43__エスファニア王国の魔法使い 3
お久しぶりです。
おそらく、前回までのお話をお忘れでしょう。 ワタシもです。
エスファニア王国へ戻る事になったリーゼロッテと、離れて不機嫌なラノイの続きになります。
リーゼロッテの視点で始まり、ラノイの視点で終わります。
では、どうぞ。
エスファニア王国 / 12時頃
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
エスファニア城の薔薇園に建つ 小体ながら美しい白石造りの四阿で、リーゼロッテは 紅茶を手にしていた。
対面の席には、この国の公爵夫人-ミネルヴァ=レイセル=ランサマンが座している。
互いのカップには紅茶が注がれ、馥郁たる馨りが 辺りに漾っていた。
こうして共に茶を喫するのは、ミネルヴァの強い願いに因る。
初めは抵抗していたリーゼロッテだったが、別の人物との茶会を指摘されて こう云う形に収まった。
渋々の事だったが、ラッケンガルドでの経験もあって、以前よりも落ち着いて この場にいられた。
尤も、今のリーゼロッテは それ攸ではなく、自分の変化に気付いていないのだが。
そんな彼女に、ミネルヴァから問いが掛かった。
「攸で、北からの使者達がファニーナを指名していると聴いたのだけど?」
唐突な質問ではあったが、リーゼロッテに動揺はない。
エスファニア王国と国境を接するとは云え、北の2国との間に 密な国交はない。
商人レベルでの物資の取引も、そう頻繁ではない。
そんな国から〔森の妖精〕を指名しての来訪があるのだ。
誰しも気になる部分だろう。
そう理解しているから、彼女は 予め言葉を用意していた。
「あちらには 滞在していた事がございます。数年前の事になりますが」
ファイセル王国と フェイアル王国。
この2っが、エスファニア王国の北隣の国々だ。
曾ては エスファニア王国を上回る広大な国土を誇っていたが、先王が没した後 2っに頒れた。
その際、争いが起きなかったのは 其々の王の気質の御蔭……ではない。
先王の頼みを〔森の妖精〕が聆き入れての結果に過ぎない。
尤も、この事は ファイセルとフェイアルでも極一部の者達しか知らない事である。
エスファニアの王侯貴族の誰もが識らなくとも、不自然ではなかった。
そして、リーゼロッテも これを語ろうとは惟わなかった。
言葉-尠く『少々の関わりはある』と談すに留めている。
「まあ」
「わたしを指名するなど、いやな予感しか致しません」
リーゼロッテは、深い溜息を零したい気持ちを ぐっと怺えて、そう呟くに留めた。
しかし、ティーカップの中の紅茶へ向けている睛は 一気に虚ろになってゆく。
これから起きるであろう厄介事を惟うだけで、心の中がささくれ立つ感覚が強くなっていた。
今までの様に ミネルヴァへ微笑を向ける事も出来ず、只管 紅茶の水面を見詰めていた。
誤魔化しにもならない この態度に、ミネルヴァの睛が向けられていると判っていても、視線を上げる事は出来なかった。
「その様子だと、誰が来るのか 見当が付いているのね?」
祥いにも、ミネルヴァの疑問は 来訪者達へ集中しているらしい。
リーゼロッテは、無礼な態度を指摘されなかった事に安堵しながら 問いに答える。
「怕らく、両国の国王でしょう」
淡白に答えようとした声は、溜息-淆じりになってしまった。
「まあ」
喫驚の薄い反応だったが、来訪者達の非常識-極まりない態度に何も惟わないなど有り得ない。
他国へ 何の先触れもなく、王侯貴族が侵入するなど赦される事ではない。
侵略の意志あり、と判断しても良いくらいだ。
即座に捕縛しても文句は言わせない程の事態である。
今回 来訪者達が そうされなかったのは、偏に『国境で〔森の妖精〕の称を出したから』に他ならない。
悪知恵だけは働く2人の王達の顔を思い出して、リーゼロッテは小さく呟いた。
「歓迎は、致しかねますが」
図らずも 仄暗い声が出たが、リーゼロッテ本人は これに気付かなかった。
今朝の連絡で この事態を知った瞬間、一気に恚りが湧き上がった。
