50__仮初めの妃と 隣国の商人 1
お久しぶりです。
何とか書き上がりましたので、投稿いたします。
今回は、ラノイ → リーゼロッテ → ラノイの視点になります。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
朝食の後から エスファニア王国へ出向いてたリリィは、午前のお茶の時間には 執務室へ戻って来た。
昨日に較べて、驚く程 早い。
勿論、僕にとっては 嬉しいだけだ。
エスファニアとの往復も、無事みたいで何撰りだ。
「リリィ」
サインした書類を放る様にして席を竚った僕は、大きな執務机を離れ 足早にリリィの許へ往く。
「只今 戻りました」
浅く、だけど 丁寧な礼を執ったリリィを両腕の中に閇じ込める。
「お帰り」
無事だったから良かったけど、本当に心配してたんだよ?
リリィは大丈夫って言うだろうけど、僕は 君が結界の外に往くと 気が気じゃないんだ。
出来れば いつも睛の届く場所にいて、手の届く場所に置きたいって惟ってるんだよ?
離れると不安なんだ、哀しいんだ、苦しいんだ、切ないんだ。
内側から千切られてるみたいになるんだよ?
だから、リリィ。 僕から離れてかないでね。
《 離さないし、放さないけど。》
ぎゅってしたくなるのを我慢しながら、僕は 腕の中を瞰した。
今日のリリィは、落ち着いた薄紅色をした細身のドレスに 淡い若草色の長衣を合わせてる。
花の季節には まだ早いけど、早春の この季節にピッタリの服だ。
何撰り、リリィの輭らかな雰囲気に とても合ってる。
きっと 強い色合いの 派手な型のドレスだって似合っちゃうんだろうけど、リリィには 優しい色使いのほうが しっくりくる。
《 後宮にいる女官達のセンスは、中々だな。》
相手がリリィなら、ドレスを択ぶのも愉しいだろうな。
本当なら、僕も何着か饋りたいんだけど。
でもなぁ………。
また、仕舞われっぱなしになりそうなんだよね。
《 折角 択んだのになぁ。》
僕、そんなにセンス悪くないと惟うんだけどなぁ。
気に入ってもらえなかったのかなぁ。
あ、思い出したら ちょっと切なくなってきた。
僕が 明後日の方向に思考を飛ばしてる事に気付いたのか、啻-単に 黙りこくってた所為か。
腕の中のリリィは、僕を見上げて小首を傾げた。
「ラノイ様?」
俔う様に見詰める蒼い瞳に、微笑みかける。
何でもないよ って笑ってみせたんだけど、どうやら納得はしてないみたいだ。
それでも、特に追求はされなかった。
「帰った?」
誰が とは言わないけど、これで充分 通じる。
事実、リリィは 微笑して肯いてくれた。
これに、自分の机で 普段より暢びり書類の精査をしてたシズが 安堵の息を零した。
「では、これで エスファニアへの帰郷は終わりですね」
「いいえ」
霽れやかな笑顔で そう言ったシズの断定的な言葉は、リリィの一言で否定された。
途端に固まる 僕とシズ。
だって、北の2国の王達は 帰ったんでしょ?
暫く来られない様にしてきたんでしょ?
なら、エスファニアに帰らなくていい筈でしょ?
これで 何もかも終わった筈じゃないの?
《 違うの?》
微硬直したままリリィを瞰して、説明を待つ。
「数日に 1度、往復する事になると惟います」
リリィは、何でもない事の様に そう言った。
往復って、エスファニア王国へ?
往くの? 絶対? どうしても?
その度に、僕が こんなに千切れそうになっても?
シズに厭がらせをしても 治まらないのに?
クランツに八ッ当たりしても 気が紛れないのに?
大臣や高官・官吏達を威嚇して我慢してたのに?
それなのに、リリィは 僕の傍を離れるって云うの?
