39__フォルモーサの姫達 2
8000文字くらいで収まる筈が、想定外に長くなりました。
殆どが ラノイの視点です。
途中でフォルモーサ王国の第三王女-ハルディナの視点が入ります。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
《 ………………え? え? 今、何て?》
僕の頭の中で、アチェートの科白が ぐるぐる回る。
アチェートは『頭を下げるな』って言った。
今の リリィが頭を下げたら『頭を下げるな』って。
その前に『わたしの姿で』って言った? 言ったよね? ………でも『わたしの』って?
その『わたし』って、誰の事? あの第一王女?
リリィが……今の、あのリリィの姿が 頭を下げたら…………。
僕は この言葉を何度も噛んで砕いて、漸く咀嚼し 吞み込めた。
《 今のリリィの変幻が、あの第一王女の小さい頃の姿って事⁈ 嘘でしょ、全ッ然 似てないけど⁈ あのちょっと可愛い女の子が、どうやったら あんな精悍な烈女になちゃうんだ⁉︎ 成長の仕方 間違ってない⁉︎ 突然変異⁈ 》
確かに、睛と髪の色は 同じだ。 あと、毛先が巻いてるのも。
でも、今のアチェート姫が かなり逞しい女性なせいか、見較べても 同一人物の成長後には見えない。
もしも、リリィが変幻してる頃のアチェートを見て婚約した人がいたら、数年後には『詐欺だ』って喚くくらいだ。
僕だったら『影武者にしても もう少し考えろ』とか言っちゃうレベルだ。
《 でも、姫らしく ドレスでも着せたら…………。》
少しは女らしく見えるモノかな、なんて ちらりと想像してみる。
––––––––––––あ、駄目だ。 考えるの罷めとこう。
うん、何か 申し訳ない感じになりそうだ。
これは 早々に脳内から消し去ろう。
うん、そうしよう。
そんな碌でもない想像をしかけて 勝手にげんなりした僕には気付かず、王女達の会話は続いてた。
「お姉様、落ち着いて?」
何とかリリィを殴ろうとしてるアチェートを、妹のハルディナが宥めてる。
第三王女は、おっとりな見た目の通りの性格をしてる様だ。
間断なく杖と拳を振り回してるアチェートに、妹のハルディナは 苦笑いをしてる。
「兎に角 戻れ!」
杖の先で 指し示された……と云うか、刺されそうになったリリィは、1歩 下がりながら〈複写〉を解いた。
長い銀髪の、長身痩躯の美女に戻ったリリィに、ハルディナが 雍かい微笑を向ける。
「お久しぶりね、フェイリーン」
「 ………はい」
再会を素直に喜べないらしく、リリィは 躇いがちに答えてる。
「〔真昼の月〕なんて控え目な名前、その姿には似合わないわね」
にこやかに、ハルディナが そう言った。
へぇ、『フェイリーン』って そう云う意味なんだ。
確かに、鮮烈な印象を与えるリリィに似合う偽名じゃないな。
フォルモーサにいた頃は、一体 どんな変幻をしてたんだろう。
ちょっとだけ気になる。
「こちらでは、別の称を」
リリィは、そうとだけ答えた。
やっぱり、親しい人にも 他での偽名は教えないんだね。
じゃあ、僕は『特別』なんだ。
…………まぁ、戒縛の仂のせいもあるんだろうけど。
でも、僕だけが知ってるって惟うと 何だか嬉しい。
《 こんな事でさえ 凄く幸せに感じちゃうくらい、僕は リリィに捕っちゃってるんだなぁ。》
こう云う小さな発見が嬉しい。
こう云う小さな発見を 幾つも重ねていけたら、もっと嬉しい。
そんな事を考えてた僕に、鋭い視線が向けられた。
「 ––––––––––––で、其処の ヒョロヒョロは?」
アチェートの睛が、僕へ向けられてた。
匿す気もないらしく、晳ら樣な疑念に充ちた視線だった。
「リオと云います」
取り敢えず、渾名を名告っておいた。
相手だって、こんな処で この国の王と会う事はないと惟ってるだろうし、そもそも 会いたくはないだろうしね。
それ以前に 国王だなんて信じてもらえないだろうし、身分を明かすと いろいろ めんどくさいし。
そう云った理由で、迷わず 渾名を使った。
無難な対応だったと惟う。
そんな僕を、アチェートが鋭く睨む。
いや、睨んだ訳じゃないのかもしれないけど、余りにも鋭い眼光は 睨むに近かった。
「何か?」
僕は、笑みを垉さずに 問い掛けてみた。
勿論、外交用の笑顔だ。
でも、どうやら お気に召さなかったらしい。
「食えん男だ」
大いに気分を害させちゃったみたいで、吐き捨てる様な言い方をされた。
何故だろう?