エスファニア国王であり 非公認ながら従兄でもあるフェイトゥーダが鷹揚な態度である、と 王の愛猫-シエルから聴かされなかったら、即座に国境の外へ叩き出していた。
それ程、リーゼロッテは怒っていたのだ。
故に、この話題になるや 笑顔も泛かべられなくなったのだが。
「確か、どちらも まだ若い国王だったわね」
思慮深い貴婦人の ゆったりとした声に、リーゼロッテの意識が僅かに浮上した。
猛る様な恚りを 肚の奥に押し込めて、小さく肯いた。
「はい」
それでも、怺え切れなかったのだろう。
「身勝手-気侭と 自由奔放を、絵に描いた様な方達です」
扼え切れなかった文句が 言葉となって零れ出た。
殺気にも似た怒気は 表に出さずに済んだが、心の中は平穏とは程遠い状態だった。
《 ッ––––––––––––あぁ、もう……。》
今朝、シエルからの定期連絡で 来訪者の譚を聴いた時から、リーゼロッテの腑は煮え繰り返っていた。
北の王国について語ろうとしただけで 恚りが滲み出そうになるくらいには、怒っているのだ。
そんなリーゼロッテの心情を理解しているのか、いないのか。
ミネルヴァは、穏やかな言葉を返した。
「王侯貴族には ありがちだわ」
浅く笑った声に、救われた気分だった。
同時に、申し訳なくも感じていた。
エスファニア王国の人々は、元来 穏やかな気質をしている。
他国に攻め込まれる心配のない、豊かな国土に住まうせいだろう。
だから、今回の様な無礼な訪問客にまで寛容でいられるのだ。
《 この国の皆様に、ご迷惑を お掛けしてしまうなど……。》
かの王達が リーゼロッテに直接 許諾を求めてきていたなら、けんもほろろに断っただろう。
先触れを出して 訪問の許可を取ろうとしていたなら、断固拒否する様 進言していただろう。
商人に紛れるか 冒険者を妝って国境を超えていたなら、躬ら出向いて 叱責していただろう。
フェイトゥーダが 伯爵と男爵を迎えに出していなければ、存在を知った時点で 強制的に追い返していただろう。
どの手段も執れない状況になっているのが口惜しかった。
《 本当に、悪知恵ばかり働かせて!》
こんな事がなければ、今頃は ラッケンガルドの王宮でラノイ達に茶を振舞っていた。
特に、シズとクランツは 疲労がピークだった筈だ。
ラノイが戻った事で 格段に仕事量が減るとは云え、これ以上 無理をすれば体調を坍しかねない。
出際に顔を併せたクランツの様子も、酷いモノだった。
思い返す度に、少しの時間をとってでも お茶を一服 振舞うべきだった、と反省する程に。
だが、あの時は 気遣っていられなかった。
早くエスファニアへ戻らねばと惟う余り、簡単な挨拶だけで執務室を離れてしまった事が悔やまれる。
そう考えた瞬間、別の人物の顔が ちらついた。
すっかり見慣れた黒髪の青年が、不服そうな顔で こちらを見ているモノだった。
《 ラノイ様………ちゃんと お仕事してくださっているかしら。》
最後に『判っている』と答えた声も、何処か不服そうだった。
それは、王としての職務を全うする事への不満ではない。
リーゼロッテが エスファニア王国へ帰還する事への、瑣々やかな抗議だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
早朝に 王の愛猫から連絡がきた後、リーゼロッテは ラノイと談し合った。
エスファニアへ戻らなければならない事態になった事、その詳細を。
これに、ラノイは難色を示した。
自分の許を離れる事に、ではない。
帰還の道中が危険である事を指摘して。
《〔荒れ地〕の者達など、敵ではないのに。》
それは、將しく文字通りの意味だった。
そして、これは ラノイも理解していた。
彼が指摘していたのは、その先の危惧。
___ 魔法使い同士の闘いは 知れ渡る ___
高位の魔法使いであるリーゼロッテの魔力を察知出来る魔法使いは、世界を見渡しても多くない。
しかし、下位の魔法使いである〔荒れ地〕の魔法使い達の魔力を察知出来る存在は、決して尠くない。
