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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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49/60

49__仮初めの妃の動揺 1

お久しぶりでございます。

全編 リーゼロッテ視点のお話になっております。


では、どうぞ。


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


「どうだった?」

一段落して、ラノイが そう尋ねた。

官吏(かんり)達が執務室を出た現在も、リーゼロッテは ラノイの膝の上にいる。

綯(ゆる)くだが、腰に腕を回された状態でいるのだ。

勿論、人眼(ひとめ)がないのだから離してほしい とのリーゼロッテの要望を、ラノイが屁理屈で撥(は)ね除(の)けた結果である。

それも『人眼(ひとめ)がある時にテレない為にも 普段から慣れておけばいい』などと云う強引な一言で。

権力濫用(パワハラ) & 過剰接触(セクハラ)な国王(じょうし)に因(よ)る、有り得ない程 乱暴な理論である。

これが公然と罷(まか)り通っていたら、世の中は お終いである。

しかし、この世間擦れしていない魔法使いは まんまと言い葆(くる)められた。

そして、膝から降りられないまま 現在に至る。

そうは云っても、リーゼロッテは 大変 初心(うぶ)な魔法使いだ。

ラノイの膝の上に ちょこんと座っている今も、何処(どこ)か 居心地が悪そうに身を縮めていた。

視線が ラノイへ向かないのも、そう云った理由に因(よ)るのだろう。

尤(もっと)も、ラノイは それも含めて眼福と惟(おも)っている様だが。

「来客は、やっぱり北の王様達だったんだ?」

しれっと、そんな事を訊いてくる。

片や エスファニア王国での事を尋ねられたリーゼロッテは、その表情を僅(わず)かに渋らせた。

「 ………………頭が痛いです」

今日あった あれこれを思い起こした所為(せい)か、リーゼロッテの声は重い。

憂いを泛(う)かべ俯いた彼女を、ラノイが見詰める。

「用件は、やっぱり リリィの事?」

判り切っていた事を敢(あ)えて訊いたのは、やはり気になって仕方がない所為(せい)だろう。

ラノイの睛(め)は、緲(かす)かな感情の揺らぎも見遁(みのが)すまいと リーゼロッテに向けられていた。

これに気付かず、彼女は沈思する。

エスファニア王国での事を 何から何まで説明しても、何等 困らない。

談(はな)してはいけない重要な事柄などない。

国王に挨拶をし 公爵夫人とお茶をして、無頼の輩(北の王達)を黙らせ 伯爵に興味を持たれた………それだけである。

だが、それだけの説明をするのが 非常に億劫(おっくう)だった。

早い譚(はなし)が、言葉にするのも厭(いや)なのだ。

「 ––––––––––––––––––……………… 」

それでも 何か談(はな)さねば、と口を敞(ひら)くが 肝心の言葉が出ない。

結局、躇(ためら)いがちに敞(ひら)くと扃(と)じるを繰り皈(かえ)すだけとなった。

「リリィ? 何か遭(あ)ったの? 困った事が遭(あ)ったなら談(はな)してごらん」

ラノイと促されて、リーゼロッテは視線をあげた。

そうして、漸(ようや)く 眼の前の青年が心配しているのだと気が付いた。


《 ちゃんと お談(はな)ししなければ。》



  大丈夫です、困った事などございません。

  余りにも変わっていなくて落胆したとか、

  これが あの努力の成果かと惟(おも)ったら

  肚立(はらだ)たしくて仕方がなかったとか、

  問答無用で追い払ってやれば良かったと

  今を以(もっ)て とても後悔しているだけで、

  ラノイ様が その様な お顔を爲(な)さる事など

  何一ッございませんでしたから………。



そう惟(おも)うも、やはり 言葉が出なかった。