勿論、そんな事 口に出せないんだけど。
でも、僕の頭の中は そんな想いで一杯だった。
そんな僕を差し置いて、シズが 不機嫌そうな声を出した。
「この先、ずっとですか?」
「シズ………… 」
腹違いの兄は、僕と違って 見るからに賢そうな外形で、僕とは違う意味で 冷徹そうな作りの顔を、盛大に顰めてる。
今にも『容認出来ません』とか言いそうだ。
まぁ、気持ちは判るけどね。
今日も、僕は 最大に厭がらせしてた訳だし。
《 だけど、僕が言わなかった文句を シズが言うのは違くない?》
そう惟って 異母兄を見たんだけど、眼線を併せてくれなかった。
一方、シズの あんまりな態度にも、リリィの微笑は垉れない。
穏やかな彼女は、こんな時でも優しい。
「それが、こちらに留まる条件ですので」
慈愛の女神みたいなリリィの言葉に、シズは アッサリ表情と態度を変えた。
「了解しました。それで ラッケンガルドにいられると云うなら、安いモノです」
満足そうな微笑を泛かべて、弾んだ声で 交換条件を呑んでる。
これ以上 異母弟の犠牲にならずに済むなら、って副音声が聴こえた。
「 ………………シズ」
忘れてるみたいだけど、相手は〔森の妖精〕だよ?
おまけに、エスファニア国王の従妹姫だよ?
クランツがいたら 盛大に怒られてるよ?
いつも利己的だけど、今日は 更に酷くない?
一体 どうしちゃったの?
え? 全部 僕の所為? 違うよね?
大いに身に覚えがあるけど、違うよね?
昨日 リリィが差し入れたお茶で 体調不良も恢復したんだし、厭がらせくらい 別にいいよね?
今に始まった事じゃないんだし、気にも留めてないでしょ?
《 あれ? 違うの?》
そう云う意味を込めて シズを見たら、洌く睨まれた。
どうやら、怒ってるらしい。
「兎に角、今日も お勤めを お願いします」
シズは 僕を睨んだまま、リリィに そう言った。
睛が『コイツが酷いんですよ』って言ってる。
リリィにも、それは伝わったんだろうな。
「畏まりました」
苦笑いを零しながら、リリィは 小さく頷いて返した。
うん、苦笑いも可愛い。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
執務室での役目を終えたリーゼロッテは、王宮の西の廊下を歩いていた。
執務室と後宮との間にある廊下であり、西の庭園に面している場所でもある。
リーゼロッテは、昼食までの僅かな時間を 西の庭園で過ごそうと、この廊下を進んでいた。
そんな彼女の後ろには、後宮に仕える女官達が附き随っている。
昨日までとは異なり、其々 充実した表情を見せている。
王妃不在で憔悴していた彼女達も、昨日の内に振る舞われたリーゼロッテのお茶に因って しっかりと癒されている。
肉体的にも精神的にも恢復し、溌剌とした様子で 本日の業務に従事していた。
そんな女官達の後ろから、声が掛かった。
「お妃様」
振り皈った女官達は、相手の姿を認めて 左右に割れる。
そうして、リーゼロッテにも 寄って来た者が見えた。
其処にいたのは、見憶えのある商人だった。
「ぁ」
惟わず、口の中で 小さな声を零す。
ラノイが附いて来てしまった数日の外出、その前に 顔を併せた商人。
隣国-ヴェルツブリュン王国から来たと云う商人 - その人だった。
《 この人…………。》
まだ この国にいたのか、また この国に来たのか。
数日前に ラノイからの饋り物のアクセサリーを携えて謁見した商人は、リーゼロッテの後方-4㍍の辺りで趾を停め 恭しく頭を下げた。
「正式な手続きもせず、この様な場所で声を掛けました無礼を お赦しください。 先日 お持ちした品は、気に入っていただけましたでしょうか。どうしても気になってしまいまして、不躾とは存じましたが、こうして参じた次第です」
慇懃な態度に、リーゼロッテは 密やかに睛を細めた。
「えぇ、とても」
「そう言っていただけて 安堵致しました」
