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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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51/60

51__仮初めの妃と 隣国の商人 2

お久しぶりです。

引越しの合間に、何とか書き上げました。

今回は、リーゼロッテ → シズ → リーゼロッテとなります。


では、どうぞ。


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


リーゼロッテは、ラノイの仕事が片付くまで とソファに腰掛けた。

その場所が ラノイの専用(指)ソ(定)ファ(席)である事など、この時の彼女の頭の中にはない。

大半は、先程の商人と手の中のブローチについて。

残りの狭い部分で、ラノイや シズ・クランツの事を考えている。

いや、寧(むし)ろ 積極的に、そちらに意識を持っていこうとしていた。


《 王宮にいる時は、こんなに真面目(まじめ)に お仕事をしていらっしゃるのに。》


ファイセル王国やフェイアル王国の我儘(ワガママ)国王達と較(くら)べても、ラノイは 良く働く王だ。

リーゼロッテは、シズとクランツの事を思い出していた。

主(おも)に、クランツの、ラノイに対する態度を。

王と臣下には とても見えない やり取りのあれやこれやを。


《 どうして、あれ程までに気に疚(や)んでおられるのかしら。》


国王の側近(クランツ)は、常々『陛下が働いてくれない』と 愚痴を零(こぼ)している。

宰相(シズ)も、常々『陛下が職務から逃走しようとする』と ボヤいていた。

しかし、王宮でのラノイは、内心は どうあれ、国王としての責務を きちんと果たしている。


《 小さな国とは惟(おも)えない程の内務が 毎日 山と積まれて、それでも 綜(すべ)て熟(こな)していらっしゃるのに。》


官吏(かんり)達の間に不正が横行していたり、能力のない者達が要職に就いていたりと、樣々(さまざま)な理由があって、今は 政務の殆(ほとん)どを国王が仕切っている。