説明の為に 今日あった出来事を思い出すだけで、嫌悪感が募る。

「わたし、あの2人 きらいです」

口を突いて出たのは、溜息と この言葉だけだった。

しかし、今のラノイには充分だったのだろう。

「あはは、そっか」

心配そうな顔が一変して、明るく笑う。

そんなラノイを見て、リーゼロッテの表情も 幾らか軽くなった。


《 あの2人と較(くら)べて………いいえ、較(くら)べなくても、ラノイ様は なんて働き者の王様なの。》


王としての資質があって 有能で勤勉で努力家で、その上 優しくて………などと 脳内でラノイをベタ褒めにしている。

最低ランクの国王達を見てきた所為(せい)か、評価が だだ甜(あま)になっているのだ。

今-現在の状況を考えれば 多少のマイナス点も泛(う)かびそうなモノだが、この時のリーゼロッテは その事に思考が及ばなかった。

「明日には、帰ってもらいます」

「出来るの?」

「はい。陛下にも ご許可を戴いて参りましたし、反対を爲(な)さる方もいらっしゃいませんでした。一応、或(あ)る程度の仕込みも済ませております」

既に 軟禁状態にしてきた事や 飯抜きの刑にした事や、それ等の処置についても エスファニア側から反論が出なかった事などを まるっと割愛して談(はな)す。

一体 何が遭(あ)ったのか問いたい気持ちもあるだろうに、ラノイは 其処にも言及しなかった。

今の彼には、もっと懸念している事があるのだ。

「じゃあ、もう往(い)かない?」

ほんの数時間 リーゼロッテが王宮を離れていただけで、あれ程 苛々(イライラ)させられたのだ。

譬(たと)え 普段から会えない時間に収まるのだとしても、往(い)くのと往(い)かないのでは大きく違う。

特に、相手が リーゼロッテに求婚する様な輩(やから)だけに 厭(いや)なのだろう。

ラノイは、期待の篭(こも)った睛(め)でリーゼロッテを見詰めた。

これに どれ程 気付いたのか、将又(はたまた) 緲(かす)かにも気付かなかったのか。

リーゼロッテは、小さく苦笑した。

「いいえ、それでも 顔は出さなければ」

「むぅぅぅ」

晳(あか)ら樣(さま)に不服そうな顔をしたラノイに、リーゼロッテが 言葉を補う。

「明日は、昼食までに 片(カタ)が付くと惟(おも)います。往復も 気を付けますから、大丈夫ですよ」

どうやらと云うか やはりと云うか、複雑な男心には 毛筋-程も気付かなかったらしい。

ラノイが不機嫌なのは 嫉妬なのだと、彼女が自発的に気付く日はくるのだろうか。

「 ……………………判った」

たっぷりと時間を縣(か)けて 自分を納得させたらしい。

ラノイは、大きな溜息と共に そうとだけ答えた。

「申し訳ございません」

「いいよ。 仕方ないよね〜、リリィだもんね〜 」

二重の意味で呟いたラノイは、切なそうに微笑んだ。

そして、気分を変える様に こう切り出す。

「取り敢(あ)えず、お茶にしよっか」

「では、お茶の準備を…………ラノイ様?」

折角 用意してくれたんだから、と言いつつも ラノイはリーゼロッテを放そうとしない。

腕は 未だに腰に回され、彼女は膝から降りられず戸惑っていた。

一体どうしたのか と問う前に、ラノイが小さく笑んだ。

「ねぇ、手を使わないで 物を移動させるって、出来るよね?」

「はい、可能ですが………?」

「やって見せて?」

ラノイの視線は、離れた場所にある 小さなテーブルの、盆に乗せられたティーセットへ向いていた。

何故 今更と云う疑問はあったが、難しい事でもない。

リーゼロッテは、要望通りに ティーセットを盆-毎 宙に浮かせ、ソファの前に移動させる。

注釈しておくが、これは『魔法使いならば誰にでも出来る 簡単な作業』ではない。

魔力量としては 大した消費もないが、コントロールと云う意味では難易度が高い。

急激な動作をしない様 精密な操作をしつつ、水平を保(たも)ち 盆から食器を離す事なく、更には 音も発(た)てず 湯も零(こぼ)さず、綜(すべ)てに気を配りつつ 完璧に熟(こな)す。

