47__獅子王の憂鬱
お久しぶりです。
書いているほうも すっかり前話を忘れましたが、愛妻弁当を喰べ終わり 仕事を片付け切ったラノイが 山と積まれた書類を眺めながら脱力している………そんな場面から始まります。
全編 ラノイの視点になります。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
5日間 留守にして溜まりに溜まった書類を 粗方 精査すると、シズとクランツは『午後は休暇とさせていただきます』とか言って 自室に戻って往った。
普段 口を敞けば 仕事をしろと喧い2人が、自発的に職務放棄をするのは珍しい。
どうやら、本当に疲れてたみたいだ。
《 軟弱だなぁ。》
…………とは 言えないか。
5日も職務放棄してたのは 僕のほうだし。
まさか あんなに書類が溜まってるとは惟わなかったけど、まぁ 今の大臣共や高官達が作った書類じゃ 仕方ないか。
4割が無能で 3割が役に立たなくて 2割が未熟で、残りの 1割だけが 何とか戦力に足る人材。
これが、この王宮の現状だ。
実に、7割が 立場を悪用する為に役人になった様な連中だ。
あれ等が登用されたのは、先代や 先々代の頃だ。
王が政を放棄して、凡ゆる不正が 当然の様に蔓延してた頃だ。
役人の採用段階から、数多の不正が横行してた時代だ。
個々の能力で択ばれる事はなく、試験は 形式的にも行われず。
綜ての人材は 伝手やら家柄やらで択ばれ、賄賂で 採用が決定されてた。
大臣に於いては、最早 世襲に近い。
当然 能力はなく、啻 権力を求め、只管 私腹を肥やすばかりだった。
最悪の状態で、僕達の治世が始まった訳だ。
あれを立て直すのは、本当に大変だった。
僕とシズと クランツだけで、他に頼れる者がいない状態で。
本当に、無茶な事を 沢山した。
そうしないと、どうにもならない状態だった。
僕達は、死に物狂いで働いた。
そうしながら、どうしようもない無能と 愚者を切り捨て〔獅子王〕の威圧と恐怖を以て 王宮を掌握した。
僕達が 死に物狂いで働き続けて、今は それで何とか国として機能してる。
それだけの政府だ。
《 僕が数日いなくなっただけで これか。》
ほんの数日 王宮を離れただけで、大机から食み出る程 書類が積み上がった。
これは、シズやクランツやエディンが悪いんじゃない。
誤字脱字-程度の不備なら未だしも、献策として成立すらしていない内容のモノを 何食わぬ顔で出してくる連中が多すぎるんだ。
厚顔無恥にも程がある、本当に勘弁してほしい。
僕がリリィと過ごす時間が減るじゃないか。
これから先だって、今回みたいに 2人きりで旅行とかしたいのに。
現状 不可能だ。 見通しすら立たない。
《 大臣と高官を 一気に辞めさせられたらなぁ。》
一斉解雇とか やりたいんだけどなぁ、気分爽快になりそうだし。
不用品を捨てるのって 普通の事だと惟うんだよね。
寧ろ、いないほうが スムーズに仕事が進む気がするくらいなのに。
でも、実際にやったら クランツが恚り狂うからなぁ。
《 まぁ、出来ない理由は判ってるけど。》
この国は、小さい。
領土が狭い上 土地は痩せ切ってるし、雨も殆ど降らないから 農地でさえ作物の収穫は多くない。
はっきり言って、食糧事情は 国家として成り立たないくらいだ。
地下に埋蔵された資源だけは豊富だけど、それを魅力として 大国に攻められる事すらない程、国家として貧困状態にある。
だからって、他国の眼を 全く気にしなくていい訳じゃない。
周辺には、ラッケンガルドくらい貧困してる国が 他にもあるからだ。
小競り合いは起きてないけど、これは 互いの国境になってる部分に南の砂漠があって、其処に〔焔の騎士〕がいるから 攻めて来れないだけだ。
国交も交易も無いに斉しいけど、それでも 警戒しなくていい訳じゃない。
