。
譬え、アシュリー様がいない状況で 解毒が不可能であったとしても、だ。
それだけ、生命の遣り取りをしてきている。
幼少の砌から生命を狙われてきた この方は、毒を盛られようが 暗殺者がやって来ようが、驚きもしなければ 惶てもしない。
陛下の様に 武に長けている訳でもないと云うのに、だ。
曾ての経験を思い出して、うっそりと溜息を咐く。
忘れもしない、おれが シズ様の補佐として起用される切っ掛けとなった事件だ。
《 暗殺者を前にして 薄ら嗤うとか、どう云う神経だ。》
我が上司ながら、信じられない人だ。
そして、今 思い返しても、冷や汗が出る事件だった。
思い出したくもないが、シズ様が、自分を戮しに来た暗殺者と対面しながら その暗殺者を罵りまくった場面は 今でも夢に出る。
生涯 忘れる事は不可能だろう。
特に、この方の傍にいる限りは。
《 補佐が、実は 宰相の護衛であるとは。》
陛下も お人が悪い。
容姿は違えど シズ様に匹敵する程だと、日々 惟っている。
流石は ご異母兄弟、血は争えないな と。
《 あれから もう1年が経つ、早いモノだ。》
おれが現実逃避をしている間に、シズ様とアシュリー様の譚は進んでいた。
「怕らく、その様な計画かと」
「そうなると、陛下に 身内の媛を斡旋しようとしている中に いますよね」
「その可能性が 高いかと」
恐ろしく冷静なシズ様に、これまた 冷静すぎるアシュリー様の声が肯定を返した。
私も、真面目に この問題に向き合う事にする。
《 と云っても、絞り込みは不可能に近いな。権力を希む愚か者なら 誰でも辿り着く計画でもあるし、誰にでも可能性がある。》
何せ、陛下に取り入り 娘を後宮に入れようとする者は多い。
アシュリー様がいらしてからも、その数が減る事はない。
陛下が 悉くを斥けているのに、懲りると云う事を知らない。
あの中から 毒を仕掛けている者を選別するのは、至難の業だろう。
《 こうなると、アシュリー様に頼る他ない。》
悔しいが、お頼みするしかなかった。
勿論、こちらでも警戒はするが 現段階では決定打に欠けるのも事実だ。
おれが眉を寄せていると、シズ様が アシュリー様へ問い掛けた。
「では、直接 毒を仕掛けている者も、銭を掴まされて 一時的に加担しているとは、考え難いですね」
何故か、愉しげに。
まるで、とっておきの娯楽であるかの様に。
「目星は、付いているんでしょう?」
シズ様の睛が 興味と好奇心で輝いている。
《 何故、嬉しそうなんですか。》
他人が困っているのを愉しそうに眺める者は、捜せば 他にもいるだろう。
だが、己れに明確な殺意が向けられている事案について、これ程 愉しげに談すのは、シズ様くらいのモノだろう。
剣を握る事などなく、護身術など 身に付けてもいない、根っからの文官だと云うのに。
《 そう云えば、あの時も………あの時も あの時も、それから あの時も…………。》
この1年の出来事が、頭の中を循る。
反射的に、思い出したあれやこれやに 意識を取られている間にも、シズ様とアシュリー様の会話は続く。
「 ………………もう少し、お時間をいただけますか?」
何事かを考えておられたのか、アシュリー様は 慎重な返答をされている。
今は、敵も尻尾を出していないのだろう。
譬え 何人かに目星が付いていたとしても、アシュリー様のご性格ならば 不確定な状態で容疑者の名前を出す事を厭うだろう。
その者に不要な疑いを向けさせる事も、吾々に 無用な疑いを持たせる事も 善しとはしない。 そう云うお方だ。
勿論、私は 同僚の誰を疑う事も 躇いはない。
それが、陛下やシズ様の お生命に関わる事ならば、尚更だ。
大臣だろうが 高官だろうが 親しい官吏の誰かであろうが、一切 関係ない。
陛下やシズ様に牙を剥く者は 国の敵であり、 私の敵だ。
譬え、親族の誰かであったとしても その気持ちは変わらず、下す判断も変わらない。
そんな瑣末な事で迷い悩み 窘しみ痍付くなど、有り得ない。
怕らく、シズ様も 同じだ。
だが、アシュリー様は、そう云った苦痛を他人に負わせる事を 善しとはしない。 優しいお方だ。
此処で 私達が無用な心配りであると説いた攸で、きっと 聴き届けてはくださらないだろう。
頑なに匿そうと爲さるかもしれない。
そうなっては、逆効果だ。
ならば、此処は 素直に遵っておくほうが得策だ。
シズ様も、そう判断したらしい。
「お任せします。急ぐ必要もないですしね」
知らない者が聴けば『何を暢気な!』と言い出しそうな科白だ。
尠くとも、毒を仕掛けられている当人が 気軽に口にする科白ではない。
だが、アシュリー様が味方でいてくださるなら 何の問題もない。
アシュリー様がいてくだされば、毒だろうが詛いだろうが 完全に打ち消してくださるのだから。
《 本当に、何て素晴らしい方なのか。》
平然と『他人の不幸は蜜の味』だとでも宣いそうなシズ様にまで お優しくて。
その上、容姿からは想像が付かない程 お勍くていらっしゃる。
希むだけでも この国の存続を危ぶめる程 高貴な方だと理解しているが、ひっそりと願わずにはおれなかった。
《 このまま 王妃の座に収まってくだされば、この国は安泰。 シズ様の護衛も、だいぶ楽になるのだが。》
この不敬-極まりない危険思考は、シズ様の影響だろうか。
–––––––––––––––––––複雑な気分だ。
ラノイの姑息さが表れた回になった様な…………。
まぁ、今更ですね。 うん、気にしたら敗けだ。
エディンが シズに仕える事になった経緯が ちらっと出ました。
何が遭ったかは、大体 皆様のご想像の通りではなかろうかと。
気が向いたら 何処かで挟んでみたいと思います。
えぇ、気が向いたら。
次回は、リーゼロッテが暗躍 (?) します。
たぶん します。
勿論『予定は未定』です。