まぁ、僕が『食えない奴』だって事は 当たってると惟うけど。
「お手軟らかに」
さっきと同じ笑顔で そう返してみたら、今度は 胡乱な睛をされた。
アチェートは晳ら樣に、その横にいるハルディナは 笑顔の奥で。
2人共、しっかりと 僕を『胡散臭い奴』に認定してくれた様だ。
可妙しいなぁ、僕としては 友好的に対応したつもりだったんだけど。
うーん、別に気にならないから いいか。
___ リリィ-以外の評価なんて どうでもいい。___
結局、僕の本音は そうだった。
そして、アチェート達も 似たか寄ったかの考慮を行ったらしい。
2人の王女達は、真っ直ぐ リリィに向き直った。
取捨選択をして、僕はいないモノとして扱う決定をしたんだろう。
「お前に会いたかった」
アチェートの静かな言葉に、リリィの背が硬直したのが判った。
これは 僕だけじゃなく、リリィと向かい合ってるアチェート達の睛にも 瞭然だったみたいだ。
「勘違いするな、礼を言う為だ」
「 –––––––––––––––ぇ?」
外套のフードに隠れてる 小さめな頭が揺れたのが判った。
間違いなく、リリィにとっては 予想外の科白だった。
「最後に会った日、お前の反応が気になっていた」
リリィが緲かに息を飲んだ。
僕としては 驚きじゃなかったんだけど、どうも あの不器用な魔法使いには違ったらしい。
《 リリィって、昔から 嘘も匿し事も下手だったんだね。》
偶然 視た未来に対して『言わない』を決行出来たとしても、匿し切れる器用さはない。
晳ら樣に動揺したんだろうな。
何せ 一国の変事だし。
剰え、眼の前にいる人達が 数年後には戦火の中で生命を殞とす予見だ。
優しい君が見せた動揺は、匿し様もなかった筈だ。
「『怕らく 未来を視たのだろう』と父が言い、続いて『それも 悪い未来に違いない』と母が言いました」
あぁ、やっぱりね。
リリィだもんね、匿し切れる筈ないよね。
僕は そう惟ったくらいだったけど、どうも リリィにとっては違うみたい。
外套を紱ってる軀が、後ろから見ても判るくらい 小さく竦んでる。
本人としては 匿してたつもりだったのかな。
驚きの事実を知って、項垂れちゃったみたいだ。
「羞じるな、お前は 10歳にも充たない子供だった」
透さず アチェートがフォローしたけど、きっと リリィの心には韻いてない。
だって、一層 俯いちゃってるみたいだし。
《 気にしなくていいと惟うのに。》
誰が何て言っても、リリィは 自分を赦さない。
予見だけじゃ 時期までは判らない事と、侵略の頃に 他の雑事で忙殺されていた事が重なって、フォルモーサ王国の侵略を知ったのは 半年前だった。
これも、リリィの自責の念を深める要因になってる。
勿論、フォルモーサの事は 気を配っていたんだろうけど、リリィは〔森の妖精〕だ。
狙われる事も多いし、リリィじゃないと出来ない仕事もあるらしい。
エスファニア王国にさえいなかった時期だったそうだから、本当に どうにもならなかったんだと惟う。
でも、それでも、リリィは 自分を責めちゃうんだ。
第一、あんな大きな時代の流れ、リリィ-1人じゃ変えられないんだから 気にしなくていいのに。
《 昨日、散々 慰めたのに駄目だったもんなぁ。》
自分でも無理だった事くらい判ってるクセに、割り切れないくらい優しい魔法使い。
僕の慰めが リリィの心に届かないのは歯痒いけど、彼女の無器用さまで 本当に愛しく感じる。
でも まぁ、届いてくれたほうが嬉しいんだけど。
《 当事者達から赦されても駄目だなんて、頑な佚ぎだよ。》
黙ったままのリリィの背が、本当に小さく見える。
まるで、与えられた恩赦を 全身で拒んでるみたいに。
フォルモーサ王国の 2人の王女達も察してる様だけど、それでも 言葉にして伝えたかったんだろう。
アチェートとハルディナは、口々に礼を言う。
「あの後、わたし達は最悪のシナリオを畫いて、それに備える事が出来た」
「だから、あの混乱の最中でも 多くの民を導けました」
「お前の お陰だ、ありがとう」
「ありがとうございました」
アチェートとハルディナの2人からの感謝にも、リリィの様子は変わらなかった。
自分の影響で 侑かった人達がいるって知っても、自分を赦せないんだね。
実質 何も出来なかったから、って理由で。
《 こう云う頑なな攸も、可愛いんだよねぇ。》
場違いな感想が頭を過ってる間にも、2人の王女達の礼は続いた。
「そして、国を取り戻してくれた事を 感謝する」
アチェートの科白で、僕は 今更な疑問を持った。
《 そう云えば、何でいるの?》
フォルモーサの領土が返還されたのは、半年前だ。
サマリアの前•国王が、リリィへの感謝から 無条件で返還してる。
この事は 周辺国へも通達されて、今じゃ 曾ての国民数の6割もの人々がフォルモーサへ戻ってるらしい。
なのに、王族の2人が どうしてラッケンガルドにいるんだ?