例えば、魔法使いが闘っていると云うのに その相手の気配が見付からない。
この事から 其処に〔森の妖精〕がいる確率が高い、と推察出来るのだ。
そうなれば、周辺の魔法使いは 其処へ殺到する。
つまり、リーゼロッテが〔荒れ地〕の魔法使いと闘う事で 新たなる危難を招く事になる。
ラノイは この可能性を言外に指摘し、その上で 反対していたのだ。
真剣な睛で反対された瞬間、リーゼロッテにも ラノイの懸念が伝わっていた。
《 本当に、頭が良いのも考えものだわ。》
逸早く 危機的未来を予測してみせたラノイの知識と頭脳に驚かされてはいたが、だからと云って この予定は変更出来ない。
譬え 行手に何100と云う魔法使い達が待ち構えていたとしても、エスファニア王-フェイトゥーダの為ならば 駆け付けない訳にはいかない。
それが、亡き執政官-ヘリオス=リンザー=クェンティンとの契約なのだから。
ラノイも、これは理解している。
その上で、難色を示していたのだ
《 わたし、心配ばかりさせているのね。》
そう惟うと、申し訳ない気持ちと 何とも云えない気持ちが込み上げてくる。
それは、嬉しい様な むず痒い様な、形容し難い気持ちだった。
何故、どうして……そう疑問を浮かべる度に、リーゼロッテは 複雑な気分になるのだ。
《 わたしの事など、気に爲さらなければ良いのに。》
仮初めの妃でしかないのだ、一時の妃でしかないのだ、長く傍にいる訳ではないのだ。
その筈なのに、ラノイの態度は 違って見えてしまう。
そんな瞬間があるのだ。
この事が、リーゼロッテを混乱させていた。
《 何を考えていらっしゃるのか、判らない。》
〈魔法使いの眼〉を以てしても、ラノイの思考を詠み取る事は出来なかった。
しかし、詠めなくとも 心底 案じてくれているのは伝わる。
だからこそ、リーゼロッテは複雑な気分になっているのだ。
ティーカップの中を見詰めながら、思考を明後日の方向に飛ばしていたリーゼロッテだったが、対面の貴婦人が カップをソーサーへ戻した気配で 吾に還った。
「その様子だと、用件も判っているのね?」
じっと見据えられている気配を感じながら、彼女は 顔を上げなかった。
正確には、上げられなかった。
まさか、会話の途中で 全く別の事に囚われていたとは言えずに。
そして、そんな自分に驚いてもいたせいで。
「概ね」
言葉-短く答えたが、この瞬間には 相手の質問の意図が判っていなかった。
そのくらいには動揺していたのだ。
《 …………あぁ、北からの使者の譚だったわ。》
遅れて、その事を思い出した。
直前の返答は 当たり障りのない絶妙なモノだったと惟う一方、何故 このタイミングでラノイ様の事を思い出してしまったの⁉︎ とか、茶会の最中に 頓だ失礼を! とか、樣々な感情が 胸の中を駆け抜けた。
《 それもこれも、あの莫迦王達が いけないのだわ!》
八ッ当たり気味に そう結論付けると、リーゼロッテは 1ッの決意を固める。
「それで、どうするの?」
「魔法を使ってでも 送還します」
どうせ緊急の用がある訳でもない、また莫迦な事を言いに来たに違いない、因って 聴く必要など全く莫い。
そう結論付けた上の発言だった。
しかし、ミネルヴァには意外だったらしい。
「まあ」
驚いた様な声をあげ、興味深そうに見詰められてしまった。
「ファニーナにしては 過激ね」
この評価に、今度は リーゼロッテが驚いてしまった。
《 過激? 追い還すだけの事が?》
結界の外の 危険地帯へ弾き出すでもなく、両国の加護を外すでもない。
啻、其々の王宮へ強制転送するだけの事なのだ。
リーゼロッテ-本人は、最も穏便な方法だと惟っている。
「 …………そうでしょうか」
「ええ」
寸時も擱かず肯定されて 撰り疑問が膨らんだが、対面のミネルヴァは 愉しそうに微笑んで言い加えた。
「でも、そうね。ファニーナが そうしたほうがいいと惟うなら、それが正しいのでしょうね」
全幅の信頼が表れた言葉に、今度は 苦笑いを零しそうになっていた。