晳ら樣に ホッとした様子で、商人は 笑顔を見せる。
「本日は、もう少し手に把り易い小物などを 沢山ご用意して参りました。是非 ご覧になってください」
「いいえ、わたしは………… 」
「異国の珍しい品ばかりです。この国にない物ばかりなので、きっと ご覧になるだけでも愉しんでいただけます」
断ろうとしたリーゼロッテの言葉を、商人が 先回りして遮る。
その声にも熱が入っている。
《 商売熱心?》
晳ら樣な様子に、リーゼロッテは 対応に迷った。
その間にも、商人は客引きに余念がない。
「侍女の方々も、是非 ご一緒に。手に取り易くなる様、努力させていただきます」
値引きの用意があると匂わされて、女官達の睛が耀いた。
「まあ」
「せ、折角ですものね」
「そうですわね」
いつの時代・何処の国でも、女性はお洒落に余念がない。
特に、王宮へ仕える程の者達ともなると 衣服にアクセサリーにと気を配る。
それは、リーゼロッテに向けられるばかりではないのだ。
「こちらに部屋を用意していただきました。 さあ、どうぞ」
抜け目なく女官達を案内し始めた商人に、リーゼロッテは 小さく溜息を零す。
すっかり乘り気になってしまった女官達を前に、往かないとは言えなくなっていた。
商人としても、これが目的なのだろう。
見事に動きを封殺された気分だった。
しかし、リーゼロッテが躇う理由は 他にあった。
《 やっぱり、胡散臭い人。》
前回 顔を併せた時と同じ印象に、眉根が寄りそうになっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
案内された部屋は 然して広い部屋ではなかった。
王宮の中でも 表庭に近い建物の一郭にあり、見通しの良い造りになっている。
本来、謁見に来た者達の従者などの待合室として使用されるらしい。
良からぬ事など出来ぬ様、勝手に出歩くなど出来ぬ様、衛兵が付き添う形になる。
この日は、声を掛けられた女官達で 部屋が一杯になっている所為か。
衛兵達は、部屋の様子が俔える場所に配置されていた。
「これは、ヴェルツブリュン王国でも 中々 手に入らない翠玉の首飾り。こちらは………… 」
リーゼロッテは、熱心に商品の説明をする商人を遠巻きに眺めていた。
やや細められた蒼い瞳には、不信感が見え隠れしている。
《 かなり、胡散臭い人。》
商人の評価を下方修正しつつ、溜息を押し殺す。
「どれも とても珍しく、今-此処でしか見られない品々です。 而も、この お値段となれば 他では……… 」
滑らかに湧き出る売り込み口上に、何人もの女官達が睛を耀かせている。
その中には、リーゼロッテの側付きであるアイシアの姿もある。
他の女官達も、拡げられた商品に釘付けになっている。
《 ––––––––––––駄目だわ。》
笑顔が厭だ、と感じ リーゼロッテは 商人から視線を乖らせる。
迷惑をかけてしまった分、女官達に愉しんでもらえるなら、と やって来たのだが、既に この空間にいる事が辣くなっていた。
《 弊れているのかしら。》
朝イチでエスファニア王国へ戻って 招かれざる客達を強制送還したり、昨日の譚の続きを アルハザード伯爵などに強要れたりしている。
精神的な疲労は認めるが、相手の存在に気持ちが ささくれ立つ程ではない。
心を平静に保つ様 意識しながら、改めて 商人を視た。
そして、更に 睛を細めた。
《 匿されている………。》
そう惟いながら、リーゼロッテは 踵を皈す。
邀ったのは、部屋の出入口だ。
其処に竚つ衛兵に目配せをすると、すぐに扉が敞いた。
衛兵は、浅く礼を執りながら 扉の横に控えた。
これに気付いて、シノンが顔を上げた。
「お妃様?」
「皆様は、どうぞ そのままに。わたしは、先に戻ります」
「あ、でしたら わたし達も………… 」
「いいえ、お気に爲さらずに、どうぞ そのままで」
小さく首を振りながら、殊更 穏やかに微笑んでみせる。
「でも………… 」