真っ先に還って 国内の統括やら整備やらを しなくちゃいけないんじゃないの?
《 アチェートの怪我が原因じゃないよね。》
此処からフォルモーサの王都までは 10数日の旅になると惟うけど、馬でも調達すれば 怪我でも移動は出来る。
途中のハプニングを警戒してる?
夜盗や人攫いが出るなんて 聴いた事ないけど。
でも、もし出るとしても 護衛を雇えば済む譚だよね。
「戻らないの?」
惟わず、僕は 問い掛けてた。
この質問に、アチェートとハルディナが 睛を併せる。
「 …………そうだな」
無言で意見を交わしてたらしく、アチェートの呟きは 妹の意見に同意をした時のモノだった。
姉の賛同を得て、ハルディナが 僕のほうを見た。
「もう暫く、こちらに滞在しようと惟います」
姉妹の総意を、ハルディナが告げた。
その声は、今暫く この温泉街で暢びりするって云う宣言じゃなかった。
もっと重い決意を感じさせた。
これは、リリィも察した様だ。
「 –––––––––––––ぁ…………あの」
「喋るな」
アチェートの鋭い声が、リリィの言葉を遮った。
でも、顔も睛も 僕を見たままだ。
「何も談さないで。貴女に代価を背負わせたくないの」
ハルディナも、僕を見たまま リリィに談し掛けてる。
2人の王女達は 真っ直ぐ僕を見て、穏やかに そう言った。
でも、その睛は 強い光りを宿してた。
《 あぁ、こうして見ると 姉妹だな。》
確固とした決意を滲ませた その視線は、良く似てるって惟う。
容姿は、姉妹とは惟えないくらい似てないけど。
髪の色は 渋栗色と淡い栗色で、瞳の色は 2人共 灰色だ。
毛先の癖が強くて くるくる巻いてるのは同じだけど、それだけだ。
可愛らしくて清楚な印象の第三王女と、辛うじて女だって判る程度に精悍な第一王女。
ほっそりとした体型の第三王女と、格躰のいい第一王女。
兄妹だって紹介されても、似てないねって言いそうなくらい 顔が似てないんだ。
《 でも、性質は似てるのかな。》
フォルモーサの王族は、親族の端々まで しっかりと教育がされる事で有名だ。
武術も然る事ながら、王族としての心構えが素晴らしい。
___ 国民の為に生き、国民の為に死ね。___
大袈裟に云えば、そんな感じの教育が施されるらしい。
国民を護る為に 武術を身に付け、国民を守る為に 学術を身に付ける。
24時間・365日、国民の為に尽くす –––––––それが フォルモーサの王族だ。
国庫を我が物とする様な莫迦は、あの国にいない。
当然、国民を道具の様に扱う阿呆もいない。
それは、あの戦乱が証明してる。
そして、僕の眼の前にいる この2人の王女達も清廉潔白で高潔な人格をしてるみたいだ。
《 王族は 国民を護る楯である、か。》
ラッケンガルドとは大違いだ。
堕落し お飾りになった前王と、汚職と賄賂に塗れた大臣・官吏と、悪政と重税に窘しむ国民。
その前王が 病で亡くなって、ラッケンガルドは内乱になった。
結果、僕が王になっちゃって 今に至るんだけど。
啻でさえ 貧乏な小国だったから、あの後処理は大変だった。
戦火に巻き込まれた街の復興も、国全体の死活問題である食糧事情も。
そりゃもう、内乱を鎮めるより大変だった。
剣を把って 先陣を切って闘うよりも 余ッ程 生命の危機を感じる忙しさだった。
《 あ、やばい。思い出すと吐きそう……。》
そうかぁ、6年が経った今でも 身体的に拒絶反応が出るのかぁ。
忙しかったもんねぇ、頑張ったよね、僕。
あと、シズとクランツも。
まぁ、兎に角、あの頃のラッケンガルドは 酷い有樣だった。