この国の人々は〔森の妖精〕を信用している。
善くも悪くも、リーゼロッテのする事に間違いはないだろう、と。
《 わたしも、魔法使いなのですが……。》
勿論、信頼を裏切るつもりは毛頭ないのだが、時々 そう忠告したくなるのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
ラッケンガルド王国 / 13時頃
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
「その譚は飽きたと、何度 言わせる」
執務室に、氷点下の声が響いた。
言葉にも声音にも 拒絶が盈れている。
声を発したのは、この執務室の主人にして この国の若き王。
数年前の内乱を躬ら治めた、文武に長けた国王。
その勍さと、統治後 腐敗した内政を正そうとする樣の苛烈さから〔獅子王〕と聘ばれる人物。
王者の威風を紱い、見る者を威圧し 近寄る者を咬み戮すと言われる人物。
ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド、その人である。
不機嫌を隠しもしないラノイに相対するは、大臣-4人だ。
その内 2人は 既に竦み上がっており、発言意欲を喪失している様子だ。
残りの2人も 大いに腰が引けてはいるが、それでも 何とか食い下がろうとしていた。
「ですが、陛下。せめて、一眼……… 」
そう云って 差し出しているのは、2〜3センチの厚さがある 大判の冊子だ。
深い緋の布張りがされた、一眼で丁寧な装丁と判る代物だった。
おずおずと差し出された冊子には睛もくれず、ラノイは 苛立ちを強める。
「何度も同じ事を言わせるとは、その耳は飾りか。 ならば、要らぬな?」
すぐ樣 削ぎ落としてやる、と云う意味なのだろう。
ラノイの手は、その腰に佩いた剣の柄へ伸びていた。
鯉口を切った時に発つ ガチッと云う金属音に、大臣達の顔が青褪めたのは 無理からぬ事である。
一瞬で、眼の前の青年が〔獅子王〕であると認識し直したのだ。
日々 威圧を受けている大臣達にしては、危機管理に缼ける態度であった。
「っ!––––––––––––で、出佚ぎた事を 申しました」
最も後方にいた 1人が、上擦った声で謝罪する。
膝のみならず 全身が ブルブルと震えているのは、この男だけではない。
他の3人は、恐怖の余り 声すら出ない様だ。
顔面蒼白になったまま 4人で身を寄せ合い、ガタガタと震えている。
そんな大臣達を見る事なく、ラノイは洌く言い放った。
「下がれ」
殊更 冷ややかな声に、大臣達は 国王の御前を辞する挨拶すらする事なく 逃げる様に執務室を出て往った。
漸く静けさが戻った執務室で、ラノイは 苛立ちの篭った溜息を零した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
今朝、隠れ家で リーゼロッテは、エスファニア国王の愛猫と 鏡を介して通信をしている。
これは、エスファニア城を離れてから 毎朝 繰り返されてきた定期連絡だ。
その場で、北の国々から使者が来る事を報された。
この段階で、猫の執政官も リーゼロッテも、誰が使者として来訪するのか察しが付いていた。
故に、帰らないと云う選択肢はなかったのだ。
ラノイも、この事は理解している。
だが、納得し切れない理由もあった。
《 リリィは、人が良すぎる。》
エスファニア王国の北に位置する 2ッの大国、ファイセルと フェイアル。
この国の王達は 実の兄弟でありながら、国を 2ッに割る程 仲が悪かった。
自由気侭なだけなら兎も角、傍若無人で 自己中心的で 他人を省みない性格をしていたせいだ。
賢王と聘ばれた老王は、国政には秀でていたが 子育てには大失敗をしていたせいだ。
老いて 我が子を見た時、国の行く末を愁う事態に気付いたのだろう。
老王は、リーゼロッテに侑けを求めた。
この呼び掛けに応え、彼女は まだ王子だった2人の王達の性格矯正をした。