加えて、僕は、内乱やら その後の内部粛清の譚が伝播して『冷酷無比な国王』ってイメージを持たれてる。
敵となった者を、一切の容赦もなく斬り戮す。
意に副わない大臣や高官も、気に入らない官吏も
己れの一存で斬り捨てる。
そんな噂が拡まってる。
これは、国の中でも 外でもだ。
前半は 事実だから構わないんだけど、後半は 濡れ衣だ。
特に、最後の部分は 完全に。
愚策ばかり提出されると 斬り捨ててやりたいとか惟うけど、まだ 1度も実行してないのに 酷い言われ様だ。
官吏や女官の中には この噂を本気で信じてる人がいるみたいだけど、気にしてない。
リリィが ちゃんと真実を知ってくれてるし、何撰り 僕を『勤勉な王様』って言ってくれたしね。
だけど、困る事もある。
民が、この噂を信じてる事だ。
この所為で、官吏になりたがる者は尠いんだ。
それなりの試験があるにはあるけど、高給取りの官吏って職が とことん人気がない。
その所為か、優秀な人材が入って来ない。
大量に辞めさせれば 噂を助長するだけだろうし、そうなれば 益々 官吏を志望する者はいなくなる。
序でに、他国の眼もある。
《 これ以上 人を減らせば、付け入る隙を与えかねないしなぁ。》
ラッケンガルドには、地下資源がある。
豊富な鉄鋼の鉱脈に加え、周辺国で珍重される宝石や貴金属の埋蔵量も多い。
目下、東側の国々へ それ等を輸出して、換わりに食糧を輸入してる。
このお蔭で 国民を餓死させずに済んでるって云ってもいい。
だから、東側の国々は ラッケンガルドを狙わない。
態々 戦争なんかして 環境の過酷な国を征服するよりも、交易のほうが得だからだ。
だけど、ラッケンガルドと同等・または それ以下の貧困状態にある 南側の国々は違う。
食糧は云うに及ばず、水すら輸入に頼ってる国だってある。
続く不作に 高い税金、拡がり続ける貧富の差。
中央集権に 役人の不正、軍国主義に因る 徴兵制度。
法の眼が届かない場所で行われ続ける 権力者の横暴。
挙げ始めたら切りがないくらい 悪い状態だ。
凡ゆる締め付けに、国民の不満は 爆発寸前だろう。
これを一気に解消させる策として、あの国は ラッケンガルドを狙ってる。
___ 内乱から数年の小国に 兵力なんてない ___
そう考えてる筈だし、僕は 24歳の王で 嘗められてるだろうし、内乱中の噺は 誇張かデマだと惟ってるだろうしね。
そんな状況で 僕が王宮の大臣や高官を大量解雇したら、これ祥いと戦争の準備に取り掛かりかねない。
内情の安定しない国-程 闘い易いモノはない、とか考えて。
南の砂漠があるから 手を拱いてるけど、それだって 絶対的な防壁にはならない。
砂漠の周りにある 互いの国境には、壁もなければ 濠もないんだから。
どの国の領土でもない無国家地帯は、砂漠の辺りなら 幅-数100mくらいある。
国境近くだし 監視の眼も佈いてあるけど、環境が過酷すぎるから 多くはない。
幾つかある砦の付近だけ気を付ければ 抜けられない場所じゃない。
なら、近隣国との間にある無国家地帯を最速で進んで、見咎められる前に ラッケンガルドへ来ればいい。
きっと、そんな案を出す。 そうに決まってる。
《 今は やだな。リリィもいるし。》
僕にとって 1番大切なのはリリィだ。
彼女-以上に大事なモノなんて莫い。
リリィの為にならないなら、この国だって要らない。
まぁ、そんな事したらリリィに怒られるから やらないけど、本当は 王様業だって誰かに押し付けたいくらいなんだ。
2人きりで、あの隠れ家で、リリィの笑顔を見て過ごせるなら それが最高だと本気で惟ってる。
今の状態で王の責務を放棄なんてしたら、絶対 リリィに嫌われちゃうから出来ないだけで。
《 でも、時々 息抜きするくらいはしたいんだよね。》
王宮を離れて、邪魔の入らない場所で、リリィと 2人きり。