そんな中で フォルモーサとサマリアの戦争の報せがあって、あの時も『ラッケンガルドとは大違いだな』って惟ったんだよね。
宰相と側近-以外が腐り切ってたから、殊更 そう感じたのかと惟ったけど、どうやら誇大評価じゃなかったらしい。
「こちらも 支払う代価がないからな」
アチェートは、きっぱりと そう言った。
他者に甜える事を善しとせず
常に己れを律し、魂を磨く。
この2人は、それを体現してる様な人達だ。
これこそが フォルモーサの王族なんだろうな。
「 –––––––––––––………… 」
一方、リリィは、アチェートの苦笑気味の言葉に 声を失くした様子で竚ち尽くしてる。
でも、僕の位置からは 外套の袖から覘く手が 固く握られてるのが見える。
強く握られてるせいで、手が 可哀相なくらい血色を失ってるのも。
これを見て、僕は 漸く 或る事に気が付いた。
《 そっか。この先の事も、リリィは知ってたんだ。》
而も、きっと良くない未来を。
サマリア王国がフォルモーサ全土を返還して 改めて国として機能し始めたけど、フォルモーサの受難は終わってないんだ。
怪我が完治しないまま戻れば 生命を殞としかねない何かが、この王女達を俟ってるんだね。
《 昨日『詫びる術がない』って言ってたのは、これも含んでたせいか。》
大国を襲う 2度の混乱……それは、手出しが出来ないモノだ。
リリィじゃなくても、他の高位の魔法使いであっても、手出しなんか出来ない。 そんなレベルじゃない。
將しく『生命が幾つあっても足りない』程の代価が必要になる。
アチェート達も それを察して『喋るな』って言ってくれたんだ。
僕としては凄く侑かるけど、気懸りは リリィの反応だ。
2人の王女達の心遣いを受けたリリィは、今 どんな顔をしてるんだろう。
さっきから微動だにしないけど、驚いた顔をしてるのかな。
それとも、また 泣きそうになっちゃってるのかな。
僕は リリィの斜め後ろにいるから、表情とかは見えないんだけど。
僕がリリィを気にしてるせいなのか、僕を見てたアチェートが 視線だけをリリィに向けた。
睛の端で ちらりと見遣ったアチェートから 苦笑が消える。
徐に にやりと笑った樣は、王女らしくないモノだった。
「お前は、相も変わらず 嘘も匿し事も 下手くそだ」
片方の口の端を くいっと上げた笑い方も、揶う様な言い方も、やっぱり 王女らしくない。
そのせいか、すこーし モヤっとする。
いや、モヤっとって云うか……イラっと?
「国に戻るかは 決め兼ねていたの。でも、フェイリーンの顔を見て 決めたわ」
「万全の状態で 戻るとしよう」
今度は、2人共が リリィを見詰めながら宣言した。
数秒前まで 僕へ向けてたのと同じ 強い睛を向けられても、リリィは黙ってた。
その手が、さっきより硬く握り拳を作ってる。
「だから、気に疚むな」
アチェートは、フード越しにリリィの頭を ぽんぽんと敲く。
何だろう、この漢前な王女は。
不必要だって判ってるのに、何だか肚が立ってくるんだけど。
嫉妬なんかしなくていい相手なのに、頭では ちゃんと判ってるのに。
《 イラっとするんだけど。》
本当に、僕は 心が狭い。
こんな時なのに、おまけに 相手は女性なのに。
余裕がなくて駄目だな。 無樣だけは曝さないでいられるけど。
「 –––––––アチェート様」
第一王女の名前を呟いたリリィの声が震えてる。
その お陰で、ちょっとだけ冷静になれた僕は 深く息を咐く事で思考を切り替えた。
《 早く連れて帰ろう。》
あれ? これって思考を切り替えたって事になるのかな。
単に、独占したくなっただけなんじゃ?