その為、慢性的な人員不足の皺寄せを 国王(ラノイ)と 少数の有能な者達《シズ・クランツ・エディン》が担っているのだ。

勿論、ラノイは、不正官吏(かんり)や 横領大臣などを切り捨てる形で 国政を正しい形式に戻そうと努力し続けている。

しかし、国政を放り出し享楽に溺れていた 前国王の時代に いろいろな螺子(ネジ)が弛(ゆる)んでしまった者達は、慄(おそろ)しく多い。

ラノイは、眩暈(めまい)がする様な作業を熟(こな)しながら、臣下達の手綱捌きを〔獅子王〕の苛烈さを以(もっ)て做(な)しているのだ。

「 ……………… 」

リーゼロッテは、執務室の一郭にあるラノイの専用(指)ソ(定)ファ(席)を 何気なく択(えら)んで座ったまま、何気なくブローチを眺めて ぼんやりと考える。

本当に ぼんやりと、他意もなく『もしも』と惟(おも)う。


《 本物の妃だったら、もっと 頼ってくださるのかしら。》


贋物(ニセモノ)である自分には出来ない事を、と 漠然と考えていた。

仮初めではなく本物の妃であれば、こう云う時に もっとラノイの力になれるのではないか、と。

仮初めの立場では叶わない、もっと踏み込んだ役目を担(にな)えるのではないか、と。

左手の指先で、ブローチを ぞんざいに弄(いじ)りながら、そんな事を考えていた。

その間に、仕事は 一段落したらしい。

「あれ?」

いつの間にか、ラノイが隣に来ていた。

「リリィ、それ どうしたの? 誰かの落し物?」

「ぇ?」

物推(ものおも)いに耽っていた所為(せい)で、声を掛けられるまで ラノイの接近に気付かなかった。

そして、掛けられた言葉の意味に気付くのに 少し遅れた。

「ぁ」

見上げた声の主(ぬし)は、肩が觝(ふ)れる程 近くにいた。

そして、その視線は リーゼロッテの顔よりも 下へ向いている。

辿ると、手の中のブローチに行き当たった。


《 あぁ、そうだったわ。》


商人の事で相談に来た事を思い出し、指先で玩(もてあそ)んでいたブローチを 両の掌(てのひら)に乗せた。

そうして、ラノイに見え易くと 捧げる様に差し出した。

「いいえ、これは………今、この間の商人の方がいらしていて、こちらは オマケでくださったのですが」

欲しくもないのに押し付けられた、などは語らずに なるべく端的に談(はな)す事を心懸(こころが)ける。

しかし、この言葉に ラノイの睛(め)が変わった。

「あの方については、少し 引っ掛かる事もあって、前以(まえもっ)て ラノイ様にお談(はな)ししておこうかと………… 」

「私からの贈り物は?」

「ぇ?」

ラノイの様子が変わった事に気付かずにいたリーゼロッテは、またしても反応が遅れた。

彼女としては、王宮に出入りを赦(ゆる)されている商人が怪しい事を説明する為の物的証拠として ブローチを持って来たに佚(す)ぎない。

だが、其処まで理解していないラノイからすれば、このブローチの存在は 別の意味を持つ。

啻(ただ)でさえ 独占欲の強いラノイだ。

躬(みずか)ら択(えら)び贈ったアクセサリーは 何処(どこ)ぞへ仕舞(しま)われたままだと云うのに、商人からのオマケは こうして手にしている。

渡した商人に苛立(イラだ)ち、受け取ったリーゼロッテに 仄暗(ほのぐら)い感情まで懐(いだ)いていた。

大切そうに 両手に乗せている樣(さま)も、気に食わなかった。

たかが商人の分際で………そう惟(おも)ったのか、彼の眼許(めもと)が拮(きつ)くなってゆく。

「その、あれは………とても 高価な物なので…………やはり、然(しか)るべき時に 身に付けるべきかと」

何故 今あの贈り物(アクセサリー)について言及されるのだろう、と惟(おも)いながら そう答える。

しどろもどろになったのは、あの高価な品々を身に付ける事に 強い抵抗があるからだ。

大事(だいじ)に仕舞(しま)ってあります、と答えただけでは 身に付けろと言われる。

必要な時に為に、と付け加えて 少しでも身に付ける確率を下げたかった。



  ___ 無料(タダ)の贈り物は存在しない ___



必ず、代価を求められる –––––––それが 魔法使いの世界で、常識だ。

そんな中で生きてきたリーゼロッテにとって、あの高価なアクセサリーは 最早(もはや) 恐怖の対象でしかないのだ。

仮初めの妃でいる間のレンタル品だと言われていても、手許(てもと)にあると云うだけで 震える程だ。

しかし、ラノイにとって、あれは 純粋な贈り物だった。

リーゼロッテが『一時(いっとき)でも使用すれば、後から どの様な要求をされるのか』と、恐々としている事など 知る由(よし)もない。

その為、ラノイには『身に付ける事を拒まれた』と云う事実だけが伝わり、彼は 撰(よ)り不機嫌になる。

「 …………………あの商人は、随分と 軽率な事をしてくれる」

「はい?」

低い声に 拮(きつ)い眼差し、盈(あふ)れ出る 剣呑な雰囲気。

それ等で ラノイの機嫌が悪い事を察しはしても、理由までは判らなかったのか。

リーゼロッテは、蒼(あお)い睛(め)を 緲(かす)かに眇(すが)めた。


《 オマケとは云え 仮にも妃の立場にある者へ この様な安物を渡すなど可妙(おか)しい、と惟(おも)われるなら 兎も角…………どうして?》


商人の行動は、軽率と云えば 軽率なモノだろう。

他国の王宮へ出入り出来る立場になったと云うのに、安物を高値で売り付けているのだ。

発覚すれば、摘み出されるでは済まない。

その相手が女官達であっても、商売には 信用と云うモノが付いて回るのだ。

安易な発想で それを失うなど、浅慮で軽率な行動と断じられても仕方がない。

だが、ラノイの睛(め)を見たリーゼロッテは、其処に違和感を覚えた。

どうにも見解の相違がある様に感じて、少し躇(ためら)ってから〈魔法使いの眼〉を発動させてみる。


《 ぅ………相変わらず、複雑。》


視(み)えたのは 誰もいない巨大なロビー、聴こえたのは 様々な事を語る沢山の声。

豪奢でありながら がらんと広いだけのロビーに、反響しながら響く喧騒や囁き。

視覚と聴覚を惑(まど)わされる様な感覚に、惟(おも)わず 眉が寄る。

以前と同様 複雑すぎて思考の波を読み切る事が出来なかったが、ラノイの不機嫌の理由は それとは異なる………そう感じたのだ。

故(ゆえ)に、リーゼロッテは 判らなくなっていた。


《 何故、急に…………?》


仕事の邪魔になると判っていながら執務室を訪ねた時には あれ程 優しかったラノイが、今は 誰の睛(め)にも不機嫌だ。

やはり 邪魔をした所為(せい)だろうか、などと考えていると ラノイの手がブローチを掴(つか)んでいた。

ブローチを ぞんざいに把(と)り上げたラノイは、それを一瞥(いちべつ)し 鼻先で嗤(わら)う。

「オマケ、ね」

冷ややかな言葉と共に向けられた 洌(つめた)い睛(め)に、リーゼロッテは瞠目した。



  僕が贈った物より これがいいの?