かなり手荒な方法だったが、2人の王子達は 自分達に向き合ってくれた少女に惟う攸があったのだろう。
数ヶ月の滞在-後期には、其々で 求婚する様になっていた。
これが 5年前。
当時 リーゼロッテ 13歳、王達は 26歳と23歳の事である。
《 肚が立つ。》
執務室の中央に竚ち尽くしたまま、ラノイは 息を咐いた。
それは『溜息』とは云えない、苛立ちが前面に表れたモノだった。
2国の王達の来訪の理由が 気に食わないのだ。
そのせいで、王宮に戻ってからも 苛々は続いていた。
昼食の時間を迎えても、それは治まっていない。
ラノイは、再度 苛立ちの息を零して、暖炉の傍のソファに腰を下ろした。
その前にあるテーブルには、2段の重箱が据えられている。
今朝、リーゼロッテが ラノイの為に作った弁当である。
暫く 重箱を睨んでいたラノイだったが、次第に渋い顔になり 苦く溜息を咐く。
そして、漸く 重箱に手を伸ばした。
蓋を開けると、色取り取りの 御菜が現れる。
《 リリィ。》
心の中で称を呟くだけで、嫋やかな姿が想い泛かぶ。
雍かい微笑みと共に、穏やかな声が 耳の奥に蘇る。
『 ラノイ様 』
出会ってから、何度も 名を聘ばれた。
その度に 胸に火が点る。
煖かく穏やかな気持ちに包まれると同時に、愛しさが盈れてくる。
小さな倖せが充ちる感覚に、ささくれ立っていたラノイの心も 僅かに落ち着いた。
次いで、腕に抱き寄せた時の温もりと 娜やかさを伴った柔らかい軀の感触を思い出し、急に淋しさを感じてしまう。
反射的に蘇った温度の恋しさに、ラノイが零す溜息も 切ないモノに変わっていた。
《 離れているのが辣い。》
普段も 公務の間は別行動とは云え、会おうと惟えば 会える距離にいた。
休憩時間になれば、労りの篭った茶を淹れにも来てくれた。
姿を見て 声を聴いて、時折 温もりを確かめられた。
日常になりつつあった それ等が出来ないだけで、ラノイの平穏は坍れてしまう。
《 リリィ。》
午前の休憩も取らず、昼食の時間を迎えても、一向に食事をする気にならなかった。
シズから苦情を言われ続けても、クランツから非難の視線を浴びせられても、だ。
そんな訳で、昼食時間としたのに ラノイは独り 執務室にいるのだ。
因みに、シズとクランツは 其々 遅い昼食を摂る為に 執務室を離れている。
普段ならば 昼食を終える時間になっている事からも、2人が蒙った被害の酷さが推し測れる。
それ程〔獅子王〕の八ッ当たりは酷かった。
尤も、そうしたからと云って ラノイの心が鎭まらない攸が 被害者達が全く報われない部分である。
《 リリィ。》
今は どうしているだろうか、と想いを馳せるだけで 胸の奥が痛んだ。
ラノイにとって、リーゼロッテ程 必要なモノはない。
国王の責務よりも 日々の食事よりも 少しの休息よりも、である。
ほんの数時間 離れただけで、それを痛感していた。
そんなラノイに対して、あの大臣達は 後宮へ入れる妃の斡旋をしてきたのだ。
空気が詠めないにも程がある行為であった。
「全く」
だが、大臣達が 自分の身内を後宮へと推すのは、いつもの事だ。
普段なら、惘れつつも もう少し上手にあしらってきた。
しかし、今は どうしても それが出来ない。
自分では 感情のコントロールが出来ないのだ。
《 本当に、リリィがいなくなれば 暴君になるな。》
それこそ 歴史に残る様な、と惟いながら 弁当に手を伸ばす。
喰べ易さと 消化の良さを考慮しつつも、ラノイの好物が詰められた弁当だ。
一口でも咀嚼すれば、昨日までの倖せな時間が想い起こされる。
優しい味と共に リーゼロッテの気遣いが沁み渡る様だった。
《 美味しい。》
ほんの一口で、ラノイの心は 一気に解された。
苛立ちも ささくれ立っていた気分も、洗い流された様に消えている。
ラノイも 弁当に夢中になっていて、自身の変化には気付いていない。
只管 穏やかに、弁当を喰べ進めてゆく。
そうして 2段の重箱を空にする頃、執務室の入口に 人影が差した。