でも、苛々はしなくなったから 結果オーライ?
脳の一部で こんなしょうもない事を考えながら、リリィの様子を観察する。
「会えて 本当に嬉しかったわ」
そう言って、ハルディナは リリィの手を把った。
掌に傷を作りそうなくらい握られてた手を そっと撫でて、優しく指を解かせてる。
「こうして お礼が言えたんだもの」
2人の王女達は、さっきとは打って変わって 穏やかな笑顔を見せた。
「ハルディナ様」
リリィの声の揺らぎが、さっきより弱くなってる。
これは、泣くのを我慢してる時の リリィの癖だ。
たぶん、辣そうな顔してるんだろうな。
《 うん、早く連れて帰ろう。》
僕が決意を新たにした理由は 云う迄もないよね。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:フォルモーサ王国-前国王の第七子 - ハルディナ=エッフェンベルク___
ラノイに連れられる様にして 帰路に着くリーゼロッテの姿を遠くに見送り、ハルディナは ほぅ と息を咐いた。
再会出来た事を 心から嬉しく惟い、礼が言えた事に ほっとしてもいた。
だが、同時に 酷く緊張してもいた。
《 なんて人と一緒にいるのよ。》
大国の姫であった彼女は、近隣国の情報に明るかった。
つまりは、リオと名告った美女ばりの美青年の顔に見憶えがあったのだ。
元々 印象的な容姿をしている上に 大して変装もしていないのだから、正体がバレるのは 当然でもあった。
勿論、アチェートも この事に気付いていた上で、ラノイを『食えない奴』と評価したのだ。
《 あれだけ眼立つ容姿をしていて、隣国の王族に正体がバレないと惟っていた訳ではないでしょうに。》
堂々と偽名を名告り、何食わぬ顔で 自分達を傍観していた。
彼女達は、そう惟っていた。
尤も、ラノイは自分の正体がバレているなどとは露程も惟っていなかったし、今も そうだ。
大国の王族では、近隣国の王侯貴族に関する知識を身に付ける事が慣習とされている事も、ラノイは知らない。
ラッケンガルドが 自国で手一杯の小国であった事と、外交的にも関わりのない西側諸国であった事で、油断していたのだ。
そもそも、自国の中を勝手気儘に歩き廻っても 身分がバレる事はなかった。
そんな実績-故に、バレる可能性など考えもしなかったのだ。
ラノイは、頭が良い割に こう云う部分で抜けている人物だった。
だが これは、ハルディナの知る由もない事である。
《 不法入国とか言われなくて良かったわ。》
身分-云々も含め、咎められれば 首を垂れるしかない事ばかりの立場なせいか、緊張は深かった。
そして、もう1っ、彼女達を驚かせる事実があった。
〔真昼の月〕と聘んでいた魔法使いの 今の姿を見て、彼女が何者であるかも察してしまったのだ。
《 まさか、エスファニアの王家の血を斟む人だったなんて。》
青い瞳は、西側諸国では珍しいモノではない。
だが、エスファニア王家に見る あの蒼は、かの国でも 王家以外には表れない。
記憶する王族の名簿に 該当する年齢の女性はいなかったが、良く似た絵姿に心当たりがあった。
20数年前に死亡したとされる 曾ての第二王女だ。
《 アナスターシァ様の娘なら、丁度 あのくらいの年齢だわ。》
一眼 見ただけで正解を導き出したハルディナは、今更ながら震え出した指先を誤魔化す様に 手を握り併せる。
リーゼロッテが詭りの姿をとらなかったのは、油断ではなく 動揺のせいだった。
惟い縣けず 見掛けたハルディナ達に、いろいろな意味で動揺していた為だ。
自身の瞳の色が エスファニア王家の特色である事も知っていたが、余りの事に 失念していたのだ。
これも また、ハルディナの知る由もない事である。
兎に角、極度の緊張から解かれたハルディナは 改めて深く息を咐いた。
そんな妹の横で、アチェートは 苦い表情をしていた。
「余計な事を……… 」
ぼそりと呟いた声も、苦々しいモノになっていた。
そんな姉を見上げたハルディナは、次の瞬間 驚きの表情を泛かべる。
「もう動くの?」