  こんなモノのほうが?

  それとも、あんな男のほう?

  リリィは、ああ云う奴が好きなの?

  だから、こんな物を受け取ったの?



ラノイと睛(め)を併(あわ)せると同時に、発動したままの〈魔法使いの眼〉に 強い感情の波が入ってきたのだ。

リーゼロッテが視(み)たのは、その耳に聴こえたのは、小さな子供の 恨み言の様な呟き。

將(まさ)しく、拗(す)ねた子供の様な嫉妬だった。

判り易くも、いじけてているラノイの心だった。

しかし、これを視(み)たのは リーゼロッテだ。


《 そう云う考え⁉︎ 》


ブローチ 1っで買収されてきた、とでも惟(おも)われた………リーゼロッテの印象は そうだった。

やや、だいぶ、かなり………いや、もう相当に、彼女は訒(にぶ)かった。

「失礼です!」

「  ⁉︎ 」

唐突に声を荒げ 竚(た)ち上がったリーゼロッテに、ラノイは度肝を抜かれていた。

惟(おも)わず 息を飲み、身を反らす様にしてしまったのも 無理からぬ事だろう。

そのくらい驚いたのだ。

「この様な物を不用意に受け把(と)った事は謝りましょう。ですが、それが気に入らないからと云って その様な疑いをかけるなど あんまりです!」

「え⁈   はっ⁉︎ 」

普段 柔和で穏やかなリーゼロッテの急変に、ラノイの思考が付いていけなかった。

それもその筈で、2人の思考には 些細ではない差異があるのだから。

ラノイは『贈り物を身に付けてもらえない』と、拗(す)ねていただけで。

リーゼロッテは『ブローチで買収された』と ラノイに勘違いされている、と解釈したからで。

勿論、問題があるのは リーゼロッテの理解力のほうで。

『贈り物を身に付けてくれないなぁ』と悩んでいたラノイに、追い討ちをかける存在(ブローチ)を持ち込んだのは 彼女のほうだったのだが、訒(にぶ)い彼女は ラノイの悩みにも嫉妬にも気付く筈がなく。

災難に近い形で、ラノイは 一方的に叱られたのだった。

呆気にとられるのも、無理はなかった。

その間に リーゼロッテは窓に邀(むか)い、窓を開ける。


  「リリィ、これ………… 」


もっと他に掛けるべき言葉があった筈だが、余りの出来事に 流石(さすが)のラノイも反応し切れなかった様だ。

惟(おも)わず、手の中のブローチを引き合いに出していた。

勿論、そんなモノが リーゼロッテを引き止める小道具になる筈もない。

「要りません!」

言い捨てて、リーゼロッテは 窓から身を躍らせた。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:宰相 - シズ=ラトウィッジ___


執務室へ戻ると、何やら不穏な雰囲気になっていた。

どうやら、痴話喧嘩らしい。

異母弟(おとうと)は、大変 執着心の強い腹黒野郎だ。

目下 1人の姫に執着しまくっている。

時々 空回りをしているが、今回のは いつもより酷かった。


《 子供(ガキ)みたいな嫉妬で怒らせて どうする。》


莫迦(ばか)だな、後悔するだけなのに。

姫の反応が予想外だったのか、リオは ソファの横に棒立ちになったまま 誰もいなくなった窓を見詰めている。

本当に莫迦(ばか)だ。

関わるのも面倒だが、そろそろ異母弟(おとうと)が呆(ほう)けているのを傍観するのも飽きた。

仕方がない、声くらい掛けてやるか。

「陛下」

「 ………………いたのか、シズ」

執務室に入りながら声を掛けると、リオは 私の名前を低く呟いた。

「怒らせて どうするんですか?」

異母兄(あに)としてではなく 宰相として訊けば、無言だけが返る。

不機嫌が淆(ま)じった複雑な気分なのは判るが、それを こちらに向けるのは罷(や)めていただきたい。

だが、此処で放置すると不貞腐れる。

更に放置すれば、とばっちり(・・・・・)を食う。

なので、今の内に 敲(たた)いておく。

そうしないと、後が面倒だから。

「出入りの商人に嫉妬するなんて 子供みたいな事をして、姫を困らせたいんですか? これで逃げられたら どうしてくれるんです? エスファニアまで帰ってしまったら、今の貴方に連れ戻せるんですか? 二度と会えなくなるって判っているでしょう? 貴方が莫迦(ばか)をやって一生後悔するのは勝手ですが、姫のお茶が飲めなくなったら 困るんですよ、私が」