現れたのは、宰相の補佐官-エディン=オスカリウスだった。
「失礼致します」
そう言って入って来たエディンの手には、見憶えのある冊子があった。
深い緋の布張りがされた、2〜3センチの厚さがある 大判の冊子だ。
もしかしなくとも、先程 大臣達がラノイに渡そうとしていたモノだろう。
怕らく、ラノイの威圧を受け 這々の体で執務室を迹にしたものの、手にしていた物に注意が向かなかったのだろう。
惶てる余り 執務室の外にでも隕とした、そんな攸だろう。
「お妃様を お迎えしても、縁談を持ち掛ける者は絶えませんね」
エディンは、手にした冊子を ぞんざいに扱いながら、惘れ口調である。
無能な者程、他力に依ろうとする。
歳頃の姚しい娘などを見繕ってきたのだろう。
己れの出世の為に、身内を利用する。
これは、古来から繰り返されてきた手法だ。
それだけに、落し物を拾ったエディンが この推察に至るのも簡単だった。
「エディン」
相手の名を聘びながら、ラノイは フォークを向け、次に フォークを右に振った。
フォークの先端が指し示したのは、エディンが手にしている冊子だ。
そして、振った先にあるのは 暖炉だった。
勿論、其処には赧々と炎が燃えている。
受け把るつもりはないし 中身を見る必要もない、そう云う指示である。
見合い用に絵姿を畫かれた女性と、書いた絵師が 若干 不憫に惟える扱いだ。
小さく頷いたエディンは、国王の命令に従い 暖炉へ步を進める。
そして、手にしていた物を 暖炉へと放った。
躇いのない行動だ、装丁に抅った者達も不憫である。
緋い冊子が 炎の中に消えたが、ラノイもエディンも 一切 気にした様子がない。
寧ろ、ゴミを処分出来たくらいにしか惟われていない。
熟々 いろいろ不憫である。
「攸で、その お妃様が後宮で臥せっておられると俔ったのですが」
エディンは、暖炉から離れ 下座へ控えると、改めて 訪問の理由を口にした。
これに、弁当を喰べ終わろうとしていたラノイの手が停まる。
片眉が ぴくりと撥ねたのは 最早 反射だろう。
「気になるのか?」
ラノイは、怒気も冷気も放ちはしなかった。
しかし、この短い問いは 充分な威圧になっていたらしい。
リーゼロッテに近付く男。
或いは 興味を持っている男。
フェイアル王国とファイセル王国の事があり、ラノイの沸点は かなり低くなっている様だ。
エディンが 嫉妬の対象となる者ではないと判っていても、今は この種の感情のコントロールが出来ないのだ。
警戒にも似た視線を向けられた事で、エディンも気付いたらしい。
彼は、短く息を飲んだ。
「っ 先日の 北の邨での『奇蹟』は、お妃様の魔法では? その事で、お軀に ご不調でもあったのでは、と」
内心 非常に惶てながらも、エディンは 捷く誤解であると示した。
これに、ラノイの雰囲気から硬さが抜ける。
ほんの数瞬で背中に びっしょりと汗を掻きながらも、エディンは 零れそうになる長大息を噛み殺した。
そうして、王からの言葉を待つ。
「あの程度は『大した仂も使っていない』そうだ」
告げられたのは、信じられない一言だった。
当然、ラノイの言葉を疑っているのではない。
北の邨に及んだ『災害』は、甚大なモノだった。
ラノイが その睛で見てきた様に、エディンは 正確な被害状況を把握していた。
それだけに『王妃が後宮で臥せっている』と聴いた時には、然も有りなんと惟った程だ。
それを『大した仂も使っていない』と言われたのだ。
驚きも一入だった。
尤も、この驚きは すぐ樣 塗り替えられるのだが。
「今は、遠出をしている」
「え?」
「我が妃は、優しい上に 責任感が強くて………困る」
残り尠い弁当の御菜を前に 切なそうに溜息を零す王を見て、エディンは睛を白黒とさせるばかりだった。
何だか、ラノイの部分が………少し気に食わないのですが、時間がないので投稿してしまいました。
その内、もう少し手直しをしたいと思います。
えぇ、その内に。
それにしても、ラノイってば独占欲スゴイな。
良かったのだろうか、これで……(-_-;)