返答はなかったが、真っ直ぐ伸ばした右脚に体重を乗せ 左脚を自由に屈伸させている樣を見れば、完治は一目瞭然だった。
隠れ住んでいた湯治場の家を出るまでは、足首すら自由に動かせられずにいたのだ。
戦時中に負った深手だ。
止血はしたものの 碌な治療も出来ずに この国まで落ち延び、医者に診せた時には 砕けた骨が歪に繋がった後だった。
痊る見込みのない怪我となっていたのである。
それが、今は 緲かな傷痕すらない。
「 ––––––––––––〔王家の宝剣〕に、また 救われたな」
裾を捲って確かめるまでもなく 完治を確信したのだろう。
苦笑いを含んだ声で、アチェートが呟いた。
「ええ」
「フェイリーンは、本当に『王国を護る剣』だったな」
大いなる災いとなる害悪が訪れる前に現れ、他人である自分達を 心から案じてくれる奇特な魔法使い。
言葉にはしなかったが、災厄が起こる事を報せてくれた 優しい魔法使い。
それを称えて、フォルモーサでは リーゼロッテを〔王家の宝剣〕と聘んでいた。
尤も、これは リーゼロッテの知らない事実である。
「感謝しているのなら、あんな態度」
「優しくしろ、とでも 言う気か?」
「ええ」
「あれが師匠の許へ来てから 正体を明かすまでの間、何度 ブチ舒めしたと惟っている」
苦虫を噛み潰した様な顔になった姉を、ハルディナは 霽れやかな微笑で見上げる。
「そうだとしても、態度を改める事は 大切だわ」
「今更 出来るか、照れくさい」
最後の部分だけ 口篭って呟いたアチェートに、彼女は 鈴を転がした様な声で笑う。
「お姉様に足りないのは 素直さね」
「生まれ付きだ」
「それでも、フェイリーンには 伝わっているでしょうけど」
独りごちる様に予測を呟いて、ハルディナは 再び 逵の先へ視線を戻す。
隠れ住んでいる湯治宿から温泉街へと続く逵には、見送った2人の人影もない。
「罷めろ、もう」
更に 苦い顔をしたアチェートは、普段とは異なる弱り切った様な声を零した。
ハルディナは、これを耳聡く聴き付け 小さく苦笑いを泛かべた。
今は もう見えない、白い外套を紱った美女を姿を 脳裏に思い起こしながら。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
リーゼロッテの銀髪を優しく撫でながら、ラノイは 声を掛ける。
「リリィ」
一頻り泣いて 落ち着いたのか、息を しゃくりあげる回数が減ってきた。
それを見計らっての事だ。
「頑張ったね、リリィ」
河伯の背にあった時から泣き始めた魔法使いは、別宅に戻った今も ラノイの腕の中にいる。
正確には、母屋のリビングで 1人掛けのソファに腰掛けたラノイの膝の上に 彼女はいた。
腰を拈る様にして 上体をラノイに預け、肩口に縋る様にして 泣いていた。
《 可愛いなぁ。》
殆どの魔法使いは、心に虚無を持つ者達だ。
多くの感動を失った代わりに、いちいち 心を悽める事もない。
誰かの未来を視たとしても、末路を憫れみ 悩み窘しむ事もなければ、その悲運を嘆く事もない。
彼女の様に、窘しんで泪を流す事はない。
《 愛しいまでの不器用さだな。》
怕らく、幼い魔法使いの視た未来は あの王女達にとって困難なモノだ。
サマリア王国から 故国を取り戻してもらっても、この先には 大きな波乱が俟っている。
万全ではない2人が戻れば、今度こそ 生命に係る。
2人の王女と別れた後のリーゼロッテの表情が、そう言っていた。
自分の予測が正しかった事を確信したラノイは、その譚には觝れまいと決めている。
憶測を談し それに対して首肯するだけであったとしても、リーゼロッテに代価を背負わせる事になるかもしれないと危惧した為だ。
《 代価を払うって言っても、きっと リリィは呑んでくれない。》
怕らく 正当な代価を教えてはくれないだろうし、そもそも ラノイを危険に巻き込むマネはしないだろう。
それが判っているからこそ、予見について問う気はないのだ。
___ 未来など知らなくとも良い。___
知っていると云うだけで 何も出来ないのなら、予見など必要ではない。