一緒に買い物に往ったり 手を繋いで散歩したり、リリィの手料理を喰べたり。
王様にだって、そんな事をする時間があってもいいと惟うんだ。
その為には、留守にする間の政務を きちんと任せておける状態にしなきゃいけない。
まずは マシな書類を出せる様にさせなきゃいけないし、提出前に書類チェックが出来る 信用のおける補佐官を増やさなきゃいけない。
そうやって 僕やシズ達の負担を減らさないと、リリィとの時間なんて作れそうにない。
今回の事で それが良く判った。
他にも いろいろ必要な事はあるけど、まずは 其処からだ。
《 遠い道程だなぁ。》
僕が王様になって 6年。
6年も経ってるのに、大臣共は まだ碌な献策も出来ない。
そんな連中に希むのは、凄く無謀な気がするけど。
「 …………気が遠くなるな」
惟わず ぼそりと呟きながら、僕は仕分けの済んだ書類の山を眺めた。
再提出のモノは シズの机に、そのまま進めていいモノは クランツの机に、そして 却下されたモノは 僕の机に積んである。
僕の前に積み上げられた書類が 圧倒的に多い。
内訳は、7割が愚策で 2割が国政に関係のない内容で、最後の1割は 莫迦の言い分だった。
睛を通すのも時間の無駄だ。
いっそ、2回連続で愚策をあげた者は降格させようか。
《 王宮内の閑職に逐いやって、冷や飯でも喰わせれば 少しは頭を使う気になるんじゃないかな。》
そのくらいの事をしないと、この状況は変わらないと惟う。
そのくらいの事をしても 何も変わらない可能性もあるけど、今より ちょっとはマシになる筈だ。
どうせ〔獅子王〕は悚がられてるんだし、やってみてもいいかも。
今なら シズもクランツも賛成してくれるだろうしね。
2人共 役立たずに惟う攸があるだろうから 今の内に提案すれば、きっと すんなり決まるだろうな。
《 明日、談してみよう。》
僕が 後の為の指針を あれこれ考えてると、執務室の入口に 人影が差した。
睛の端に映っただけだったけど、彼女を見間違えるなんてない。
「アシュリー」
僕が そう聘んだのは、堆く積み上げられた書類の山の間から 背の高い女官が見えたからだ。
リリィと一緒に入って来たのは、後宮付きの女官の 1人だった。
「ラノイ様、休憩に爲さいませんか?」
「ああ」
僕と王宮に戻った直後、リリィは エスファニア王国へ往った。
北の国々からの 突然の訪問に備えて、彼女の従兄-エスファニア王の為に。
その傍に侍る為に。
この国とエスファニア王国との間にある 無国家地帯 - 通称〔荒れ地〕を超えて。
彼処には、何人もの魔人や魔女がいる。
そして、全員が リリィを狙う魔法使いだ。
リリィが勍いって判ってても、凄く心配だった。
何撰り、リリィを狙ってる連中が犇いてるって判ってる場所に送り出すのなんて、凄く厭だった。
《 せめて、附いて往きたかったのに。》
提案したんだけど 説得の段階で リリィを怒らせちゃったから、断念した。
惘れられちゃったり 嫌われちゃったりして、愛想尽かされたら元も子もないし。
本当は、今後の牽制の為にも 附いて往きたかったのに。
他の方法でも考えようか。
《 何は ともあれ、無事で良かった。》
女官は 手にしてた盆を暖炉-近くの小テーブルに据え、部屋の入口まで下がった。
リリィは お茶の準備の為 そのテーブルに近付こうとしてたけど、僕が手招きすると こっちにやって来る。
旅行の前だったら、僕を警戒して、でも 人眼を気にして忤う事も出来ずに 微硬直して ––––––つまり、二の足を踏んでる場面だ。
今は、こんなに無防備に近寄って来るけど。
《 リリィってば 襲われたいの?》
その可愛さったら、全力で そんな勘違いをしたくなるくらいだ。
2人きりだったら 速攻で抱き着いてる。
何なら そのままソファで膝抱きにして、髪を撫でながら イチャイチャしてたい。