幼児の手に ティーセットの乗った盆を持たせ、同じ距離を搬(はこ)ばせる場合を想像してほしい。

転ばず 倒さず 傾けず…………これが出来る幼児などいないのと同義なのだ。

幼い魔法使いであるリーゼロッテが これを可能としているのは、8年もの弛(たゆ)まぬ努力と 日々の反復練習の成果である。

緻(こまか)い操作や力加減に心血を注ぎ続けて 漸(ようや)く適(かな)うモノなのだ。

つまり、他の 高位の魔法使いであっても 此処まで訓練している者は尠(すくな)い。

勿論、魔法使い未満のラノイには 知る由(よし)もない事だが。

「凄い、便利な魔法だね」

その一言で片付けると、彼は にっこりと笑った。

その段になって、やっと リーゼロッテが気付く。


《 あ、ら? これ は、まさか…………嵌(は)めら れ た?》


膝から降りるチャンスを 躬(みずか)ら棒に振った事実に。

そして、それが この若き国王の奸計である可能性に。

まさか、とラノイを見上げる。

「本当に便利だよね〜、動かなくていいって」

ラノイは、満面の笑顔で そう言った。

目的を達した今、最早(もはや) 匿(かく)す気もないらしい。


《 失錯(しくじ)った  っ。》


惟(おも)い切り 顔に出ただろうが、それでも ラノイの笑みは変わらない。

そして、要求も変わらない。

「手を使わないで お茶を淹れるとかも、出来るよね?」

これだけ器用に動かせるのだから 出来ない筈がないと云いたげな言葉に、リーゼロッテは 惶(あわ)てて首を振る。

「出来るか出来ないかなら 出来ますが、やりません!」

折角 首を振って否定の意を示したのに、言葉で肯定している矛盾には気付いていないらしい。

余りに可愛い動転の仕方に、ラノイの口許(くちもと)が綻んだ。

尤(もっと)も、それも ほんの一瞬の事で、リーゼロッテに見咎められる前に消えてしまったが。

「見せてくれないの?」

ラノイは、哀しそうな顔をして 愛しい魔法使いを見詰める。

それが あざとい罠であると判っていても、そう云う態度をとられると懦(よわ)いらしい。

リーゼロッテは、眼に見えて動揺した。

「だっ駄目です」

「どうしても?」

「っ〜〜〜〜 」

撰(よ)り哀しげに見据えられて 大いに たじろぐが、それでも 首を縦に振る事はしなかった。

これに、ラノイは 小さく苦笑する。

「意地悪だなぁ」

切なげな声で、ラノイが呟いた。


《 どちらがですか!》


声を大にして抗議してやりたかったが、どうにも声が出ない。

結果、顔を赧(あか)らめて 睨み付けるしか出来なかった。

尤(もっと)も、それとて ラノイにとっては眼福でしかない。

そして、それを知る術(すべ)は 今のリーゼロッテにはなかった。

苦笑していた筈の 眼の前の青年が、あっと云う間に嬉しそうな微笑を泛(う)かべた理由など、察しようもないのだ。

啻(ただ)、そうして見詰められているのは 居心地が悪かったのだろう。

彼女は、居た堪れないと云った様子で 視線を游(およ)がせた。

そして、どうにかして相手の視線から隠れたい気分になった。

同時に、今更ではあるが まずは相手の膝の上から降りるべきと判断したのだろう。

リーゼロッテは、言葉に詰まりながらも 提案を試みた。