一気に 文句を論(あげつら)う。

当然、綜(すべ)て本音だ。

もっと いろいろあるのだが、その中でも重要なモノだけ優先した。

勿論、最も重要なのは 最後の部分だ。

「 …………シズ」

私の科白(セリフ)に、リオが 肩の力を落とした。

自分でも反省すべきと理解している様で 何撰(なによ)りだ。

出来れば、莫迦(ばか)な事を喋る前に 考え付いてほしかったが。

第一、どうして あんな短絡的な結論に至ったのか。

「それに、怕(おそ)らく、姫は それ(・・)の相談をしたかったんだと惟(おも)いますよ?」

ブローチを指差して言えば、リオの睛(め)が鋭くなる。

嫉妬か、子供(ガキ)か、莫迦(ばか)なのか。

落ち着いて考えれば判る事だろうに 気付いてもいなかったなど、本当に全く。

「陛下、そのブローチ、可妙(おか)しいって ちゃんと気付いてます?」

気付いていないんだろうな、なんて惟(おも)いながら そう付け加えた。

案の定だった。

リオは、眉をひそめてブローチを眺め、次に そのまま私を見て、再び ブローチへ視線を戻す。

表を見て 裏へ返して、再度 表にしている。

本気で判らないとか、莫迦(ばか)なのか。

頭はいいのに、どうして 時々 こうして莫迦(ばか)になるのか。


《 リオ(これ)の相手をしなければならないなんて 本当にお可哀相だ、姫が。》


遂には、ブローチを振り始めた異母弟(おとうと)。

振って どうする。

一体、何が起こると惟(おも)っているんだ?

その行動の意味を ちょっと説明してみろ。


《 お可哀相に。》


これも嫉妬の所為(せい)なのか、それとも こう云う奴なのか。

恋が絡むと 世の男と云う生き物は、須(すべから)く こうなるのか。

孰(いず)れにせよ 大変だな、姫が。

「?」

振っても何も出ないぞ、と云うか いい加減に気付け。

そう惟(おも)ったら、溜息が零(こぼ)れた。

「これだから、独占欲ばかり強くて了見の狭い嫉妬の塊な腹黒野郎は………… 」

「シズ、何か いろいろ駄々漏れてる」

「姫が お可哀相だ、本当に。 これが相手とか 或(あ)る意味 拷問だな、酷い罰ゲームだ」

「僕ってそんなに駄目⁈ 」

「嫉妬深くて独占欲強くて譚(はなし)を聴かなくて勘違いで八ッ当たりして怒られた事に驚いて謝罪も出来ず茫然と見送るしか出来なかった莫迦(ばか)で愚かでどうしようもない………… 」

「つらつらと論(あげつら)わないでよ! 流石(さすが)に凹(へこ)むよ!」

泣きそうな声で 私の言葉を遮っているが、異母弟(おとうと)が この程度で泣く筈もない。

第一、泣きたくなる様な手酷い仕打ちを受けたのは こちらのほうだ。

姫がいないだけで あれだけ人に当たり散らしておいて、泣き言とは片腹痛い。

この際、徹底的にいたぶっておくべきだろうか。


《 武力では敵(かな)わないが、姫を引き合いに出せる今なら………。》


そんな事を、ほんの刹那 悩む。

思考を邪魔したのは、急(せ)かす様な リオの声だった。

「厭味(イヤミ)はいいから、教えてよ。ブロ(こ)ーチ(れ)の何処(どこ)が変なの?」

ぶんぶんと ブローチを振りながらの問いに、惟(おも)わず 溜息が漏れる。


《 優秀なクセに、どうして こう…………。》


残念すぎる異母弟(おとうと)と ぞんざいに振られるブローチを交互に眺めて、私は 改めて溜息を零(こぼ)した。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