––––––––––––––– あ、これは女官がいても出来る事だった。
《 じゃあ、早速。》
思い立ったが吉日、僕は 執務机を離れた。
大股に歩いてリリィに近付くと、そのまま両腕で 細い軀を抱き締めた。
緩く抱き寄せると、ふわりと花の馨りがする。
このタイミングで、官吏が 3人 執務室に入って来て、僕の様子を見て 硬直した。
僕とリリィが不在の間、シズは『妃は 後宮で臥せっている』とか『陛下は 妃の看病をしている』とか宣伝してたそうだ。
僕が政務に戻った事で 病状の改善があったとは察しただろうけど、まさか 妃が執務室に来てるとは惟ってなかったみたいだ。
すぐに 何事もなかった様に書類の整理を始めたけど、真っ赤になって こっちを見ない。
まぁ、気にする事じゃないし、何なら 見せ付けてやるだけだけど。
「もう良いのか?」
官吏達もいるから、僕は 腕の中に こう声を掛けた。
右手で リリィの頬に觝れて、そっと撫でてみる。
少し ひんやりして、柔らかくて スベスベで。
油断すると ずっと撫でてたくなるから、限度に気を付けながら。
病み上がりの妃を労る王に見える様に。
「はい」
僕が 湧き上がる小さな欲望を精一杯 制えてるのに、リリィってば そんな可愛い笑顔するとか。
《 本当に襲っちゃってもいいんじゃないかな。》
僕は『首筋とか ちょっとくらいなら』とか奸な事を いろいろ考えちゃってるのに、そんな僕の腕の中で可愛く笑うとか リリィってば無防備だよね。
旅行の前は考えられないくらいだ。
抱き締めても硬直されないし、震えたりもされないし。
もしかして リリィ、僕の事 信じ切ってるのかな。
初日に何したのか 忘れちゃったのかな。 それとも………。
《 ひょっとして、僕、試されてる?》
でも『耐え切ったらご褒美』とかないなら 我慢する必要ないし、試練とか 啻の苛めでしかない。
大体、我慢って苦手なんだよね。
《 でも、迂闊な事したら逃げられちゃうだろうしなぁ。》
実家へ帰るなんて言い出されたら困るし。
搦め取るには、辛抱も必要だよね。 凄く苦手だけど。
予定より ずっと早く警戒されなくなったんだから、此処は喜んどくべきなんだよね。
うん………油断させておかないとね、もう暫くはね。
でも、我慢って 辣いなぁ。
あぁ、辛抱って 大変だなぁ。
リリィ、今日も可愛いなぁ。
「ラノイ様?」
無言の僕の様子が気になったのか、蒼い瞳が ひたと向けられた。
あれこれ余計な事ばかり考えてた僕に気付かないで、ほんの僅かに首を傾げて。
《 あぁ、可愛い。》
僕の狡い部分に気付きもしないで、そんな可愛い様子とか見せたりして。
リリィって 無防備で困るよ。
僕は、こんなにも付け入りたくて堪らないのに。
我慢とか辛抱とか苦手だって言ってるでしょ。
《 やっぱり試されてるのかも。》
そう云う あざとい人じゃないって判ってるけどね。
いや、素だって判ってるから困ってるんだけどね。
これが『あざとい罠』だったら、嵌ったフリして 逆に搦め取ってやれるのに。
僕は、そんな莫迦な事を考えながら リリィの頬を撫でた。
「体調は どうだ? 食事は摂れそうか?」
「はい、もう大丈夫です」
「ならば、少し早めに 食事を用意させよう」
言いながら目配せをすると、官吏の1人が 書類整理の手を止めた。
「畏まりました、その様に」
深く頭を下げると、纏めた書類を他の官吏に任せて 執務室を出て往く。
僕や 残った官吏達やリリィの女官は黙って見送ったけど、官吏の言動に驚いたのは リリィだった。
綺麗な睛を瞠って、出て往く官吏を停めようとした。
勿論、ちゃんと邪魔したけどね。
引き留めようと声を掛ける前に 口を塞がれて、撰り驚いた顔で リリィが僕を見上げた。
「何も口にしていないのであろう?」
朝食は、隠れ家で 一緒に喰べた。
昼食は、僕には リリィが作ってくれた お弁当があった。
でも、リリィは?