出来る事なら、リーゼロッテからも その能力を消してやりたい。
もう、この優しい魔法使いが泣かずに済む様にしてやりたい。
これが、今のラノイの本音なのだ。
《 戒縛の仂を使っても、完全な封印は不可能かな。》
魔法使いに対して絶大な影響力を持つ戒縛の仂であっても、出来ない事はある。
幾つかの方法を模索していたが、成功しそうな案が見付からない。
あれこれと考えているのだが、試す価値のある手段すら惟い付かないのだ。
役に立てない自分に肚が立っているのか、虚空を見据えている眼光が 啻ならぬ光りを放っている。
この場にクランツがいたら、動悸と眩暈に襲われる暇もなく気絶しかけるレベルだ。
惟わず 舌打ちをしそうになって、ラノイは 惶てて唇を引き結んだ。
未だに 腕の中で泣いているリーゼロッテを瞰して、気付かれなかった事に安堵する。
《 うわ、危なかったぁ。》
この状況で舌打ちなどすれば、リーゼロッテに誤解させかねない。
その際 胸の内を正直に説明しようものならば、却って恐縮させかねない。
彼女ならば『自分のせいで要らぬ気遣いをさせた』と言い出し、ラノイに対し深く陳謝するに違いないのだ。
それは、ラノイの希みではない。
いつでも笑っていてほしくて 勝手に思案し、勝手に不機嫌になっていただけなのだから。
《 駄目だ、別の事 考えよう。》
これ以上 時間を縣けても妙案など泛かびそうにないと見切りを付けて、ラノイは 思考を切り替える事にした。
ささくれ立っていた精神を落ち着け様としてか、ラノイは 腕の中のリーゼロッテを抱き締める。
細く娜やかでいて 女性らしい柔らかな軀は、腕にしていて心地好い。
愛しさも相俟って、精神安定効果は抜群だった。
《 此処へ来て、良かった。》
フォルモーサ王国の王女達に出会った事で リーゼロッテの懸念が1っ拂われたのなら、その価値は 充分にあった。
こうして泣いてしまうには至ったが、傍にいられたなら ラノイにとっては問題ではない。
自分の手の届かない何処かで この魔法使いが泪に濡れるよりは、渺かに良いのだ。
《 名残り惜しいけど、そろそろ戻ろうかな。》
ラノイにとって、リーゼロッテと 一日中-共にいられる状況は魅力的だ。
それでも、此処に留まるのは避けたいと惟い始めていた。
理由は単純、腕の中の魔法使いに笑っていてほしいからだ。
優しいリーゼロッテの事だ。
この場所にいれば、あの王女達の事を想って
気分を湮ませるだろう。
ならば、多少 窮屈でも、王宮へ戻るほうが良い。
ラノイは、そう考えていた。
勿論、第一王女の怪我は完治させているのだが、余りに静かな魔法の発動は ラノイにも感知出来ないモノだった。
故に、この土地を離れようと惟い始めたのだ。
–––––––え? 王としての責務? 王宮での仕事?
この我儘・気侭・身勝手・自己中心な若き王の頭には、その様な瑣末事など 欠片も泛かびはしない。
そこ見縊ってはいけないのだ。
《 他に いい隠れ家があると良かったんだけど、今すぐには見付けられないしなぁ。》
そんな事を考えていると、腕の中のリーゼロッテが呟いた。
「ラノイさま」
「うん?」
ラノイは 僅かに腕を綯めて、リーゼロッテを覗き込む。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
胸許に顔を瘞めたまま、リーゼロッテは 小さな声で感謝を繰り返した。
「ううん」
「ほんとうに、ほんとうに ありがとう」
止まりかけていた泪が、また 盈れ出す。
「リーゼロッテ」
ラノイの胸の奥から全身へ、得も云われぬ喜びが拡がった。
《 君の為なら、私は 何も惜しくはない。》
彼は、言葉に出来ない科白を 心の中で強く呟いて、リーゼロッテを抱き締めた。
リーゼロッテを泣かせてばかりの今日この頃……。
女性を泣かせるのは、やっぱり いけませんかね。
でも、ラノイに このくらいの『ご褒美』をあげないと暴走しかねないし(笑)
今後は自重していきたいものです。
………………無理かな (^_^;)