「皆様にも息抜きは必要です。この一時だけでも、どうか」
躇っているシノンやアイシア達を残して、リーゼロッテは部屋を迹にした。
廊下に控えていた数人の衛兵達の前を通り、再び 後宮を目指して進む。
《 言うべきだったかしら………でも、皆様 愉しそうだったし…………でもでも、あれは。》
陳べられていた商品と それについての売り込み口上に、惟う攸はあった。
あったのだが、値段を鑑みれば 悪辣と言う程ではない。
しかし、正しい情報を与えずに勧めるのは 商人として在り方が間違っている。
而も、此処は 王宮なのだ。
売り付ける相手が 女官達としても、である。
迷いつつ 趾を動かしていると、後方から小走りの趾音が聴こえてきた。
「お妃様」
声を掛けてきたのは、あの商人だった。
貼り付けられた笑顔に、嫌悪にも似た感情が湧く。
《 見たくないのに、追って来た。》
自分でも忌避する理由が判らず、取り敢えず 睛に映らない場所へと遁れたのに………と、脳内で呟きながら 軀の向きを変える。
「何か?」
今にもひそめてしまいそうになる眉を 気力で固定し、言葉-短に呼び停めた理由を問う。
近寄って来た商人は、好意的ではないリーゼロッテの対応にも 笑顔を垉さない。
そのまま、1っのアクセサリーを差し出してきた。
「どうぞ、こちらを」
「 ––––––––––––………… 」
「姚しい お妃様に商品を見ていただけ 望外の喜びです。こちらは、その お礼にございます」
それだけを言うと、商人は 部屋へと戻って往った。
残されたリーゼロッテは、手の中のアクセサリーへ視線を落としていた。
《 –––––––––––––––これ…………。》
渡されたのは、掌-半分の大きさの ブローチだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
ヴェルツブリュン王国で珍重される宝石は、透明度のない『玉』と聘ばれるモノだ。
金剛石や翠玉に代表される『光り輝く宝石』は、主に 西側諸国への交易品として出回る。
瑠璃や翡翠・珊瑚や真珠などが、かの国で高級品とされ 珍重されるのだ。
《 今後の商売の為に、まずは 国王-唯一の妃に取り入ろう、と云う作戦? でも、それにしては…………これ。》
手の中のブローチの石は、光りを反射して輝いていた。
ブローチの作りはヴェルツブリュンの伝統的なあしらい、それに使われているのは 輝く宝石。
これが指し示す意味を、リーゼロッテは知っていた。
「 –––––––––––––………… 」
実は、あの部屋に拡げられていた商品-綜てが、こう云った宝石をあしらったモノだった。
ヴェルツブリュン王国の土産として手に入れられるモノばかりだったのだ。
その場で指摘しても良かったのだが、愉しげアクセサリーを手に把る女官達を見ては 躇われた。
陳べられていた商品は、決して粗悪な品ではない。
値段も 暴利ではない、と惟われた。
遙々 持ち寄ったのだ。
手間賃と云われれば、納得出来るモノだった。
しかし、あの嘘が淆じった売り込み口上は いただけない。
これで味をしめて あんな事を繰り皈されるのは、もっと いただけない。
《 ラノイ様。》
相談出来る相手が欲しかった。
そう惟った時 真っ先に泛かんだのが、ラノイの顔だった。
《 お仕事中かしら。》
そう考えて、ふと 自嘲する。
午前の休憩の時点で あれだけの書類が積み上がっていたのだ。
暇な訳がないし、仕事をしていない筈もない。
していなかったら、大問題である。
真面目に仕事を熟していたとしても、あれから 1時間と経っていない今 その綜てが片付いている可能性はゼロだろう。
《 お仕事中よね………往ったら、お邪魔になってしまう。》
何を当たり前の事を、と惟うも 後宮へと邀っていた趾は、疾うに停まっていた。
軀の向きは変わっていないが、睛は 執務室がある棟を、その最上階の窓を見詰めている。
《 でも…………。》
国の内外に係る綜てに関して、最終決定権を持つ者。