エスファニア王国へ出向いたリリィに、食事をする暇はあっただろうか。
勿論、エスファニアの人々が リリィを酷く扱うなんて惟ってないけど。
でも、リリィの事だ。
他の人達の為に いろいろ手を回しておいて、自分の事は棚上げしてても可妙しくない。
たぶん………いや、きっと、何も喰べてない。
《 僕の可愛い奥さんは、何かに 一所懸命になると、自分を蔑ろにしがちだからなぁ。》
そう惟って 夕食を早める指示をしたんだけど、リリィは 僕の気も知らないで首を振った。
「ですが、その様な事をすれば 厨房の方々にご迷惑を………… 」
いいんだって、そんな事 気にしなくても。
僕が言うより先に、あの女官が こう言った。
「大丈夫です、お妃様。料理長達なら すぐに対応してくださいます」
「頼む」
「はい、畏まりました」
女官は しっかり頷いて、すぐに執務室から下がろうとした。
執務室の入口で もう一度 頭を下げた 女官-シノン=クリーガーを見て、僕は 数日前の事を思い出した。
「あぁ、そうだ」
この女官だったな、報せに来たのは。
「シノン=クリーガー」
「っ⁈ 」
唐突に名前を聘んだせいか、シノンと云う女官は 飛び上がりかけるくらい驚いたらしい。
次いで、惶てて頭を上げて 僕を見た。
「お前だったな、あの日 報せてくれたのは」
「! はっはい」
声が 完全に上擦ってた。
これは、唐突に 王に声を掛けられた所為かな。
それとも、この女官も〔獅子王〕の噂を信じてるクチだとか、かな。
まぁ、どちらでもいいか。 僕に必要なのは リリィからの評価だけだ。
そんな訳で、気にせず譚を進める事にした。
「礼を言うぞ、お陰で アシュリーの傍にいる事が出来た」
うん、本当に感謝してる。
何せ、あの外出のタイミングは 全く詠めてなかったから。
「ラノイ様」
真剣に礼を言ってるのに、何故か リリィから非難する様な声が掛けられた。
ひょっとして、まだ『附いて来なくて良かった』とか言うの?
生涯 聆き入れられないよ?
大体、僕が往かなかったら リリィは独りで泣く事になってたじゃないか。
いや、僕が往かなかったら あの2人の王女達とも会わなかったんだろうから 泣く事もなかったかもしれないけど。
でも、会って談した事で リリィの蟠りが幾らか解れたんだし。
やっぱり、一緒に往って良かったんだ。
《 そう惟うでしょ?》
そう云う気持ちを込めて リリィを見たけど、さらりと無視された。
僕とリリィが 無言で小さな攻防をしてるのに気付かなかったんだろう。
「は、ははぃ、いえ、あの」
しどろもどろと答えた女官は、どうしたらいいのか判らないって感じで 視線を彷徨わせてた。
《 僕って、本当に悚がられてるんだなぁ。》
しみじみ クランツのイメージ戦略の凄さを痛感してると、リリィが女官を振り皈った。
そして、僕の腕から抜け出すと、女官を気遣って 声を掛けてる。
リリィは、入口で オロオロしてた女官を落ち着かせてから、改めて 僕を見上げる。
「ラノイ様、お仕事を放り出して わたしの傍にいるなど、もう 爲さってはいけませんよ。 今回の事で、シズ様やクランツ様が どれ程………… 」
「あの2人の事は気にするな、喧いのは いつもの事だ」
「ラノイ様」
また、非難するみたいな声で名前を聘ばれた。
仕様がないじゃん、仕方ないんだよ。
だって、優先順位ってモノがあるんだから。
リリィが独りで泣くのは厭だ。
リリィの傍にいられないのは厭だ。
リリィが辣い時に、離れてるなんて耐えられない。
僕が厭なんだよ。
シズが、仕事量-増大から派生する無能共への恚りが制えられなくて、肚慰せに 誰彼-構わず不機嫌オーラを撒き散らそうが。