「あ、あの…………まず、ちゃんと  っ⁈ 」

座りましょう、とは続けられなかった。

ラノイが、テーブルの上のティーセットへ 手を伸ばしたのだ。




状況を整理しよう。

リーゼロッテがいるのは、ソファに座るラノイの膝の上だ。

横抱きにされ、腰には ラノイの腕が しっかり回された状態だ。

そのまま ラノイがテーブルへ手を伸ばすと、どうなるか。


《 きゃあああぁあ⁈ 》


膝の上に座らされたまま 撰(よ)り深く抱き締められ、背を支えられた状態で 後ろへ倒される。

宛(あたか)も、抱き締められて 押し倒されかけた図の出来上がりである。

譬(たと)え、それが テーブルの上のクッキーを摘む動作の一環であったとしても。

実は、自分の膝から除(ど)こうとしたリーゼロッテへの、ラノイに因(よ)る 小さな悪戯(イタズラ)であったとしても。

リーゼロッテが受けた衝撃は変わらない。

抱き締めた腕の中で 呼吸まで止まりそうな勢いで硬直したのを感じて、ラノイは 満面の笑みを泛(う)かべた。

ガチガチに硬直した細い軀(からだ)を支えながら 元の姿勢に戻ったラノイの手には、クッキーが 1枚。

それを手に、ラノイは にっこりと笑った。

「はい、あ〜ん?」

眩しい程の笑顔だった。



  ___ 確信犯 ___



この3文字が浮かぶまでに、時間はかからなかった。

「ラっ、ラノイ様っ」

「誰もいないし、誰も見てないから。 ほら、あ〜ん」

「ラノイ様!」

「練習だよ、練習。 こうやって少しずつ慣れてけば、人がいる時にも出来る様になるでしょう? だから、あ〜ん」

容赦なく差し出され続けているクッキーに対し、顔の前に両手でバリケードを作る。

そうして、精神攻撃にも斉(ひと)しいモノを禦(ふせ)ぐ。

「ラノイ様!」

巫山戯(ふざけ)るのも いい加減に………そう言う前に、指にクッキーが觝(ふ)れる。



  元凶(これ)を簒(うば)って 状況の悪化を食い止めよう。

  態勢を整えてから 改めて苦情を申立てよう。



クッキーに觝(ふ)れた瞬間、リーゼロッテは そう惟(おも)った。

それが、正しい判断だと信じて。

多少なりとも 惶(あわ)てていたのだろう。

彼女は、相手(ラノイ)の本当の狙いを察する事が出来なかった。

だから、ラノイがクッキーを押し付けた事も気付かず 反射的にクッキーを受け取っていた。

クッキー(これ)さえなければ 落ち着いて譚(はなし)が出来ると、一切 疑う事なく。

勿論、眼の前にいる青年の腹の中は そんなに白くはない訳で。

クッキーを奪(と)られた直後に、それまで以上の笑みを泛(う)かべた。

「じゃあ、リリィが 僕に喰べさせて?」

先程よりも深まった笑みに、何やら黒いモノが淆(ま)じり始める。

可視化した腹黒さに、リーゼロッテが 再び硬直した。


《 なっ⁉︎ 》


漸(ようや)く、此処までが相手の企みの内だったと気付いたが もう遅かった。

膝の上に固定された事も ティーセットを魔法で移動させられた事も、テーブルのクッキーへ手を伸ばす動作も そのクッキーを受け取り易くした事さえも。

綜(すべ)て この先の行動の為の布石だったのだ、と。

そう察した時には、ラノイの顔が間近に迫っていた。

「あ〜ん」

ラノイは、クッキーを手に 硬直しているリーゼロッテの手から、勝手にクッキーを喰べる。