執務室の窓から逃走すると云う方法で 西の回廊へ戻ったリーゼロッテは、未(いま)だ消えない恚(いか)りに 脳内を荒ぶらせていた。


《 お談(はな)ししておきたかったのにっ、ラノイ様のばか!》


有らぬ疑いを掛けられたと誤解しているリーゼロッテは、憤懣やるかたないまま 回廊を歩いていた。

ラノイへの文句ばかりを聯(つら)ねながら、独り 後宮へ向けて趾(あし)を進めていた彼女は、西の庭園に近付いた途端 その歩みを停(と)めた。

その表情は、一変していた。

淡くも恚(いか)りを滲ませた無表情から、驚きと 緲(かす)かな疑念を泛(う)かべたものへと。

趾(あし)を停(と)めたのは、西の庭園へ降りられる 回廊の分岐点。

丁度、あの商人に声を掛けられた場所だった。


《 そう、だわ………此処にいた事から 可妙(おか)しかったのに…………。》


漸(ようや)く、違和感の 1っに惟(おも)い当たったらしい。

リーゼロッテは、周囲を見回しながら 王宮の内部構造を思い出す。

商人に用意された部屋は、外宮(がいぐう)の中でも最も南に近い場所にある。

出入りを赦(ゆる)されたとは云え、他国の、而(しか)も たかが商人の身分だ。

王宮の入口にあたる外宮(がいぐう)の 極浅い場所にしか出入り出来なくて当然である。

だが、彼に声を掛けられたのは 内宮(ないぐう)だ。

詳しく言えば、王族の住まう宮殿の西端。 後宮にも近い廊下だった。

啻(ただ)の商人を 内宮(ないぐう)まで通す衛兵はいない。

啻(ただ)の商人が 内宮(ないぐう)まで入り込める程、王宮の睛(め)は尠(すくな)くない。


《 –––––––––––––––––あぁ、そう云う事…………。》


違和感を 確信へ、不信感を 確定へ、そうすると 綜(すべ)てが腑に落ちた。

同時に、その裏に潛(ひそ)む悪意や害意と、それを懐(いだ)く者達を絞り込む。

各方面へ指示・牽制を利かせて 商人が此処へ来るまでの道(・)を作ったであろう者達。


《 怕(おそ)らく、あの3人…………それと、あの女官(ひと)。》


仮初めの妃であると知らず 明確な害意を持っている者達の中から、4人まで絞り込んだ。

池の滸(ほとり)の四阿(あずまや)で、小柄な女官に詰め寄っていた女官の顔が 脳裏を過(よぎ)る。

直後、こちらへ近付いて来る気配に気付いた。

リーゼロッテの表情が 一瞬で無に変わる。


  「お妃様」


竚(た)ち停(ど)まったまま 西の庭園を眺めていたリーゼロッテへ声を掛けてきたのは、見憶えのある女官だった。

西の庭園に水を湛(たた)える その滸(ほとり)で、気弱そうな女官を詰(なじ)っていた 気の強い女官。

黒い髪を高く結い上げ 勝気な瞳の奥を爛々と燃えさせながら、それ等を笑みで匿(かく)そうとしている女官。

曾(かつ)ては ラノイの側付きの1人、今は 衛兵宿舎担当の女官。

今し方 リーゼロッテが惟(おも)い泛(う)かべた女官 - ベロニカだった。

「失礼致します。 お手紙を預かって参りました」

悪意と害意と敵愾心を 嫉妬と邪心とで煮詰め 怨念にまで昇華させた様な どろどろとしたモノが、ベロニカの背後に渦巻いていた。

尤(もっと)も、そんなモノが視(み)えなくとも、衛兵の宿舎担当の女官が 後宮の近くへ来ている時点で、怪しい。

それが、リーゼロッテへの手紙を届ける為だなど、とても怪しい。

普通ならば、敬遠すべき攸(ところ)だ。

だが、リーゼロッテは 敢(あ)えて受け入れた。

「 –––––––––––––––––––ありがとうございます」

愛想笑いすら泛(う)かべずに、リーゼロッテは ベロニカの手から手紙を受け取った。

小さく一礼して踵(きびす)を皈(かえ)したベロニカが、口の端を引き上げた。

それを睛(め)の端に捉えながら、リーゼロッテは 何食わぬ顔で手紙を敞(ひら)いた。

「 –––––––––––––………… 」

文字に睛(め)を走らせて、撰(よ)り無表情になった。

しかし、その蒼(あお)い睛(め)には 恚(いか)りにも似た色が滲んでいた。


《 ラノイ様に…………。》


伝えなければ、と 考えた直後、先程の事が思い出された。

同時に、先程の恚(いか)りが込み上げてくる。

結果、恚(いか)りが倍増しただけだった。

惟(おも)わず、手紙を燃やし尽くしたくなっただけだった。

勿論、手紙(これ)も大切な証拠の 1っと躬(みずか)らに言い聆(き)かせ、衝動的な八ッ当たりを回避した。


《 ………………もう いいわ。》


ぎゅっと握り潰したくなるのを怺(こら)えながら、リーゼロッテは 外宮(がいぐう)へ向けて踵(きびす)を皈(かえ)した。

2話構成で終わりませんでした。

次こそは! 終わる筈!  たぶん。


来週は ついに引越しです。

もう倒れそうだけど これからが『大詰め』です。

そんな訳で、またお待たせします。 ゴメンナサイ。

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