そんな宰相から受けるストレスで、官吏達が 洩れ莫く禿げようが。
クランツが、僕に対する恚りと シズから受ける恐怖と 終わらない書類精査に因る過労とで錯乱した果てに倒れようが。
エディンが、シズの命令で様々な処理に逐われて 独りで処理しきれなくなって、それでも手を抜けなくて憔悴し切った末に病気になろうが。
心底 どうでもいいんだ。
僕にとって大事なのは リリィだけで、身内の事も 部下の事も 国の事も、全部 二の次なんだよ。
「それに、そなたを独りにするなど 私が耐えられぬ」
「ラノイ様」
そんな想いを込めて言ったのに、やっぱり非難された。
伝わらなかったのかな、本心なのに。
いや、伝わったから 怒られてるのかな。
でも、僕の言い分は変わらない。
だから、眼の前のリリィに頬を寄せる様にして 耳許で囁いてみる。
「だって、あんな諷に独りで泣いてほしくないんだよ」
「 ⁉︎ 〜〜〜〜っ」
唐突に、リリィが真っ赤になって硬直した。
《 あ、これってチャンス?》
僕は、透さず リリィの腰に腕を回して抱き寄せた。
今度は抜け出せない様に、しっかりと。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
あの旅行で、僕にとって嬉しい事が 2っあった。
1っは、リリィとの距離が とても近くなった事。
陳んで歩いても 手を繋いでも 抱き締めても、悚がったり身構えたりされなくなった。
剰え、一緒のベッドで眠ったりね。
まぁ、これは強固な自制心とか 朝になってからの多大な心的疲労とかが絡むけど。
それでも、僕が傍にいる状況に馴れてくれたのは 素直に嬉しい。
もう 1っは、リリィが 僕の腕の中で泣いてくれた事だ。
大切な女性が泣いてるのを喜ぶなんて、自分でも どうかと惟うけど。
でも、何でも自分で解決させて 何でも自分の中で押し殺してきたリリィが、哀しい時や辣い時に僕を頼ってくれたのは 頓でもなく嬉しかった。
泣き熄むまでの時間は 本当にもう至福だった。
勿論、笑っててくれるほうがいいんだけど、あれは 何て云うか別モノなんだよね。
だから、そんな場面に立ち会わせてくれた この女官には感謝してる。
「後で 褒美を取らせよう」
「っ〜〜〜〜 はははぃ、あぃがとございまひゅ」
訥りまくって 齟みまくった女官は、お辞儀も そこそこに、執務室を出て往った。
さっきより忙しなく視線を彷徨わせてたのは、褒美の所為なのか。
それとも、僕がリリィを抱き締めてる所為なのか。
耳まで真っ赤だったから、後者かな。
あんなに初心だと、これから先 保たないと惟うけど。
《 まぁ、すぐに慣れるか。》
あのリリィが 僕に慣れてくれたんだから、後宮付きの女官達も その内 見慣れてくれる。
シズの机の前で真っ赤になって固まってる官吏達よりは 早く慣れると惟うし。
《 あぁ、リリィって抱き心地 最高。》
僕は、未だ硬直が解けないリリィを しっかり腕の中に囲い込んで。
執務室の中にいる官吏達に 赤面してる可愛いリリィが見えない様にしながら。
〔獅子王〕に有るまじき 満面の笑顔で、倖せを噛み締めてた。
リリィが用意してくれてたお茶を飲むのは、もう少しだけ 後にしよう。
ラノイは、いろいろ我慢しているのか していないのか………段々 判らなくなってきました。
まぁ、あまり我慢はしない(出来ない)性分だと本人も言っていますので、徐々にセクハラも増えるのでしょう。
頑張れ、クランツ。 君の肩に 国の未来がかかっているぞ。
全力で妨害しないと 精神的安寧は得られないぞ。
ちなみに、次話でクランツの出番があるかは未定です。