クッキーを持っていた指先ごと、意図して ぱくりと。

親指と人指し指の先に、柔らかくて温かい感触が觝(ふ)れた。


《 なっっ⁈ 》


驚いて睛(め)を瞠(みは)るリーゼロッテを、愉(たの)しげなラノイが見詰めている。

蒼(あお)い瞳に自分が映っている事に満足してか、泛(う)かべている笑みが深まった。

一方、リーゼロッテは、驚愕の余り 事態の理解が出来ていなかった。

細められた黒い瞳に映る自分の顔が驚いている事さえ、何故なのか判らずにいた。

ラノイが何をしたのか、自分が何に驚いているのかも理解出来ていなかった。

頭が真っ白になっているのだろう。 それは 隙である。

リーゼロッテが混乱しすぎてフリーズした、と 的確に看破してか。

ラノイの笑みが、更に黒いモノになる。

彼は、驚愕から 先程よりも硬直している指先へ、ゆっくりと唇を寄せる。

クッキーを持っていた状態のまま動かない細い指先に、人差し指の甲に、キスをした。

ちゅ と小さく音を立てられて、漸(ようや)く 一連の事態を理解したのか。

リーゼロッテは、一気に赤面した。

惶(あわ)てて手を引っ込め、觝(ふ)れられた指先を隠す様に 左手で包んだ。

勿論、軀(からだ)を離そうと 身を引きもした。

当然、腰に回された腕に阻(はば)まれ、上体を反らす程度の動きにしかならなかったが。

ラノイは、リーゼロッテの動揺を備(つぶさ)に観察して 更に笑みを深めていた。

嫣然と泛(う)かぶ笑みは、老若男女を魅了し 容易(たやす)く籠絡する事さえ可能としただろう。

「美味しい」

嬉しさの余り 色気ダダ漏れとなったラノイは、愛しい魔法使い(リーゼロッテ)を見詰めたままだ。

一時(ひととき)も離れない視線に、パニック状態のリーゼロッテは耐えられなくなっていた。

怒っているのか 困っているのか、悚(こわ)がっているのか 詬(はずか)しいのか、それすら判らない。

啻(ただ)、今は この腕から、この体温が届く範囲から、一時(いっとき)も早く離れたかった。

そんな心境を知ってか知らずか、ラノイは リーゼロッテの腰に回した腕に力を込めている。

逃げ出す事は赦(ゆる)さない、と云う態度に 彼女は小さく震えた。

「ねぇ、もう 1っ 喰べさせて?」

「っ〜〜〜〜!」

「取ってくれないの? なら、僕が取っていい?」

『さっきみたいに』と爽やかなまでに黒い笑顔で付け加えられて、リーゼロッテは 惶(あわ)てて魔法を使った。

背後の皿からクッキーを 1っ浮かせ、手許(てもと)に寄せる。

じっと見詰めるラノイの視線が、伝わる体温が、酷く居た堪れない。

リーゼロッテの混乱は 先程よりも極まっていた。

その所為(せい)だろう、彼女は クッキーを手にしてしまったのだ。

その指先に、唇で觝(ふ)れられた感触が残っていた。

「ありがとう。 じゃ、あ〜ん」

嬉しそうに口を開けるラノイを前に、声にならない噭(さけ)びが胸中に谺(こだま)した。


《 王様なんて! 我儘(ワガママ)な人ばかり‼︎ 》


あのまま魔法で ラノイの口にクッキーをねじ込んでやれば解決した と、リーゼロッテが気付く事はなかった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