それが 国王である。
ラノイは、その役目を果たすべく 弛まぬ努力をしている。
国内の状況を把握し、国外の動向に気を配り、双方に睨みを利かせる。
ラッケンガルドの様な 極貧の小国では、生半な苦労ではない。
だから、邪魔になる行動をとるべきではない。
リーゼロッテも、そう理解している。
《 でも………だから…………だけど………それでも…………。》
執務室へ往かれない理由を 1っあげる度に、会わなければならない理由が 1っ頭を循る。
理性的に『駄目だ』と惟うのに、即座に 悟性が反論を呈す。
そんな状態で、リーゼロッテは前へも左へも踏み出せなくなっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
執務室の窓から、中を窺う。
どうやら、丁度 独りだったらしく、室内にはラノイの姿しかない。
「ラノイ様」
机に向かう後ろ姿へ、小さく声を掛ける。
すると、すぐに 黒髪の青年が振り皈った。
「リリィ」
一瞬 驚いた顔をした様に見えたが、美丈夫な国王は すぐに満面の笑顔になる。
その向うに積まれている書類が睛に入る。
山は 殆ど搬び出されていたが、それでも まだ残っている。
「お仕事中でしたか、申し訳ございません」
呟いてから『何を当たり前の事を』と自嘲する。
そんなリーゼロッテに、ラノイは 今日も優しい。
「いいよ、おいで」
すぐに窓を開けて 入るよう促している。
これに、罪悪感にも似た気持ちになった。
「わたしなら、暫く お庭でも………… 」
散策していれば、昼食の時間になる。
それから 相談をしても良かったのだ。
自分でも そう言い聆かせていたのだが、判っていても 此処へ来てしまったのだ。
それでも、ラノイの口から庭にいろと言われれば 遵うつもりだった。
そんなリーゼロッテの葛藤に気付かないのか、ラノイは 何処までも甜い。
「いいよ、すぐ終わるから。ちょっと寛いでて」
小鳥の姿になって訪ねた事に言及する事もなく、ラノイは 小鳥姿のリーゼロッテを優しく両手で包み、部屋に招き入れた。
ラノイの手は、ほっそりとしている様に見えても 節くれ立ってゴツゴツしている。
長身に見合う大きな手の 細く見える指でさえ、間違いなく剣を握る者のそれだ。
そんな手に包まれたリーゼロッテは、先程までの胸のモヤモヤが 少し霽れる感覚に、雍かく自嘲した。
《 最初も、こうされたのに。》
一眼 国王の顔を見ておこう、そんな気持ちで この執務室の天窓へ翔んだ あの日。
リーゼロッテを見付けたラノイの手に、同じ様に包まれ 逮われた。
あの日は 逃げなければと惟った手を、今は 心地好く感じている自分がいる。
その事に、嗤えてしまったのだ。
然して 長い刻を過ごしてきた訳ではないと云うのに、彼女は ラノイを信用していた。
その根拠になる実績は、共に過ごした刻の中にある。
ラノイの優しさも 気遣いも、沢山 見て感じてきた。
それが、信頼の根拠になっている。
今では、觝れる手も 抱き締める腕も拒まない程に。
小鳥の変幻を解いた途端 抱き締められたが、忌避感はなかった。
《 すっかり懐柔されてしまった。》
そう感じるのに、やはり 拒む気にはならなかった。
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___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
リリィは、慎しみ深い女性だ。
いつも 自分を律して動いてる。
この執務室だって、いつでも来て いつまででもいていいって言ってるのに、お茶の時間くらいしか顔を出してくれない。
そんなリリィが、急に 執務室へ来た。
而も、小鳥の姿になってまで。
王宮の中で 何か遭った?
人眼を忍んで 此処に来る様な、何かが。
〔獅子王〕の唯一の妃を敵視する輩は多いし、その誰かに何か言われた?