夕食の後、リーゼロッテは 後宮へ戻っていた。

既に 湯浴みなどを済ませ、眠る前の余暇の時間を 居室で まったり過ごしていた。

いや、まったりとは異なる精神疲労に ぐったりしていた。


《 弊(つか)れた。》


執務室での あの休憩から、ラノイは リーゼロッテを放しはしなかった。

休憩中は勿論、早めに摂(と)る事となった夕食も、其処への移動中も、食事の後 後宮(ここ)へ戻る時でさえ、だ。

リーゼロッテの訴えを一切合切(いっさいがっさい) 受け付けず、嬉々として抱き擁(かか)えて搬(はこ)んでいた。


《 フェイトゥーダ様は、我儘(ワガママ)を仰有(おっしゃ)らない王様だったのね。》


リーゼロッテは、今日一日で起きた あれやこれやについては、もう考えない事にしていた。

思い出すと、とても平静ではいられないのだ。

ラッケンガルドへ戻って来てからの事は、特に。

後宮の部屋に戻ったとは云え、室内に女官達がいる今は 悶える事も出来ない。

記憶の片隅に追いやるほうが、精神衛生的にも良かったのだ。

それでも、やはり チラつくモノはある。

それを いちいち遠くへ投げ捨てる作業を脳内で繰り皈(かえ)していた。


《 あぁ、故フォルモーサ王も 我儘(ワガママ)は仰有(おっしゃ)らない方だったわ。》


自分を揶(からか)って振り回す事さえしなければ ラノイ様も素晴らしい王様なのに、などと考えた途端 深い疲労に襲われる。

「はぁ………… 」

惟(おも)わず溜息が零(こぼ)れていた事に気付かず、リーゼロッテは思考を切り替えた。


《 兎に角、あの身勝手王-2人には、明日 帰ってもらうとして。》


エスファニア国王 - フェイトゥーダに、もう一度 謝罪させてからと惟(おも)っていたが、もう朝一番 強制的に国境の外へ放り出してやろうか、と考え直していた。

会わせた攸(ところ)で 再び不快な思いをさせてしまうだけでは、と云う懸念が揩(ぬぐ)えない為だ。

明日の予定を考え、撰(よ)り 弊(つか)れを感じていると、女官の声がした。



  「陛下が お見えです」



アイシアの声で 一瞬にして思考の海から呼び戻されはしたものの、予想外だったのだろう。

リーゼロッテは、小さく疑問の声を零(こぼ)していた。

「 …………え?」

驚いて振り向くと、部屋の入口に ラノイが現れる。



  「何を驚く?」



穏やかな微笑を泛(う)かべ、ゆったりと歩いている。

「王(おっと)が 愛しい妃(つま)の部屋に通うのが、それ程 不思議か?」

驚いたままのリーゼロッテに近付くなり、ラノイは 彼女へ腕を伸ばした。

「きゃ」

軽々と椅子から抱き上げて、そのまま部屋の奥へと歩き始める。

進む先にあるのは 閨(ねや)だ。

大きな衝立の陰に 閨(ねや)へと続く短い通路があり、其処にも また衝立がある。

扉と云うモノはないが、其々(それぞれ) 部屋として独立した造りになっている。

其処へ 容赦なくリーゼロッテを搬(はこ)びながら、ラノイは 部屋の入口に近い壁際に控えている女官達を振り皈(かえ)った。

「お前達は下がれ。此処には誰も近付かぬよう」

国王(ラノイ)の言葉に、アイシア達は礼を執(と)り 静かに退室して往(い)った。

女官達を下げて 2人きりになると、ラノイは そのままベッドへ歩き出した。

2ッ目の大きな衝立で隠されている その先に、広い部屋と それに見合うサイズのベッドがある。

此処が、仮初めの妃に与えられた寝室だった。

「さぁ、一緒に寝ようね〜 」

人の気配が遠退(とおの)いた途端、ラノイは 仔猫-仕様に変わり、ウキウキとリーゼロッテを搬(はこ)んでゆく。

これに惶(あわ)てたのは、当然、リーゼロッテのほうだ。

「ラっラノイ様⁉︎ 」

「うん?」

にこりと笑んで彼女を瞰(みおろ)すラノイは、何か問題があるのか と言いたげな顔だ。

「そ  っ」

「だって、リリィのほうが いいんだもん」

「はっ、はなし  っ」

「やだ」

「なっ–––––––––––– 」

「駄目」

子供の我儘(ワガママ)-丸出しの発言の度(たび)、リーゼロッテが絶句する。

その僅(わず)かな時間で、ラノイは ベッドに潜り込んでいた。

勿論、リーゼロッテも一緒である。

「っ!!? 」

それは、あっと云う間の出来事だった。

ベッドに近付いてからの数秒の記憶が、まるで 抜け落ちたかの如(ごと)く ない。

いつの間にか ベッドに寝かされていた事も、その隣に ラノイが入って来た事も、2人の上に きちんと布団が掛けられている事も、いつの間にか脱がされていた靴の事にも。

リーゼロッテにとっては驚きしかなく、一連の動作は 彼女の記憶にないモノなのだ。

旅行中と同じ事にならない様にと 抵抗しようとしていただけに、驚愕させられた。

リーゼロッテからすれば、まるで意識を失っていたのかと疑う程だ。


《 な にが、一体…………まさか、これ は。》


一瞬、或(あ)る可能性が 彼女の頭を過(よぎ)った。

それは、この状況を説明し得(う)る 1ッの魔法。

だが、余りにも突飛な仮定、突飛すぎる仮説だった。


《 まさか、有り得(う)るの………?》


己(おの)れの推測に、リーゼロッテは 更に動揺した。

其処に、隙が生まれる。

「あぁ、あったかいなぁ」

ラノイは、腕にしていた細い軀(からだ)を 更に抱き締めた。

全身に与えられる熱と感触に因(よ)って、一気に 現実に引き戻されたのだろう。

リーゼロッテは、小さく悲鳴をあげ 再び抵抗を始めた。

「はっ、はなし  っ」

「駄目」

必死に腕から遁(のが)れようとするリーゼロッテの努力は、緲(かす)かにも 功を成さなかった。

相変わらず、ラノイは 余裕の笑みを泛(う)かべている。

「この様な事、っ………誰かに 知られたら………… 」

「奥さんを抱き枕にする事に、何の問題もないよ?」

「わっ、わたしはっ」

「リリィ、これも妃の仕事だよ?」

魔法を使う訳にもゆかず 言葉で抵抗してみたものの、これも 全く功を成さない。


《 絶対 違うと惟(おも)います!》


リーゼロッテに出来るのは、脳内で盛大に反論する事だけだ。

そんな魔法使いの謫(とが)める様な視線にも、ラノイは微笑みで対応している。

寧(むし)ろ、蕩(とろ)ける様な笑みに変わってきているくらいだ。

「今は、僕の奥さんでしょ?」

「ですがっ」

「リリィ、今更でしょ?」

そう言われてしまえば そうなのだが、リーゼロッテとしては素直に肯(うなず)けない事態である。

何度も云う様だが、彼女は 大変 初心(うぶ)な魔法使いなのだ。

觝(ふ)れられる事に 少しは慣れてきたとは云え、平気になった訳ではないのだ。


《 だけど、だけど、だけどっ。》


動揺し 困殆(こんたい)し、混乱の上 泣きそうになっているリーゼロッテを見てか。

ラノイは、最終手段に出た。

「ねぇ、リリィ」

囁く様に称(な)を聘(よ)んだラノイは、捨て猫が見せる渾身の哀願の様な睛(め)をしていた。

「僕ね、リリィを こうしてると、良く眠れるんだ」

駄目? と強請(ねだ)られて、反射的に 息を詰めた。

これが手口なのだと、判っていた。

繰り皈(かえ)されてきたのだから、流石(さすが)に判っていた。

しかし、そうであっても、リーゼロッテは とことんラノイに懦(よわ)いのだ。


《 っ〜〜〜〜 ず、狡(ズル)いぃ。》


何故 こうも懦(よわ)いのか、その理由に気付く暇もなく、彼女は 今日もラノイの策略に陥(お)ちるのだった。

ラブラブが遠いです。

何だか、ラノイだけが喜んでいる回になった気がしますが、まぁ 腹黒さんだからと云う事で。

どんどん遠慮がなくなってきている気がしますが、これも 腹黒さんだからと云う事で。

全ては 猫かぶりの腹黒さんだから仕方がないと云う事で。


さて、我慢が苦手な彼は いつまで『待て』が出来るのか。

書いているワタシにも判りません。

信じちゃいけない気がします。 えぇ、本当に。

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