いや、その程度で リリィが僕に会いに来てくれる訳ない。
もっと頼ってほしいのに、リリィは 何でも自分で解決させちゃう。
相談だって 沢山してほしいのに、何でもないって笑ったりする。
どんな些細な事でも、僕は リリィの事なら何でも知りたいのに。
僕は もっと頼ってほしいし、もっと甜やかしてあげたいのに。
これも、信用されてない所為かな。
《 …………………ヘコむ。》
事実なんだけど、自分で言ってて泣けてくる。
僕、そんなに信用ないかなぁ。
ないんだろうなぁ、いろいろしちゃってるしなぁ。
自業自得なんだけど、哀しいなぁ。
《 いや、こんな時に傍に来てくれたんだから、少しは信用してくれてる…………かもしれない。》
どんどん落ち込んでく気分を、無理矢理 浮上させる。
今は、眼の前のリリィの事を考えなきゃ。
腕の中を瞰すと、リリィは 僕に寄り添うみたいにして じっとしてる。
少し気落ちしたみたいな顔だって見せてくれる。
確実に何か遭った、そう判るのに 僕の頭は別の事に引き摺られてた。
《 うわ、どうしよう。》
こんな諷にしてくれるのは、弱ってる時だって判ってるのに。
いや、判ってるからこそ、余計に雑念が湧くんだ。
主に、イケナイ方向に。
《 しっかりしろ、僕! 付け込みたいとか考えちゃ駄目だ!》
駄目だ、まだ圍い込んでもないんだから。
弱ってるのに付け込んで 甜やかしてデロデロにして 僕なしじゃいられないくらいにしちゃいたいけど、まだ駄目なんだ。
もっと油断させて、もっと信用させて、もっと僕に依存させてからじゃないと。
それまでは、駄目なんだ。
《 だけど、こんなリリィ前にして我慢とかツライ。》
ギュってして僕が何とかしてあげるよって囁いて腕の中で蕩けるまで甜やかして警戒心なんて起きないくらいにさせてから腰が抜けるくらいキスして、果ては 足腰立たなくなるくらいに–––––––。
下心満載で邪念塗れの僕なんかに こんな隙をみせたリリィが悪いんだ、って事にして あんなコトもこんなコトも–––––––なんて 考えてる。
駄目だって判ってるのに。
今 そんな事したら、二度と手に入らなくなるって判ってるのに。
《 僕って、本当に駄目だなぁ。》
湧き出る邪念を 一所懸命 振り払って、僕は 腕の中へ笑みを向ける。
「リリィは、ソファにいてね」
何とか欲望を扼え込んで、優しく頬を撫でるだけに留める。
リリィの頬は、相変わらず すべすべで撫で心地がいい。
少し ひんやりしてるのも、雑念と邪念で火照った手に気持ちいい。
いつまででも撫でてたくなるけど、今は我慢だな。
これ以上 触ってると放せなくなりそうだ。
「すぐ終わらせるから」
僕は、リリィをソファに促して、残りの書類と向き合う事にした。
さて、真剣に熟さなきゃ。
《 さっさと片付けて、リリィと イチャイチャするんだ!》
雑念と邪念も使いよう、だよね。
これが仕事の能率アップになるなら、有効利用しなきゃ。
眼の前のご褒美の為に仕事するなんて、相手がリリィじゃなきゃ 絶対やらないけど。
再び 執務机に着いた僕は、暖炉の周りに配置されたソファの 1っに座ったリリィに、更に機嫌を良くしてた。
僕に背を向ける位置にある、1人掛けのソファ。
いつもの僕の指定席。
其処に座った ほっそりとした後ろ姿に、満面の笑みで仕事を再開させた。
意図的にしろ無意識にしろ、嬉しくて。
だから、気付かなかったんだ。
ソファに座ったリリィが、ずっと膝の上に視線を落としてた事にも。
その膝の上に、小さなアクセサリーがある事にも。
《 さぁ やるぞぉ!》
莫迦みたいに浮かれてた所為で あんな事になるなんて、惟いもしなかったんだ。
次回の投稿は、遅くなりそうです。
サボりではありません、ちゃんと (?) 諸事情あります。
7月になってしまう可能性もあります。
気長のお待ちいただければ幸いです。




